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ZERO 第一部  作者: 栂屋総一
ZERO 第1部 栂屋総一編
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#4 見せられた悪夢

 帰宅後、社長より指示を受けた宿題に取り掛かろうと、カバンを漁る。


 「これを聞いておくように。」


 これとは、もちろん「癒しの音楽が入ったCD」のこと。


 普段からあまり激しい音楽を好まない僕にとって「癒しの音楽」という言葉の響きは、宿題という名目の仕事として与えられていなかったとしても、かなり魅力的で、期待しながら再生ボタンを押した。


 数秒後、耳に届いてきたピアノの旋律。


 よくある癒しの音楽、いわゆるヒーリングミュージックは、川のせせらぎ、鳥の鳴き声、波が海岸に打ち寄せる音、などは良くあるが、これは純粋にピアノの音のみのよう。


 シングルマザーを癒したいという、気持ちをこの音楽なら届けられると社長は感じたんだろう。


 ――確かに。


 ただの"シングル"の僕ですら望まぬとも癒しを感じている。


 「癒し」を感じるという状態は「癒されていない」という事を教えてくれる。


 仕事に時間を忙殺(ぼうさつ)される日々。その代価に給料をもらい、将来のためと貯金する。


 ―――将来のためとは何だろう?


 やりたい事がある訳でもなく、趣味や特技もない。寝るだけで終わる休日。


 思わず自分の存在意義を疑ってしまう。


 ―――彼女でも作るか。


 空いた心の隙間と時間を埋める存在を求める。


 「僕は寂しい人間だな。」


 ―――寂しい。


 という感情を抱えながら、それを客観的に見ている、そんなちっぽけなプライドがさらに痛々しく、精一杯の抵抗。


 シャワーを浴び、就寝準備を終えた僕はまたあのCDを再生した。


 コンクリートの壁に反響するピアノの音色の心地よさに、僕はスヤスヤとすぐに寝息を立てる。


 「…。」


 ハッと目が覚め、時計を見ると午前2時。


 ――そう言えば。


 部屋に流れるピアノの旋律の中、僕は気付く、あの悪夢を見なかったことに。


 ――僕に悪夢を見させている誰かにも、この癒しが届いたからだろうか?


 もしくは癒された僕には、悪夢を見せる必要などなくなったのだろうか?


 もう見せる必要がないとしたら、この僕の平穏だと信じる日常そのものが悪夢だとでも言うのか?


 ――まぁいいか。


 と、再び僕は目を閉じる。


 いつだって望んだ通りのものが手に入るわけはない。理想という名の現実にすら常に妥協があるもの。だからこそ、理想のさらに向こう側にあるものを夢と名付けたんだ。


 そして、人の夢を儚いと書く。


 ――実は僕のこの人生の方が夢で、あっちの僕が本物だったりして。


 何の気なしに浮かべた空想に、やけに恐怖心を感じた僕は目を閉じる事が出来ず、癒しの音楽を聞き続ける事になり、結果的に悪夢を見ることはなく朝を迎えたのだった。

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