そして物語の始まり(空気系ヒロイン橘霞)
「真一。我も一緒に帰るぞ」
一人称我の婚約者帝崎明日香さんはそう呼びかける。
「明日香でよいぞ」
「分かった。だが明日香…いいのか? 学校の案内とか」
俺は当たり前のように転入生の世話を仰せつかっていた。まあ明日香は勉学の方も優秀で逆に助かっていたくらいだが。
「構わぬ。明日…また転入生が来るらしいのでなその時にまとめてでいい」
「なんか嫌な予感がする…」
「はっはっはこういうときの女子の予感というのは得てして当たりやすいからなせいぜい用心することにしようではないか」
そして、途中で友助とも別れ、俺達は帰宅の途に就いた。
「おい待て何で当たり前のように帝崎さんもいるのよ」
「当たり前のことだからだが」
明日香は怪訝な顔をした。
「ははーそうね…はぁ」
溜息を吐いて何やら消沈していた。
「そうか明日香も今日から我が家に住むのか…うーん…部屋は客間があったか…布団は確か…」
「別に同衾でも構わぬが」
「いやあだってそんな大きい布団があるわけじゃないしさー」
「お帰りなさいませ」
「ほいただいまぁ」
「…ん?」
「あそうだ明日香。上着どうするんだ?何なら予備に買ってた新品譲るけど」
「悪いがこの着こなした感じが中々に気に入っているからな…出来ればこのまま譲ってもらえるとうれしいのだが」
ふむ、そうかと俺はカバンを預け、リビングのドアを開ける。
「……んん!?」
何やら先程から腑に落ちぬ、という感じで愛希が唸っているがどうしたのだろう。
「よお!息子よ久しぶりだな」
「この、声は…!?」
幾分か驚く。そこには、朝にはいなかったはずの親父の姿があったのだった。
「ほいこれお土産」
これは…何だ? 箱に詰められている菓子折りらしきものをすっと受け取る。裏に書かれている説明見ても何語か分からんので推測も出来なかった。まあ海外のお土産だからな仕方がない。
「それで親父よ」
「はいどうぞお茶です」
「ああこれはどうも」
お茶をずずーっとすすりながら箱を雑にこじ開け、中のお菓子を頬張る。じゃりじゃりと特別な食感と酸っぱい変な味だがお茶で流し込めばまあ何とかいけないことも無かった。
「この帝崎明日香さんとやら俺の婚約者らしいのだが何か知らないか」
「おおそうだそうだ。そのことについて話をするために俺は帰ってきたのだ」
ふむ、と俺達は並んで神妙に話を聞くことにした。
「まあ詳しい経緯は話せんが…まあ帝崎さん家についてはそういうことだ」
「なるほどそういうことか」
「うむそういうことでよろしく頼む」
俺と明日香さんは手を握る。
「どういうことよ!?」
愛希が突っ込んだ。
「先方の都合でな…非常に言いにくいが帝崎さんは嫁の貰い手に苦労しそうだろう? そこで…行き遅れるようなことがあれば結婚させてやってくれと懇願されたんだ…あれだ一応断わったのだがせめて顔合わせだけでもということでこうして相成ったという次第で」
「世知辛いな」
「それと…そちらの橘さんについてだが」
「え? 誰?」
「あ、お茶のお代わりいかがですか?」
「ああいただこう…ん?」
目が合う。そこにいたのは上品な和服に身を包んだ、穏やかな顔立ちの美人さんだった。
「ぬ。我が今まで気配に気付かなんだとは…お主やるな」
「お褒めいただき光栄です橘霞ともうします」
綺麗な正座の上で三つ指をつき、挨拶をしてくる霞さん。
「あれ…? もしかして朝からこの家にいてくれました」
「そうなのよぉもう朝から助かっちゃったわ~」
母さんが霞さんに抱きつく。霞さんはあうあうとどうしていいか分からないという感じだったので…とりあえずこちらに抱き寄せた。
「し、真一さん…!」
「おい! どさくさまぎれで何やってんだバカ兄貴」
「それで霞さんは俺と一体どういうご関係で」
「ふむ…何でも爺さんが古い付き合いの酒の席でな…互いの子供同士を結婚させようとかなんとかそんな話が持ち上がったらしい…義兄弟の契りを交わそうぜとかそんなノリで」
「そんなノリで!?」
「それで…まあ遣わされてきたのがそこの娘さんらしい」
「よろしくお願いいたします」
む…と俺はその話を聞いて改めて霞さんを見遣る。…上手く言えんが…何だろう。そういうことなら何か言わなくてはならないことがある気がしたのだ
「あ…あのぅ…」
「うーむ…しかしこまったなぁ」
霞さんを見つめる俺に、顔を赤くして可愛らしくした霞さんが何か言いかけたその時、親父は唸り声をあげたのだった。
「俺達の中では真一の嫁は愛希ということになっているのだが」
「そうよねえ…もう親戚にもそういうお話してしまったのにねぇ」
「は……はぁああ!!!??」
「む…もうこんな時間か。そろそろ行かなければな」
「あなた気を付けてね」
「うむ…それではな真一。愛希…負けるんじゃないぞ」
「おい待て! 待ちなさい! 変な爆弾処理してからにしろおおおおお!!!!」
こうして、俺達の物語は始まるのだった―――
いやあ筆者の筆力がもう少しあればと思う今日この頃ですね
ミステリーばりの記述トリック的な何かまで昇華できればいいんですがね空気ヒロイン