帝崎明日香の憂鬱
「待った?」
「ううん! 今来たところ(はぁと)」
ちなみにこれは手紙に書かれていた合言葉である。はぁとで発した創生氏の凄まじいピンクオーラに周りが引いている。
駅前だからなのか、創生氏はこの前学園で見せた姿とは違い、髭を剃り、髪を短く清潔に整え、背広も武道の達人が着る道着のようにきりりと着こなしていた。
「まあな! これ以上やってると嫁とついでに娘に怒られそうだから止めにしとくか」
しかし、奇行は変わらない様であった。
「ひゃっはー! 久しぶりのドリンクバーだぜぇ!」
ファミレスに移動した俺達は話を始める前に注文を終える。まあドリンクバーだけだが。
「話というのは他でもない。明日香の話だ」
ことり、と形容しがたい色のドリンクを置く。その声は、その姿は、とても静かで厳かなものだった。
「まず帝崎家の話をしよう。まあそれほど語る必要があることは多くない。ただ一つ…帝崎は強くあらねばならぬ、ということだ。だが…」
やれやれ、と。創生氏は溜息を一つ吐いた。
「率直に答えてくれ。明日香の見てくれをどう思う? 見てくれだけだ」
「可愛いらしいな」
知っている。その小さい身体の中には、途方もなくエネルギーが凝縮されていて。そのつぶらな瞳には、何事にも折れない意思が秘められている。
しかし、きっとそのようなことを求めているのではないのだと。俺はそう感じ、答える。
「俺は恋愛結婚でな」
しばし思い起こすようにして、続ける。
「自分が抱く女くらいは自分で決める。と、俺はそう定めた。勿論、色々あったぜ。お見合いしろとか何とかな。そこら辺の経緯は割愛だ。今考えると夫婦になったからいいものの…色々シャレにならんしな…まあいいんだ。そんなどうでもいい話は。つまりは、紆余曲折あるものの、俺は俺として嫁を選んで、そしてその結果、娘は生まれた。という話だ」
そう、とてもかわいらしい娘が。帝崎家に。
「…政略その他も無いわけではないが帝崎家が俺の結婚に反対していたのは、優秀な血筋を残すためだ。結局の所、才能という要素は必ず存在する。それをどうにかするために、突き詰める。それが脈々と続く一族の義務だ」
「けどそんなもの今の時代に後生大事に守らんといかんものか?」
「この身一つ犠牲にする程度であればそれは構わん。が、血というものは先祖が代々と受け継いできた遺産だ。平坦でもなかっただろう。悲劇も無いわけはないだろう。少なくとも、んなもん知らん、と放り投げていいものではないくらいには」
いや、分かってしまうんだ。それはきっと遠い出来事じゃなくて……けれど。
「お前のその衝動は正しい」
しかし、帝崎創生は笑う。
「傍から見れば、そんなもんだろう。滑稽だよ。今だってそう思わないでもない。が…この年になるともなると、色々なものが見えてきた。
お前さんは、それで構わない。寧ろそうでなくてはならない。が…それは俺には許されない。ただ、それだけの話だ」
それに、分かっているのだろう? と問いかけてくる。
「その伝統を…血を守らなかった結果が明日香だ」
小さい頃は体も弱かったという。何故男ではないのだと、何故強靭な体を持って生まれなかったのだと…そう、帝崎明日香は、生を呪っていた。
「今でも母親は少しばかり苦手らしい。まあ…色々と辛く当たったりしたからな」
明日香は、ものごころつくと世界に怒りを向けた。両親が愚行を糾弾した。…何故、自分の様な人間が生まれたのだと、嘆いた。しかし、あいつはそれを杖にした。両親への怒りをバネに、立ち、そして歩み始めた。
それは自分たちの責任であると受け入れたのだという。ただ…それでも健やかに育ってくれればいいのだと。そう思っていた。
「…」
信じられなかった。
あぁ…ここから見える世界も、こんなにも美しいのに
あいつはそう言った。あいつの心は綺麗で、気高くて、力強くて。そして真っ直ぐだった。
けど…
うむ大丈夫だ。…すでに吹っ切れていたつもりなのだ。この身体のことも…だがやはり未熟であったということに気付いた
そうか。片鱗が無かったわけではないんだ。きっと今だって、苦しんで無いわけでもないんだ。だったら…俺に出来ることは何だろう?
「そうだな。もしもあいつが憎しみを糧に生きるであれば、それはそれで構わないと思っていたんだ。けど少しばかり欲が出た。あいつが」
秋月真一と出会ったからだ
「は?」
何故ここで俺が出て来るんだ。
「そこで間抜け面を晒すから俺が出て来たわけだ。そうだな…少し振り返るとしよう。お前たちの、物語を」




