釣り針と喰わない魚
ちょっと長くなったので、次話と分割しました。
ラビは、いわゆる町のローカルヒーローから一躍、全国区のヒーローになった。
しかし良くも悪くもそれだけだった。
ラビは有名になると同時に自重するようにもなった。言葉遣いも以前より丁寧になったし、何より慎重にもなった。それは男性から女性に変わってしまった事も一因ではあるのだけど、それだけではなかった。
そう。
それはラビが見た目通りの少女ではなかったという事、若さで誤魔化さず実直にやるという彼女の基本方針に一因しているのだが、結果としてそれがいい方向に働いたようだ。
実は、ラビを祭り上げた連中の中には、明らかに悪意でやっている者たちも混じっていた。つまり、有名にしておいてその後に醜聞を書きたて叩き落とそうという面々がいて、それらは無責任にラビの人気を煽りまくっていたわけだ。
ミミやミクトは先にそれに気づいてラビに警告しようとしたのだけど、実はこの点まったく問題なかった。
いや、それ以前の問題だった。
ラビはそうした者の誘いに最初から乗る事もなく、一切の浮ついた有名人扱いを受け付けなかった。まるで実直な兵士が軽薄なマスコミ報道に反応しないように、徹底して流してしまったのだ。
結果として、そうした悪意ある者たちの小細工はそのすべてが空回りしてしまったのだ。
その事についてミミたちに問われたラビは、すました顔で答えたものだ。
『昔から不思議に思ってたんだけどね。あの人たちって、本当に人をだます気あるのかなって』
『どういうこと?』
『だって、ひとを騙そうっていうのなら、その人の欲しがる者、恐れているものを提示するべきだよね?
なのに彼ら、私にお金儲けとか売名行為の話ばかり持ってくるんだよね。何考えてんだっての』
『……それはちょっとひどすぎるわね』
そう。悪意ある者たちの飾った言葉はどれもこれもピント外れで、そもそもラビの心に触れないものばかりだったのだ。
ひとを騙す以上、せめてその人が求めるものを提示できなくてはなるまい。いくら「一般的に」価値のあるものであっても、その人にとって無価値なものでは意味がない。
それすらも提示できないような連中がきてしまったのかと、ミミは苦笑した。
『それとも何か別の思惑でもあるのかしら?』
『最初はそれを疑ったんだけどね。どうも違うみたいなんだよね』
繰り返すが、人をだますには、その人の求めるものを知らなくてはならない。
たとえばラビだって、正義の味方志望の若者がひっかかるようなネタなら信じたかもしれない。見事に騙されて、彼らの罠にはまってしまったのかもしれない。
でも彼らが持ってきたのは、お金を儲けたい人や、名前を売りたい人をターゲットにしたものだという。
そりゃあ、そんなものにラビがなびくわけもない。
そんな現世利益を欲しがるような人が、残り少ない命を削ってまでヒーロー生活するわけがないではないか。むしろ全力で延命を求めるものだろう。
『そういえば、今のラビちゃんになる前にもヘンな勧誘とかきたでしょう?ひっかかった事とかないの?』
『だって彼らの言う事っていつも同じだもんなぁ』
『金儲けか女って?あ、でもおじいさん相手に女はさすがにないかな?』
『いやいや。最後に一花咲かせましょうってのもあったよ?』
『うわぁ……』
『うん、あと中央区に土地とかもあったかな?ロディアーヌの底辺にあえぐ貴方に光の道を、とかね』
『ひどいねそれは』
『まったくだ。かけてもいい、ああいう業者ってロディアーヌに住むどころか来た事もないだろ』
『あはは、わたしもそう思う』
ひとの幸せを決めるのはお金ではない。確かに金はひとつの指標ではあるのだけど絶対ではない。
そもそも、お金がすべての人間が、自分の余命を削ってヒーローしようとするだろうか?せっかく延命できる手段が目の前にあるのに、それは違法だという理由だけでその手段を避けるだろうか?
根本的に提示するものが間違っている。
そもそも『彼』のそうした感覚は、ラビになる前の老人時代から露骨に現れていた。
彼がジャンク漁りをしていたのは、かろうじて食費と燃料代くらいは確保できたからに他ならないが、もちろん彼にトラックや機材を買うお金などなかった。ぽんこつトラックを知識と根気で直し、集めたジャンクを売り払う事で燃料代や食費をかなり相殺した。
しかし、はっきりいって労力に釣り合っていない。
彼がやっていた事をわかりやすく言えば、一年の半分が雪に埋もれる土地で『バイク屋』をやるようなものだ。そんな土地ではバイクだけでは商売が成り立たず、スノーモービルや除雪機を売り、当然バイクは道楽に近い扱いになってしまうわけなので。
にもかかわらず『バイク屋』を掲げて営業する、つまり好きだからこそ続けられる類の商売なのだろう。
事実『彼』は同業者に出会う事がまずなかったが、その理由がそれだ。労力と利益があまりにも不釣り合いなので、ルークのように大規模事業でやっているならともかく、個人でやるなんて余程の好き者に限られていたから。
だが、そんな損な商売で『彼』が不幸だったかというと、当人はおそらく苦笑して否定しただろう。
『他人には薦められないし、金があればもっといい機材が買えるのは間違いない。でも他の老後は考えられないね』
おそらく当時の彼はそう言ったに違いない。
そして実際、彼にとってその生活は、実に有意義なものだったのも確かだ。
現役時代の彼の仕事は常にインドアだった。時には何年も太陽の光を浴びないような生活をする事もあり、はっきりいって不健康だった。
だから、日がな一日太陽の下で、面白げな戦争時代のジャンクをいじって歩く生活というのは、たとえ周囲からどう情けなく見えようとも事実、楽しかったのだ。
貧乏臭い?
もともと自分は貧乏だし、情けなくても今更だろう。
遮るもののないリアルな大画面で夕映えを見つつ、今日の「仕事」を思い出して安酒をもちだす。
そんな一日の終わりをこのうえもなく『彼』は楽しんでいた。
いやそれどころか。
実のところ、もし何かあってラビを廃業する事になったら、またジャンク漁りの日々に戻るつもり満々だったりもする。まぁ、おそらくはミミたちが逃してくれないのだろうけど。
話を戻そう。
思わぬ大きな賞賛を受ける事になったけど、落ち着いて冷静に戻ったラビはむしろまず、悪意をふっかけてくる者たちに対応しようとした。
だが実際には、ラビのやる事なんてほとんどなかった。
彼らは自分たちの尺度で「突如ヒーローとして有名になっちゃった小娘」を騙して潰そうとしたり、自分たちの思惑で操ろうとしていた。だからだろう、彼らの用意した「釣り餌」にはラビはまったくひっかからなかったし、最悪でも途中で気づいて対処した。
ある者は、ラビの欲するものを読み違え。
ある者は、ラビを見た目通りの小娘と侮り。
そしてある者たちは、ミミやミクトに手を出そうとして潰された。
なお余談だが、不幸にもミミに手出しを試みた者たちは、かなり悲惨な事になっていた。
一般的なミミの評価は「警察署長の庇護下にある民間人の娘」であった。だから、背景が謎だらけのラビやルークの関係者であるミクトに比べてとっつきやすいと考えたのだろう。ミミに手を出す大馬鹿者はそこそこいた。
だけど、いうまでもないがそれは最悪の悪手だった。
そうした者たちは大抵が二度と目撃されなくなったのだが、いつのまにかミミの『知り合い』や『部下』になっているケースもあった。いつのまにか、ちゃんとロディアーヌに正式に引っ越して市民になっちゃったりもしており、なんとも怪しいことこのうえない。
そんなわけでラビは彼らが苦手だった。理由はわからないが笑顔がキモくて、近寄りたくないと思っていた。
そして「あー、やっぱりわかるんだ」とミミが困ったようにクスクス笑うものだから、ラビは自分の判断が正しいのだと確信もしていた。
まぁ、それはともかくとして。
ラビは、時々この星に現れる英雄的な人物の中でもかなりの慎重派で、起こる問題も非常に少なかった。問題はたくさんあったが、これだけは間違いなかった。
だけどもちろん、なんのトラブルもないわけではない。
そしてそろそろ、最初の問題がラビにふりかかろうとしていた。
まぁ。
その問題は第三者視点でいうと「問題」というよりむしろ「問題、かっこ、笑い」と呼ばれる性質のものだったのだけど。




