#8 佐伯美穂
あれから、2週間。
まだまだ春の尻尾も見えず、寒さの厳しい2月。
あれからの僕はと言えば、通常業務をこなしながらも、例のCDの事が気になり、何日かに1回は業務の合間を見て、幸田施設長に連絡をし、様子を伺っていた。
やはり、お昼寝の時間にBGMとして流してくれているらしく、星の国ではもちろん、家でも子供の寝入りが良くなったと嬉しい反響を聞いている。
社長にもその都度報告し「これをモデルケースに他の施設にも営業していきましょう」などと、気持ちの 逸る 僕に「まずはどうやって利益を出すのを考えないとね?笑」と 諭すような、とにかく充実した日々を過ごしていた。
そんな僕が仕事を終え、帰宅準備をしていると、見覚えのない連絡先から携帯に着信が入った。
「あの、私、星の国の佐伯美穂 と言います。」
佐伯美穂?
聞き覚えのない名前。
「あの、今からお会いできませんか?」
会ったことのない女性から、会わないかと言われるのは 些 か不安もあったが、星の国という事もあり、安心して僕は了承した。
「それにしても、何の用だろう。」
まさか・・・告白!?
いやいや、そんなことない。
いやいや、そんなことないこともない?
仕事が順調ですっかり能天気な僕は待ち合わせ場所へと急いだ。
そう、とても急いだ。
期待に胸を膨らませた僕が待ち合わせ場所に辿り着くと、見覚えのある顔がそこにはあった。
「あっ!」
星の国へ行った際に施設長室へと案内してくれた佐伯美穂だった。
「思い出してくれました?」
物腰柔らかな口調、大きな瞳、そして仕事の時は結っていた為に分からなかったが、長い黒髪は美穂の女性らしさを、さらに際立たせていた。
「はい!」
しばらくぶりの女性との二人きりの食事、僕の胸は高鳴り、目の前の彼女からの用件の有る無しをすっかり忘れていた。
あの時から実は栂屋さんの事が気になっていて…。
そんな妄想をしながら、相手が美穂だと分かっていたら、1度帰ってお洒落をしてから、出てくれば良かったなど僕が馬鹿になっていると。
「突然、呼び出してしまって、すみませんね。お仕事でお疲れなのに。」
「いえいえ、そんなことないですよ。」
美穂さんに会ったら、仕事の疲れなんてぶっ飛びました!とテレパシーを送っていた。
届かなくて本当に良かった。
「あの…あの子も、もうすぐ来ると思うんですけど…。」
そう言って辺りを見回す美穂。
「え!?」
「元々、あの子が今日栂屋さんに話したい事があるからって言われたんですよ。」
ガラガラと僕の中で何かが音を立てて崩れていった。
『女性と二人きりの食事』
『初めて会った時から気になってました。』
その他、諸々と妄想。
「あ、そ、そうだったんですね。」
動揺を隠しきれず、僕はどもってしまう。
「何かどうしてもってお願いされて。で、名刺に携帯番号があったんで、連絡させてもらったんです。」
なるほど。
「で、あの子って同じ星の国の保育士さんですか?」
美穂の言いぶりから、相手は僕を知ってる様子。
ということは、星の国で僕が美穂以外に接した人物は一人しかいない。
「そうですよ。」
「ちなみに名前は?」
「真琴ちゃんです。」
やっぱり。あの気の強そうなしっかりした人か。
名前を聞いた途端に僕の淡いドキドキはどこかに言ってしまっていた。