約束してからがデートです
デートは既に始まっている! 煽ってたわけではないよ(震え声)
まあ明日香も思うところがないわけはないわけで…
早速、話をつけようと俺は霞さんの部屋を訪れた。
初めて訪れた霞さんの部屋は、香が漂う上品な和室だった。愛希もだらしがないということはないのだが、それに輪をかけてチリひとつなく清廉な雰囲気が漂うがどこか優しく、包み込まれるように落ち着く。
ただ、やはりというべきか何か言わなければならないような…むずがゆいような違和感がある。
「デート…ですか」
まあ今はその辺をとりあえず置いておいて、俺は用件を切り出した。
「……申し訳ありません」
霞さんは、長く考え込むようにして、やがてそう申し訳なさそうに呟いた。
「それは俺とデートはしたくない、ということか?」
「ぁ…! い、いえそういうことではありません」
霞さんは、珍しく慌てる様にして否定してくる。それは多分、としか言えないのだが、デートに対して拒否をしたわけではないらしい。
「ただ…その、気を遣わせてしまって」
「いやいやこれはただの俺の下心でしかないぞ…そのあまり言わせないでほしい」
そうだ。これは俺がしたいと思ってるからするだけだ。いやぁそれだけでもなく正直、霞さん綺麗だしなぐへへ
「…しかたのない人、ですね」
「む? 何か言ったか?」
「分かりました。私も誠心誠意、努めたいと思います」
「ああ。なら、俺も頑張らせてもらおう」
二人の間に隔たりはあるだろうが、しかし、まあ今はそれでいいだろう。
「デート…ですか………でーと…でぇと……」
「む?」
去り際、背中から聞こえた誰に聞かせるでもなく漏れたであろう声に、俺は少しばかり首を傾げた。
「待ち合わせをしましょう」
「なに?」
約束の朝、霞さんにそう切り出された俺は、呆気に取られていた。
相変わらずというべきか、分からん。
「いやぁ何だ。一緒に住んでいるのだから一緒に出ればいいじゃないか」
「いえ。それではダメです。せっかくのデートですから、やはり待ち合わせをして、いつもとは違う空気を演出しなければなりません」
「…ぇえー…分からんなぁ一緒にいる時間が増やした方がいいんじゃないんか」
「いや分かれよ!」
「ぅぉ…まさかの孤立無援だった」
「いやそんなことはないぞ少なくとも我は真一の見方に賛同しよう」
さて、お察しの通り、明日香と愛希の二人には今日のことはすっかり知られていたりする。
「とはいえ、やはりお主らのことに口出しすべきではない。その程度の分は弁えておるつもりだ」
「しっかりやんなさいよバカ兄貴」
「…あの!」
霞さんが意を決した様に声を出す。
「や、やはり…デートは私ではなく…その…」
だが、その後の声は途切れ途切れに小さくなっていった。
思えば、約束した日からそうだった。霞さんは、二人で話しているときはそうでもないのだが、愛希や明日香…いや、それだけではなく華凜ちゃんの前に立つときに、どうにも申し訳なさそうに縮こまるのである。
今回の様にそれを声に出したのは初めてだが、それほど溜め込んでいたのだろう、というのは分かった。何を、というのは分からないが。
「ふざけるな」
そして、その声に対し、実にはっきりとした声で、明日香は断じた。
「…!」
そして、霞さんはその声に怯み、引く。
「真一は、お主と共に歩むと決めた。ならば、それはそう変わらぬだろう。生憎と、他の女に心を砕いているような腑抜けた態度では相対しても何も得るものなど無い。どうしても気に懸かるというのであれば、きっちりと目的を果たしてくるがいい」
それに、と。明日香はふふんと笑いながら、続ける
「お主、口ではそう言っておるが譲る気など無いように見えるぞ。今まで黙っておったのがいい証拠だ」
「!」
かぁぁ! と霞さんの顔が紅く染まり、耐え切れないと言う風に、自室に籠った。
「明日香…お前、気付いてるのか? 霞さんが、何で…」
「過大評価してもらっては困る。我とて自分のことすらままならぬ程度しかない。ただ所感を述べただけだとも。しかし何だ? 我に答えでも指し示してほしいのか?」
「いや…その、何だ。もし俺よりも先に霞さんの心に辿り着いてるなら悔しい、てそう思っただけだ」
歯切れ悪く答えた俺に、明日香はそうかそうか、と豪快に笑った。
「…やはりままならぬな。少しばかり妬ける」
そして、少しだけ寂しそうに笑った。




