注意:バトりません
すみません…何言ってるのかわからねえが…という人にも申し訳ありませんが本当に申し訳ありませんおっさん回であることも申し訳ありません
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「真一! 何故追いかけてきた!」
中庭を駆けながらも明日香は怒鳴る。いやいや。とは言っても仕方がないだろう。
「関係ないとか言わないよな? 仕方ないじゃないかお前のことが心配なんだから。いやなら心配かけない様にしろ」
「む」
明日香はこれ以上の問答は無意味と判断したのか、一つ溜息を吐き、前を向く。
「…身内の恥をさらしたくはなかったが…」
「何か言ったか?」
「何でもない」
「はっはっは! さすがにバレるかぁ」
そんな時である。豪快な笑い声が響く。そして、柱の陰からのっそりと姿を現す。
「ふん。であればこそこそと逃げ回っていればいいものを」
「久しぶりに会ったんだ。それにここは学園だろう? 戯れに童心に返っても罰は当たらんと思うがねぇ」
そこに立っていたのは中年のおっさんだった。よれよれのズボンに腕をまくり襟元を開いたYシャツ。ネクタイは…頭に巻いてる。無人島から帰って来たのか? と言わんばかりの無精ひげ通り越した何かと長髪は全く整えられていない。
にもかかわらず、そのしっかりと地に根差す足取り。自信に満ち、ぎらぎらとこちらを見つめる瞳。愉悦に満ちた表情。それらが全てを肯定してしまいそうになる。何かを成し遂げてしまう男ではないか、という予感を振りまいてしまう。
「まあとは言っても、そんなことは関係ないのだがな」
「おっと」
後ろから迫った一撃を、しかし、男は何ということも無く飛び退き、躱す。
「おいおい何だい小僧っ子。いたいけなおっさんに向かってそんなもん振り回すもんじゃないぜ」
そこにいたのは友助である。パァン! とおっさんのいた場所に竹刀が叩き落される音がして、砂埃が舞う。
「あいにくと関係はない。あなたが仮に世界を救う救世主であるとしても俺の行動は変わりはしない。俺は所詮、路傍の石のような者。それに躓くようであればそもそもそのような資格など無い、ということに他なりません」
「いいねぇその年にして大した下っ端根性だ。だが実に若者らしくない」
「貴様も年寄りらしくはないぞその老体を労わってさっさとお縄につけ」
「はっはっは相変わらず厳しいわねえ明日香ちゅわん…うん…へぇ」
今度は努めて軽薄そうに言葉を放ち、こちらを見てくる。明日香よりも…俺の方を見てにやにやと見ている気がする。…ん? 髭面で分からなかったが何だろうか? 既視感が…
「まあ色々動き回ってはみたがやはり本人に聞くのが一番早い。ここは体に聞くとして鬼ごっこと洒落こも…」
「ごめんなさいそれは無理です」
「…え?」
全員の予想を裏切り、身構えた体は、何が起こったのかわからずバカみたいに警戒を解けないでいた。
「えっと…大丈夫、でしたよね?」
そこに当然のようにいたのは霞さんである。霞さんは、おっさんにかけた縄をぎゅうっと引き締めていた。
「すみません…これ以上は私では力不足なので明日香さんお願いします」
「ふむ仕方がないな」
「ぅえ!? ちょ! 待て! 首にかか…ぐえ…あこれアカンやつや地味で声も出せへんやつや! ぐぇえ!!」
※※※
「く! 殺せ!」
何を女騎士みたいなことを言ってるんだこのおっさんは。
「いやぁ一応お約束だからな。てかさ誰得なんだこの状況。大のおっさんが拘束されているのを誰が喜ぶんよ」
「不審者だからな世の中の安全を願う婦女子は大喜びだろう」
無事拘束に成功したおっさんをとりあえず引き回しの刑に処し、とりあえず空き教室に連行された。
学園に引き渡そうとしたのだが明日香が止めた。示談で済ませようという慈悲なのだろうか?
「逆だ。学園の方に引き渡せばすぐに無罪放免となりかねん」
明日香は溜息を吐く。
「それでこの人は一体誰なんだ?」
「…帝崎創生。恥ずかしながら我の父だ」
いやーはっはー…と照れるようにのたうち回るお父上であった。
「さて御身の噂はかねがね聞いているもののさすがに身に降りかかる不義理を見過ごすわけにはいきませぬ」
友助は表には出してはいないが恐らく内心動揺しながらも、はっきりとした声で言う。誰に言われたというわけでもないが、使命感が強い男である。
「んー…とは言ってもだねぇ。もう分かったとは思うが、ここには娘の様子を見に来ただけだぜ。元気そうで何よりだ。以上。ハイ撤収てっしゅ…」
「そうはいくまい」
ドン! と明日香はおっさんもとい創生氏の顔の間近を思い切り踏んづけた。
「では理詰めで話をしよう。何故罪には罰があるのか、という話だがそれは痛い目を見るためだ。それにより、罪を犯すということはとどのつまり損になる、ということを理解ないし感じさせることが目的だ。そうすることにより、抑止力とするわけだな。と、するならばだ。もう二度とやらない、ということが分かっているのならそもそも罰は必要ない」
「それを信用しろ、と? 人というのはそれほど容易い存在ではないのですよ」
「これは忠告さ若人よ。こんなことに拘るほど若者の時間というのは安くはないんだぜ」
「ほう…こうして我らに無駄な手間をかけさせてよくぞ言えたものだ。そして、それに対する詫びはどうする?」
「おいおい不機嫌か? わが娘よ。何だ? 逢引を邪魔したのがそんなに不満か」
「いやあれは…逢引などでは、ない」
「ふぅん…後はそうさな…そこの影の薄い娘さん」
「は…はい?」
突然と霞さんに話しかけた創生氏を俺達は注意深く見遣る。
「娘さんが俺を追いかけたというか俺の存在を知っていたのは、何もそこの兄さん二人と結託していたわけでなく、つまりは明日香だけを除け者にしていたとかそういったことじゃあないんだろう?」
「は…はいそうです。実は…お二人が秘密のお話をしていて、その時何を話しているのだろう、と…」
聞いていたのか。気付かなかった。
「…」
その時のことを思いだして何か含むところがあるのか、何かを考え込むようにしているのが気になったが、恐らく今考えるべきではないのだろう。
「まあこれからはちゃんとそういうことを相談しておけ。年長者からの忠告です」
「だから偉そうにするな!」
というのが、出会いであった。彼が一体何をしに来たのか。それは成し得たのか。それは分からなかった。
そして、それを知る機会は案外すぐに訪れるのであった。
※※※
それから数日たったある日のことである。いつもの様に登校し、靴を履きかえようとしたその時である。
「ぅえ?」
変な声が出た。下駄箱に入っているピンク色の便箋を手に取る。ハートマークで留めてあった。
「…何それ」
愛希が信じられないという顔をする。かく言う俺もである。
「というわけでちょっと一人にさせてほしい」
「何故だ。やましいことがあるのか」
心なしかじとっとした目…拗ねたような明日香の珍しい態度に内心
「可愛いなぁ」
「む? 何か言ったか」
「ごめんなんでもない」
内心の呟きが漏れながらもまあそれでも
「まあ悪戯であればそれに越したことはないが、今時、文という想いを文字に託したものを贈っているのだ。それを汲み取ってやるのが筋だろう」
「ぬ」
明日香は押し黙る。そして分かった、と。皆は先に教室へ向かった。
「ええっと…霞さんも行ってください」
「ぁ…ははは…」
しれっとその場を離れないようにしていた霞さんであった。
「すみません…」
何を考えているのだろうか…いつか、それを知りたいと思う。
「真一さんは…私を…」
「ん?」
「いえ…失礼します」
そして一応周りを見渡し、封を開ける。うん…拍子抜けしたような、緊張するような。そんな複雑な心境である。
差出人の名は―――帝崎創生だった。




