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「何もない、だと?」
昼休み、どこからか帰ってきた友助は頭を抱えて呟いた。どうしたというのだろうか。
そしてちらりと横目に視線を向ける。そこにいたのは、愛希だった。俺が視線を向けると、目が合った。つまり、こちらを見ていた、ということだが目が合った瞬間に全力で目線を逸らされた。
「…何かあったんだろうか?」
様子が変だと思う。何かが変わったのではないかと。そこでふと思い至るのは、友助である。
「以前…」
「ん?」
「…以前、この件では愛希嬢とお前のどちらに味方するか、といえばお前だと言った。が、だからといっていついかなる場合もお前の味方だとは言っていない」
「どうしたんだ?」
「一応言っておこうと思ってな。とは言っても俺がすること、出来ることというのはもはや無いのだが」
友助なりの誠意、か。さてとなると俺は友助の真意を量るのが道理というものだろう。
とはいえ答えは出ている。要するに、愛希と俺だけの問題ではないからだ。
「華凜ちゃん、か」
なるほど。友助の策謀全ては華凜ちゃんを中心に回っていた。要はそれだけの話だったのだ。
「済まんな。あいにくと完全な善意ではなくこちらとしての算段があった、というだけだ」
つまり、友助の真の目的とは愛希の問題を解決させることではなく、華凜ちゃんをその間に入れ込むことだった、と。違和感を覚えた原因はそれか。
「いやそれはそれでいいさ。貸し借りとか考えなくていいんだろう?」
「ははは。そうだな、それで頼む」
「…で、いいのか? 本当に」
俺は、華凜ちゃんに対して色々負い目のようなものがあったりする。だから、友助が兄として、いざとなれば止めるのではないか、と。そんなことを考えていたりもしたのだ。
「ん? 何だそんな遠慮があったのか」
しかし、やれやれと友助は呆れた声を出した。
「なるほど。それを確認する意味でも、今こうして話をした甲斐があったというものだ。お前が他の誰かを思い浮かべるのであればやむなしだが俺を考えなくてもいい」
「いや待て兄貴として心配になったりはするだろう?」
「そうだな。世間一般としてのその手の感情はないわけでもない。ただ、何だかんだで俺はお前のことが気に入っている、というのが大きいな」
そうして友助は、笑うのだった。
愛希はどうにも様子が変わった。この前…というか今朝まではやり場のない感情をふつふつと溜め込んだり漏らしたりしていた感じだが、今はそれがぽっかりと抜け落ちてしまっているような気すらする。
さて、友助が真意を明かしてきたところだがだからといって何かが変わるわけはない、とそう思っていた。
「お兄様」
「兄上」
忘れていた。放課後になったので妹が復活(?)したのだった。さて、とはいえバカ兄貴と呼ぶ声が無いというのがやはり寂しいものである。
「むぅ…」
そして華凜ちゃんと合流。俺達の光景を見た華凜ちゃんは頬をむぅっと膨らませ、俺の腕を身長差によって傾くのもお構いなしといった感じで引き寄せる。
普段は天真爛漫な華凜ちゃんが不機嫌になるのも珍しいのだが…どうしたことだろう。それを見ている愛希も何だか溜息を吐いている。
「さて、華凜」
言い聞かせるようにやけに真剣な声色で、友助は声を掛ける。
「明日、迎えに行くこととする」
そして当然の様に言い放った。
呆気に取られなかったと言えば嘘になる。友助が真意を語ったとはいえ、あまりにもいつも通りで、少なくともまだこのように行動を移すとは思わなかったからだ。
「そんな、急に…!」
「うん。わかったよ」
愛希が何かを言いかけた言葉を遮るように、華凜ちゃんの応える声も響いた。やはり兄妹である、とさながら思った。
「最後だ愛希嬢。貴殿にもっとも足りなかったのはな。危機感だよ」
こうして、賽は投げられた。




