座学
何やら『魔法少女』じみた連中がいるという事で、三人はその者たちを見に行く事になった。
といってもロディアーヌ市から移民受付のあるカルカカ市までは結構あるので、ルークの定期便に乗せて行ってもらう事にした。これが最も早く、そして安全だからだ。
そんなわけで、三人はルークのロディアーヌ中継ステーションにやってきた。
「えっと、これでどっちにいくの?」
民間人のラビは当然として、さすがのミミもルークのステーションの中はよく知らない。そしてルークの施設は一般外来向けにはできてないので、いちいち案内なんぞ存在しない。数字などで簡単に書かれているものがほとんどである。
「こっちだ」
勝手知ったるミクトがそんなふたりを先導していくのだが……。
そんなミクトに、何やら親しげに年配の守衛が声をかけてきた。
「おやミクト、どこへ行くんだい?」
「国境受付センターに行くところだ。この二人は連れだ」
「そうか。ならば、これを付けてもらってくれ」
そう言うと、守衛はミクトに名札のようなものを渡し、そして笑顔で去って行った。
「ラビ、これを階級章入れのところに入れるといい。警察娘は、これを服の目立つところにつけてくれ」
「はーい」
「来訪者カードなのね。でもどうして階級章仕様があるの?」
「制服代わりに軍服着用するヤツがいるんでな。ま、近年じゃ珍しいんだが」
「……どうせ私はセンス古いですよっと」
「おまえのは戦闘服だから、そもそも比較対象じゃないだろう?まぁ、もうリモコンじゃないんだから普段着も用意したほうがいいのは事実だが。
む、そうだな。予定変更になるが、まず今から服買いに行くか?」
「え、後でいいよそんなの」
「そうか?」
「うん」
「ま、おまえがそう言うならいいが」
ミクトは肩をすくめた。
「ちなみに余談だが、ユンゴじいさん……さっきの守衛だが、じいさんもおまえを見て声をかけてきたんだぞ」
「そうなの?」
「じいさん、いつもなら軽い会釈で終わるんだけどな。白兵戦用軍服を着たサイボーグなんて見ちまったら、仕事しないわけにもいかないだろ?」
「なるほど」
ミクトの言葉はまったく正論で、ラビも確かにとうなずいた。
ロディアーヌ市からカルカカまでの移動には一時間半ほどかかるので、その間は座学タイムとなった。
ちなみにお題は『魔導コア』に関するものなので、当然ながら先生役はミミ。ミクトはルークの者なので席を外そうとしたのだけど、ミミが「あなたも聞いてくれるかしら?」と言ったので、そのままとどまっている。
「魔導コアの発動自体はラビちゃんも知ってのとおり簡単よね。思えば成る、願いを叶える、それ以上のものではない。これはコアのお手本である、スティカ人やキマルケ人の持つ『魔導器官』も同じよ」
「はい先生、ひとつ質問していい?」
「何かしら?」
ラビが素朴な疑問を投げかけた。
「思えば成る、つまり意思をカタチに変えるって事だよね。
人工物である魔導コアもとんでもない代物だけど、そもそもオリジナルの魔導器官とやらの方はもっと凄いんじゃないか?そんな機能をどこでゲットしたわけ?生体改造でもやった?」
「なるほど、そこから説明が必要なのね」
フムフムとミミは大きくうなずいた。
「まず最初に断っておくと、魔導器官は人工的に与えたものではないわ。極度に過酷なサバイバルの結果だけど、自然発生した器官よ」
「……マジで?」
「むしろ逆に聞きたいのだけど、こんな特殊な器官を、しかも生きるか死ぬかの過酷な移民星で、なんのお手本もなしにゼロから発明するわけ?しかも、それを他ならぬ住民の身体に移植するって?」
「あー……なるほど」
「ええ、そうよ」
生命というのは実に不思議なものだ。それが生き抜くための最適解であり、必要であれば何でもやらかす。
彼らは、なんの手本も文明の導きもなしにジェットもどきの推進を行い、ジャイロ効果を駆使し、ハニカム構造の家屋を作り上げる。それは確かに生命というもののもつ不思議な力である。
そして、人間が何かを発明したり開発するには、それ相応の環境が必要だ。滅亡寸前でろくな設備も材料もない星で、まったく未知の何かを発明し、しかもそれを減り続けている住民に組み込む。それがどれだけ困難であるかというのは、言われてみれば確かにラビにも理解できた。
へたに人間が介在した可能性よりも、その生命の不思議により生まれた可能性の方が高いというわけだ。
むしろ奇跡を問うならば、それが、ひとつの移民星が全滅するまでの、ごく短い時間に達成された事の方だろう。本来それには長い時間が必要なはずで、その時間を早める何かがあった可能性も否定はできない。
ミミの話は続く。
「魔導器官を最初に目覚めさせた人は、飢えや渇きで死にかけた人って言われているわ。つまり、水はどこだ、食べ物はどこだっていう原初の本能的な渇望と何かの偶然が最初の魔導器官にあたるものを発動させ、水のありかを探し出した。つまり『渇望』が『最初の発動』のきっかけらしい事までは判明してるのよ」
「渇望?」
そのミミの言葉に、思わずラビが反応した。
「なぁに?ラビちゃん?」
「いや、たぶん勘違いだと思うから」
「うん、いいから話してみて。間違ってたらちゃんと訂正したげるから」
「あ、うん……えーとね、ポリティカの杖ってわかる?」
ポリティカの杖というのは、出所不明のオカルトグッズの総称だ。この星での言い方なのだが、転じて、得体のしれないグッズの代名詞にもなっている。
おかしな話と思われるかもしれないが、この手の正体のわからないオカルトグッズは宇宙文明世界にも存在する。そして、この手のアイテムは正体も何もわからぬまま生活に根付き、業務で利用されている事すらもある。
それはそれとして、ラビの話に戻ろう。
「ポリティカの杖についての話で、面白い話を聞いた事があるんだよ。
つまり、人間の『意志』には未解明のエネルギーなり信号なりが存在して、ポリティカの杖の全てとは言わないけど、一部はこれを経験則的に利用しているんじゃないかってね」
「ああ、なるほど」
その話を聞いたミミは、ウンウンと頷いた。
「なかなか面白いところに目をつけるのね、いい着眼点だと思う。
あのねラビちゃん。
そういう杖や小道具で引き出しているのは、その人、本人が元々持っている探査能力なの」
「もともと持ってる能力?」
「そそ。本来無臭のはずの『水』の臭いを遠方から嗅ぎ当てたり、ミクロ単位の何かのズレを探知する能力の類よね。
でも、水の臭いを実用的に嗅ぎ当てるなんて能力は野生に近い暮らしをしてないと難しいだろうし、削りだした原料のサイズがミクロ単位でずれているかどうかなんて、それこそ本職の職人さんでもないと普通わかりようがないよね?
そういう時に役立つのが、この手の小道具なの。杖だったりカードだったり色々ね。
なんの事はない、単にその人がもともと持っている能力を脚色して、わかりやすくするための無意識のシンボルなの。別に何か不可思議なエネルギーを使っているとか、そういうわけではないのよ?」
「へぇ……」
「そうなのか?」
「あったりまえでしょう。あなたたち、スティカやキマルケの技術をなんだと思ってるの?」
「あははは」
「……」
ラビだけでなく、ミクトもこれは初耳のようだった。
「まぁいいわ。
で、そういう道具は確かに便利なものだけど、もちろん限界もあるわよね。
まず、持ち手の状態に大きく依存する事。ぶっちゃけ、情緒不安定だったり無意識に変な願望を持っていると結果もおかしくなってしまう。
それに、そのままで使えるのはせいぜい探知系が関の山なんだけど、それだけだと足りないでしょう?
かりに水場があったとして、自由に飲むためには危険な滝壺に降りなくちゃならなかったとしたら?
首尾よく食べ物にありつくためには、おそろしい肉食動物の囲いを突破する必要があるとしたら?
でも、こっちには土木作業に便利な道具も、動物たちを退ける優れた武器も、何もない。さあどうする?」
「……なるほど、そのための『力』ってわけか」
ラビは少し考え、そう答えた。
「ええ、そうよ。
魔導器官はそういう、限界を超えた力を駆使するためのもの。体力や生命力を消費して、代わりに『世界』に干渉し、望みをかなえるに足るだけの小さな『現象』を作り上げる。これが魔導器官の根本原理なのね。
まぁ実際には、何かやるたびに生命力を削るわけにはいかないから、器官の駆動に必要なものを肉体とは無関係のエネルギーにして溜め込んで、これを使うのだけどね」
「ふうん……その無関係のエネルギーとやらが、ミミが魔力って呼んでいるものなのか?」
「ええそうよ。さすがラビちゃん」
「いやいや」
まんざらでもなさそうにラビが苦笑する横で、ミクトの方は渋い顔をした。
「なるほど理屈はわかる。決して不可思議なものではなく、君らなりに筋の通った理論で構築された技術であるという事も、確かに理解できる。
まぁ、具体的にどうやっているのか、そのエネルギーとやらは何者なのか、さっぱりわからんという根本的問題を除けばだが」
「でしょうね、それが簡単に解析されるようなら苦労はないわ。わたしたちもね」
「……おまえたちも?」
ええ、とミミはうなずいた。
「スティカが通常文明の星にならなかったのは、そうしなければ全滅していたからよ」
「確か、以前の文明が資源を採り尽くした星だったんだっけ?」
「それだけじゃないわ。全惑星に甚大な汚染も残っていたし、異様な進化を遂げた怪物じみた生き物もたくさんいたの。
そうした中で、ほとんどの移民団は全滅しちゃったんだけど……」
「なんらかの理由でコアを目覚めさせた集団だけが生き延びた?」
「ええ、そんなところね」
ふうむ、とラビは考え込んだ。
(かりに、進化の要因を作ったのがそういう先史文明の遺物か何かだったとしたら……いや、それこそ今さらだな。証拠があるわけもないだろうし、歴史ロマン以上のものにはならない気がするしね)
そんなラビを見ているミミも考え込んだ。
(ラビちゃん鋭いし、何か気づいたっぽいわね。ま、わかったところで証拠はないし問題ないかな?)
そうして、どちらともなく顔を見合わせると、あはははと何故か空々しく笑った。
「……こいつらは」
で、それを苦笑しつつ見ているミクトの姿があった。
そんな話をしているうちに、一同はカルカカの中継ステーションに到着した。




