#17 九曽神家にて part2
「おい、何だよこれ?」
「何だよって、私の家の門だけど。」
僕の目の前にはあまりにも立派過ぎる門扉。
これから、力士でも二人は楽々並んで肩を組んでスキップで入れる。
「いやいや、こんなとこ入れないって。」
「何言ってんの?男でしょ。覚悟を決めなさいよ。」
お祓い云々ではなく、九曽神家の敷居を跨ぐのを物怖じしている僕を無視して、真琴はチャイムを鳴らし「真琴です。」とだけ言うと、門がゆっくりと開く。
「自動かよ!」
「もう、いちいちうるさい!」
そして、ゆっくりと開いた門扉の向こうから顔を出した九曽神家…の庭。
「嘘だろ…。」
そこにある景色は学生の頃に遠足などで行ったことがある日本庭園が広がっていた。
──入場料を取れば?
と言いそうになったが、思い止まった。
それが庶民のセコい発想で、そんな事が必要ないのが大金持ちである由縁だからだ。
「広すぎるのも大変なんだよ?」
そのせいで、前も遅刻したし。なんて真琴は言うが──それは関係ないだろ──と正常時なら反論出来たように思う。
ただ、この時の僕は
「そうだろうな。」
と、この異常な光景に正気を保てずにいた。
庭を抜け、玄関の扉を開け、もう僕は完全にお登りさんで、ただただ圧倒され、真琴の後を金魚のふんのように引率されていた。
「ただいま。」
「お邪魔させて頂きます。」
人の家に入る際にお邪魔という言葉を使うが、こんなにも感情を込めて言ったのは、人生で初めてのこと。
真琴が靴を脱ぎ、家に入る様子を僕は注視していた。
──お金持ちの家にお邪魔する作法はどうするんだ?
もう、何が正しいのか分からず、真琴の真似をしていれば間違いはないと。
「何してんの?早く入りなさいよ。」
「はい。失礼します。」
ちなみに玄関スペースだけで、僕の部屋くらいの広さは優にある。
「あ、真琴ちゃん、お帰りなさい。あれ?お客様?」
声の方を見ると怖いくらいの美人が黒猫を抱いていた。
「うん。この人、栂屋総一さん。友達なんだけど…」
「お祓いね?」
真琴の言葉を遮るように 由紀乃は言った。
真琴は頷き、由紀乃は僕の方を見て
「初めまして、栂屋さん。真琴の姉の九曽神由紀乃です。」
気品漂う立ち振舞い。
いや、漂うどころではなく、もう気品そのものだ。
「初めまして、栂屋総一と申します。本日はお邪魔致します。」
「ニャー!」
由紀乃に抱かれた黒猫が鳴いているのだが、何やら僕に対して敵意剥き出しな様子。
──あれ?歓迎されてない?
ご主人様に対して少しいやらしい目で見ているのが猫にはバレたのか?なんて、僕が内心焦っていると
「シャカがこれだけ威嚇してるってことは…」
「そうね。ママのとこにお連れになったら?」
そのまま僕は真琴に連れられて、大豪邸の廊下を進む。
「なぁ真琴?」
「ん?何?」
「さっきの猫、シャカって言ったっけ?何か凄い怒ってたみたいだけど、大丈夫?」
神妙な面持ちな僕に真琴は少し笑って
「あ、あれは怒ってるんじゃなくて、反応してただけ。」
九曽神家のペット、シャカも特別な力を持った黒猫らしい。まるで異世界にでも迷い混んだ気分の僕は、どんな事象も受け入れてしまう、ある意味パニック状態になっていた。
「そうか。僕はやっぱり憑かれてるんだな?」
真琴は頷き、足を止め、ドアをノックした。
「真琴です。失礼します。」
僕は唾をゴクリと飲み、真琴の後を追って、部屋に入った。