警察vsヒーロー
場面は移動し、そこは場末の飲み屋『ディンギー亭』。
あくまで署内で話を聞きたい警察側と、本拠地に連れて行かれる事を渋ったラビの駆け引きの結果である。もちろん店長には迷惑をかけてしまうので頭を下げたのだが、店長はというと苦笑するように「かまわんよ」と笑っただけだった。
そんなわけで、飲み屋のテーブルのひとつにラビ、そして先刻のミ・モルガンなる女の子。そして女署長がついた。周囲と入り口には警官がいて、怪しい者たちを逐一監視しているのだけど、そもそもこの飲み屋自体が裏通りの店であり、その行動は成功しているとは言いがたい。実際、店内にはいつもとほとんど変わらない常連が平然として座っており、いつもどおりにくつろいでいる。まぁ、興味津々の顔でラビたちの様子を伺っているのも事実だが。
さて。
「こんにちはラビさん。ロディアーヌ警察署長のク・モルガンですわ」
「……ラビです」
にこにこと微笑むグレーのスーツ姿の女警察署長。対するはヨレヨレの軍服も漢らしいショートカットの美少女戦士。ある意味絵になる光景である。美少女戦士に張り付いている女の子だけが、妙に女の子女の子した可愛らしい装いなのだけど、この雰囲気からは思いっきり浮いていた。まぁ本人は気に留めてもいないようだが。
なおもちろんだが、こういう事件につきものの野次馬もマスコミもちゃんといる。
だけど、こういう裏通りの店で無秩序に乱入する者はいないわけで、彼らのほとんどは店の外である。で、何か談合でもしているのか、店内にいるマスコミらしき者は数名だけ。で、その者たちはあくまで傍聴に徹しているようで、特に声をかけてくる事はない。
不思議な秩序の元、どこか公開討論会じみた雰囲気のインタビューは開始された。
「それにしても困ったわね。あなたのプライベートなお話も少ししたかったのだけど、これでは無理ね」
「それは助かります。私としてはプライベートに干渉されたくありませんし」
まずは第一声。根掘り葉掘り聞きたい署長側とラビの、最初の駆け引きだ。
ラビは、マスターにもらったジョッキを持っている。中はミルクがなみなみと入っていて、それを美味しそうに飲んでいる。
それを見た女署長は、ふと目を細めた。
「ミルクが好きなの?」
「はい。子供みたいって言われますけど、運動した後に飲むのが大好きです。けどいつもマスターにもらってばかりなんですけどね」
「あら」
女署長が目を店長に向けた。しかし当の店長はというと、にっこり笑って店内をぐるりと手で指し示した。
店内にはさっきから、小さな給仕ロボットが走り回っている。店長の作った飲み物を客の元に運んだり、用のなくなったものを片付けたり。そしてそれらの客は、皆ラビと彼女に注目している。
ミルク一杯くらいタダ同然と言いたいのだろう。女署長は納得したように頷いた。
「あのねラビさん。私たち警察はずっとラビさんの活動に注目してきたの。ラビさんはこの町のためにいつも頑張ってくれてるわけで、話題にならない日はないくらいの有名人よね。私たち警察としても、民間にこんな協力者がいてくれるのはとても心強いわ。だけど、その心強さ故に心配もあるの」
「心配、ですか?」
女署長は大きく頷いた。
「ラビさん、その身体は軍用重ドロイドでしょう?それも白兵戦用のベルナ級じゃないかと専門家は分析してるの。違うかしら?」
「……この身体は違法とおっしゃりたいんですか?」
ラビは眉をしかめた。
実のところラビの身体は確かに違法だ。もっとも警察側の考えるような深刻な違法性は、ラビ自身にはないのだが。
ただ、それを証明する方法がない。ラビが自分自身のすべてを警察に公開すれば別なのだけど、それは避けたい。
そんなラビの懸念をよそに、女署長はにっこりと笑った。
「いえ、違法ではないわ」
「え?」
「確かに民間でベルナ級を使う事自体は違法ね。だけど、私たち警察があなたを治安維持活動の民間協力者と位置づけてますからね。この場合は条件つきで合法、しかもルーク団の方からも同様の宣言がありましたしね」
そこまで言うと、女署長は一旦言葉を切った。
「実際こういうお話は海外ではよく聞くの。戦争が終わって残されたドロイドを使いたい、でも軍用だから本来は違法でしょう?こういう場合、ボランティア活動や治安維持に勤める事で違法性を相殺できるのね。特例として認められるわけ。ま、ラビさんの場合は現状の追認だから恣意的解釈と言われれば言い訳できないのだけど、でも現実に町のために戦ってくださってるんだもの。私だってこの町の人間だし、この程度の融通は利かせてみせるわ」
「……ありがとうございます」
ラビは素直に頭をさげた。少なくともこの女は自分をかばってくれてはいる、それがよくわかったからだった。
だが、そんなラビを見た女署長はウフフと笑った。
「でもねえラビさん、この特例許可にはひとつだけ条件が必要なの」
「条件?」
ええ、と女署長は笑った。
「まぁ当然と言えば当然なんだけど、この町で治安維持活動をする組織か、あるいは議会か、それなりのところであなたの身柄をきちんと把握してなくちゃいけないのね。こればっかりは、謎のヒーローってわけにはいかないのよ」
「……」
ざわ、と周囲がざわめいた。
ラビの正体は誰も知らない。この町の出身である事、ルーク贔屓という事は知られていたけど、それ以外は何もわかっちゃいなかったのだ。
だが、それではまずいというわけだ。
「ラビさん、ここで重要なのは法的な問題だけではないのよ。
実は先日、ルーク団の方からもあなたの正体について情報提供と照会があったの。彼らが言うには、あなたはおそらく素人メンテしか受けていないはずだって」
「……」
「ベルナ級は有機ドロイドだから機械ものと違ってドック入りはほとんどいらないそうだけど、いつもいつも楽な戦いができるわけではないでしょう?大ダメージを受けてしまえば治療だって必要だし、そうなったら最後、大出力の出るその身体自体があなたに害を与える危険性もあるそうね?
私たち警察にもルーク団の工場にもサイボーグ用ドックは用意されているわ。あなたがウンと言えばいつだってメンテナンスにも応じてあげられるのよ?実際あなたはそれだけの貢献をしているんだし、全然かまわないわ。
どうかしら?今ここでとは言わないけど、あなたの事を教えてくれないかしら?」
「……」
ラビは黙ってミルクを飲み干した。そして店長にジョッキを返した。
「ごちそうさま」
店長はただ、黙ってにっこり笑った。
ラビは席に戻ると、女署長に向かってやんわりと微笑んだ。
「ありがとうございます。でもそれってたぶん意味がないかと」
「意味がない?」
はい、とラビは頷いた。
「ここまで来ちゃったから白状しますけど……ぶっちゃけ言うと、オレの中身はもうあまり長くないんですよ」
「え?」
周囲のざわめきが大きくなるのと、女署長の声があがるのはほとんど同時だった。
「たぶん、戦い続けられるのはそう長い間じゃないと思うんですよね」
「どういうこと?」
女署長が続けて聞こうとするが、ラビは「だめだめ」と首をふるだけだった。
「わかってると思いますけど、本当はオレ、この外見のように若いわけじゃないです。まぁ無理すれば延命できるかもしれないけど、ちょっと個人的事情でそれは避けたいので」
憂いを秘めたにっこり笑顔。周囲から、またざわめきが広がった。
「オレはただ、生まれ育って生きてきたこの街ロディアーヌのために、少しでも自分のできる事をもって返したい。ただそれだけなんです。
いろいろ問題があって延命すら難しい身ですけどね。でも、こうやって好きにやらせてもらって、しかも評価までして貰えるなんて本当に光栄です。ありがとうございます」
そういって頭を下げるラビ。
しかし当然、女署長の方はそれでは納得しない。
「いえラビさん、そんな一般論じゃなくてあなたの身体は」
「それじゃ失礼します。では」
「ラビさん?お待ちなさいラビさん!」
だがもう遅かった。
ラビはするりと周囲の包囲網をかいくぐると、あっというまに店から飛び出していってしまった。女署長はすぐに後を追ったが、店から出て周囲を見ても誰も、なんの姿ももう見えなかった。
やがて店に戻ろうと踵を返すのだが、いつのまにか彼女の妹がそこに移動していた。
「なに?」
妹はちらりと背後の店を見て、誰も出てきてない事を確認してから姉の耳に口をよせた。
「お姉ちゃん、ラビさんて……あのね」
「そう、あのひとたちの情報と一致するわね。当たって欲しくなかった推測だけど」
囁かれる妹の言葉に眉を寄せたが、女署長は大きく頷いた。通信機に手をやると、
「こちらモルガン、例の追跡できてるわね?うん、うん、すぐ現地に飛んでちょうだい、私も合流するから。そう、大急ぎで!」
そうして再び妹の方を見ると、
「あんたもついてらっしゃい。やる事わかってるわね?」
「うん!」
妹もほほえみの中に、僅かに真剣さをにじませていた。