転生[2]
「ファンクラブ会長?」
なんだそりゃとラビは首をかしげた。
「何があったのかはまだ調査中なんだけど、状況からしてたぶん、あなたを元の肉体からこっちに完全に移しこんだのはそいつだと思うわ。まぁ状況からの現段階での推測だけど」
「どういう事?」
「あなたの最後の記憶はどうなってる?つまりその、元の身体での最後だけど」
「身体がイカれて動けなくなって倒れた。もう一度リンクシステムに戻ろうとしたけど戻る事もできなくて……たぶんそのまま死んだと思うんだけど」
ラビは惨めな最後を思い出し、自嘲たっぷりに苦笑した。
「そう」
対する女署長は大きく頷くと、言葉を続けた。
「これは警察官としてのカンにすぎないから割り引いて聞いて欲しいんだけど、あの男たぶんストーカーか何かじゃないかと思うの。あなたの正体を知ってどうしようか悩んでいて、そして悩んでるうちにあなたが倒れた。で、こりゃいかんと速攻踏み込んだってところじゃないかしらね」
「どうしてストーカーだとわかる?」
「あなたのお話、それとこちらからの追跡部隊が到着した時間、そして状況の三つ。あとは私の経験上の判断ね」
女署長の顔にも苦笑いが浮かんでいた。確実な事が言えないのが悔しいのだろう。
「あの男はたぶん、意識のないあなたをあの部屋の医療用ベッドに寝かせた。あのベッドの上ならたとえ仮死状態でも生命は維持できるでしょうしね。でも、再度あなたの状態を見てこりゃもうまずいと気づいたんでしょう。で、あなたが今まで絶対使おうとしなかったもの、つまり人格転送システムを動かしたってとこかな?」
うん、と女署長は自分に言い聞かせるように頷いた。
「今までずっとリモコンだった理由って、法的問題でいいのかしら?つまりあなたは元男性で、ラビちゃんのボディは女の子のものだったから?」
「もちろん。ちなみに『元』は余計です」
「いいえ『元』よ」
女の子扱いにちょっと逆らったラビだったが、女署長にあっさりと否定された。
「あなたを運び込んだ際、当然だけど心身の整合性チェックもちゃんと行われているのよ。逃亡した犯罪者なんかが別の肉体に取り替えて過ごしている場合もあるから、そのあたりは徹底的にしなくちゃいけないのは知ってるでしょう?」
「うん、知ってるけど……それが何か?」
「あら、わからない?」
女署長は少し考えていたが「ま、いっか」と何か考えなおすような顔をして、さらに話を続けた。
「あなたのサイコパターン、普通に女の子だったのよね。ねえラビさん、本当にあなた、元男性なの?」
「……はい?」
ラビは目をぱちくりさせた。
「男性が女性タイプのサイボーグに入った場合、馴染むにはそれなりの時間がかかるものなのよ。
いい例がおねしょよね。尿意のコントロールが全然違うから最初、結構やっちゃうのよ。特に高齢の男性が女性化した場合、ショックで寝こむ方もおられるくらいにね」
「それはそうでしょ、いきなり違う身体になるんだから」
「ええそうよね。で、ラビさんはそれ経験あるかしら?」
「……ない、けど」
どうやら話の趣旨を理解してきたのだろう。ラビの顔が微妙にひきつりはじめた。
「そういう心身のズレって、最近の技術を使えばしっかり観測できるの。つまり、本当にラビさんが男性で、死にかけてそのボディに転送されたっていうのなら、それはチェックできるはずなのね。でも、あなたはそれがない」
「……」
「ねえラビさん、何か心当たりないかしら?」
「……」
ラビの脳裏にあったのは、もちろん夢の中の情景だった。
そう。死に向かっていた『彼』は『ラビ』に「取り込まれた」のだ。
「なるほどね」
ラビの話を聞いた女署長は、さもありなんと唸った。
「あくまで推測なんだけど、その夢は一種の寓意化だと思うわ」
「寓意化?」
「ええ」
女署長は大きくうなずいた。
「ある時期のドロイドタイプのボディを使った実証実験でね、利用者を早期に新しいボディに定着させるための実験が行われたと聞いた事があるわ。つまり、受け入れ側が利用者の人格を取り込み吸収し、新しい身体に最初から適合するようにするんですって。これにより、最小限の違和感で新しい身体に馴染めるんだそうよ」
「その夢に似ていると?」
「似ているというか、聞いた限りだと、それそのものにも思えるわね。
その『女の子っぽいラビ』ちゃんは、あなたの想像通りの存在でしょう。つまり、あなたから生まれた存在って事。
ただ唯一違うのは、新しい身体とあなたの心の間に立って、シームレスに両者を結び合うための存在ってところね」
「……すまない、意味がいまいちわからないんだけど。要約すると?」
言い知れぬ予感に震えつつ、ラビは問いかけた。
それはラビにとり予想通りで……しかし当たって欲しくない予測でもあった。
だが、現実は。
「ま、簡単にいうとその子は他でもない『女の子バージョン』のあなたってところね。
あなたは支援システムの助けを借りつつ、女の子としての新しい自分を生み出した。そして、死に行く自分自身をその女の子に取り込ませ、そして蘇生した。そんな感じかしら?」
「それってつまり」
震え声になったラビの言葉に答えたのは、にこにこと黙っていた妹の方だった。
「つまりラビちゃんはもう、心身ともに正真正銘の女の子って事だねえ。よかったね」
「……マジすか」
「うん、マジ」
「ミミ。あなたもう少し言葉に衣着せなさいよ」
どっちもどっちだろうとラビは思った。
「まぁ、性別の事は長い視点でゆっくりお話しましょう。どのみち当面、ラビさんは警察に所属してもらう事になりますからね。
それより話を戻していいかしら?」
「あ、はい」
確かに、それはもっともな話だとラビも思った。
これが唐突に異性になっちゃったというのなら大騒ぎだが、一年ほどもリモコンで『ラビ』をやっていたのだ。これが郊外なら体感の違いに驚いたろうけど今は室内だし、ラビ自身も驚きを通り越しており、事態を実感できるには至っていない。
ならば、今話すべき事は他にあるだろう。
で、本題に戻す事になった。
「それでリモコンの件だけど、命が危なかったのよね?確かに違法かもしれないけど、死にそうだっていうのなら一時退避って言い訳もできたはずよね?どうしてそうしなかったの?」
もっともな話だった。
「まぁ、そりゃ何度も考えたさ」
「でしょうね。でもリモコンにこだわったわけよね?」
「そういう事になる」
「それはなぜ?」
「そりゃま、じじいが女の子になるとかキモいってのもあるけどさ。最大の理由は違和感ってやつだな」
「違和感?」
首をかしげる妹の方……ミミを無視してラビは続けた。
「俺、正義の味方になりたくて『ラビ』をはじめたんだぜ?いわば秩序の守り手ってやつだ。
なのに、その自分が重大なルール違反するってどうなんだ?納得いかねえよそれ」
「……それだけの理由で?」
「充分すぎる理由だろ。
オレは警察じゃないから、仕事でやってるわけじゃない。ルークのように、この地域を束ねてるって自負があるわけでもない。じゃあ、そんなオレが戦う理由は何だ?」
「……」
ラビは自嘲の笑いを浮かべていた。自分の選択肢が子供っぽいという自覚があるのだろう。
「……」
女署長は、そんなラビのありさまに驚いたように一瞬だけ目を丸くした。そしてクスッと笑った。
「なんだよ。どうせバカだよほっといてくれ」
「……ああごめんなさいバカにしてるわけじゃないの。そ。とにかく状況はよくわかったわ」
女署長は楽しげにクスクス笑った。
「なるほど。自らも市民のひとりであり、そんな自分の住む地域の平和を守る。それがモチベーションの源泉って事なのね」
「そういう事。ご理解いただけて何よりです」
「いえいえ」
おどけた口調だったが、しっかりと理解とあえたようだった。
実際、女署長のそれはラビをバカにしたものでなく、むしろ安心とか信頼を意味する笑いだった。
眼前の元気印な『女の子』が自分たち警察以上にお堅くて法を守る意識も高い事に驚きそして納得し、それが愉快で、とどめに「この娘は信用できる」と判断したがゆえの余裕の笑いでもあった。
「ま、あの男の方にはそういう倫理観はないだろうし、ましてやストーカーするほど大好きな鉄拳ラビを死なせないためだもの。そんな事無視して人格転送仕掛けたんでしょうね」
ふう、とまるで自分の事のようにためいきをつく女署長。ラビはちょっとだけ苦笑いした。
「じゃあ、オレの元の身体は?」
「もうないわ」
女署長は肩をすくめた。
「妹が先に現場についたんだけど、呼ばれて私たちが駆けつけた時には、男が倒れててダストシュートが動いてたの。妹が着いた時点ですぐ男を神経麻痺銃で撃ったらしいんだけど……その時にはもう何もなかったのよね?」
「うん」
女の子が女署長の問いに答えた。
ラビが唯一動くらしい目玉を妹の方に向けると、困ったようにアハハと笑った。
「ごめん。わたしがもちょっと早ければ」
「いや、いいんだけど……どうしてパラライザー?」
「この子はあくまで民間協力者だからね。パラライザーもグレーだけど一応は非殺傷だから」
「なるほど」
だがラビの方は納得した。
しかし女署長の方はもう一言あるようで、妹の方を見て苦言をもらした。
「でもねミミ、突然の事で動転したのはわかるけど、いくらパラライザーでもフルパワーで撃っちゃダメでしょう?今治療中だけど、あのまま廃人になっちゃったら情報とれないのよ?詳しい情報とかみんな削除されてたし、あれであの男からデータとれなかったら、ラビさんの客観的身元証明ができなくなっちゃうんだからね?」
「はぁい」
「……」
ちっとも反省した風ではない。
にこにこと毒のなさげな笑いが不気味だとラビは思った。なまじ可愛いだけに、その違和感は強烈なものだった。
見た目もあまり似ていないが、性格も似ていないように思える。
本当にふたりは実の姉妹なのだろうか?
むしろ、妹はワケありの人物で女署長が妹として引き取った、ラビにはそんな風に見えてならなかった。
そんなラビの思考をよそに、会話は続いていく。
「でもお姉ちゃん、ラビちゃんが男の人の可能性があるなら、むしろ身元が『しょーめい』できない方がいいんじゃないの?」
「……え?」
にこにこと笑う妹に、目が点になる姉。
「……」
そして、ミミを見るラビの目が少し細められた。
「だって、それだと色々と面倒になっちゃうよ?わたしのやった事が悪いのはもちろん反省しないとダメなんだけど、あの変態に全部おっかぶせて丸く収められるんなら、それはそれで不幸中の幸いじゃないのかなー」
「……ミミ」
何も言わず、姉は妹の鼻をむぎゅっとつまんだ。
「あいやややややや、いひゃい、いひゃい、おねーひゃ!」
「あんたね、法の秩序を守る警察の関係者がそういう事いうんじゃないの!変態にだって一応人権はあるんだし、私たちだってとりあえず法律は守らなくちゃいけないんだから!」
「……その『一応』とか『とりあえず』ってあたりに説得力のなさが垣間見えるんだが」
「!」
しまった、と困ったようにラビを見る姉。おそらく本来は姉妹間の個人の会話ではこうなのだろう。
対して、妹の方はうんうんとうれしそうに笑う。
「あは、やっぱりラビちゃんは思った通りのひとだね~」
「……思った通り?」
眉をしかめるラビに、妹は「そうだよ」と返す。
「かばってくれた時に、なんとなくピンときてたんだよね。このひとは信用できるって」
「……」
ラビはためいきをついた。妹の態度や反応は怪しさ全開だったが、ここで突っ込んでも仕方ない。
何しろ今、自分は動けないのだ。
ここで滅多な動きをした場合、何が起きても不思議はないのだから。
すみません。ここちょっと長くなってます。
場面が動くのは次話になります。