わけがわからなくてもいいのです
「ダメェエエエエエエエ!!!」
などという考えは突然の叫び声によって中断させられた。
「愛希…?」
そこにいたのは愛希だった。乱暴に開け放たれたドアから足音が聞こえる程に力強く、こちらに歩み寄って来る。
そして、無言のまま布団に入って来て、俺の腕を取って、頭を乗せた。…え? 何だこの状況。
「…バカ兄貴ったらバカ兄貴としての自覚がたりない」
拗ねるように、呟く。
「えーっと…?」
いや、どういう意味だろうか。
「バカ兄貴の妹は私なんだから」
「…んー…?」
いや、それは当たり前のことだ。だが待ってほしい。それがイヤだと言っていたのが愛希だ。少なくとも、こんな風に意地を張ったり、誇ったり、行動原理にはなりえない。それが秋月愛希ではなかったか。
「だから! えっと…その…分かってよ! 私にもわけわかんないけど」
「…えーっと…うん。これは理不尽ってやつじゃないかと思うんだ」
なるほど。
『あれはな。心の奥底と表面が乖離している面倒な気質の持ち主なのだ…まあ人のことを言えた義理ではないがな』
さて、その心の奥底までを見通すことが出来るのであればそれは理想ではあるのだが…それをやろうとするのはやめた方がいいと忠告もされたし、
「しんいちおにいちゃん!」
むっ、と反対側から俺の腕を抱き寄せる存在もあったのだ。だから、まあ愛希のことで頭を埋め尽くすわけにもいかないのだが…えーっとつまり愛希が妹で華凜ちゃんが妹のような存在で俺がおにいちゃんでバカ兄貴で俺とお前と大○郎で…いかん。こんらんしている。
「とにかく! バカ兄貴!」
愛希は俺の頬に指をうずめる。
「…だいすき」
夜の闇の中でも、はっきりと、その紅い顔と熱が伝わってきた。
「不安になんなくたっていいから。信じてほしい…バカ兄貴のぜんぶが、私にとって嬉しいから、だから、大丈夫」
分からん。徹頭徹尾分からないんだが…
「…バカ兄貴」
そうだ。『バカ兄貴』。愛希は俺のことをそう呼んで、それは確かな証だった。
なら、それでいい。それでよかったのだ。愛希が妹として、一人の女としてとかそんなことは『愛希が愛希として』、それに比べれば些細なことだった。
愛希とは、これから悩んで、ぶつかって、そんなことがきっと色々あるのだろうがそれでもその根本には、俺達が築いてきたものが確かにあった。それを忘れなければいい。
だが…これでいいのだろうか?
「いいの!」
鼻を鳴らしながら、愛希は目を瞑り、俺の腕に顔を埋める。
「しんいちおにいちゃん…」
耳を近づけて、俺の耳を覆うようにして鼓膜を震わせようとする華凜ちゃん。
「はい! もう寝る!」
「ちょ、ちょっとまってあきおねえちゃん! まだ…」
しかし強引に愛希に寝かしつけられ、色々有耶無耶になるのだった。
そして、翌朝。
「…何だこれは」
明日香が呆れた様に言う。右手に愛希。左手に華凜ちゃん。霞さんの作った、今日もおいしそうな焼きシャケと焼き海苔と味噌汁の定番とも言える朝食を、腕を取られた俺は食べられないのだが。
「…しょうがないわね。はいバカ兄貴、あーん」
愛希が俺に箸を伸ばしてくる。
「はいしんいちおにいちゃん、あーん」
そして負けじと華凜ちゃんも器用にシャケの身を解して俺の口元へ運ぶ。さて、ヒートアップする二人は俺への気遣いを少々置き忘れてしまっているようで、遠慮なく俺の口元に突き刺した。
「ふふ」
そんな様子を、霞さんは微笑ましく見ていた。いや、霞さんだけでなく、明日香も、母さんも。
何かが分かったような、分からなくなったような。今も何かが蠢いているような、何も解決も落着もしていないような気もする。だが、今はただこうして日常を過ごせることを感謝することとしよう。
そして、明日香はポツリと漏らす。
「ところで愛希。色々と騒ぎたい時分もあるだろうが時間を考えろ。眠れん」
「ぁ…あ…うがああああああ!」
最終回かと思った?ざんね…すみません
結局なにがなにやらというのを語るのは蛇足かなと思いながらも次回友助に語ってもらおうかと(上手くいくかどうかはわかりませんが)




