異文化激突
国境受付センターの中をラビは駆ける。
「こっちだね」
目印も看板もろくに無い建物の中を、ラビは迷う事もなく走って行く。
もし、ラビの姿を客観的に見る者がいたら、その者は首をかしげたろう。
普通なら迷うはずだ。
たとえ行き先が決まっていたとしてもそうだし、それ以前にそもそもラビは目的地すらも定まっていない。何しろラビは今、「現在進行中の騒動の元に向かう」ために走っているわけだが、そんなものに案内があるわけもなく、そして音が漏れ聞こえるわけでもないのだから。
だけど、ラビはまったく迷うことなくすっとんでいく。
そして。
「む!」
何かが壊れる音、何かが走る音。
そして、何か電気がスパークするような音。
よくわからないが、何かよろしくない事が起きているらしい。
「やっぱり。こんなところで暴れるバカがいたって事か」
状況が掴めない。
ラビはこの建物に来たばかりだし、状況の問い合わせができそうなミクトも置き去りだ。むしろ現時点の彼女について言うなら、侵入者と間違われて捕らえられても不思議はない状況。
だけど、止まれない。
「……なんだこれ?」
感じた事のない異様な状況に、ラビは眉をしかめた。
なんで警備ロボットがいない?
ルークの施設で異常事態が起きたら、デコボコしたブリキの塊みたいな兵隊がワラワラ集まってくるはずだ。見た目は古めかしいがセキュリティと直結したロボット兵で、そのデコボコな機械っぷりが妙に小さい男の子に人気があったりする。ちなみに昔のラビも嫌いじゃなかった。
そのロボット兵が姿を見せないのだ。ただの一体も。
いや、もしかしてこれは。
「いや違う、いないんじゃない。どこかに集まってるのか?」
重要な拠点には、文字通り余るほど配置されているはずのブリキの兵隊。それが皆無だなんて。
「ただごとじゃないな、これは」
もしかして、魔法少女とやらにとんでもない食わせ者が混じっていたのか?
しかし、ミクトの話では、ベルナ級クラスの高機能ボディの使い手はいなかったという。なのになぜ?
いや、まて。
「検査したのはルークだよな」
一瞬、ラビは立ち止まって考える。
ルークなら、サイボーグ体やドロイド系住民の『肉体』の調査は完璧だろうとラビは考える。
だがしかし、そう。
「もしかして……マジでか?」
まさか魔導コアの使い手がいるのだろうか?
しかし、ありえない話ではない。
ルークは確かに素晴らしい設備と、いい人材を持っている。たとえロクでもないサイボーグを偽装潜入させたとしても、それを見抜けない彼らではない。
だけど、それが魔導コアの使い手だったら?
魔導コアの情報は少ない。ルークなら存在と、その使い手を検知できたとしても、その機能や、レベルがどの程度かなんて事まではわからない可能性が非常に高い。
「まずいだろそれ、絶対」
先日のミミを思い出す。
重機もかくやの土木作業を簡単にやってのけ、赤外線を飴の棒か何かのように好き放題に曲げてみせたミミ。
もし、あの能力を思うがままに、悪意をもって駆使できる存在がいたら?
「……」
さすがにゾッとした。
「ええい、ままよ!」
とるものもとりあえず、ラビは再び走りだそうとした。
だが。
「……え?」
ロボット兵だ。一体だけ、なぜかこっちに向かって走ってくる。
しかし、何かおかしい。
こっちの方を見て、何か言っている。
そう……それは、
(『逃げろ』?)
意味がわからない。
ただ、素肌にビリビリとくるような、しびれるような違和感にラビは眉をしかめた。
理屈ではなかった。
ラビは反射的に防御のイメージを浮かべ、
そして、その次の瞬間、
ラビの周囲が、真っ白に染まった。
それが、落雷と見まごうほどの強烈な電撃と知るには、少しだけ時間を要した。
否、落雷と思ったのは一瞬だった。
ここは建物の中であり、落雷などあるわけがない。
だけど。
「……」
遠くない場所に、さっきのロボット兵が倒れていた。煙を吹いている。
それはまるで、回路のすべてが一瞬でショートしてしまったかのように。
「……」
ラビはゆっくりと顔をあげた。
そんなラビの耳に、静かな声が響いた。
「どうやら前座は終わり、真打ちのご登場でしょうか。
でも、数に任せて弱者を潰そうなんて正義のヒーローが聞いて呆れますね、鉄拳ラビさんとやら?ああ違った、売女のできそこないでしたっけ?」
ラビの存在を知り、そしてその肉体がベルナ級のものである事をあてこすった盛大な嫌味。
だがラビは、そんな相手のくだらない罵倒なんざ聞いていなかった。
「……私はこれでも、人を殺した事はないんだよね。別に不殺を気取ってるわけじゃないんだけどさ」
そういって、じろりと相手の少女を見据える。
「黒目黒髪、か。あんたレベルのドロイドボディの使い手だと、実は頭まで人間でなくドロイドって可能性もあったけど、どうやらそうじゃない、あんたの頭は人間みたいだね」
「……何を言いたいの?」
おかっぱ頭の女は、ラビの言いたい事がわからないようだった。
そんな女に、ラビはフンと鼻の先で笑った。
「決まってるだろ?
何を考えてエリダヌス教徒の仮装なんてしたのか知らないが、頭の中身がモロ見えだっつのうの、恥ずかしいね連邦野郎はさあ?」
「……なんですって?」
女が眉をしかめた。
「おあいにくさまだね。
まぁ、そこいらの素人なら間違えるんだろうけど、こちとらスティカから来た本物のエリダヌス教徒の友達がいるんでね、違うのがわかるんだよねえ。
まぁ、この星で代を重ねたあげく、本来のエリダヌス教徒と違っちゃったって可能性もゼロじゃないけど、そんなん私にはどうでもいい事だしね……それに」
ちら、と壊れたロボット兵に目をやる。
「自分の目的のためなら大量殺戮もやむなし、だもんねえ?」
「……何言ってるの?」
女は、奇妙なものを見るような目でラビを見た。
「ブリキのおもちゃ壊して殺戮?頭大丈夫?」
「はぁ、だから連邦野郎は……って、まぁいい、話すだけ時間の無駄よね」
そう言うとラビは、完全に戦闘モードに切り替わった。
「!」
ソレを見た女も口の中で何かをつぶやき、
そして、
「ウォォォォォォォッ!!」
『雷撃』
いきなりラビが突っ込み、そして女は強烈な雷をラビに向けて放った。
だが。
「……!?」
ラビは女の雷を委細かまわず突っ込むと、女の腹を全力で殴りつけた。
女は吹き飛ばされ、そして壁にたたきつけられた。
「……こ……の……!」
女がうめくが、ラビは止まらない。
確かにラビはヒーローだ。
しかしヒーローという存在を単刀直入にいえば、敵と認識した何かを打ち破る存在という事になる。
そして。
(……)
ロボット兵たちは確かにブリキのごときロボットだが、その中に入っている頭脳は先刻のロボットカーや、あの施設のコンピュータ等と同等のものだ。それは相対していればわかる。
ココロあれば人、とまでは言わない。
しかし、開発地区であるロディアーヌではロボットだろうとクルマだろうと、自立稼働して有能なら、それは人材同様に大切なものだ。壊しても直せばいいだろうとは考えない。
異星人であるはずのミミも、この点は似たようなものだった。
それに比べて、女は。
女の人間至上主義めいた発言は、ミミを見て感じるそれや、彼女から聞くエリダヌス教徒のイメージとはあまりにも異質。
そう。
それはむしろ、悪い意味での連邦人のそれと同じだった。
だから。
その一点をもって、ラビは女を敵だと認定してしまった。
『絶対防御』
迫り来るラビの攻撃を、女は何やら盾のようなもので守る。
ガシンと重たい音がして、その盾にラビが激突した。
フン、とラビをバカにしたような目で見ようとした女だったが。
「な……まさか」
ビシ、ビシって見る間にヒビが入っていく。
「絶対防御ねえ?名前だけは御大層なんだねえ。名前だけは」
パリンと音をたてて盾が消滅した。
「さて、とりあえず死んでもらおっか。偽者だろうと魔導コアの使い手である以上、ふつうの警官におとなしく捕まるわけもないし、どうせミミがいれば死体でも情報とれるだろうし?」
「や、やめ……」
それだけ言ってラビは拳を全力で振りかぶったのだけど、
「あー、ちょっとまってラビちゃん、それストップ!」
いつのまに追い付いてきたのか、ミミの声がフロアに響き渡った。
「悪いミミ、これ危険すぎるからその話聞けない」
「うん、わかってる。でも大丈夫、わたしが止めたから!」
「ミミが?……わかった、じゃあ任せたよ?」
「うん、任されたよー」
だんだんとミミの声が近づいてきた。やけに速い。
(やけに脚が速いな?)
ラビが顔を向けてみると、ミミはそもそも走っていなかった。なんと生き残りらしい警備ロボットがミミをかつぎ、えいさ、ほいさと疾走している。ミミ本人は「そこだー!」と指さして指示しているだけ。
「……ちょっと待て、そんなんアリかよ?」
なんとも間抜けな光景に眉をしかめつつ、ラビはぼやいた。
だが。
「……」
ラビに殺されかかっていた女の方は、ポカーンとした顔でミミを見ていた。
「……まさか」
信じられないという顔でミミを見て、そして慌てて襟を揃え立ち上がった。もはやラビの事なんか目にも入っていない。
「?」
突然の女の豹変にラビは眉をしかめた。だが敵意も何もないのが災いして反応が遅れた。
そして、ラビの耳はそれを聞いてしまった。
「もしかして……メヌーサさま?」
「!?」
ちょっと待てとラビは言いかけたが、女の方が早かった。
「メヌーサ様、メヌーサ・ロルァ様ですよね?って、放しなさい何するの!」
「何するの、じゃねえ!」
ラビには、わけがわからない。
だが今、言える事。
それは、この女がミミをメヌーサの名前で呼んだ事。そして、何か色々とおかしい事。
結論。
とりあえず、つかまえとけ。
こうして、謎の女との出会いは、なんともめんどくさいものとなったのだった。




