始末
「よし映像とれ!背景音にナレーションかぶせてそのまま流しちまえ!」
「了解!!」
プロフェッショナルの頼もしい声が、あたりに響き渡った。
だが敵もプロであり、そして問題を見逃すわけがない。
向こうにもすぐに反応が現れ、周囲の緊張感がいや増しになった。
「北方メディアの妨害入ってます!虫型カメラの前に回り込まれて」
「そっちも来やがったか。何とか妨害できないか?」
「無理です。こちらの有導波を解析して自動で妨害してますね」
青年たちのやりとりをじっとミミは聞いていたが、やがてにっこりと笑った。
「リー君、妨害しているのは彼らの母船なのね?」
「そうです!奴ら、安全圏ぎりぎりに母船を置いて磁場のシャッターまで張ってるんですよ。一線を抜けさせないつもりです」
ふうん、とミミは笑う。
「リー君、今出してる虫型カメラを使って、逆に彼らの母船をそこに釘付けできる?」
「できますが?」
一瞬だけ青年は考え込み、そしてうなずいた。
「よくわからないけど、わかりました。あの場に釘付けでいいんですね?」
「いいわ、ごめんね面倒かけて。あとカメラ壊しちゃうと思う」
「いいっすよ、悪いのは奴らですし。それにまだ予備ありますんで」
青年はにっこり笑うと部下の方に叫んだ。
「おい、連中のシンクロを逆用してあのへんに適当に釘付けしろ。爆心地から連中の船を一歩も遠ざけるな。できるか?」
「やれます」
「ならやれ!あと予備の虫カメラを出しとけ!信号が途絶えた瞬間に映像を引き継げるようにしとくんだ。ただし射出はまだするな!」
「了解!」
そんなミミと青年の会話をモニターを見つつ聞いていたミクトだったが、やがて顔色を変えた。
「警察娘」
「なぁに?」
「ラビはまだか?まずい、やつら予想より反応早いぞ!」
「あ、今起きたみたいね」
「すぐ逃げろと言え!間に合わんぞ!」
見れば巨大な要塞のようなものが大聖堂の上空にいる。
その下が重々しく開いたかと思うと、そこから何かを放射するジェネレータと思われるものが伸びてきた。
いよいよ、これはまずい。
だが。
「大丈夫よ。この一発はちょっとわたしがもらうから」
「……は?」
何を言ってる、とミクトが言った瞬間、それは起きた。
モニターの向こうが唐突に輝いたかと思うと、映像が一瞬真っ白になった。そして一秒もしないうちに、
「!」
「おっと!」
空中に浮いているはずのミクトたちにまで、「ズドーン」と強烈な衝撃波が襲いかかってきた。
世界そのものが木の葉のように激しく揺さぶられた。何かがどこかで割る音がして、どこかで悲鳴のようなものが聞こえた。
「くそ、マジでやりやがった畜生!」
モニターを見るまでもなく市内は物凄い粉塵の嵐になっている。いや粉塵どころか、あの物凄い爆発具合では市街の中心部は根こそぎ破壊され尽くしたろう。
「被害報告!」
「えーと全機構オールグリーン、機関正常!」
「虫カメラ全滅です!スペアを出せます!」
「出せ!」
「はいっ!発射!」
どこかでモニターが「ピッ」と音を発した。次の瞬間消えていた四つのモニターが復活した。
「主任!」
「何だ?」
クルーのひとりが驚いたように叫び、青年はそちらに顔を向けた。
「北方メディアのカーゴが墜ちました!今の爆撃の余波を食らった模様!中央放送のカーゴも中破程度の被害をうけており、しばらく動けそうにありません!」
「何!?まさか、いくらあの衝撃でも……!」
そこまで言ったところで、青年は「ああなるほど」とミミの方を見て微笑んだ。
「よし、とりあえずそっちは気にするな!救援要請が来ない限り我々はこのまま取材を続ける!」
「了解!」
「何?安全距離とってたのにか?」
ミクトは一瞬首をかしげたが次の瞬間、傍らで微笑むミミを見た。
「なぁに?」
「警察娘……おまえ何かしたな?」
しかしミミはクスクス笑いながら首を横にふった。
「いいえ、わたしはただこう思っただけよ。『メインフロアの天井は破れない』ってね」
「しっかりやってるじゃねえか。爆発のエネルギーの向きを変えて連中に叩きつけたんだろ?」
「えええ?何もしてないよ?ただ『考えただけ』じゃん」
「しらばっくれるな。おまえの『盾』の事を俺が知らないとでも思ってるのか?」
「さぁ?ルークちゃんの空想なんてわたしの知った事じゃないわね」
ちなみにふたりが警察娘、ルークちゃんと呼び合っているのは言うまでもなく嫌味である。『ルークちゃん』というのが元女であるミクトへのミミの揶揄なのは前に触れた通りだが、ミクトの『警察娘』にしてもそうだ。
はっきりいって両者の軋轢はあまり好ましいレベルではない。まぁ、一朝一夕にはいかないという事だろう。
そんな会話もつかの間、突然ミミが顔色を変えた。
「ラビちゃんダメ!もう単細胞なんだから!」
そういうとミミは両手を現場の方にかざし、ぶつぶつと何かつぶやきはじめた。
「どうした?ラビに何かあったのか?」
「黙って!」
「……」
ミクトの方もミミをちくちく攻撃するのをやめ問いかける。もちろん顔は真剣そのものだ。
しばらくするとミミの手がまっすぐから十字を作るように動いた。左手の肘を立ててその先を指先までまっすぐ上に伸ばし、その手首に右手の手のひらをあてて、そしてタイミングを図るようにぽんと叩いた。
そして静かな口調で一言いった。
「ラビちゃんを上に出したわ。あの子、今の攻撃に激怒して地下空洞の岩盤を力任せにぶち破ろうとしたのよ」
「アホかあいつは。いくらベルナ級でもそんな事できるわけないだろ」
「いえ、今なら可能よ。でも破った途端、上に積もってる瓦礫の山が下のフロアに降り注ぐんだけどね」
「……うわ」
その光景を想像してしまったのだろう。さすがのミクトも一瞬絶句した。
「それで、おまえは何かしたわけだな?流れからすると転送でもしたのか」
「まぁそんなとこね。視界が晴れればあの子の姿が見えるわよ」
「わかった」
ラビの事になるとふたりの喧嘩はピタリと止まる。
ふたり自身が言及している通り、このふたりはラビを中心に置いている。逆にいうと今はまだ、ラビがいないと成り立たないという事なのだろう。
「……」
そして、そんな模様を例の青年はどこか優しい顔で見ている。もちろんスタッフに指示を飛ばしながらだが。
「爆心地の上に対人反応出ました!全身サイボーグ、兵士級以上!」
「来たか!鉄拳ラビか?」
「そろそろ視界が回復すると思います。ここからでも有視界で……見えた!」
おぉ、とスタッフの間にどよめきが走った。
肉眼では少々遠いが、確かに小柄な人物が見える。どういうわけか宙に浮いているのだが。近くに向けて移動中の虫カメラの映像はもう少し鮮明で、ラビが満身創痍でトレードマークの軍服もボロボロなのがはっきりと映っている。そして、その不屈の闘志をまざまざと伺える引き締まった真剣な表情も。
「……ほう、こりゃあ絵になる」
「ああ、いいな。もちろん回してるよな?」
「当然」
「よっしゃ!うまく撮れてたら金一封もんだぜ?」
賛美の仕方が何というか、色んな意味で放送局のクルーらしかった。
虫カメラに細かく指示を与えつつ、まるで戦女神のような満身創痍の少女の姿を映している。
だが、それを見ているミクトはというと盛大に首をかしげていた。
「なんだ?あいつどうやって宙に浮いてる?」
「浮いてるんじゃないわ、ただ『ここにいたい』とあの子が思ってるだけよ」
「どういう事だ?」
ミクトはミミの言葉が理解できず、眉をしかめた。
「だからそのまんまなんだって。あの子は原理なんか知らない、それどころか現状どうなっているかの自覚もないと思う。つまりその願いを叶えているのは魔導コアよ」
「ドライヴの原理も知らないのに、それを使って空を飛んでるってのか。大丈夫なのかそれ?」
それは当然の疑問だった。ミミはミクトに応えるように頷いた。
「あの子自身はあくまで素人なのよ。つまりアレは立派に暴走中って事。この戦闘すんだら取っ捕まえて治療に入るわよ、わかった?」
「ああ了解した」
一瞬の事で、ラビは何が起きたのかわからなかった。
突然に周囲が土ぼこりの世界になった。一瞬だけどこかに落下しそうになり泡くったのだが、次の瞬間には落ち着いて両脚を踏みしめていた。ふるふると頭をふり、真上を見上げた。
「移動基地ってやつか」
どうやらいつのまにか岩盤の上にいるらしい。
何がどうなったとか、誰かがここに運んだのかとか、そういう論理的な疑問は完全にラビの意識の外にあった。元のラビならありえない事だったが問題ない。今はそれどころではない。
倒すべき悪が、そこにいる。
ならば余計な詮索は全部後回し。
そうだろう?
だって自分は……ヒーローなのだから!!
「……」
真下にいるラビの事なぞ知らぬとばかりに、巨大な人工物の下部ジェネレータにエネルギーが溢れはじめる。今の攻撃を再び繰り返すつもりなのだろう。
そうはさせない。
ラビは一度拳を作り、突撃の構えを見せた。だが巨大な『移動基地』の構造物を見てちょっと首をかしげ、そして腰のホルスターにささったまま残っていたナイフを引き抜いた。
愛用の『廃品回収業者』ナイフ。
ルーカイザーはあくまで作業用で殺傷用ではない。
だがロディアーヌの職人たちの技術が結集されたそれは途方もなく頑丈で、重機に持たせて突いてみたら、装甲車は宇宙船の特殊装甲にも普通にブスブスと刺さり、しかも歪みひとつないという伝説まである超硬度仕様。先端はある程度尖っていて、しかもドライバー代わりにゴリゴリやっても欠けないとされているほど頑強きわまりない。
「ちょっとばかりきついが、あとで整備に出してやっからな」
そういうとナイフを右手に持ち、身体の左脇にやって後ろから左手の掌底をナイフの柄にあてた。そして、
「……!」
体内にある、よくわからない大きなエネルギーをナイフに集約し、そして、
「喰らえっ!!」
そして全力で足を蹴りだし、エネルギーを貯めつつあるジェネレータに突っ込んだ。
ガツンという轟音、そして左手に破滅的な衝撃。
だがそれを代償に、ナイフの超高硬度ブレードは比較的もろいジェネレータ部分におもむろに刺さった。中のシステムまで届いているのは間違いない。
一瞬遠くなった気を振り絞り、ラビは叫んだ。
「落ちろぉっ!」
その瞬間、溜め込んでいたエネルギーが一気に解放された。
ラビの両手、そしてナイフから凄まじい光がほとばしり、巨大なロボット要塞の中に一気に流し込まれた。
次の瞬間、がくんと揺らぐような音がして要塞の動きが止まった。ジェネレータまわりのエネルギーも止まった。
「……く、このっ!」
力任せにナイフを引き抜いた。
そして、その手で返してホルスターに収め、さらに両手で要塞の底を押さえ、
「このおおおおっ!」
ぐい、と押しだした。
浮いているとはいえ相手は要塞である。通常なら、いくらベルナ級の力でもビクともするわけがない。
だが、どうやら敵は機能停止していたようだ。
重力制御と慣性制御だけが辛うじて動いていたようだが、それもラビの最後のひと押しで壊れたのだろう。ビキッともバキッともつかない音が中で響いたかと思うと、全体がゆっくりと傾き、そして次第に浮力を失いつつもズルズルと市街地の外に向けて斜めに滑り落ちはじめた。
この流れならおそらく、郊外の森林公園あたりに墜落するだろう。多少は被害が出るだろうが、市内のど真ん中にキロ単位の船が落ちるよりはマシなはずだ。
「……む」
だが、ラビはその光景を最後まで見る事はできなかった。
急速に力が抜けはじめていた。
それは、ラビがはじめて経験する魔力の枯渇だった。魔導コアのエネルギーをすべて攻撃に使ってしまったため、目の前の要塞同様、ラビも浮力を失いつつあった。
そして、ラビにそれを逆らう術はない。
「ここまでか……」
そしてラビはそこで力尽きて、落ちた。
失神する直前にラビが見たのは、空中だというのに何故か近づいてくるミミと、それを追ってか凄い勢いで迫るミクトのローダーの姿だけだった。




