というわけで霞さんの様子がいつにもなくおかしいのだがどうすればいい?
「というわけで霞さんの様子がいつにもなくおかしいのだがどうすればいい?」
「久しぶりに妹の部屋で話がしたいとか言い出したらそれ?」
俺は愛希の部屋を訪れていた。
ベッドに腰掛けてテーブル越しの対面のこちらを見下ろす愛希はこれ見よがしに溜息を吐いた。
「…そもそもな話、よ。おかしいってのはどんな風におかしいの」
「どんな風にと言われてもだな…」
説明しづらいので察してほしいところであったのだが頭の中で整理しながら話をする。
先のヤンデレ(?)騒動から始まり、霞さんの不可解な行動は不可解さを増していた。
先に学校へ向かってほしい、と言われたので通学路を歩けば何故か先回りして曲がり角で待ち構えていた…かと思えばえい! と何故か食パンを咥えて体当たりしてきたり。
授業中、霞さんが落とした消しゴムを拾って渡そうと手を伸ばしたら何故か手首を掴まれたり。
お弁当の塩と砂糖を間違えてきたり。
端的に言うと…わけが分からないのである。
「ふぅん…」
愛希は考え込むようにしている。む? どうしたことだろうか。霞さんの様子がおかしいということは愛希も共通していると思っていたが。
「そうねその認識自体がそもそもの間違い。私…いえ、私達が思う霞さんとバカ兄貴の思う霞さんは違うんだもの」
「どういうことだ?」
「…実を言うと、霞さん、最近、私達のこと避けてるみたいなのよ。それが、私たちの思う霞さんの異変」
そもそも霞さん自身、こちらから話しかけることは少ない。それだけならまだしも異変を感じた愛希は何度か話をしようとしたものの、その都度、適当な理由をつけ心苦しそうにしながらも頑として聞かないらしい。
「しかし、愛希。俺の話を聞いて、霞さんの目的らしきものだけでも何とか推測できないものだろうか?」
「あのねぇバカ兄貴」
バカ、と強調するようにして、愛希は俺の目をじぃっと力強く見つめ、続ける。
「今だけじゃない。霞さんの一番近くにいるのはバカ兄貴なのよ。何でバカ兄貴に分からないことが私に分かる道理があるの?」
それは事実だ。橘霞。人間であるから誰とも最低限の付き合いはある。しかし、霞さんの個人としての趣味や嗜好、人間性などというものが未だ掴めないというのも事実だ。そういう分かりにくい人、というのが彼女の個性である、というところもあるだろう。
ただ、俺の婚約者であること、というのがその中で彼女を構成する一部の中で最も大きい部分を占めている。これも事実だ。
「それはお前…俺は男だし女心の機微が分からんというのはお前も認めるところだろう?」
これは俺の至らなさでもある。だから、俺は頭を下げてでもどうにかしなくてはならない。
「逆に聞くわバカ兄貴。私に言われた通りにして、上手くいくならそうするわけ?」
「…何が言いたい?」
見下げ果てたような声に、抑えようのない苛立ちが漏れた。俺だって、出来るものなら…!
「言ったでしょ? バカ兄貴は霞さんと一番、近い位置にいるの。それなのに、同性だから? 自分が鈍いから? そんなバカみたいな理由で上から目線で施しを受けてそれで上手くいくとしても、そんなもの嬉しいと思うの?」
しかし、気付く。これは、愛希の叫びだった。
「私はイヤ。だって…大切な人には、自分のことを一番に分かってほしいって…そう思うに決まってるじゃない。誰かから聞いた答えより、自分で考えた答えが欲しいって思うに、決まってるじゃない」
そうだ。俺自身がどれだけ傷つこうとどうでもいいのだ。
あぁ…真一さん…あなたはどうして
ただ、霞さんが伸ばしてきた手を、他の誰でもない。俺が掴めるか。それだけの話だったのだ。
「ま…そんなこと言っても? バカ兄貴はバカ兄貴でしかないからね少しだけ背中を押してあげるとしますか」
悪戯っぽい笑みでにやりと笑う。とことんバカな俺は、黙って従うしかない。やれやれである。
「霞さんが何かを悩んでて、バカ兄貴はそれを解決するためにすべきことを探してたんだろうけどね…分かんないならね。直接聞いちゃえばいいのよ」
「直接って…そんなこと出来るのか?」
「出来るかじゃない。やるの。そのために色々考えるのまずはそこから進む、でいいの。話してくれないなら話してくれるまで努力すればいいだけなのそれだけの話なの」
「そう…か…それだけの話…か」
そう考えると、今まで何を悩んできたのだと。俺の心に苛立ちに似た、居ても立っても居られない衝動のようなものが駆け巡る。
「よし! それじゃあ霞さんとデートをする!」
「は…はぁ!? ちょ何言って…」
愛希は何やら動揺していた様だが、
「うん…でもそれでいいのかもね。私達のことを避けてる以上、私達のいない所で話すしかないし…うん」
しかし、納得するようにやれやれと溜息を吐いた。
「それじゃ、もう一つ。バカ兄貴が変な風に悩んじゃっている原因は私にもある、て言えなくもない。そうでしょ?」
「…そうだな」
そう。俺達兄妹は、長い時間を過ごして、お互いに影響しあって、今こうしてここにいる。
「だから、変な所でへたれたりしたら寝覚めが悪いから…その…」
もじもじと顔を赤くしながら、愛希は俺の耳元に近づく。熱い吐息が、俺の顔にかかる。
「――――」
そして、その言葉を聞いた俺は、呆然と、こみあげてきてしまう。
「あぁあああああ!!!! もう! 何だって私にこんなことやらせてんだ! このバカ兄貴!!!」
そうだな。俺は、どうしようもないバカ兄貴だった。けど伝えたい。
「ありがとう…愛希」
「あぁああ!! だから! あぁもう!!」
俺達は互いに、どうしようもなく暴走しながら、前へ進んでいく。




