#7 九曽神真琴
「九曽神 真琴」
それが、その保育士さんの名前。
この 絢爛豪華 な雰囲気の名前に似合わず、真琴は飾らないサバサバした雰囲気で、保育士さん特有の薄いメイクのせいか、男勝りの印象を受けた。――機械のことは全部、真琴ちゃんがしてくれるの。――という施設長の言葉と印象は合致する。
「施設長、いい加減に覚えて下さいよ。これはCDで、前に子供たちに見せたのはDVDで…」
僕をほったらかしにして、施設長と真琴は楽しげにやり取りを続けている。真琴の口調からしても、星の国でのスタッフ間の関係性が実に円滑であることが伺えた。
やがて、準備が出来たようでCDラジカセのスピーカーから、聞き馴染みのあるメロディが流れ始める。
「うわぁ。綺麗なピアノの音。」
真琴と施設長は、初めて聞くこの旋律に聞き入っている様子。
僕は今朝の事を思い出していた。そう、このCDの感想を聞かれ、それに答えた時の社長の嬉しそうな表情を。
―― そうでしょ?
言葉にはしなかったが、僕もあの時の社長と同じ様な表情に違いない。
そんな僕に全く気付く様子もなく、二人は聞き入っているようで、改めてこのCDが持つ人を惹き付ける″何か″を感じていた。
1曲目を聞き終えたところで、真琴は停止ボタンを押し
「ところで施設長?このCDは何なんですか?」
「詳しくはまた話すけど、このCDをBGMとして流させてもらおうと思ってるの。」
「そうなんですか。じゃあ、お昼寝の時間に流すのはどうですか?ピッタリかも!」
施設長と真琴の楽しそうな会話に思わず僕も営業マンとしてではなく、栂屋総一として参加してしまう。
「あ!私も昨晩、これを聞きながら寝たのですが、熟睡できましたよ!」
「あ!私も寝る前に聞きたいです。」
社長の計らいでこのCDにはコピーガードは施されていたが、普通のCDと変わらないらしい。
「もし良かったら、自宅に持ち帰って頂いても大丈夫ですよ?」
「じゃあ、是非そうさせて欲しいです。ね?施設長?」
真琴にお願いされた施設長は、自分も家で聞きたいと、再生の仕方を真琴から聞き、熱心にメモを取っているのだが、施設長が自分の力で再生するのは難しそう。
「施設長はここで子供たちと一緒に昼寝して下さい。」
しまいには真琴にこう言われる始末で、施設長は大笑いしている。
そんな人当たりのいい二人のお陰で、仕事はスムーズに進み、他の営業先と違う柔らかな雰囲気が心地よく、長居したい気持ちだったが
「では、そろそろ失礼します。あんまり遅いと社長に怒られてしまいますので。」
と笑いながら言うと「雨宮さんって怒ることあるの?」なんて話題は社長に移り、もう雑談を30分ほどしてから、僕は施設長室を出た。
施設長は丁寧に玄関の門まで見送りに来てくれ、深く頭を下げてから、会社への帰路に着く。会社を出た時の足の軽さ、そのままに。
真琴は帰宅してからも、あの音色が妙に頭に残り、気になって仕方がなかった。
――綺麗なピアノの音色だったなぁ。
真琴も保育士という仕事柄もあり、ピアノに触れる機会が多く、演奏することも好きだった。また聴きたいなと思わせるあのメロディを――これから 恒常的 に耳に出来るのが楽しみ。――なんて思いながら、ただ何かが引っ掛かっていた。
「でも、何か寂しげというか…。」
真琴もまた、あのCDには″何か″があるような気がしてならなかった。それは、総一が感じていた″何か″とはまた違い、それが真琴にとっては気掛かりだった。