あの日について
「それが明日香とお前さんの出会いだ。その後…まあ俺が個人的に調べ上げてな。お前さんの名前やら何やらを知ったってわけだ」
「あーそっか…あの時、あいつを迎えにきたおっさんがあんた…て待て…あれ明日香だったのか?」
「…ありゃ? お前さんは覚えてたのか」
「そりゃ忘れられるはずもないだろう。あのインパクトなんだから…ただ、そうか。あいつが明日香なのか…」
俺は、しみじみと思い出す。
「ところで、何であいつライオンの仮面なんて被ってたんだ」
そう、あの当時のアイツはライオンの仮面…リアルすぎるそいつを被って周りがドン引いてたのだ。
「あーあれ確か爺さんだったかひい爺さんだったかがマジで狩りに行って剥いできた剥製だぜ」
「本物だったのかよ!? 道理で本能的な恐怖を感じるわけだ」
しかし、何だって明日香はそんなもんを…
「ま…虎の威を借る何とやらではないが…あいつも強がりたがったってわけだな…ガキだからなぁ…バカで可愛いもんよ」
さて、とひとつ咳払いをする。せっかくなのでこちらから質問をぶつけてみる。
「俺と明日香に因縁があるのは分かったが…自分たちが恋愛結婚した癖に明日香に干渉しすぎなんじゃないか? 肝心なのはあいつがどう行動するかだろう?」
「そこなんだよ…ほんっとにな。そこなんだよ」
はぁああ…と重苦しく溜息を吐きながら、創生氏は続けた。
「俺もさぁ。いつかお前の元に会いに行ったりするのを一悶着したりするようなそんな展開になんのかなぁ…なんて涙を流しながら見送る準備してたんだよ」
「努力の方向が斜めだな」
「けどさあいつさ。実の所、その時のことをちゃんと覚えてないみたいなんだよ」
「そうか…まあ色々あったんだろうしな。あいつもあれからいろいろ努力したんだろう」
だが…それだけではないのだろうな。
「そうだ。完全に忘れてるわけじゃないんだ。あいつの生は、あの時から始まったと言っても過言ではないし、根源にはあれがあることも事実だ」
そうだな。初対面(いやあの時は違うのか)の時に俺のことを見つめながら何か聞きたそうにしてたし、妙に俺に懐いてくると思った。…何だろう本能的な何かだったのかあれ。
「けど…完全じゃない。なら、背中を押してやるしかねえじゃねえか。世話を焼いてやるしかねえじゃねえかと。それが親の責任じゃねえかと。そう思い至るわけよ」
「とは言っても…さっき言っていた帝崎家の責任は」
「それだけどな…思うんだ。あいつが想いのために強くなれたのなら、それが正しいんじゃないかとな。今更、想いを捻じ曲げて、そんな強さに何の意味がある、と。そう訴えて、自らを肯定するために、あいつは強くなれるんじゃないか、とな」
あぁ…何だ。あいつ愛されてるじゃねえか、と。俺は何か嬉しくなった。
「分かってるさ。お前さんがどうするかは自由だ。けど俺達がどうするかも自由だ。今でも十分、あいつの人生も救われたものになると思うが…お前さんが隣にいてくれる時のあいつが幸せそうだからな…欲張りたくもなる……それに」
「それに?」
「……あーいや、何でもない。これ以上は口の出し過ぎだな」
さて、と。帝崎創生氏はレシートを手に立ち上がる。
「それじゃあな。何かあったら相談しろ」
そして、去っていく。
「帝崎明日香…か」
さて、俺はあいつにどう向き合うべきなのか、と考える。と同時に
(何か忘れていることがあるような…)
それが、あいつとの関係にとても重要なものだとどこかで感じて、胸を焦がした。




