覇王系ヒロイン帝崎明日香
異変はホームルームから始まった。何やら教室がいつもよりざわざわと騒がしいので事前にした会話はこんなもんである。
「何かあるのか?」
「どうにも転校生が来るらしい。しかも女子で…何か、いいとこのお嬢様だとかなんとか」
「へ~…」
まあ、別に、朝トーストを咥えて曲がり角で誰かとぶつかったなんてことはなかったわけで誰が来ようとまあ驚くべき事態にならないだろうと、高をくくっていた。
が、それは
「我が名は帝崎明日香! 我はこれより学園最強を名乗り出る。文句のある者は我が元に来るがいい」
一発で覆った。
通常であれば…何言ってんだこいつである。しかし、その意志の強い瞳が。堂々と立つ姿勢が。震わせる声が。彼女の持つ全てが、それを肯定していた。笑うことを許さなかった。
「む?」
辺りを威嚇するように見回していた帝崎明日香…さんの視線は俺と目が合うとぴたりと止まる。そして、つかつかとこちらに歩み始める。
身長は思いの外小さかった。はっきりとした顔立ちは中々に可愛らしい、とそんなことを想う。わさわさとたなびく、癖のある長い髪を撫でようとした手を伸ばしたところ
「うー…ん?」
景色が反転し、帝崎明日香さんは視界から消えていた。そして気付く。…あれ?何か全身が痛い。
「脆いな案山子以下だ」
「な…何事!?」
この声は…愛希か。
それを尻目にこつこつと近づいてくる。そして、ヒョイと俺の首根っこを引っ張る。痛いです。
「むぅ…」
そして、唸る。どうしたんだろう? 何か悩みがあるのならば力になってあげたいところだが。
「なあお主…」
「その辺にしておいてもらおうか」
帝崎明日香さんが何かを問いかけようとしたところで、それを遮るように声が響く。ぱっと俺を掴む手が離れたかと思えば、解放されて倒れそうになる体を支える腕があった。
「ふむ…大丈夫か?」
俺の親友こと士道友助であった。
「何だ貴様は」
「俺の名は士道友助という。貴女が先程まで掴んで離さなかった秋月真一の親友だ」
「ふむ」
ふぁさり、と彼女は外套をたなびかせ、士道と対峙する。…あれ? あれ外套ってか俺の制服の上着だった。
まあいいか…帝崎明日香さんは少し考え込むように友助を見る。そこには竹刀が握られていた。気付かなかったがどうやら友助が竹刀で以て俺を助けに入ってくれたらしい。
「丸腰の我に対して迷いなく振るう、か」
「こうでもしなければ止めようがないと判断した、のだが」
「ふふ、いいぞ。その判断は正しい。褒めてやる」
事実、女であるとか丸腰であるとか。そんなことを理由に躊躇していれば、今、こうして友助が立っていることすら無かった。
嗤う。とりあえず…話にならぬほどではない、と。そんなことを確認し、自らに一矢報おうとする獲物をじっくりと見遣る。
「先ほど…我が宣言した時には、お主は特に反応したようには見えなんだが…何故このように動く?」
「友の為だ。あいにくと我が武の道には貴女の様に崇高なものはなく…そう、ただ目の前のものだけを守り、育めればいいと。ただそれだけのものに過ぎぬのです」
「ふ、なるほどな…いいだろう。ならば、襲ってやる。貴様が掲げる…守護の力、そのような信念でどれほどのものが守れるか、見極めてやる」
帝崎明日香は地を蹴り、宙を舞う。友助はそれに対し、地に根を下ろし、しかとその力を受け止める。受け止めるその腕は軋みをあげるが、意地でその腕をけして下ろさず、帝崎明日香はにやりと笑って一旦距離を置く。
そして、消える。そうとしか表現できず、帝崎明日香は目の前から一瞬にして。旋風を巻き起こしながら消え去った。
友助は一瞬、戸惑った。そして、その瞬間に、心の隙を付くように帝崎明日香の拳は叩きこまれ、友助は倒れた。
「ふむ…この程度、か。だが、それにしては中々だった。精進するがいい」
「はぁ…うーむ…やれやれだやはり如何ともし難い」
友助は脇腹をさすりながら胡坐をかき、堂々と立ち、見下ろす帝崎明日香を見遣った。
「ところでお聞きしたいのだが」
「何だ?」
「そこの俺の親友、秋月真一に、不条理を押し付けてほしくはない。一体いかなる理由があって彼にあのようなことしたのか。お聞かせ願いたい」
「ふむ…何をしようとしていたかは分からぬが私の方に手を伸ばそうとしていたのでな。礼儀として投げ飛ばしただけだ」
「それは済まなかった…えっと…じゃあ何で俺の方をじっと見て…?」
士道の手を取り、立ち上がらせながら俺は会話に加わる。気付けば、皆が息を呑むように、帝崎明日香の言葉を待っていた。
「ふむ…何。婚約者の顔を目に焼き付けていただけだ」
はい? と全員が目を丸くする。かくいう俺も含めてである。
「む。聞いていないのか。秋月真一。我、帝崎明日香は、お前の婚約者だ」
「な」
「ぬ」
「な…な…なんだそりゃあああ!!!!」
友助と俺が呆気に取られていると、響いてきたのは愛希の叫び声であった。それは何というか…色々混乱の極致という感じであった。
いやあ覇王系ヒロインって一応つけてはみたけど…ご期待に添えているかは分かりませんね
ふぅん…覇王とはかくあるべき者である!!という方がいればご教授ください