英雄少女
今回は、いわばソーシャル編です。
あと、そろそろオリジナルにない部分が出てくる関係で更新が遅れる可能性がありますが、更新は継続して参ります。
地下の惨状と地上の軍隊、そしてそれを解放し、戦うラビの姿はロディアーヌの独立系マスコミ、それから全国区の小さな報道機関の手で大々的に流された。
そしてそれは、たちまちのうちに大騒ぎとなった。
何よりも、それはセンセーショナルの塊のような状態だったのも事実だ。
同じ国民を人権無視どころか「素材」として工場に組み込み、しかも無理やり産ませた子供を『兵器』として「輸出」していた事。
それをリークしようとした記者も「素材」としてプラントに投入していた事実。
それの救助を試みたラビごと、軍がプラントを破壊し証拠隠滅しようとした事実。
民衆は愚かと言われるが、ここまで報道されて騒がぬ者はさすがにいなかった。
実際、ロディアーヌほどの比率ではないとはいえ、この星の住民の何割かはすでにドロイドの血が入っているのだ。自分自身や家族、親しい仲間が兵器として、道具として扱われるという事実に衝撃を受けるのは当たり前の話。
自宅で。手にしたモバイル端末で。街頭の販促用モニターで。
報道に彼らは思わず目をやり、しばし足をとめ、じっと耳を傾け。
そして怒りに震えた。
映像を前にナレーターが厳しい顔で叫んでいる。
『皆さんこの惨状を見てください。れっきとした我が国の市民が機械の一部に組み込まれ、無理やり子供を「生産」させられていたのです!
いや、もしかしたら今も!ここだけという保証はどこにもないのです!』
最初、政府の息のかかった大手マスコミはこれを黙殺しようとした。
だがしかし、あまりにも声が大きくなりすぎたのにすぐ気づいた。
相手がロディアーヌの独立系マスコミだけなら良かったのだ。だが中央でも微妙な立場にあるニュース専用ネットがこの独立系マスコミと同じ見解を出したのが大きかった。現在の与党は銀河連邦に日和る典型的な左翼系であり、どこの国の政党だかわからないと揶揄されて久しい。そのため、事実上の大本営状態のマスコミに嫌気のさした知識人たちがこのマスコミを頼りにしていたのだ。
ゆえに彼らは大手は大きく揺れて……結果であるが中央政府の声に従わず、各個バラバラに動く事になった。
たとえば、主に首都ダウンタウン区に多くの視聴者を抱える中央放送下町支局では。
『この非人間的極まる「プラント」は銀河連邦で製品化されているもので、現与党であるクリマナ民主党の指導者たちが連邦の「純人間原理主義者」たちと共謀したものとされています。現在連邦側の首謀者は逃走してしまっておりますが、首謀者本人のデジタル署名いりの手紙が発見されております。現物は現在ロディアーヌ警察とルーク団による鑑定がなされておりますが、連邦側からもその書類が本物である事、担当者は既に連邦法に基づいて処罰している事などの声明が正式に出されております。またこれらの書類には我が国の側の担当者、および「製品」の送付先リストと実際の伝票までもが含まれており、そのあまりの生々しさに捜査担当一同は騒然とした空気に包まれ……』
このように「国民が人間扱いされていない」事を大々的にとりあげた。
ちなみに、それに対する与党の見解、それに対する記者たちの反応はというと、もはや喧々囂々の世界であった。
『何を馬鹿な、我がク民党は国民の生活こそが第一です。そんな自国民を喰い物にするような行為は、人権無視の圧政を敷いているロディアーヌ猿どものお家芸ではないのかな?』
『猿ですか?するとクリマナ民主党幹部はドロイド混血の住民は全てヒトと看做していない、というのは事実なのですね?ドロイド混血住民はロディアーヌ地方の98%を占めておりますし』
『誘導尋問だ!下がりたまえ失礼な!』
『皆さんご覧いただけたでしょうか、これが与党クリマナ民主党の現状です!彼らは我が国の大多数の住民を人間とみなしていないのです!皆さん、信じられないと思うでしょうがこれは事実で……うわ何をする放せ!』
滅多に見られない報道の大混乱ぶりに、一般民衆もこれがとんでもない異常事態と気づいた。
そしてさらに、各地から耳を疑うような声明が続く。
『こちら中央放送ロディアーヌ支局です。今回の事態につきまして、我々は本部とは完全に袂を分かつ覚悟で放送を行っている事をここに宣言いたします。本部の猛省と民主化に向けての取り組みを他支局とも連携をとりながら……』
『我が国の民主政治はとうの昔に崩壊しているのです。「連邦様」と癒着した一部の政治家が大量の資金、それに人間までも開発援助と称して「献上」し続けているという現状があります。ですが同時に連邦は未だ我が国にとっては隣の大国であり、覇権国家でもあり、そして人権無視の危険国家でもあります。決して軽く見てはならないのもまた事実なのです』
『みんな立ち上がろうぜ!俺やアンタやアンタの家族を政府はニンゲンと思ってないんだぜ!ありえねえよ!みんな怒ろうぜ!さもないと俺やアンタやアンタの家族も、みんなバラされて売られちまうぞ!』
『この売国野郎!連邦相手にいくら儲けやがった!死にやがれ!』
『ロディアーヌ警察やルークの判断は間違ってねえよ。いくら連邦が怖いったってよ、俺たち国民は燃料や鉱石じゃねーんだぜ?』
今回の事件報道は、まさにこの星のすべてを揺るがす大騒動になった。すべてが賛否両論の対象となり、まさに文字通り、大揺れに揺れまくった。
何より衝撃的だった事実は言うまでもない。政権をとっている与党が国民の過半数を人間でなく工業製品と見ているという、信じられないような現実だった。
しかも、続いて判明した事実は、その衝撃をさらに上回るものだった。
今回の事件に際して、そもそも秘密裏に連邦とこのような違法な貿易をどうやって行ったのか、という話になったのだが、ここでさらに恐るべき情報が出てきたのだ。
つまり、与党の各部に連邦のエージェントが多数入り込んでいたのだ。
与党内部は金の亡者と売国奴、そして連邦人が三つ巴で権力を握る構造になっていた。そしてその力で、本来選挙権がないはずの在住連邦人たちに間接的に選挙権を付与、事実上、彼らの声で与党の党首、つまりこの国の最高責任者が決められていた事。
この国は、いつから連邦の植民地になったのか?
そしてとどめは、反対勢力の全てをマスコミや軍を使って押さえ込んでいた事実。反対する運動家を家ごと始末したりテロリストの罪を着せて社会的に抹殺したり、やりたい放題していた事。
これらの事実は様々なルートから暴露された。
元々与党の売国思想にべったりの自称反戦中高年は別として、圧倒的大多数の一般市民の間では政府に対する不信感と疑念が日頃から膨らみつつあった事もあり、衝撃の事実は国中の有権者を本気で怒らせる事となった。
彼ら民衆はまず、マスコミを相手にした。
この星のマスコミは、いわゆる民間放送はもちろん、たとえ国営放送であっても民間資本を入れている。つまり予算対策でスポンサーをつけているわけだが、民衆はマスコミそのものでなくスポンサーに圧力をかけはじめた。看板でなくカネを握っているヤツを脅せというその判断は実に的確なもので、いろんな意味でよく訓練された民衆と言えた。
結果、一部の放送局は完全に資金源を失う事となった。
いくら天下りや鼻薬で社員を抱き込んでいようと、金がなくては番組は作れない。政治家個人から流れる程度の金では焼け石に水にしかならないし、そうした経緯もあって民間資本を入れていたのだから。
これらの放送局の中には、地方局を締めあげて放送ネットワーク使用費を吸い上げようとした所もあったが、地元民から突き上げを食らいまくった地方局の一部が離反するという前代未聞の事態まで起きた。彼らは政府べったりでない別系統の放送ネットワークに自社ごと身売りする事で民衆の批判をかわし、なおかつ良質の番組をも確保した。
こうしてマスメディア自体が中央の支配を受け付けなくなるに従い、それらの事実は加速度的に明らかになった。怒りはさらなる怒りをよび、そして議論が繰り返された。
あまりの惨状に一時はクーデターなども心配されたが、ここにきて与党の引き際は実に鮮やかだった。
若手や中堅の説得に折れた一部の老獪な指導者が動いたとされるが、首謀者とされる派閥の政治家は連邦に亡命し、政府に紛れ込んでいた連邦人らしき者たちも軒並み姿を消した。残された与党政治家たち自らの提案で急遽、解散総選挙が行われ、野党筆頭だった自由クリマナ党が与党となった。彼らは自分たちの調査で『シロ』と認定されていた旧与党の政治家リストを公開し、この中からいくらかの専門家には続けてサポートしていただく、という事で国民に理解を求めた。
『与党には与党ならではのノウハウがある。我々は長年政治に関わってきたといっても与党は初心者なのです。政治理念に抵触しないという条件下ではありますが、彼らが手を貸してくれるというのなら我々には受け入れる用意があります。この放送を見ている民主党の先生方、貴方にその気があるなら、是非とも我々にお力を貸していただきたい』
民衆は何割かの希望と何割かの失望を得た。
だが今までと違ってマスコミが自由にモノを言っている事があからさまにわかるようになり、多くの人が「以前より格段によくなった」と感じるようになった。
そして、「何がなんでも我が国が全て悪い、宗主国様に逆らうな」などと妄言を吐く政治家は軒並み消滅した。
そんな中、一部の好事家のあいだに静かなブームが起きていた。
暴露報道からしばらくの間、ひとりの少女の姿が全惑星のメディアに繰り返しくりかえし、大々的に流されていた。事件の性質上被害者が全て女性であった事もあり、たったひとりで、しかも満身創痍で戦うその少女の姿はおそろしいほど絵になった。その後も事件報道が繰り返されるたび、要塞相手にたったひとりで立ち向かう彼女が大写しになった。当然だが、この娘は誰なんだという問い合わせがメディアに殺到した。
そう。つまりそれはラビの事である。
あくまでロディアーヌ地方の一部だけの有名人だった鉄拳ラビの名は、ここで一気に全国区になってしまったのだ。
今までもラビに関する情報がないわけではなかった。だが今回の件で、ラビの映像や記録が集められたグレー系のまとめサイトも別途作成され、様々な憶測や推測が飛び交うようになった。
特に、ラビの『中の人』については賛否両論入り乱れ、様々な憶測や見解がなされた。
腰のナイフがルーカイザーなのは目ざとい彼らネットユーザが最初に暴露し、少なくともロディアーヌ系の職人かエンジニア出身だろうと推定されていたが、これは後に確定となった。他ならぬラビ自身が酷使しすぎたナイフの調整のためにロディアーヌのナイフギルドに現れ、張り込んでいた好事家にしっかりと目撃されてしまったからだ。
なおいささか余談だが、元男性ではないかという推測は、大抵の場では否定された。
もちろんこれには理由があった。
確かにラビの中の人は元男性だった。でもそれを声高に訴えるのは少々問題があった。たとえロディアーヌ警察とルークが合法宣言をしたところで、民主党関係の息のかかった連中がラビをこきおろすキャンペーンに利用される可能性が大だったのだ。
ところがこういう場合、とても合理的な抜け道があった。
そう、ラビの中の人が、いわゆる性同一性障害であった事にしてしまったのだ。
性同一障害の男性の場合『彼女』の人権の保証のため、公式に女ですと言っていい事になっているし、そうした人に対し、いやこいつ男だよなんて言おうもんなら大問題になってしまう。八方丸く収めるにはこれが一番いい方法であり、それはいいという事で実行に移される事になった。
まぁ若干一名、これにめちゃめちゃ難色を示していたが……これは仕方あるまい。
それにまあ、同一性障害宣言をした事は、思わぬ効果ももたらす事になった。
この星の性風俗は近隣の他の星系に比べて遅れていた。だからこそ異性のボディに取り替える事が法律で禁止されているわけだし、こっそり異性のボディに取り替えた事を隠し、社会の影に隠れるように暮らしている人々も結構たくさんいたのだ。
そんな彼ら、彼女らにとって、ラビが同一性障害であったという意味は非常に大きかった。
具体的にいうと、年間いくらかいるロディアーヌへの渡航者であるが、それが数倍に増え、しかもその増加分の何割かは同一性障害の人々だったというのだ。その多くはドロイドボディに交換した者であり、ラビほどではないが高機動系ボディの使い手も存在した。これはもちろん有望な人材でもあるという事で、それこそ自治体としてのロディアーヌは嬉しい悲鳴をあげる事になった。
こうして、すべては八方丸く収まっていく事になった。
まぁ……その『八方』に含まれない人物も若干一名いたようだが。
「……同一性障害じゃないですよぅ」
「はいはい」
がっくりとひざをついた赤毛のサイボーグ娘。
そんな彼女を励ますように、銀髪の娘が肩をぽんぽんと叩いた。




