開眼(2)
ロディアーヌ人、特にルーク関係者の多くはマスコミと相性が悪いが、これには理由がある。
ロディアーヌ地方で選挙が行われていないのは以前に触れたとおり。これはロディアーヌ地方特有の歴史的事情の結果であり、別にロディアーヌが遅れた地域というわけではない。住民の大部分が今もルークに属し、住みやすく問題なくそれなりに民意も反映されている。だったら自治政府もルークにしとけという合理性の結果であり、そしてそれに不満の声もない。つまり民主化の要望自体がそもそも起こらず、この地方は非常に平和裏に運営されている。
だが、そうしたロディアーヌを当然だが中央政府は潰したい。ルークの政治部は純粋に地域運営だけを行っているもので、変な利害をちらつかせても全く応じないからだ。いかなる既得利権もこの地方には入り込む事ができず、彼らのたくらみの全ては暗礁に乗り上げている。
だからこそ、彼らは国内のあらゆる人権団体やマスコミに大金をばらまき、ロディアーヌを遅れた土地、暗黒大陸と吹聴している。センセーショナルに中央の民意をかきたてる事で外圧として、何とかロディアーヌを屈服させ、自分たちの奴隷として、資金源として利用したいわけだ。
そんな連中にロディアーヌの、そしてルークの人間が愛想よくできるわけもないし、する必要もない。
そして、そんな中央発の勝手な理屈でロディアーヌをこきおろす言葉たちは、多くのロディアーヌ市民をも怒らせてきた。
そもそも、政治で重要なのは「何をしてきたか」であり、誰が実権を握っているかではない。
選挙が行われればすべてが良くなるというのなら、それは本当に素晴らしい事なのだけど、実際にそんなうまい話がないのは、おそらくこれを読んでいらっしゃる皆さんもご存じだろう。特定の社会体制とか、とある経済システムが人間を幸せにできるというのなら、人類世界はとっくに神様の国になっているはずである。そうならないのは実のところ、特定の政治体制や経済システムは宗教みたいなもので、それを狂信したところで誰も幸せになれないという事に他ならないのである。
さて。
そんな、マスコミと仲の悪い彼らであるが例外もある。たとえば、ある種の独立系マスコミだ。
小さいが大手とは違う視点を持ち、よく訓練されたジャーナリズム意識の高い精鋭たちが営む組織。これらのすべてが信用できるとは言わないが、ミミが信用するほどとなれば、これはもう相当なものだろうと思われた。
ミクトはそう考えてミミに工作を依頼したわけだが、その見立ては正しかったようだ。
リーシと自称したその青年は態度こそ少々軽薄だったが、プロっぷりはまさに本物だった。ちらちら見える内部のスタッフもむしろルークに近い印象の者たちばかりである。若干軽そうな見た目は外見だけであり、しっかりしたいいメンバーで固められているのがわかる。
「なるほどわかりました。それで全体の様子と、それから僕らが呼ばれた理由も理解できました。ありがとうございます」
「どういたしまして。この内容は全部そのままネットにもあげてあるわ。利用してね」
「はい!」
ミミとの会話の中にはかなりの親しみと敬意を感じる。ビジネス上の相手という感じではない。意外に年季の入った友人同士なのかもしれない。
「リーシといったな。圧力対策はどうなってる?必要ならこちらからも手を回すが」
「ありがとうございますミクトさん!今のとこは通常対応で問題ないと思います。えっと」
ヘッドセットに何か入ったのだろう。青年は少し首をかしげて「うん、うん」といっていたが、
「本社に軍の方から圧力きました。つまらぬ詮索はやめておけ、さもなくば身内に不幸があるかもしれないと。これ原文ママだとうちの社長が」
「恫喝か。記録などはマスコミだから抜かりないだろうな。ちょっと待て」
そういうとミクトはポッドのパネルを少し操作する。
「今、テロ注意報を警報に切り替えた。これでロディアーヌの全地域・全都市のルーク系組織は臨戦態勢になる」
「おお」
背後の面々からもどよめきが聞こえる。
「即刻の対応ありがとうございます!……はい、こっちでも確認しました!」
うむとミクトは大きく頷いた。
「警察娘、あと現場までどのくらいだ?」
「あと少しよ。一番近い入り口から中に入れるかしら?」
「この近くか。ある、ではそこから入って……いやちょっと待て!」
パネルをいじっていたミクトが途中から顔色を変えた。
「どうしたの?」
「軍の対テロ部隊が動いてる。それもかなり強力なやつがだ」
「なんですって!?」
ミミと青年も顔色を変えた。
「まさか。そういうのは破壊活動防止法などを通さないと国内派遣は」
「頭をとってるのが『国民生活が第一』が謳い文句の売国系政治家だからな。国の運営より自分らの利益なんだろうよ」
「……ふざけやがって!」
青年が人の良い顔すら忘れて激昂した。
「人間をなんだと思ってんだ畜生!」
「落ち着きなさい、リー君違うわ」
「違うって何スか!」
「彼らはわたしたちを人間だとは思ってない。そうでしょう?」
青年の言葉にミミが水をさした。
「彼らにとって、この国の九割を超えるドロイドとその混血人は家電品の親戚であって人間じゃないのよ。単なる物品だから死んでも単に壊れただけ。言うことをきかない狂った機械は破壊処分、それだけよ」
「……」
ミミを見る青年の目が急速に落ち着いていく。そして少しうつむいて考え、口を開いた。
「なるほど。すみません取り乱して」
「いいの、今はまだ若さで補える歳なんだからね」
とは言うものの外見だけはミミの方がむしろ若い。誰もこれに突っ込まないのはミミの歳が外見通りでないと皆知っているのだろう。
そんな会話をしていると、状況を頭の中で噛み砕いた青年がハッと顔をあげた。
「まさか、この状況で対テロってことはもしかして」
「ああ。おそらく『移動基地』を持ってくるんだろう。軍まで持ち出す理由といえばそれしかあるまい」
青年の言葉にミクトも同意した。
「移動基地?」
「それはな」
意味のわからないミミが首をかしげたが、青年の前にミクトが引き取った。
「基地は通称で、実際は重爆撃システムを搭載したロボット船なのさ。塹壕や地下設備を吹っ飛ばすための地中貫通爆弾をはじめ、とにかく対地装備でこれに勝るものはない。ないんだが」
一瞬そこで言葉を切り、そしてまた続ける。
「施設はメリウム中央市の地下だからな。ここでこれを使うという事は」
「ああ。上の街ごと吹っ飛ばすってことね。そうね、まぁなんならメリウム市ごと皆殺しにしたって情報統制可能だしね。そんなもんでしょ」
「そんなもん!?」
お気楽に頷くミミに青年が目を剥いた。
「ミミさん、メリウム中央市は五百万からの人がいるんですよ!いくらテロ対策だからって」
「ううん誰もいないよ。いても二十人かそこらのはずだよ?もっと少ないかも」
「は?な、何言ってんすか?だってメリウム中央市は……」
「だーかーらー、言ったじゃん。彼らはドロイドや混血を人間と数えてないって。だから『人間』は二十人かそこらだけなの。わかった?」
「……そんな」
青年が今度こそ、信じられないという顔をした。
「そんな馬鹿な、と言いたいスけどたしかに否定できませんね……」
ふるふると頭をふり、うなだれる青年。
「ちくしょう……ひどい。酷すぎる。こんなん許されていいのかよ」
だがミミはそんな青年を見てにっこりと微笑む。
「もちろん許されないわ。だからこそ今わたしたちはここにいる。違う?」
「……はい!」
一瞬だけ虚を突かれたように青年は黙ったが、なるほどと大きく頷いた。
「ま、でもたぶん問題ないんじゃないかな?」
「え?」
うっふふふとミミは笑うと、今度はミクトに話をふった。
「それよりルークちゃん、隠れる場所あるかしら?」
「ん?ああ、そうだな」
「そうっすね」
ミクトも青年もすぐに気づいた。へたに目につくと危険なのだと。
「この先に地図にない崖がある。方向と角度からいってこの大きさの乗り物でも隠せるし入り口のひとつが近い。今そっちにマップを送る」
「ありがとうございます!」
ふうん、という顔でミミが思案げにうつむく。
「なんだ?警察娘」
「ルークってそういう場所いろいろ知ってるのね。どうして?」
衛星の情報も使える時代なのに、そういう地図にない場所がたくさんあるというのはどういう事なのか、そういいたいのだろう。
だがミクトはそんな事かとにっこり笑って、
「そりゃおまえさん、ここがルークの勢力圏だからさ。他に理由がいるか?」
「あは、そうね」
うふふとミミも笑ったのだった。
地下を移動していた時は当然ミミには見えなかったわけだが、「ここが施設の真上だと思う」とミクトに見せられた位置を見た時にはさすがのミミも一瞬絶句した。今更残虐性などで憤る彼女ではなかったが、いくらなんでもその位置はちょっと衝撃的だった。
「よりによってエリダヌス教大聖堂の真下って……趣味悪いわね」
「連邦にしてみれば敵対組織だからな。万が一の場合でも後腐れなくまとめて上からぶっ潰せる」
ミクトが淡々と言い、青年はまた憤りの表情になった。
もちろん彼らは現場を直接見ているわけではない。モニターに映るカメラ映像と地図を見ているのであって、放送局のカーゴもミクトのポッドも街から少し離れた丘の影にいる。もちろん、そこから迂闊に近寄ると危険だからだ。
「撮影の方はどうかしら?」
「虫カメラを四機飛ばしてます。あれなら簡単には見つからないですから」
虫カメラとは自立稼働するロボットカメラの事だ。浮いている姿が羽虫を思わせるのでこの名がある。
青年は悔しそうだった。もちろん報道の人間として現場にいられないのは不本意なのだろう。
しかし相手はロボット船なわけで交渉などは通じない。うかつに近づくわけにはいかなかった。
「映像とれてるか?」
「今のとこ順調です。主任」
「なんだ?」
中のスタッフは青年を主任と呼んでいる。彼が現場責任者も兼ねているのだろう。
「中央放送と北方メディアです。虫カメラを下げないと破壊すると言ってます」
「来たか。やれるもんならやってみろと言っておけ」
「はい」
「予備の虫カメラはいくつある?」
「四セットです。つまり全滅してもあと四回は使えます」
「そうか」
ミクトはモニターを注視しつつ、彼らのやりとりをじっと聴いていた。
中央放送と北方メディアというのは政府運営の放送メディアだ。彼らがマッチポンプで国内世論を押さえ込み自由に国を動かしており、当然だが独立系メディアに自由にしゃべられては困る。
彼らが厄介なのは軍や中央警察を連れてくる事があることだ。無理を通して道理を引っ込まそうというわけだ。事実彼らは対抗勢力の家に火を放っておいて、いけしゃあしゃあと火事報道するくらいは当たり前にやってのける。もちろん家人や当人は昏倒させたり縛って家ごと焼き殺すという周到さだ。
権力とマスコミが手を握ればなんだってできる。
本来の有能な政治家たちをくだらない罵声とこきおろしで引きずり下ろし、民衆は嘘八百の報道で黙らせる。情報リテラシーの高い人々はともかく、マスメディアの情報がすべてという情報弱者の人々は実に容易に騙されるし、実際そうやって政権は運営されている。
ほら。どこぞの国で「こいつは首相なのに漢字も読めない、ラーメンの値段も知らない」とやっているだろう?あれがまさにそうだと言える。単にマスコミの暴走の可能性もあるが、その政治家を引きずり下ろしたい誰かが音頭をとっている可能性だって否定できるものではない。
どうすれば、この流れは変えられるのか?
それは難しい。だがこの構造には決定的な盲点があるのも事実だ。つまり国民はそこまでバカじゃないという事だ。
事実、「大本営発表」が嘘ばかりである事に国民は気づき始めている。街頭インタビューがみんなサクラの劇団員や三文俳優なのも知っているし、日々流される犯罪者情報の中にも、実際は政府に楯突いただけの良識人がいる事も理解しはじめている。
昔なら「政府のいう事だし信用できるだろう」と考えた。
でも今は「政府のいう事なのだが、信用できるだろうか?」である。
この違いは決して小さいものではない。
今この絶妙のタイミングで、与党の信頼を徹底的にぶっ潰すような出来事が起きてしまったら?それは大多数の国民のブーイングという形で現れるだろう。
いかに政府と癒着したマスコミといっても彼らはあくまで民間放送だ。彼らはスポンサーや寄付者がすべて引いてしまったらビジネスモデルが成り立たず倒れてしまう。だから圧倒的に不利とみれば最後、一斉に与党叩きに回るだろう。
粛清や構造改革は後でゆっくりやればいい。
今はただ「この星を危機から救う」という強烈な対象と、倒すべき敵を世に示す事こそ大切なのだ。おかしな事になっているこの国をただすために。
そして、そのためにはラビのように『純粋無垢に世を憂う象徴的存在』は重要だ。ひとつ間違えば歴史の狭間でもみ潰されてしまうが。
「どうしたの?ルークちゃん」
「いや……よくよく考えればラビの立場がとんでもない事になっていると思ってな」
「あは、そうかもね」
クスクスとミミは笑った。
「わたしもあんたも責任重大よ?ラビちゃんは正義の味方といっても、あくまで故郷の平和を願うひとりの人間に過ぎなかった。それをこんな場所まで引っ張りだしちゃったんだからね。
ま、責任とるんでしょ?あんたの場合囲うの間違いかもしれないけど」
「余計なお世話だ。もとよりあれを閉じ込めておけるとも思わんが」
「そうかしら?あんたなら力づくであの子を半幽閉できるでしょう?ほらなんだっけ。この星のことわざで『甘いちん○ん』でベッドに縫いつけるとかってやつ」
「それを言うなら『とろける蜜と勇者の角』だ。ついでに言うと若い女が使う言葉じゃないぞ、これは」
「ほっといてよ、どーせ年増ですよーだ」
年増なんて可愛い言葉で形容できる年じゃなかろうとミクトは思ったが、今論じても仕方ないので肩をすくめるだけにとどめた。
「そんな事より警察娘、ラビの様子はどうなんだ?まだ復活しないのか」
「心配いらないわ、もうすぐよ」
「だがもう待ってられないぞ。みろ」
ミクトに言われてミミがモニターをのぞき込む。その瞬間青年からも声があがった。
「移動基地来ました!」
「よし映像とれ!背景音にナレーションかぶせてそのまま流しちまえ!」
「了解!!」
プロフェッショナルの頼もしい声が、あたりに響き渡った。




