帰還
戦いの派手に倒れ、ミミとミクトに保護されたラビ。
彼女はすぐ、駆けつけたルークの移動ドックに収容された。
このドックは、ミクトから事情を聞いたルークの古老たちが寄越したものだった。ラビがベルナ級である事にも配慮されており、ラビは考えられる最高の条件で手当てを受けつつ、ロディアーヌ市に向けて帰還することになった。
そして、その様は全惑星のマスコミが目撃することになった。
ロディアーヌの人々は、ラビを誰もが褒め称えた。
そも、ロディアーヌの人々のほとんどはドロイド系住民。だから今回の問題はまったく他人事ではなかった。彼らはラビについて家で、職場で、学校で、街角で語り合い、そして口々に称賛した。
そして。
その声は次第に大きくなっていった……。
ラビが気づいた時、まず気づいたのは、そこがドックの中という事だった。
ミミがそばにいたが、珍しい事に居眠りをしている。幸せそうにこっくり、こっくりと船をこぐ姿に、思わずラビは言葉をなくした。
「そっとしとけ。ずっとおまえについていたんだ」
「そっか」
ミミの横にはミクトがいて、小声で簡単に説明してくれた。
「状況を教えてくれるかな?」
「お前を保護した後、中央野党側の調査隊とマスコミに後は任せて俺たちは移動に入った。情報のリークは終わったし、こちらの任務は完了したからな。ちょうど、ルークの爺さんたちが差し向けてくれたこのドック船でお前の調子を見つつ移動してきたというわけだ。
現在位置はロディアーヌ市に近い。もうすぐ到着する」
「そう」
ラビはうなずき、そして尋ねた。
「結局、あのプラントに何人いた?何人助けられた?」
「稼働していたプラントは全部で221基あった。約九割は無事助けられた」
「他の人は?」
「衰弱して死にかけていた者が少し。あと殺してくれと懇願されて、現場の判断で対応した者が二人いた」
「……そう。思ったより助けられてよかったよ」
それもまた現実。
すっかり疲れてしまった者にとり、死は解放でもある。「楽にしてやる」という言葉は、そういう重い意味を秘めているのだと。
生きていれば、という考えもわかる。
だけど、それが若いからこそ言い切れる類のキレイ事である事もラビは知っている。
自ら死を選ぶ事を非難できるほどの若さは、ラビは持っていなかった。
そして、立場上それがわかるミクトも「ああ」と頷いた。
さて。
そんな会話をしていると、やがてミミもゆっくりと目覚めはじめた。ピクッと小動物のように反応するとゆっくりと目をあけ、そして、ぼんやりとした目線でラビを見て。
「おはようミミ」
「……うん、おはよ」
しかし寝起きはいい方のようで、たちまちのうちに普段のペースに戻っていった。
ちなみに余談だが、ミクトはドックの機材の使い方がよくわからない。専門外という事らしい。
そしてミミは逆にこの手の機材が得意で、最新のものでも実に巧みに扱う。
思えば警察でもメンテナンスドックの機材を普通にミミは扱っていた。その目線や手つきはかつてのラビと同じ理系人間のもので、確かに扱えるのだと安心もできた。
見た目はただの小娘なんだけどなぁ、とラビは内心苦笑したものだ。
そんなミミだが、さっそくと寝起きにラビを検査しはじめ……そして不思議そうな顔をした。
「どうしたの?」
「ラビちゃん、なんか夢見た?」
「夢?」
ミミの言いたい事がわからず、ラビは首をかしげた。
「回復速度が早すぎる。明らかに魔導コアを使っているのはわかるんだけど……いくらなんでも親和性が高すぎるのよね。ラビちゃんって、まだコアをまともに動かしてから半月とたってないのに」
「早いんなら別に問題ないんじゃないか?」
「普通はね。でもラビちゃんの場合は問題大有りなのよ」
ミクトの指摘にミミは苦笑した。
「戻ったら速攻で訓練が必要ね。お姉ちゃんに頼んで機動隊員をよこしてもらうわ」
「ルークからも人を出そう。あと、俺も参加しよう」
「あらいいの?ルークのお仕事は?」
「なに、これも俺のルークとしての仕事の一環みたいなもんだ」
「気楽なお仕事ねえ」
「おまえもだろ警察娘。義姉にべったりでサボりまくりと聞いたが?」
「あら、百年サボってた直系さんに言われたくないわね」
「ほほう」
「……はいはい二人ともストップ」
ラビは苦笑すると、だんだんエキサイトしていくふたりを止めた。
そんな会話をしているうちに、まもなくロディアーヌ市ですという知らせが来た。
「ラビちゃん、動けるようならバルコニーに出てみない?」
「え?あ、うん」
この移動ドックにはバルコニーがある。
重力制御技術は乗り物のデザインを根本的に変えてきた。特にスピードを重視しない作業船の類はその典型であり、主に一般の建築技術がよく流用された。つまり居住性や作業効率が重視されるあまり、いっそ本来の居住空間そのものを載せてしまったわけだ。
このルーク製の移動ドックには、しばしばバルコニーが設置されている。それは出先で歓談などの際に用いられたり、作業の合間の休息のためだったりと色々なのだが。
「じゃ、いきましょ?」
「うん」
しかしラビはこのあと、一生忘れられない思いをする事になるのだが。
「な……!」
バルコニーに出てきたラビは、眼前の光景に思わずフリーズしてしまった。
眼前には、街に溢れかえる民衆の姿があった。
「なに、これ。どういうこと?」
「え?」
ミミがそんなラビにクスクス笑う。
「だって英雄のご帰還じゃない。当然でしょ?」
「……なんだって?」
そう。
今までだって、ラビは確かにヒーローだった。
でもそれはあくまでローカルヒーローの類であり、知る人ぞ知る程度の存在だった。「ああ、そういうやつがいるね」というレベルという事だ。つまり噂は飛び交っているものの、実際のラビの名前、容姿、その他を知る者は決して多くはなかったのである。
だけど、今はもう違う。
たったひとりで、満身創痍で国の陰謀を相手に渡り合った小さなサイボーグ娘の帰還。瀕死の重傷を負いつつも、巨大な要塞までも叩き落としたその力。
まさにそれは、物語によく現れるヒーローのようで。
これで騒ぐなという方が無理であった。
ラビの姿がバルコニーに現れると、民衆の盛り上がりは最高潮に達した。
『ラービ!ラービ!』
ラビは自分を呼ぶ声に絶句していた。
それは今までの声と違っていた。熱狂と賛美、そして今までとはくらべものにならないほどの、強い賛辞が込められていた。
人間、生まれつきの貴人ならどうか知らないが、多くの者は自分に向けられる民衆の歓呼の声、なんてものに耐性を持たない。大抵は対応に困ったり萎縮してしまうもので、もちろんラビも例外ではなかった。
最初は耐えていた。
恥ずかしそうに、困ったように。適当なところで奥に引き上げようとした。
しかし。
『英雄に祝福と乾杯を!ラビー!』
『シュラビレティナ!シュラビレティナ!』
『ラビー!シュラビレティナ!ラビ!』
『シュラビレティナ!』
「……え?」
でも、叫び声にだんだん「シュラビレティナ」というフレーズが混じりだしたのに気付いた時、今度こそラビは完全に絶句してしまった。
「そんな……まさかそんな」
いや、わかっていた。その歓呼の声が自分に向けられたものであると。
そうはっきりと認識した時、もうラビは限界だった。
「……」
ぽろり、ぽろり。
崩壊した涙腺は止まる事なく、ラビの頬から零れ落ちていく。
無理もない。
英雄に祝福と乾杯を。
それはこの国の古い言い方で、凱旋した英雄を讃える最上級の賛美の言葉。
国難を排したような未曾有の大英雄にだけ向けられる、掛け値なしの最上級の敬称だったのだから。
「ラビちゃん。ほら、手をふってあげよう?」
言われるままに機械的に手をふると、人々の声はさらにふくれあがった。
幼いころから憧れた存在。
遠い夢と、つい最近まで諦めていた存在。
英雄。
まさか、まさか自分が、そんな名前で呼ばれる事になるなどと。
賞賛が欲しくてやったわけではない。
お礼の言葉が欲しかったわけでもない。
ラビはただ、そうしたかっただけ。
明日をも知れぬ命でいい。まがい物の存在でもいい。
憧れだった存在に一歩でも近づけたら。
そんな思いでラビは、ラビになったのだから。
だから、ただ……皆の心がくすぐったくて、うれしくて……そして涙が止まらない。
『……』
そして、そんなラビをミミはとても優しい微笑で見て。
『……』
同時にミクトは、少しだけ複雑そうな顔で見たという。
ラビを積んだままのサポート船は、ロディアーヌ警察署に近い空中に静止した。ラビは警察とルーク両方にとっての重要人物であるため、両方のバランスを考えた配置だった。
「この船はこのまま、おまえのサポート船として使われる事になる」
「運営は警察の者も入るけどね。あくまで共同管理だから」
「……」
あまりの事態の急展開に、ラビはついていけなかった。
しかし事態の変化は待ってくれない。
一晩たって夜が明けると、さらに驚愕の事態がラビを待っていた。




