変化
「ロディアーヌへの移民者や亡命者が急増しているらしいな」
「え、そうなの?」
「ああ。なんか応対で大変な事になっているらしい」
ミクトの言葉にラビはうなずいた。
何しろ国をあげての大騒ぎがあったのだ。いろんな理由で中央を離れたい者、ロディアーヌに何かを見出した者などなど、転入したい者が増えたとしても、それはそれで不思議はないはずだった。
しかし。
「へぇ……でも認めないんでしょう?」
「基本はな」
そう。
実は、近年のロディアーヌは移民をほとんど認めていないのである。
少し解説が必要だろう。
この星にあるのは、たったひとつの国。ただしその国は連合国家に近い形式になっていて、ロディアーヌ地方自治体も正式には国家組織として機能している。彼らの言葉にしばしば登場する『中央』というのは、そうした連合国家の中枢の事であると思えばいい。
国に準ずるほどの自治を地域ごとに行う背景には、この星がもともと移民星である事、そして過酷な自然環境に起因している。
つまり、彼らは住みやすく肥沃な土地のみで国家を建設、それ以外に住む者をすべて見捨てたわけだ。
そもそも当時の彼らは全惑星に広がる連絡網すらなく、ぎりぎりのところで生き抜いている自治体も多かった。はっきりいって、そんな状況でわざわざ過酷な地に住む者たちなんて知らないし、どうせ放っとけば全滅するだろうと考えた。
どうせ死んでしまう者たちに手を差し伸べている暇があったら、自分たちの生活向上のために使うべきだと彼らは考えた。
そうした背景で「見捨てられた」地域。
つまり、そうやって見捨てられた土地の多くが、現在のロディアーヌ地方に集中していた。
灼熱の砂漠。
異形の化け物が大量に跋扈する密林地帯。
宇宙空間もかくやという超高山地域の広がるエリア。
そして、現代兵器をもってしても取扱いに困るような生き物が出没する赤道海近郊。
そしてそんな、中央に見捨てられた無政府地帯に逆に入っていったのが、当時のルーク団だった。
彼らは元々、かつての移民船の残骸やら戦場跡のジャンクを漁る廃品回収業者だった。ゆえに中央のぬるま湯みたいな土地でなく、過酷ではあるが開発の余地のある広大な地域に勢力圏を築こうと考えた。そして実際、彼らは高いノウハウも持っていた。
彼らは、まだ生き延びられる可能性のある人々に様々な情報を提供し、また、時には直接手も貸した。助かった彼らはルークをひいきにしてくれたし、最悪のパターンでも、わずかな生き残りはその土地を捨て、別の土地へ。そして彼らもまたルークに好意的で、場合によってはルークの仲間として『参加』してくれる事もあった。
次第にそれは、ルークを中心に据えた一種の共栄圏の形を呈していった。
そうして、ついにひとつの地域としてまとまりがついてきた時、見捨てたはずの中央政府から連絡がきた。それは『中央政府』に税金を支払うならば、我が国のいち自治体として庇護を与えてやろうという、完全に上から目線のものだった。
もちろん彼らはこれを全面拒否。返答は「貴国が単一国家でなく、合議制の連合国家として国体を組みなおす日が来たならば、その時には参加国のひとつとして参加を検討しよう」というものだった。要は「おまえの配下に入るつもりはない、帰れ」である。
この後、中央の武力侵攻が数回あったが、これも退けて。
やがて、本当に中央政府が倒れて各地域国家の連合形態に移行した際、再度連絡が来た。こちらは他地域国家むけと同じ普通のお誘いだったので、この時代のルークは警戒しつつ、それでも連合に参加しようという事となった。
で、ここでようやく「自分たちの地域名が欲しいな」という話になり、公募。
そして出てきたのが、古き伝説にある共栄圏世界を意味するロディアルラという言葉からとった『ロディアーヌ』であったという次第。
なお、改めて政府を作るかという話も出たが、有識者に相談しても「今まで通りルークでよかろう。しかし、人が足りないなら手伝うぞ?」で終わってしまうありさま。やむなくルークは、サービス部門の一部から政治部を創設。それで今に至る。
こうした背景から、ロディアーヌでルークは中心団体として大きな力を持っていた。
まぁ当たり前の話だが、今までの経緯から彼らは中央によい感情を持っていない。特に、再び中央がお気軽にロディアーヌから搾取を試みようとするようになるとこの流れは緩むどころか、むしろ加速していったのである。
ちなみに観光客であるが、最も初期の時代には、そもそも観光客など来るわけもなかった。情勢が落ち着くと少し来るようになったが、それでも微々たるものなので、はっきりいって放置に近かった。
しかし中央が安定して観光客が急増、やがて大きなお金が動くようになると、無視できない問題が出始めた。
特に、上から目線の観光客が地元民と問題を引き起こすような事態が急増する事態になると、さすがに放っておけなくなった。
さらに、これらの中からロディアーヌに新規に住み着いた者たちも、やはりいつまでも中央第一主義もろだしで現地民を一段下に見ており、この点で、ありとあらゆる分野に問題が出まくってしまっていた。
簡単に増減するお金と違い、治安維持などに使える人間は限られている。悪化したからといって簡単に増やす事もできない。
増え続ける問題にルークは困り、そして詳しく現状調査を行った。
当時、ロディアーヌにおける観光産業の収入は全収入の三割に近かった。
それが無くなってしまったら当然だが非常に痛い。実際、観光客を止める検討をしている声をちょっと出したら、各部から物凄いブーイングも来た。街頭アンケートなども行われ「観光はロディアーヌに必須です」という「民意」も届けられた。
だが、詳しく調査してみると、それらの「民意」にウソがあるのも明らかになってきた。
つまり、ブーイングの発信源は、その全てに中央の業者が一枚噛んでいた。アンケートをする際にも観光会社の並ぶ地域でこれらの社員のみを狙っており、これに通りがかりのロディアーヌ市民が答えようとしたらガン無視した等、明らかにおかしな情報も次々にあがってきた。
そもそも観光業者に至っては、ロディアーヌ土着の業者が運営しているケースは、全体の1%にも満たない有様だった。ロディアーヌ人を使っていると言っているところでも、それは現場の顧客対応にすぎず、上はすべて中央資本ががっちり握っており、ブーイングも当然、彼らがその利益のために発信しているのだった。
当時のルークはこれら情報の分析の結果「収入より問題が多すぎる」と判断。観光客の受け入れを全面停止するという決断に踏み切った。さらに、不法侵入を試みる者には警告を与え、場合によってはテロリスト扱い、つまり現場の判断で射殺してよいとすると、そこまでハッキリとした政策を打ち出したのである。
当時の言葉は、今も記録に残っている。
『ここロディアーヌは開発区である。あくまで観光は副収入のためであったが、あまりにも問題が多すぎる。そして、これに対応する人もお金も我々は持っていない。
よって、ロディアーヌ自治区は本業に戻る事とする。すべての人々が本来の生活に注力できるよう、理由なき移民や観光客の受け入れを全面禁止する』
この政策は本当に、移行期間を3か月設けた末に実際に施行された。
政策の当時のインパクトは、それはもう凄いものだったという。
過疎地が収入確保のために観光を目玉にするケースは多い。それは、そうした事により「住んでくれる人」が現れる事をふくめ、あらゆる利益を期待しているためともいえる。
ロディアーヌの選択は、そうした地方の常識を真正面からぶっ飛ばす代物だった。
だがしかし。
ヒステリックにロディアーヌを叩きまくる中央与党やマスコミとは裏腹に、当時の野党、自由クリマナ党をはじめとする多くの政治家たちはむしろロディアーヌの選択を支持したり、そうでなくとも一定の評価を表明した。
実は、彼らの票田の多くは中央エリアといっても田舎の方が多く、そうした田舎は類似の問題を抱えていたのである。
住民よりはるかに多い観光客の流入に治安が急速に悪化、誰のための収入増なのかと言われる地域もあったが、それでも収入には替えられない……そういう現状は確かにあった。だから、お金より住民優先とハッキリ言及したロディアーヌの選択は、どこでもとれる選択肢ではないとしながらも、非常に興味深いものであったのだ。
事実、当時の自ク党幹部のこんな発言が残っている。
『ロディアーヌは僻地開発の要である。かの地には大量の未開発地域と手付かずの資源が今もあり、ロディアーヌに住む者たちの大多数はそれの開発に多かれ少なかれ従事している。つまり彼らは我が国の国益のために大きく寄与している。
ゆえに彼らの「今は手が足りないから、観光客などの人たちは来ないでくれ」という言い分は矛盾していないし、納得のいくものだ。
また地方自治の観点においても、大量の観光客がくると治安等が維持できないから受け入れを制限したという考えはおかしくないし、全面禁止は珍しいが、景勝地への入場制限などは普通にある事だろう。
なのに、どうしてロディアーヌだけ、むきになって叩きまくるのだろうか?
彼らの選択は、どこでもとれるものではない。むしろ通常の自治体が同じことをやるのは自殺行為ですらあるだろう。
だが、それでも「民の安寧こそ大切」と言い切る彼らの選択は注目に値する』
当時の自ク党の幹部は、そう言い切ったという。
その事件以降、ロディアーヌに入るのは格段に難しくなった。就職や転勤、あるいは純粋な意味での転居以外での人の流入が、大幅に制限されているのである。そしてこれは今も続いている。
以上、解説おわり。
そんな過去の影響で、今もロディアーヌに物見遊山で来る人はほとんどいない。理由なく入ろうとした場合は国境で捕まり、色々と訊かれる事になる。場合によっては追い返されたり、最悪の場合は射殺されるケースだってある。
その情勢が変化したというのだ。ラビ的にもちょっと驚きだった。
「最近は許可基準が変わったの?昔は簡単に通さなかったでしょう?」
「いや、今も変わらないぞ。ただ特殊条件の者が増えただけだ」
「特殊条件?」
ああ、とミクトはうなずいた。
「ぶっちゃけると、元男の『少女』が大量に移住希望しているんだ」
「……はぁ?」
なんだそりゃ、とラビが眉をしかめるのと「あら」とミミが微笑むのは同時だった。
「男の娘ヒーロー誕生だもんねえ。実績作っちゃったってことかな?」
「ちょっとまて、なんか今の『おとこのこ』別の意味で言ってないか?」
「え、なんのこと?」
「ミミ……」
漫才のような会話にミクトは微笑み、そして少し真顔に戻った。
「まぁ、多くは未登録のセクシャルマイノリティか、思い込みが激しいだけのひきこもりだな」
「そりゃま、そうだろうけど……未登録者ってそんな数いたの?」
「ラビ。おまえ、この国の総人口知ってるか?ロディアーヌ単体でなく、全惑星という意味でだが」
「ごめん、知らない」
「昨年の統計で、とうとう20億に達したそうだよ」
「へぇ、それは……って20億!?」
「ああ」
「うそだろ……私が子供の頃に、ようやく一億超えたって聞いたってのに」
「ああ、おまえベビーブーム世代か。第二次か?」
「うんにゃ、第一次」
「モナか!そりゃあギャップも凄いだろう」
「うん」
なるほどな、とミクトは納得したようにうなずいた。
「昔は五人以上の兄弟が当たり前だったからな。それどころか、ドロイド系の血が入る前は、女が生涯に産む子供の数は二桁に達していた。それだけ産み育てても、実際に大人になるのは三人いないって現状があったからな」
「うん」
過酷な国土。死亡率の高さ。
それゆえに女は命を削り、男はそんな女たちを支え、なんとしても子孫を残そうとしていた。
「近年は人口増加にブレーキがかかったそうで、遠からず人口増加は横ばいになるそうだ。必要な数はそろったって事なんだろうな」
「そうか……」
「それで話を戻すんだが。それだけ人口が増えたという事は、変わったやつも増えたって事になる。未登録の増加もそのためだな」
「そもそも、なんでまた未登録なのさ?まさか全員がベルナ級だなんて言わないよね?」
「それこそまさかだな。もしそうなら、さっそくルークか警察が取り込んで訓練してるとこだろ」
苦笑するようにミクトが笑った。
「ぶっちゃければ、単に異性になりたいって理由が過ぎた結果、新しいボディにこっそり交換した者たちだな。つまり、おまえのように結果として女のボディになってしまった者でなく、正真正銘のセクシャルマイノリティって事だ。
まぁ、ロディアーヌとしてはそれでも問題ない。その性別を維持してずっと生きるというのなら、元が何だろうとロディアーヌ側の知った事ではないからな」
「うん、わかる」
異性になるのはこの国では違法。これは間違いない。
だが戸籍情報などがあるわけではないから、住民登録のない地方に転居してしまえば、元の性別情報は追いかけてこない。これは法律の穴なのだけど、伝統的にこの国では放置されていたりもする。
なぜなら、そもそも性別変更を禁止している理由が「所属社会に混乱を与えない」事だからだ。
まったく新しい土地で、新しい人生をはじめようという人間なら、その人間の性別は、その時点でのものという事になる。だから性別情報は追いかけてこないのだ。
だけどこれは逆にいうと、その土地で「元の性別に戻したい」となると、逆にそっちが違法とされてしまうって事でもある。
要するに、そこまでしても性別を変えたいという者向けに残されている温情措置なわけで、勘違いしてくれるなという事だ。
閑話休題。
そんなわけで、ロディアーヌに入る事を希望しているのが元男だろうが元女だろうが、基本的にロディアーヌとしては問題ない。職能などのチェックを行い、そして規制にひっかかるような問題がなければそれでいい。少なくとも性別が問題になる事はない。
だが。
「そもそも彼らはなんの職能も実績もない者が多いから、見込みなしと判断されたら移民は求められない。ロディアーヌは社会保障制度が弱いから、行き倒れか穀潰しになると最初からわかっている者を受け入れる事はできないからな。
ただ……そうでない者が少しだけいるようなんだこれが」
「そうでない者?」
ミクトの発言に首をかしげたラビだったが、その質問をミミが引き取った。
「もしかして、コア持ちがいた?」
「ああ、おまえの言うのがスティカ・ドライヴという意味ならな」
そういうと、ミクトは肩をすくめた。
「さすがに空を飛ぶとはいかないが、特定の容姿に着替える事で精神的な何かのスイッチでも入るのかね?なんていうか、お子様番組に出てくる『魔法少女』ってやつ、そのものみたいなのが何人かいてな。ちょっと面白い事になっているらしい」
「へぇ。使いこなしてる子、まだいたのね」
ふんふんと満足そうにうなずくミミ。
「驚いてないな、ミ・モルガン?」
「昔、ちょっとした事故があってね。フマージュを一匹逃がしちゃった事があったのよ」
「ふまーじゅ?」
「単刀直入にいえば、生きて歩く魔導コア使用ガイドブックかしら。魔導コアの使用反応があって、でも使い方のおかしい人の元に駆けつけて、使い方をレクチャーするものなのよ」
「ははぁ、なるほど。生きてる賢いヘルプシステムってか?」
「うん。そんな感じ」
うんうんとミミはうなずいた。
「それ本当か?ルークの方では把握してないぞ?」
「心配しなくても現存しないわよ、2000年以上昔の話だもの。とっくに壊れるか寿命でしょ。
問題は、あれのレクチャーを受けてコアを使い方を覚えた人がいて、それが世代を超えて広まっているという事ね。いったいどういう仕組みなのか、調べてみた方がいいかも」
「なるほど」
ふむふむとミクトとミミがうなずき合っていた。
「そっか、大変だねふたりとも。がんばって」
「……何言ってるのラビちゃん、ラビちゃんもくるのよ?」
「は?」
なんでだ、と言わんばかりにラビも首をかしげた。
「なんで私が必要?素人だよ?」
「現時点で、おそらくこの星最大級のコアの使い手なのよラビちゃんって。無関係じゃないよ?」
「……マジですか」
「うん、マジ」
「……」
はぁ、とラビはためいきをついた。
ラビたちの国における数字の数え方。
1:モナ
2:ニルまたはニヘル、ニセル
3:トリ
4:ロル
5:クーガ
・ミミたちがリャンだのクーカだのと言っているのは彼女らの故郷の言葉なので、ラビたちのそれとは関係ありません。
・4のロルは、多くの国がこの呼称を使っています。これは歴史的事情によるものです。




