末裔
「へぇ、連邦野郎じゃなくて本当にエリダヌス教徒だったの?」
「ひどい侮辱ですわ!いったい何様のつもりですの!」
「そりゃこっちのセリフだね。初対面の人間捕まえて紛い物だの売女だの言い放ったくせに。そもそも、おまえみたいな連邦野郎が何しにロディアーヌに来たのさ?とっとと中央に帰んなよ!」
「ま、また言いましたねえ!?」
「まぁまぁラビちゃん落ち着いて。で、貴女もいいかげんになさい」
言い合いを続けるラビと女に、ミミは眉をしかめた。
もっともラビに対するそれと女に対するミミのそれは全然違っていた。すなわち、ラビに対するそれは身内向けの甘いもので、女に対するそれは限りなく敵視に近いものを思わせた。
女は、グッと口ごもると、ミミに向かって抗議の声をあげた。
「し、しかしメヌーサ様!」
「誰に聞いたか知らないけど、わたしはメヌーサ・ロルァではないわ。いいかげんにしてくれるかしら?」
ぴしゃりとミミは女に言葉をたたきつけた。
そして少し考え、さらに言葉を続けた。
「そもそも、エリダヌスを名乗るわりに、肝心のエリダヌスの教えはまったく知らないじゃないの貴女。
貴女の態度と発言を見る限り、貴女を連邦人と断定したラビちゃんの判断の方が正しいわ。少なくとも現在の貴女は、どこからどう見ても似非教徒にしか見えないのよね。
いいえ、それだけじゃないわ。
エリダヌス教徒を名乗るくせに肝心のエリダヌス教の目的も、理念も何も知らない貴女は、本物のエリダヌス教徒にとっては害悪でしかないの。なまじ魔導コアを扱えたり変に説得力があるぶんね」
ミミはそこまで言うと、一度言葉を切った。
女はそんなミミを見て、すがるように言った。
「エリダヌス教の目的って何ですか?」
「それをわたしに聞いてどうするの?」
「は?」
ミミの反応に、女は虚を突かれたような顔をした。
「そんな、メヌーサ様は我々の教祖様じゃないですか!なのに!」
「ここまで言ってもまだいうのね……お話にならないわ」
呆れたようにミミは肩をすくめ、そして一歩後ろに引いた。
「貴女の魔導コアには封印を施した。もはや、そんじょそこいらの関係者では絶対に破れないわ」
「……あの?」
「もし、その状況を何とかしたいなら、ふたつの方法があるわ。
まずひとつは、その身体を捨てて別のボディを手に入れる事。
もうひとつは、本当にエリダヌス教について学び直し、信者としての道を進む事。
貴女の人生なのだから、選ぶ道は好きになさい。ただ」
そこまで言って、ラビは厳しい顔をした。
「今のその状況でこれ以上エリダヌスの者を名乗るなら……その時にはすべてが終わると思いなさい」
「……」
女が正しく状況を理解しているかどうかラビには不明だった。しかし、ミミの言葉に衝撃を受けており、とりあえずの問題はないだろうと考えた。
「とりあえず、貴女は衛兵に引き渡すわ。ロディアーヌの中に入る事は認めないし、かりに現時点で無理やり入ってきたら命はないわ。これは脅しじゃないのでそのつもりでね。
それじゃあね」
「……」
そういってミミは女のそばから立ち去った。
ラビもそんなミミにしたがい、立ち去った。だが歩き始めて少し気になり、一度だけ女の方を振り返った。
「……」
女は、俯いて何かをじっと考えていた。
(……)
このツカサなる女とは、いつか再会するのかもしれない。そうラビは理由もなく思った。その時に今度こそ友人として話せるか、それとも、さらなる敵となるかはわからないが。
その漠然としたラビの勘は、やがて当たる事になるのだろう。
しばらく時間がたち、ラビ、ミミ、そして追い付いてきたミクトはセンターの玄関先にあるカフェに場所を移した。
カフェはガラス張りになっていて、外がよく見える。センターの周囲には人工の建物もあるが、それ以上に緑が多い。それも雑然としたもので、悪意ある者にはロディアーヌはただのど田舎に見えるだろう。
しかし、この雑然さは実は演出されたものでもある。
たとえば、ここの樹木はすべてある種の幾何学模様にしたがって並べられている。人間の目線ではわかりにくいが、ここの地図を端末で表示して眺めたら、見る目のある者、あるいはある種のエンジニアなら、おやと知れる程度のものだ。
こういう仕掛けが、実は土地のあちこちに施されている。
もちろんそれらの目的は、それを理解できる者への歓迎のメッセージだ。美辞麗句を並べるより、こういう玄人好みの歓迎を好むのがロディアーヌ式なのである。
「あの娘には連れが二人いたようだ。あやうく死ぬところだったが、何とか生き延びた。ま、身体は使い物にならないようだが」
「あら、そうなの?」
「娘当人は死んだと思っているようだがな」
ミクトは肩をすくめた。
「彼女らは旧来の連れというわけではなく、ロディアーヌに何とか入り込もうっていう事で仮に手を組んだ他人同士だったらしい。だから生死を告げるかどうかは、死にかけたふたりの回復後、当人たちの意思を確認してからになるだろう」
「そう」
ふむ、とミミはうなずいた。
「あの娘……ツカサという名だそうだが、本当にエリダヌス教徒ではないのか?」
「めいっぱい好意的に見ても『自称』エリダヌス教徒ね。それ以上のものではないわ」
ミミは苦笑した。
「そもそも、エリダヌスというのは目的をもつ思想なの。宗教だったり神話だったりするのは目的ではなく手段にすぎない。たったひとつの目的を長い年月、多くの人に伝えるためにいろんなカタチをしているにすぎないわけね。
わたしの言いたい事わかるかしら?」
「まず目的ありき、思想ありきなわけか。……するとあの娘を偽者と言い切るのは、その肝心の目的や思想を持ってないからか?」
「ええ、そうよ。そこが欠けている者をエリダヌスの者と呼ぶ事はできないわ」
「なるほど……難しいものだな」
「そうかしら?ラビちゃんなんか一瞬で違うって嗅ぎ分けたみたいだけど?」
突然に話をふられて、ラビが眉をしかめた。
「いや、私は単にアレの連邦臭さが気に入らなかっただけで」
「ええ、ラビちゃんはそれでいいのよ。だってラビちゃんは正義の味方であって、別にエリダヌス教徒ではないんだもの。そうでしょう?」
「うん」
エリダヌス教は、少なくともこの星では普通の宗教である。特に危険なものでもなくて、ラビももちろん危険視はしていない。
ただ、あえて言えば、教義的に連邦の人間至上主義と相容れない部分がロディアーヌの人間と相性がいいのも事実で、ロディアーヌには信者が結構いるし、教会にあたるエリダヌス聖堂もたくさん建てられている。
そしてあの娘の思想は、よりによってロディアーヌで一番嫌われる連邦思想そのものだった。
「結局、あの子は何者なんだろうね?なんでエリダヌス教徒を名乗ってたんだろ?」
「まぁ、そこは難しいわね……色々複雑なものがありそうだし」
「ミミ?」
「……」
ラビとミミの会話を見つつミクトは何かを感じていたようだが、やがて口を開いた。
「まぁいい、話を戻すぞ。
あの娘の件でケチがついてしまったが、彼女ら以外の該当者も数名いてな、そっちには使えそうな者もいたらしいぞ」
「そうなの?」
「ああ」
ラビの言葉にミクトは大きくうなずいた。
「その者たちは普通にロディアーヌでの就職を望んでいた者たちなんだが、適性試験をしてみたら、意外にも組織内での仕事に向きそうな者が結構いたんだな。中には実績こそないが、中央からくる者には珍しいスキル持ちもいてな、人事担当がかなり張り切っているらしい」
「珍しいスキル?」
「大型重機運転資格もちが一名、それから食用鶏鑑定士だな」
「それはまた。ローダー免状持ちはともかく、バードの方は何者なの?」
ちなみに後者はその名の通り、このあたりで愛好されている食用鶏の性別鑑定士だ。この星で鳥を食べると言えばこの品種というくらいのポピュラーな品種なのだが、人間には性別の見分けがつきにくい。しかも卵から生まれて間もない時は機械的な見分けも困難のため、今も重宝されている職種。
そんな者がなぜロディアーヌに?
「中央の工場が機械式の遺伝子チェッカー導入を進めているんだそうだ。まだ実用性は低いそうなんだが、会社的に目ざわりなタイプの鑑定士に嫌がらせをして数減らしをしているんだそうだ」
「……何をやってるんだかね」
「まったくだな」
ラビとミクトはためいきをついた。
「そういや、警察でもふたりほど採用するって聞いたな。スキルの内容は知らないが」
「へぇ」
意外そうにラビは首をかしげた。
「でも、何でまたそんなに色んな人が一気にロディアーヌに来たんだろ?私の映像がそこまでインパクトあったってこと?」
「詳しくは調査中だが、もちろん無関係ではないと思うぞ。
ただ、それ以上の問題も既に浮かび上がってるけどな」
「それ以上の問題?」
「ああ」
ラビの言葉にミクトは頷いた。
「どうも中央の方では、異性のボディに入った者に対するひどい差別が横行しているらしい」
「……なにそれ?高機動型ならともかく一般のドロイドボディじゃ、未届けかどうか、違法かどうかなんて第三者には区別できないよね?」
「いや、違法者排斥とかそういう問題ではないようだな。むしろ性転換する者自体を異端者と考え、違法に搾取するようなケースが後を絶たないらしい。なんでも、病気の治療とかでサイボーグ化した者まで一緒くたに差別しているらしいぞ。
今、裏付けをとっている最中なんだが、おまえのニュースは単に『きっかけ』にすぎないのかもしれん」
「……なんてこと」
笑えない話だった。
どこかの青い星の首都でも、老齢の都知事がセクシャルマイノリティが大嫌いで、そういう者たちが集う有名な繁華街を潰そう、潰そうと奮闘していた話は有名だ。
ラビは眉をぽりぽりかきながら、呆れたようにつぶやいた。
「性癖や性自認なんてお互い様じゃんか。他人のそれなんて見ないフリして放っときゃいいのに」
そう言うとラビは呆れたように眉をしかめた。
そもそも性癖とはその性格上、どうしても第三者には視覚的に醜く見えがちなもの。だからこそ自分と違う性癖は不快に感じ、異端に見える性癖は叩きたくなる。理性でなく、生理的なものであるがゆえの問題ともいえる。
だがラビたちは原始人ではない。理性をもち、宇宙文明すら持っている者たちである。
それなのに。
「よその天体まで普通にいける文明があるのに、なんで隣人の性癖なんかに目くじらたてるんだろ?犯罪に走ったならともかく、その存在が不愉快っていうだけで他人様を迫害したり排斥しようとするなんて」
ありえないだろ、とラビはぼやいた。
「それをきっぱりと明言するヤツは、おまえが思うほど多くないって事だろうよ」
「……そうなの?」
「残念ながら、な」
ラビの言葉にミクトは頷き、そしてためいきをついた。




