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婚約者が突然現れたのだがどうすればいい?  作者: 山崎世界
橘霞編:恋に恋して乞いをして
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霞さんはかわいい

「ふひゃう!?」

 俺は霞さんの頬を引っ張ってやるすべすべで柔らかくて、癖になってしまいそうだった。

「な…なに、を…」

「霞さんって案外バカなんですね。そして可愛い」

「…な…」

「うん霞さんは可愛い可愛いカワイイかわいい」

「い…言わなくていいんです!」

 顔を真っ赤にして、俺の口を塞ぐように手を伸ばしてくる。うん。それでいい。

「出来るじゃないか? 今こうして、俺を止めてる。それは、霞さんが考えて、思ったからのことだろう?」

「そ、そんなの……それに、そのために、虚言を弄したんですか? 私が、か、可愛いな、んて…」

「それは本心でしかないな」

「…! ぁあもう…何で真一さんは…そうなんですか」

 霞さんは今度は怒ったように頬を膨らませた。

「何で…そんな風に踏み出せるのですか?」

「踏み出せない理由なら分かる。それはきっと霞さんが優しいからだ。俺は自分のことしか考えてはいない。霞さんは周りのことを考えられる人だ。それだけだ」

「…それだけじゃありません。私には、真一さんの言う、自分自身が…」

「無い、なんてことはないんだよ。難しい理屈もいらないくらいに、単純明快にな」

「ぇ…」

「霞さんから話を聞いて、霞さんがおかしかった理由が分かった。霞さんは知りたいと思ったんだ。恋というものに、向き合いたいと思った」

 だから、きっと漫画か何かかは知らないが、何かしらを参考にして、俺に向けた。今は偽りでしかなくても、演じるうちに本物になってくれるのではないかと、そんな風に。

「…だから私の想いは想いですらないのではないですか。空虚でしょう? そんなもの。そんなものを、自分の想いですらないものをぶつけられても真一さんに、失礼です」

「そうだな。それは否定しない」

 霞さん自身もそう思っているからだ。これは間違いである、と。だから、霞さんのこれまでを肯定することはしない。

 しかし、何もかもが間違いかと言われればそんなことはありえない。

「俺は嬉しかったよ。霞さんが胸を押し当てているときとかさ…あースケベ心じゃないぞ。霞さんもドキドキしている、と言うのが分かったからだ。演技だったしても、その演技をしていたのは紛れもない霞さん自身だ」

 そもそも、だ。

「俺も『恋』ってやつはよく知らないんだ」

 え? と霞さんは驚きの声を上げる。

「ただ大切だと思うだけだ。それと恋心ってやつの区別はつきやしない…いや違うな。つける必要があるのかとそんな風にすら思ってる。そのせいで大失敗して、今も引きずってる」

「失敗、ですか?」

「さすがにな…おいそれと当人同士以外で話をしてはいかんとそんなこと弁えているからその辺は割愛しよう」

 そう、今伝えたいことは、だ。

「霞さんは俺なんかよりも真っ当に、そういったもんに向き合ってる。きっと、恋に対して思うところがあるのだと見た。その辺は、どうだ」

「私の…思うところ…」

※※※

 お姉様もやはり、昔からの婚約者がいて、それを受け入れて…けれど、幸せであるのだと、胸を張って言いました。

『そうね霞。あなたは私に甘えてはくれないのだろうけど、でもきっとあなたの夫となる人は、あなたを甘えさせてくれる。

ええ。だってそうでなければお父様も許さないと思うわ。だから、その時が来れば、その人の胸に思い切り飛び込んでしまいなさい。きっと受け入れてくれるから』

『よく、分かりません』

 しかし、その言葉は私の心のどこかを、甘く、痺れさせました。

※※※

「ぁ…」

 ぽつり、と。一筋の涙が霞さんから零れた。

「そう、でした。私は…けど…」

 霞さんは、俺を見つめてくる。

 霞さんは愛希や明日香を避けていた。それはきっと、想いをぶつけるのが怖かったから。自分の気持ちなんて、とるに足らないという劣等感だ。

 けれど、そんなものは持つ必要なんてないのだ。

「大丈夫だ。霞さんの想いは、誰にも恥じることなんてない。少なくとも」


俺は、好きだよ


「だから、胸を張ってやれ。その胸にあるものは愛希や明日香に見劣るもんでもない。俺はそう信じてる」

「…真一さんは、何で、そう…なんですか。私のことなのに、真一さんと私は、少なくともまだ深い仲でもないのに…そうやって、私を動かそうとする」

「言ったじゃないか? 自分勝手だって何度もさ。それに…」


『――――』


 いや、これは言ってはいかんことか。

「もし」

「うん?」

「もし…愛希さんや明日香さんに私の想いを伝えて、その結果、ぶつかって、シャボン玉のように割れてしまったら?」

「そんな心配はないとは思うが…責任を取る。絶対に霞さんは孤独になったりはしない。必要も無い。だって霞さんが好きな俺がいるから」

 だから、大丈夫だ。

「…真一、さんが」

 霞さんは俯く。

「…分かりました」

 そして、少し考えるようにした後、にこりと、笑顔を上げた。

「よかった…それじゃあ」

 俺は、霞さんの前に立ち、手を差し伸べた

「あの…これ、は」

「今日の成果に分かりやすさが欲しくてさ。手を握って、帰ってくれないか?」

「…しょうがない人、ですね」

 そうだな。これは我がままだ。俺はそうしてほしいとそう思った。そして、霞さんはきっと、こんなわがままを受け入れてくれる人だ。それでいい。

 そんな風に、長い帰路に立った。霞さんの手は、どこまでもすべすべしていて、しかしどこか汗ばんで、熱を持って、心地よい強さで握り返してくれた。

「それじゃあ入ろうか」

 家の前、名残惜しげにその手を放そうとした時

「あの!」

 霞さんは、声を上げる。

「私は…まだ何もかもが分からない若輩の身ですが…」

 ごくり、とお互いに息を呑んだ。

「真一さんのことを…大切だと、そう思って…いいですか?」


俺も『恋』ってやつはよく知らないんだ―――ただ大切だと思うだけだ――――


 それは、二人の距離が少しだけ縮まった、そんな日。

 ようやく自らの想いを持とうとした少女。普通なら『それは自ら考えるしかないのだ』とそう言ってやるべきなのだろう。

「ああ…いいよ」

 しかし、俺もどうにも不完全だから、霞さんの言葉を、俺の言葉に対してくれた言葉をありがたがることしか出来ない。


『大好き…だから、大丈夫』


 肝心なところでへたれない様に、と愛希がくれた言葉のように。

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