約束された失敗
デートの待ち合わせと言えば俺にとっておっさんの記憶を思い起こさせるものになってしまった。
まあ何が言いたいかというと何事においても初めてというのは大事でありその後の一生を左右すると言っても過言ではない。故に責任は大きいということである。
などと考えが散らかってしまう程度には待ち合わせというものは色々と持て余すのだ。
「だ……だーれだ!」
その時、闇が襲ってきた。
「うぁああああ! 目が! 目がぁあああ!!」
「ぇ…えぇ…!」
※※※
「…すまない。本当にすまないと思っている」
「い、いえ。私が驚かせてしまったのが悪いのですから」
言い訳をさせてもらえるのならば気配無く背後から視界を遮られれば本能的な恐怖を感じても仕方がないと思うのだ。相手が悪かったと言うか混ぜるな危険と言うか不幸な事故と言うか。
「やはり…慣れないことはするものではありませんね…」
「いやいやその理屈はおかしい。そんなこと考えてたら何も出来やしないだろう」
『言い訳をさせてもらえるのならば』の話である。結局のところ、今日という日だというのに霞さんを受け入れられなかった俺が悪い。
ああそうだ。有耶無耶になりかけたが…といかんな。こういうのはついでのようにしてはいかんのだというのは心得ているつもりだ。
「いつもと違う格好なんだな霞さん」
見る前の一騒動で遅れてしまった。
霞さんは、制服以外は寝間着も含め、和服を好んで着ていた。だが今日は落ち着いた青のワンピースにストールといったファッションだった。
「うん。何だか新鮮だね…あー別にいつもの格好がどうとかそういうわけではないのだが」
問答無用で似合っている可愛いと美辞麗句を唱えればいい。事実、聞かざる霞さんは清楚で可憐でそういう点で苦労することもない、とは思うのだが…どうにも何かが引っかかってしまう。
「…そうですね。あまり人目を引き、恥を掻かせてはいけないと思ったので」
そしてその正体がおぼろげながら見えてきた。
霞さんの今日の服装はスタイルのいい体のラインが出ない様にしていたり、艶々とした髪を束ねていたりとまるで自らを抑え込むようにしていた。
そういう傾向は普段からないわけではない。けれど、いつもとは違う、変化に一歩踏み出す日であるはずなのに、その方向がどうにもおかしいような。
けれど。
「そんなことはないぞ。堂々と胸を張ってほしい。俺は張る」
それでも霞さんが選んで、それで似合っているのだからしょうがない。何かが間違っているとしても、全てが間違っているわけはない。そう思い、俺は訴えた。
「ぁ…あ、ありがとう…ございます」
霞さんは、感謝の言葉を述べながらもどこか気まずそうに俺から目を逸らした。まあいいさ、と俺達は歩み出そうとする。しかし、気付けばその隣に霞さんはいなかった。
「…何をしているんだ?」
「え? いえ。影を踏まぬように、と」
霞さんは俺の三歩程後ろを歩んでいた。
無言のまま歩を緩めてみたりしたが絶妙に歩幅を合わせてくる。結果、差が縮まることはなかった。
「…分かった。ただ覚えておいてほしい。俺の隣は空いている」
客観的にスベっている気もするが、伝えた。そうするべきだ、と。俺と霞さんの間で考えるのである。
※※※
影を踏まぬようについてくる霞さんと接触も出来ないので上手くいくわけはなかった。
無論、色々と手は尽くした。
「いやぁまさかあの御方の正体が大統領だったとは…さすがに読めなかった」
映画に行き、感想を話し合いたいと思うのだが顔を見ることも出来ず…ネタバレを映画館の前で話す迷惑な人になってしまったり。
「クレープ二人分…え? はは…いや連れがね」
分かってますよと言わんばかりの営業スマイルを浮かべるしか出来ない店員に言い訳がましく説明も出来ず気まずくなったり。
「おう彼女、一人? なら俺らと一緒に…」
「悪いな…いや微塵も悪いとは思わんが先約済みだ」
そしてデート中の筈なのにナンパされたりと。
「…すみません」
「謝らないでくれ。俺とて不作法者だ」
夕陽が差し込み、人気も無くなり始めた公園のベンチで俺達の影はようやく重なった。
「……そうだな。もし悪いと思うなら、霞さんのことを教えてほしい」
霞さんは押し黙る。しかし、俺は続ける。
「酔っ払いが口を滑らすようにいい気分のまま、話してくれればと画策していたりしたんだが、もうこの場に至ればそんな恥や外聞はどうでもいいや。うん。だから、聞かせ…」
「…すみません。気の迷いで、真一さんに迷惑ばかりをかけてしまいました。もう、大丈夫ですから。明日からは…いつもの私で」
「いつもの霞さんて何だ? 俺はそれからして知らないぞ。だから教えてほしいんだ。霞さんが抱えているものを」
話を切ろうとした霞さんの言葉を遮る。
そうだな。確かに霞さんの言うとおり、明日から、何事も無かったかのように振る舞うのかもしれない。けど、それではきっと
「…どうして」
響く。罪悪感が少し俺の胸を刺したが、それでも俺は待ち望んでいたと言わんばかりに、誤魔化さぬよう、霞さんの言葉を待った。
「どうしてなんですか? 分かっていますよね。私は、聞いてもらいたいと思っているわけではありません。だから話さないだけ。それなのに、どうして暴こうとするんですか? どうして…そんなに勝手に出来るんですか?」
「そんなの俺が気に入らないってだけの話だよ。誰かの為だとか偽善だとか…まあそんな小難しい葛藤が無かったわけではないが…そんなもんどうでもいいんだと悟ったんだ。俺がしたいからする。それが全てだ。それが全てでしかない」
別に誰でも彼でも助けようとしているわけでもなし、そもそも助けようとしているわけでもない。これは本能のようなものだ。好きだから、好きになってしまったからその人のために何かがしたい。その自己満足に過ぎない。
「それが、分からないんです…私には」
掠れるように呟き、
「面倒ですよ? 私だって、全部説明できるか分からないくらいに曖昧で…」
伸ばしてくる手が、見えた。
「ああ…聞く」
そして、橘霞は語り始める。




