ばかあにき
さて、どこから始めたものだろうか。俺と愛希がまだ他人で会った頃の話から始めようか。
秋月愛希というアンバランスな名前からも分かるように。愛希は俺、秋月真一の妹として生を受けたわけではなかった。
愛希と初めて出会ったのは、確か明日香と出会うより前。もう定かではないほどに昔だ。親同士が知り合い、ということで俺と愛希は、両親同士の歓談を他所に、二人で連れあって遊ぶような仲だった。
愛希の実の父さんが亡くなった時には胸を貸すなんて言う程は出来ずとも共に泣き、俺の本当の母さんが家を出て行ってからは、家を空けがちな愚かな親父に代わり頻繁に面倒を見に来てくれた。
きっと。どこか寂しさを埋めるように、俺達は一緒に遊んで、同じものを食べて、一緒に風呂にも入って、そして手を繋いで同じ布団で寝た。
そんな日々が続いたある日。当然のように両親は再婚を決めた。
俺は、純粋に嬉しいと思った。愛希の…いや、母さんには、不本意ながら親父にも、幸せになってほしいと思ったし、愛希と一緒にいたいとも思った。それは、どこにも疑問を挟む余地はないと思っていた。
『…いや』
しかし、愛希は違った。俺と兄妹になることを拒んだ。両親はどこか、やはりな…と諦めているような、分かったようなそんな顔をしていた。
俺には分からなかった。だから、愛希に詰め寄った。そう、俺は苛立っていたし腹が立っていたのだ。俺と愛希の想いは同じだと思っていた。大事な二人には幸せになってほしいし、俺達だってもっと一緒にいられるなら嬉しいことだと。
けれど、拒絶された。俺とは兄妹になどなりたくはないのだ、と。それが、悲しかった。
『どう…して―――!!』
愛希は俺の胸を叩く。
『しんいちくんは、わたしとおなじだっておもったのに!』
愛希は涙を流していた。そして、俺を追い出して、思いきり泣き声をあげた。
同時に、俺は失敗したことを自覚した。
『しんいち…くん…』
しかし、その夜。寝静まった夜に、愛希は俺の部屋に来た。
『あき…』
『きらいに…なら、ないで…』
まだ涙は流れていた。俺は…それを許すことが出来なかった。
『っ! し、しんい…ち…く…』
『だいじょうぶだから。おれは…アニキだからな』
『っ…』
思い切り抱き締めた。愛希は、胸に手を添えながらも、振り解こうとはしなかった。ああそうだな。それでようやく何かが出来たのかもしれない、なんて少しは自惚れた。
『…おねがいがあるの』
愛希は、次の日。そう切り出してきた。目の奥は赤いが、顔を洗って、どこからか持ってきた口紅を塗ってめかしこんでいた。フリルのたくさんついた少し高そうなワンピースを着て、レースで頭を覆っていた。
今思えば、少し不格好ではあっただろうが。それは精一杯の正装だった。
『わたしねしんいちくんのことが、すき』
『それはおれもおなじ…』
『ううん。いまはいいや』
諦めたように苦笑いを浮かべる愛希にかけられる言葉も無く、俺は愛希の言葉を精一杯に待った。
『だからやくそくだけでもいいの。わたしと…けっこんしてほしい』
結婚というのはどういったものなのか正直に言うと分からなかった。少なくとも遠いことだとは思っていた。何故、そんなものを大事にするのだろう、と俺は思っていた。
『わかった』
けれど、俺は。たとえわからなくても。それでも。俺は愛希の手を取ることを決めた。
『なんじはえっと…やめるときも? すこ? すこやか』
こうして、俺達は、婚約した。自由帳の切れ端に、二人の名前を書いて、お互いに持つことを決めた。そして、
『…ばかあにき』
『え?』
愛希も、前に進むことを決めた。
『ばかあにきだから。しんいちくんなんて、ほんとにばかだけど…でも』
兄貴と。そう呼んでくれた。これが、俺が愛希のバカ兄貴となった経緯である。
それから。俺達は引っ越しをして転校して。まあ色々あったわけだ。そこで、俺は友助と出会った。
『兄貴になる方法、か』
俺は、兄貴としてどうすればいいのか迷い、兄貴としては先輩であった友助に相談したりした。
『さて、聞く限りによれば妹御は兄としての真一など望んでいないように思えるが』
分かっている。けど、俺は愛希の兄として出来る限りのことはしたい。
『…そう気にする必要も無いとは思うぞ。失敗とお主は言うが妹御も妹御で問題が無いわけではない。少なくとも俺はお前を支持しよう』
兄として教わるというか互いに学ぶだけではなく。少なからず友助は俺を支えてくれた。
『人である以上、失敗しないことなどありえん。だが、故に今までの自分の所行を間違いだと言い切ることはない。だから、お前はお前を見失うな』
それが、愛希に報いることにもなる、と。だから、俺は開き直ることにした。
二人の間で譲歩とか解釈とか色々あって…まあ契約とか往々にしてそんなもんよねとツッコんでみます




