妹ヒロイン秋月愛希
「とっとと起きろ!このバカ兄貴!」
などと言う声が聞こえたような気がした。だが、俺はまだ夢の中の住人なので恐らくこれは幻聴の類である。
ぬう、二重の意味で耳に優しくないのはいただけない。
『お、お兄ちゃ~んあさだよー』
こんな感じが良かった。
「理想と現実のギャップに耳がキーンなるわ!」
「やかましいわ!」
そして上半身を起こした俺に容赦なくチョップが来た。
俺の前に立っていたのは俺の通っている学園の制服を着込んだ俺の妹がいた。名前は愛希。秋月愛希。アキかぶりである。
サラサラのショートヘアーにぱっちりとした二重瞼と大粒な瞳、整った顔立ち。当たり前の話だが俺とは似ても似つかぬ美少女である。
「毎回毎回、目覚ましかけても自動で止まるくらいに眠りやがってからに、起こす方の身にもなりなさいよこのバカ兄貴」
「おいおいそんなにバカ兄貴と呼ばないでくれちょっと萌えるだろうが」
「!うっさいばーか!」
赤面して出ていく妹。何だかんだで最近ちょっと可愛いのではないと思っている俺であった。
「全く、バカ兄貴ときたら…」
ぶつぶつと呟きながらテーブルの俺と向かい合わせに座りながら不機嫌そうにトーストを頬張る愛希。ちょっとバターとジャムをつけすぎではないかな?と思ったりする。
「はい、どうぞ」
そして俺は茶碗を受け取りコメを食べる。…ん?
「もう、愛希ちゃん。女の子がバカ兄貴なんて言葉使ったらいけません」
どことなく違和感を覚えたがそれをかき消すように横から母さんが愛希をたしなめる。
「いやいや俺としては別に構わないんだが…」
まあそれなりにいわゆる『お兄ちゃん大好きっ娘』に対する憧れもあったりするが、何となく愛希とは今みたいな関係の方がいいかな、なんていう風にも思うのだ。
「全く真一もそんな調子だから…そんなんじゃ真一以外のお嫁さんの貰い手が無くなるんだからね」
「…別に、いいもん」
愛希は顔を伏せ、小言で何やら言っていた。
「まあ…」
そして母さんはあらやだ、と口元に手を添えている。
「も、もういい! 出る!」
そして顔を赤くしたままカバンを手に取り、出ていく愛希。
「ご飯のお代わり、いかがですか?」
「ん? おお! いつの間にか無くなってる!」
「お気に召したようで何よりです」
「いやいやそんな…ん?」
さっきから何か違和感を覚えているのだが…
「こらー! 兄貴もいつまで食べてんのよ!」
さっき見送った筈の愛希が俺の腕を取る。それで覚えた違和感はまたもや霧散する。そして、
「行って来まーす」
無言で家を出る妹に代わり言い放つ。
「あ、真一さん、これお弁当です」
「ああすまない…ん?」
あれ?俺、誰に見送られてるんだ?
「ところで…どちら様?」
「これは申し遅れました。私は真一さんの…」
「う~ん…」
「どうしたの? バカ兄貴」
俺は今朝の違和感を思い出す。
「なあ愛希よ、家に今住んでるのはお前と俺と母さんだけだよな?」
「ん? それがどうしたの?」
「…もう一人いなかったか?」
こう、手の込んだ和食を用意してくれるような人が。
俺がそう言うと、何やら愛希は俺を、弁当についているパセリでも見るような目で見てきた。
「どんな目よそれ? …それはともかく、大丈夫? 現実と二次元の区別がつかなくなっちゃった?」
大丈夫? とか聞いてるが、どう見ても見下げ果てながら聞かれていた。
「いやいや、本当の話。その証拠に今日は美味い朝食を食べていつもよりも元気だしな」
「…ゲームの中で食事すると現実でも食事してる感覚になるってホントだったんだ」
「だから違うって…本当に、幽霊か何かかもしれないって気が気じゃない」
「…いいんじゃなーい?美味しー食事を用意してくれるんでしょー?」
愛希は何故か不貞腐れていた。
「そうだけどな、お前、その幽霊さんと仲良くやっていけるか? お前の飯だけ魚の骨とかにされるかもしれんのだぞ?」
「どんだけ嫌われてんのよ!」
「そうは言うが…」
これでも一応心配しているのだ、と言うと、
「…全く、色々とずれてんだってば」
愛希はちょっと前に進んで、小声で何か言いだした。どんな表情なのかは分からない。と言うか、それを見せたくないから前に進んだのだろう。
そんな後姿を少し微笑ましく見ていると、
「真一お兄ちゃん、おはよ!」
どすんと、愛希を通り越して俺の胸元に飛び込んでくる影があった。
「やあ御両人、相変わらず仲睦まじいな」
そして慣れ親しんだ友人が声を掛けてきた。
名を士道友助。友を助けるという親から与えられた名の通りに、友情を貴ぶ俺の唯一無二の親友である。
「ふふふ…真一お兄ちゃん…」
そして俺の腰辺りをギュッと掴んで腹辺りに頭を擦り付けているのは友助の妹の士道華凜ちゃん、現在九歳の小学生である。
俺と友助の間の友情には少なからずお互いに妹がいるという状況が影響している。
まあどうしても譲れないところで見解の相違があったりするのだが。
「それじゃあ行って来ます。真一お兄ちゃん…ちゅ」
などと葛藤している間に一丁前に投げキッスを交わして華凜ちゃんは去っていく。何度か振り返りながら曲がり角に消えていくが、ちょっと遠くからでもわかるくらいにずっと真っ赤である。
何というか、今時珍しいくらいに純情なくせに小悪魔になり切ろうとして失敗している感じがまた可愛かったりする。
「な~に鼻の下延ばしてんの?」
「鼻で笑っていいことでもあるまいよ?」
愛希の不機嫌そうな呆れ声に、俺も憮然として返す。
華凜ちゃんは俺に好意を持ってくれているようで、度々こうして小学校と俺達の学園までの分かれ道で挨拶を交わすためにわざわざこうして友助と一緒に待っていてくれている。
そんな姿を俺は心の中で苦笑しながら、愛希は流石に女の子の気持ちに対してはとやかく言わないが華凜ちゃんに聞こえない様に不機嫌そうに俺に絡んでくる。
そして、ここがよく分からないのが、友助は華凜ちゃんを何とも微笑ましい感じで見ているのである。
別に、華凜ちゃんと友助の仲は決して悪くない。まあ確かに俺の方から毒牙にかけようという気はないのだ。しかし、愛希が例えば目の前の友助に対して熱烈なアプローチなり秘めたる思いに顔を赤くするなりすると想像しただけでぶん殴ってしまうんじゃないかと思う。
友助をして、である。仮に知らない男や気に食わない男であったのなら、例え身長二メートルであろうと出会いがしらに飛び蹴りするだけでは済まんだろうと。想像するだけでそう思ってしまうのだ。
だから、こいつの態度は不可解でしかないが、こいつはそんな俺を見て愉快そうに笑うだけなのである。
「言って置くがこっちの妹はやらんぞ」
「ちょ!何言ってんのよ!」
「はっはっは、相変わらずの見解の相違だな。他の者ならいざ知らず、お前なら安心して妹を任せられると思っている。それだけの話なんだが。…というか、あれだな、お前と義兄弟になるのも悪くは無い、と思っているんだが…お前はどうだ?」
「…そうだな、それ自体は悪くないかもしれん、愛希と結婚なんて事態を除けば」
「…ぬう、これはあれか? 俺の愛は一方通行なのか?」
「またややこしいことを」
「それともあれか? 嫉妬しているのは妹御に対してと言うことか?」
「さらにややこしいことを!」
無意味にBL路線に話が進んでしまったが、まあこんなやり取りが大体いつもの日常であった。
この時はまだ、それなりの予兆はあったものの今までと同じ平穏な毎日がずっと繰り返されると思っていたのだった。