国境受付センター
カルカカのステーションと国境受付センターは、近いようで遠い。建物自体は隣接しているのだが、直接行き来できないようになっている。
もちろん、これには理由がある。
かりに受付センターを武力で突破した者がいる場合、建物が同じだと、すぐにステーションからロディアーヌのどこへでも逃げられてしまうから。つまり、セキュリティの理由でわざと行き来を難しくし、さらに力ずくで突破もできないようにしている事になる。
またこれは同時に、一般住民が国境受付センターに迷い込まないという意味でも合理的だった。
カルカカにもある程度の住民がいるが、国境受付センターに用のある人は皆無に等しい。だから、町から少々行きにくくても全く問題ないのだが、ステーションの方はこのあたり唯一の一般交通機関でもあり、気軽に行けないのはよくないのである。
「あいかわらずね、ここ」
手作り感まるだしの『乗り場はこちら』の立札を見て、ミミがクスッと笑った。
「あくまでルークの施設の一部を開放しているだけだからな。整備中に子供を入れると危険だし、そういう時はレーンごと切り替えるんだよな」
「だったら、立札くらいちゃんとしたのを作ればいいのに」
そもそも看板なんて簡単に自動造成できるだろうに、なぜにわざわざ手作りするのか。
「どういうわけか、代々の管理人がどいつもこいつも手作り看板推奨なんだよな、これだけは譲れないらしい」
「ヘンな伝統ねえ」
「まったくだ。まぁ、住民のウケはいいらしいし、いよいよ迷ったら駅員ドロイドが飛んでくるしな」
「そういうとこ、ほんっとルークよねえ」
「問題ないだろう?」
「……まぁね」
看板の横にはなぜかペンが常設してあって、通りがかった子供のものらしいシュールな人物画が付け加えられていたり。どうやら落書きしてもいいらしい。
それどころか、わざわざ落書き用の広いパネルまで用意されていて、そこでは自由業なのか物乞いなのかわからないような髭面の若者と迷子っぽい幼児が肩を並べ、ああだこうだと落書きなのか芸術なのかわからないものを描いていたり。
なんとも平和なものだ。
おそらく人によって意見はバラバラなのだろうけど、思わずほっこりする光景なのは間違いない。
さて。
ステーションを出ると迎えのロボットカーが来ていた。
『ようこそ、こちらです』
「ん?呼んだ覚えはないぞ、誰かと間違えてないか?」
『問題ありません。ミミ様、それにお連れの皆様、お迎えにあがりました』
「あら、ありがと」
どうやらミミを迎えにきたようだった。
「さ、のりましょ?」
「ちょっと待て警察娘、おまえ、いつ迎えを呼んだ?しかもこれルークの車だろう?」
「ナイショ」
ミミはそういってクフッと微笑むと、なぜかロボットカーにアイコンタクトのようなものを送っている。
「……ああ、そういうことか」
ラビは何となく空気を読んで、ポンと手を打った。
「おいラビ、何をどう理解したんだ?」
「この車って結構古いんじゃないの?いや、本体の年式はそうでもないみたいだけど、制御頭脳がさ」
「制御頭脳?どういうことだ?」
ミクトは、ラビの言葉をきいてもまだ首をかしげている。
「要するに、この車の中の『彼』はミミを知ってたんでしょ。で、親切にも、私たちも一緒に送ってくれるって事なんじゃないの?違う?」
『はい。ご迷惑でしょうか?』
「ううん、助かるよ」
『恐縮です』
ラビと車は、意外にすんなりとコミュニケーション成立したようだ。
しかし当然、ミクトは話について来られない。
「いやちょっとまて色々待て、これはただの自動配送車だぞ?」
「うん、そうだけど?……ああ、そういうことか」
ラビはポンっと手を叩いた。
「あのねミクト、こういう機械や施設の制御頭脳って、よくリサイクルされてるんだよ」
「……どういうことだ?」
「人工頭脳を作るのはもちろん難しくないよ。でもね、頭脳の中の学習結果はプライスレスだからね。単純にコピーしたから同じに動くってわけにはいかなかったりするんだよ。
だからね、リサイクル時に検査して、問題なさそうなら再利用するんだよ?」
「なに、そうなのか?」
「そうなのかって……これルークの業者に聞いたんだよ?なんでミクトが知らないの?」
「おまえなぁ、どんだけジャンクの種類あると思ってるんだ?個別のパーツごとの処理方法まではさすがに把握してないぞ。ま、個人のジャンク屋とか現場担当なら別だろうが……ん?」
そういうと、今度はミクトがラビの顔を見た。
「なるほど、おまえも元ジャンク屋だったか」
「うん、そうだね」
にっこりとラビは笑った。
「でもまぁ、ミクトの言いたい事もわかるよ。いくら学習積んだ再利用頭脳だからって、ミミ個人を覚えてるなんておかしいもんね普通」
「だよな、やっぱり……まぁ、そこんとこはアレってことか?」
「うん、ミミだからね」
「なるほどな……」
「ちょっと待ちなさいよ。どういう意味それ?」
ミクトどころか、ラビまで微妙な目線で見てきたので、ミミが眉をつりあげた。
そのため、乗り込むまで少し時間がかかってしまった。
国境受付センターは以前、移民管理センターと呼ばれていた。しかし人の流入が基本禁止になってからは「この人受け入れていいのかしら?」を判別するためのセンターという事で今の名前に変わった。移民のみならず、外からロディアーヌに入ろうという人を、ここでふるいにかけるというわけだ。
ちなみに、このカルカカを含めて四ヶ所にセンターは存在する。
何百年も人の流入を見てきたセンターには一種特有の雰囲気がある。建物のデザインセンスが今のものよりも粗野で、いかにも開拓時代の公共施設といった無骨全開の趣きなのだ。対外的に目につきやすい施設のひとつだろうに、モダンに建て替えようという気持ちがないあたり、良くて実用最優先、悪く言えば中央の目なんざどうでもいいというロディアーヌの姿勢が伺えるというものだ。
実際、この建物を見て移民を諦める者もいるという。
さて。
送迎してくれた車に玄関先でおろしてもらった三人だったが、降りてまもなく、何かが割れる激しい物音に足を止めた。
「む?」
「これは……まず、ちょっと遅かったかも?」
「何だ、どういうことだ?」
「ん?」
ラビは、首をかしげたミクトの顔を見た。
「ミクト」
「何だ?」
「悪いけど、後ろを固めといてくれる?」
そう言うと、ラビは軍服の腕をまくった。
「こんな警戒厳重そうな場所でわざわざやらかすヤツなんて」
「ああ、そうか」
ミクトもラビのセリフに納得したような声を出し、そして耳に手をやった。
『ミクトだ。カルカカ国境受付センターおよび同中継ステーションに厳戒態勢、怪しげな人物を見つけたら確保しろ。センターで騒ぎが起きているが陽動の可能性がある。
センター所属スタッフは騒動の把握と鎮圧に急げ。以上だ』
そこまで言うとミクトは耳から手を離し、
「最悪の事態はこれで防げるだろう。……いけラビ」
「わかった、後から来て!」
「おう」
ミクトの返事を確認すると、ラビは風のように走りだした。
「ねえルークさん?」
「なんだ警察娘?」
「わたしには、そこまで危険な状況とは思えないんだけど?」
「偶然だな、俺も同感だ」
ミクトはミミの言葉に同意し、うなずいた。
「だが今の情勢、何が起きるかわからんのも事実だ。騒ぎの元凶は小物かもしれんが、そっちに備えた方がいい。そうだろう?」
「なるほど、それもそうね」
ミミとミクトは意見をかわしつつ、のんびりとラビの後を追った。
「コニー、コニー!」
金髪の娘が倒れていて、それに黒髪の娘が必死に呼びかけていた。
そんなふたりを背後にかばっているのは、栗色の髪の娘。俗にクーガと言われる綿花から作った汎用作業ジャケットとショートパンツのその姿はいかにも活動的で、背後のふたりがタイプこそ全然違うが活動的とはお世辞にも言えないのとは対照的だ。
そんな娘三名を、セキュリティと思われるロボットが大量に囲みこもうとしていた。
「ツカサ、その娘はどうだい?」
「……ダメみたい」
「そうか」
ふたりは悲しげな顔をした。
「ちくしょう、あたしが囲みを破ろうなんて言い出さなきゃ……」
「いえ、クーニョ。あなたのせいではないでしょう」
ふるふるとツカサは首をふり、コニーと呼ばれた娘を床に静かに寝かせ、そして立ち上がった。
「わたくしたちの力を合わせれば、この囲いを破れる。そう分析したのはわたくしです。
その解答には今も疑問をもっておりませんが、残念ながらわたくしは、ひとつだけ計算違いをしてしまいました」
「?」
「クーニョ。わたくしたちは、パーティとして生まれたばかり。いくら、わたくしが全員の力量を分析できるといっても、お互いがそれを把握しているわけではない。そして、わたくし自身を含めて全員の『心』まで把握できるわけでもないのです。
わたくしは、それを過小評価してしまった。同じ目的で動くなら協業もたやすいと考えてしまったのです」
どうやら、ツカサと呼ばれた娘は理知タイプのようだった。
「黒の魔術師さま唯一の欠点は、今までソロだった事か……なるほどな」
ふう、と、クーニョはためいきをついた。
「それじゃ、誰が悪いとも言えないな。オレら全員、身の程知らずだったって事かい」
「悔しいですけれど、そうですわね」
「オーケーわかった、じゃあオレから最後の提案だが、乗るか?」
「全員で玉砕するという事ですの?……確かに悪くはありませんが」
ふふ、と苦笑するとツカサは静かに手を広げた。
ふたりの周囲は、数えるのもバカバカしいほどの警備ロボットに固められている。万が一にも逃げおおせるのは無理だろう。
「クーニョ、貴女の防御を最高に高めて……クーニョ?」
「……」
だがクーニョと呼ばれた娘は、ゆっくりと膝をついた。
反射的にクーニョを支えようと横から抱きしめたツカサだったが、
「これ……!?」
服の下から伝わってくる液体の感触。それが血である事に、今さらながらに気づいた。
ツカサは眉をしかめた。
そう。コニーの血臭にまぎれて、クーニョも重傷なのに気付かなかったのだった。
「……わり……」
クーニョはゆっくりと崩れ落ちて。
そして、そのまま動かなくなった。
「……」
急速に、逃げられない死に向かって落ちていくクーニョを見て、静かに苦笑するツカサ。
「彼女たちならば、いい同志になってくださると思ったのですけど……ままならないものですわね」
そうしてクーニョもコニーのそばに横たえると、
「おやすみなさい、クーニョ。いつかきっと、エリダヌスの元でお会いいたしましょう」
ロボットたちは寄ってこない。だが囲みを解こうともしない。
そう。
まるで、この場の危険度がカケラも下がっていないと言わんばかりに。
「……」
ゆらり、と静かに立ち上がった。
そして、ツカサの顔が静かにあがった時。
「……」
そこにいたのは、どことも知らぬ異教の巫女だった。
もし彼女を見ていたのがロボットでなく、人間のセキュリティだったら目を疑ったろう。
ついさっきまで単なる異国趣味のドレスのはずだった。
しかし、今見えているツカサのドレスは、どう見ても神事のための衣装だった。
無垢の白色。
そして、袖口などに輝く金色の異国の文字たち。
それには、汎銀河的に特別な意味があった。
「……我が名はツカサ。ツカサ・メレンゲ・マリ、エリダヌスの徒なり。ここまで連れてきてくださったコニーさんとクーニョさんの命にかけても、おまえたちの囲みを打ち破り、ここを出ていってみせましょう」
そう言うと、ツカサの周囲に突然、光の輪のようなものが球型を作りつつ乱舞しはじめた。
「それでは……ひとりぼっちの第二ラウンドと参りましょうか?」
そう言いつつ、ちらっと目が後ろに向いたその瞬間、
『!?』
背後からツカサに迫っていたロボットの一体が、まるで落雷に打たれたような激しいスパークを飛ばし。
そして、ガシャンと音をたてて倒れた。




