#6 星の国
「ここが星の国か。」
名前通り、外装には星や月などの可愛らしいレプリカが飾られており、大きさや形の歪さから、子供たちが作ったものだと想像される。
厳重に施錠された門扉の奥から、子供たちの可愛らしく騒がしい声も届き、中を覗くと一人の保育士さんと目が合った。
――綺麗な人だな。
内心、子供たちが羨ましかった。
僕が小さな頃、保育士さんのことをえらく気に入っていたんだと母から聞かされたことがある。もしかしたら、そういう女性の好みはその時から形成されているのかもしれない。
そう、歴代の彼女は皆、優しく慎ましい、母性を感じさせてくれるような人ばかり。
僕が実にどうでもいい自分の女性の好みを分析していると、優しげな口調で用件を問われた。
「どうされました?」
「私、Toys roomの栂屋と申しますが、施設長はいらっしゃいますか?」
「あ、お伺いしておりますので、ご案内しますね。」
子供たちからの「誰?」「何しに来たの?」という質問攻めを交わしながら、保育士さんの後を着いていくと
「こちらになります。」
そう言って、ドアをノックして、中まで案内してくれた。
「始めまして。Toys roomの栂屋です。」
「どうも初めまして。星の国の施設長をしてます幸田と申します。」
そう言って深く頭を下げた施設長の幸田真美は、気の良いおばさんのような雰囲気で、小柄な見た目と口調の朗らかさから人柄がにじみ出ていた。
施設長室の中にも、あの歪な星や月がたくさん飾ってある。
元々、星は五角形ではない。星の光が放射線状に広がる様子から五角形に描かれる事が多いらしいのだが、子供たちが描く星はそれこそ綺麗な形をしていない。それが実に魅力的で、まさしく星の国という名前にピッタリだ。
「雨宮さんから聞いてますよ。素敵なCDをお持ち頂いたそうで、ありがとうございます。」
社長からは”知り合い”としか聞いていなかったために、かなり緊張していたのだが、よくよく話を聞くと”友達”という関係なんだと伺える話ぶりに緊張も解れ、本題に入るまでに30分ほど寄り道をした。
「あ、長々とごめんなさいね。CDでしたよね?」
見た目や口調に似合わず、施設長はよく喋る。本題を切り出してくれて、僕はホッとした。
「星の国でこのCDを子供たちに聞かせてあげて欲しいんです。」
施設長は、まずは聞いてみたいとCDを手に取ったはいいが、首を捻っている。
「…?」
僕が不思議そうに見ていると、それに気付いたようで「ごめんなさい。私、極度の機械音痴なの。」と白状した。
いわゆるテレビの予約録画が出来ないタイプで、CDの再生など、考えただけで頭痛がしてしまうらしい。
「ちょっと待って下さいね。」
そう言って施設長は部屋を出ていった。
一人になった途端に安堵感に包まれる。いくら接しやすく、相手が社長の友人と言っても自社オリジナル商品の営業、しかも社長の思い入れのある商品だ。自分の印象次第では手に取ってもらえない可能性も危惧していたが、ひとまず一安心。
「このCDを子供たちに聞かせてあげるんだ。」
僕は改めて気合いを入れ直していると、ドアが開き
「栂屋さん、お待たせしてすみません。機械に詳しいスタッフを連れて来ましたので。」
施設長はそう言って、一人の保育士を紹介した。
この女性が僕の人生を変えてしまう存在になるなんて、この時は想像もしていなかった。