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鉄拳ラビRemake  作者: hachikun
赤毛のサイボーグヒーロー
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赤毛の少女戦士

 そこにいたのは、赤毛の少女だった。

 飾り気のない、国防色の旧陸軍の制服。ただし国籍章は外されている。

 かぶりものはなく、ショートの赤毛はまるで男の子のようだった。顔の造形は相当な美少女なのだが、その美しい瞳の放つ目線はやっぱり少年のように力強い。ごつい陸軍のブーツや手袋も、少女のものだろう細い手足を見事に隠している。

 だが、その小柄さと、スレンダーとはいえ凹凸のある体型は、確かに女の子のもの。

 その少女の口が開いた。

「でかい音がするから来て見れば……まさかローダーでやんちゃとはねえ。いいけど一般人(パンピー)巻き込むなよな」

 少女は彼らの迷惑行為を怒っているわけではない。あくまで女の子を巻き込んだ事に苦言を呈したようだった。

 だが、ケンカ中の若者たちには、そうは聞こえなかったようだ。

「ばっきゃろガキはすっこんでろ!」

「……ほー」

 ぱき、と、どこかで小さな音がした。

「いつからルーク団は愚連隊(ぐれんたい)になったんだ?先代のじいさんの目がなくなった途端にそのざまか?

 ケッ、町の平和は俺たちが守る、看板とお題目だけの民主主義なんかいらねえって吠えたルークの誇りはどうしたんだ?ああ?」

「…っだとこのガキ偉そうに!」

「いや、ちょっと待てミクト」

 二人いた若者だが、先に何かに気づいた方がもうひとりを押しとどめ、たちまちケンカは収まった。

 どうやら、ただのやんちゃ坊主ではなかったようだ。

「その赤毛に旧軍の制服。おまえ、もしかして『鉄拳ラビ』か?」

「いや、そんなダサい二つ名は知らないから」

 困ったように少女は眉毛に指をやり手をふった。

 どうやら噂通り、少女本人はその呼び名は好んでいないらしい。

「まぁ、このへんで赤毛で、この格好でラビって言えばオレの事かもな」

「そうか」

 その若者はもう一人に何か言い含めたかと思うと、コックピットの窓を開いて何かを投げてきた。

 ぱしっと少女(ラビ)はそれを受け取る。

「なにこれ?」

 それはパックされた軍服のようだった。ラビが着ているものと同じ色だが、生地などが全然違って見える。

 縫製に使われている糸からして超強化繊維と思われた。生地自体も普通とは違っており多少なら防弾効果もありそうだ。ラビのものを事務職用と仮定すれば、切った張ったの本格的な白兵戦仕様というくらいの違いはあった。ある種の特殊な鎧と言い換えてもいい。

「白兵戦用の強化軍服だ」

「は?」

 首をかしげるラビに若者の声が続く。

「着替えは四セット、サイズは合わせてあるそうだ。ドロイド用の頑丈なものだから、洗濯して使い回せばそう簡単にボロボロにはならないだろう」

「どういう風の吹き回し?オレ、あんたらに損害を与えても恩を売った覚えはないんだけど?」

 だがその言葉に、コックピットの中の若者は肩をすくめた。

「単刀直入に言えば上の指示だ。

 それ軍用強化ドロイドのボディだろう?だが服がそれに見合ってない。それなりのを着とけって事さ」

「?」

「鈍いな。ようするに我々ルークはおまえを認めたって事だ。おまえは強い戦士であり、町の治安を守る民間協力者。そして我々ルークの支持者だ。そうだろう?」

「……まぁ、確かにルーク支持者だけど、それだけで?」

 そうだと若者は頷いた。

「できれば上としちゃ身内に取り込みたいところなんだろうと思うよ。だが一匹狼ってのはどこの世界にもいるわけで、おそらくおまえもそうだろうと踏んだわけさ。

 だが、ひとりで活動しているんだろう?補給も充分じゃないようだしな、それでこの結果となったわけさ」

「……ふうん」

 若者本人にも他意はないようだった。ふむ、とラビは頷いた。

「わかった、これはありがたくもらっとくよ。これくれた人にはありがとうって伝えてくれるかな」

「了解した」

 そう頷くと若者は、

「俺はジョリバ、こっちは部下のミクト。このあたりの地区担当だ。何かあったらいつでも俺たちを呼んでくれ。この街を守る治安活動である限り、いつでも俺たちも協力するからな。

 それから、もちろんルークに入りたいっていうのもな。いつでも歓迎するぞ」

「わかった」

 それだけ言うと、ああ、とラビは思い出したようにもう一言。

「でも、そのポッドで町に入るのは非常時だけにしてくれる?悪意がないのはわかるけどさ、舗装が痛むし万が一の事もあるから。もちろん有事は別だけどね」

「……もし守らなきゃ今度はぶっ壊す。だな?」

「もちろん。これは脅しじゃないからな?」

 一瞬の迷いもない返答に若者(ジョリバ)は笑うと、

「ああ、悪かったな。ほらミクト、お前もだ」

 もうひとりの若者は、さっきからラビをなぜかじっと見ていた。

 だがジョリバと名乗った方に急かされると、渋々と

「う、うむ……じゃあな」

 そんな事を言った。

 そして二体の戦闘ポッドは、ゆっくりと歩き去っていった。

 残されたのはラビ。そして、怯えていた女の子。

「……嘘は言ってないようだけど、何か思惑がありそうだな」

 ラビは腕を組み、ちょっと考え込んだ。

 服をくれたという上層部のそれは嘘じゃないのだろう。そして、どうも言外にメンテナンスの相談も受け付けてくれそうだ。

 それはありがたい。だがまるっきりの善意とも思えない。

 渡りをつけておいて何かやらせるつもりなのか。

 と、その時だった。

「!」

 ばん、という音がした刹那、ラビの左手が唐突に(くう)を掴んでいた。

「……」

 ラビは一瞬だけ動きを止めて、そして空中で止まった手をゆっくりと無言で開いた。ぽろりと、とそこ金属質の何かがそこから地面にこぼれ落ちた。地面に落ちたそれは乾いた金属質の音をたてて転がった。

 一発の銃弾だった。咄嗟にラビが力を入れすぎたのか、少し歪んでいる。

「!」

 ラビの背後で少女が息をのんだ。

「……」

 眉をしかめたラビが視線を向けると、そこには先ほどのローダーがいた。

 さっきの、じっと見ていた方のミクトとかいう若者が乗っていてコックピットの中で目を剥いている。おったまげた、そんな顔色を全面に貼り付けている。

 だが驚いたのはラビの方も同様だった。

 確かに歩き去ったはずだ。

 なのに音もなく巨大なローダーを扱い一瞬で立ち戻り、同時に小さい機銃弾を一発だけ発射。どんな静粛装備でも大型機械である以上着地の音で必ず気づかれるからチャンスは一度きり、そして発射は1番不安定になる着地の一瞬。

 やはり、只者ではなかったようだ。ともかく腕前は一流らしい。それも超がつくほどの。

「……こいつぁ驚いた」

「あぶないよ。誰かに当たったらどうすんの」

 驚きを隠しもしない若者。ラビも呆れたように眉をしかめたが、それだけ。

 若者(ミクト)は苦笑いして頭をかいた。

(わり)いわりぃ。しかし凄えな。噂には聞いちゃいたが、ほんとに飛んでくる弾丸(たま)掴んじまうんだな、へー」

 どうやら噂の真偽を試したかったらしい。嘘だったらどうするつもりだったのか。

 やれやれとラビは盛大にためいきをついた。顔は怒りでなく苦笑だった。

 どうやら、この程度のお茶目は気にしないらしい。

「ま、暇な時なら遊んだげるよ。だがコレは危ないからもうすんな、わかった?」

「おう」

 全然わかってなさそうだった。

 だがとりあえず今日は引き上げるようで、今度こそきびすを返し、彼のドロイドも去っていった。

 通りの向こうには、ちゃんとさっきの上司(ジョリバ)とやらも待っていた。部下の性格を知った上で止めなかったのだろう。下も下なら上も上だ。

「やれやれ。ほんっとルークだねえ」

 やり方は物騒極まりないが、その乱暴さがラビは嫌いじゃなかった。要するに悪意のない子供なのだから。

 そしてラビも笑い、きびすを返したのだが、

「!」

 ラビはその瞬間、さっきとは別の意味で固まった。

 いつのまにか遠巻きにたくさんの人が見ていた。もちろんローダーのいる空間に無雑作に近寄るバカはいなかったが、不用意に注目を集めてしまったのをラビは感じていた。

 おそらく、最後に銃弾を受け止めてしまったのが効いたのだろう。

 人間の感覚とはシンプルなものだ。見えないところで巨大ポッドに勝つよりも、目の前で銃弾を止めて見せるほうがインパクトは大きい。百聞は一見にしかずとは本当の事だ。

 参った。

 賞賛されるのは別に嫌いじゃないが、不気味がられるのは楽しいものではない。少なくともラビは苦手だった。

 やれやれとためいきをついた。そして眼下で未だぼーっとしている女の子に声をかけた。

「怪我はない?」

「!」

 ぴく、と女の子は反応した。ようやく我に返った、そんな反応の仕方だった。

「歩ける?大丈夫?」

「あ、はい!」

 女の子は自力で立った。単に動転していただけのようだ。

 美しい娘だった。最初見た時は幼女じみた少女かと思ったが単に身体が小さいだけのようだ。どちらかというと年齢不詳タイプで、何歳と言われても納得しながら疑いそうな容姿であった。

 腰より長い銀髪が美しい。そして紫の瞳とはまた珍しい。銀髪の娘はこのあたりでは大抵灰色か赤の瞳なのだが。渡来者だろうか?

 ともあれラビはやるべき事を優先した。容姿などはここでは重要ではない。

「痛いところとかない?」

「えっと、はい、大丈夫です!」

「そう。でも緊張が解けたら痛みだすかもしれないから、そしたらすぐ診てもらう事。いいね?」

「はい、わかりました」

 なかなか素直な子だった。うんうんとラビは頷き、じゃあねとその場から去ろうとした。したのだが、

「……あら」

「あのー」

「ちょっと、放しなさいって」

 いつのまにか腕をとられている。(きびす)を返した瞬間に掴まれたか。

 おどおどした口調と裏腹に、むんずとラビの腕を掴む力は強い。

「すみません、ちょっとだけお話させてもらえませんか?」

「……もしかして、あんたも仕込み?」

 はぁ、とラビはためいきをついた。

 さっきの二人組も、明らかに「わざと」だった。意図的にあんなポッドを町に持ち込みラビを引きずり出したように思える。この女の子もある意味同類なのか。

 だが、そんなラビの言葉に女の子はぶんぶんと首をふり否定する。妙に可愛いがラビの腕を掴む手は寸分も揺るがない。なまじ可愛いがゆえにラビの不安は増すばかりだ。

「違います!そ、そんな悪意なんてないですから!」

 さっきの二人組の怪しさにも気づいているのか。ますますもって油断ならない。

「だったら放して。悪いけど戻らなくちゃ」

「で、でもでもでも!すみません、うちのお姉ちゃんが『ラビさんに会えたらぜひお話したい事が』って!」

「……会えたら?」

 女の子の言葉に妙なニュアンスを感じたラビは、ふと女の子に目を向け直した。

「つまり仕込みじゃないって言いたいの?機会あればと言われちゃいたけど、この事態そのものを演出したわけではないと?」

 きっちり疑いを含んだラビの言葉に、女の子はハイと明るく返事をした。

「わたし、ミ・モルガンって言います。うちのお姉ちゃん警察署長なんです。わたしはただの家事手伝いですけど」

「い、け、警察!?」

「はい、それが何か?」

「いやいや、警察にはオレ用なんかないし、うん!」

 警察と聞いた途端にラビは腰が引けた。

 ラビは自分を犯罪者とは思っていない。だが毎回毎回町中で騒動を起こしているのも事実だし、正体を隠して活動しているのも事実。そしてこのボディも一応、法に反する使い方をしているつもりはない。まぁ、法の目をかいくぐるような方法ではあるけれど。

 ただ、できれば官憲の類に目をつけられるのは色々と勘弁してほしかった。

 女の子はというと、どうも変に自己陶酔するタイプの子らしかった。ふにゃっとかわいらしく笑うと、ふっふっふーと自慢げに胸をはり、そしてますますラビから離れない。

「わたし、ちょっとだけ勘が鋭いんですよ。お姉ちゃんの妹だから感謝状とか持ってないですけど。あーこのひとアレかなーと思ったら強盗さんだったりですね、そういうのが得意なんですよー」

 本当なら確かに面白い能力である。特殊な認知能力の類なのか。

 だが、それこそ本当なら笑えない。ラビの態度から余計な事を嗅ぎつけないとも限らないではないか。

 だから放して、とばかりにラビは振り切ろうとした。だが逃げようとするのがわかるのか、女の子はさらにガッチリとラビを押さえに来た。意地でも逃がさないつもりらしい。

 強引に振り切るのは簡単だ。だが女の子に怪我をさせてしまう可能性が高い。

 これでは動けない。

「……」

 そして女の子はというと、さらにじーっとラビを見た。笑ったかと思えば唐突に真面目になる。ころころと変わり続ける表情は実に愛らしいもので、ある種の男なら平静ではいられないかもしれないが。

 しかし、この娘の百面相はどこか薄気味悪いものがある。外見がどうではない。

 まるで全身を視線で嬲られるような、そんな感覚にラビは思わずドン引きしそうになったのだが、

「あのさ」

「?」

「いや、いつまでこうしてるつもり?オレ、そろそろ帰りたいんだけど」

「大丈夫、さっきお姉ちゃん直結の通報ボタン押しましたから。だからもうすぐ……あ、きたきた」

「いい!?」

 女の子のいう通り、向こうでパトカーらしきものが止まった。

 もちろん女の子の手はがっちりとラビを捕まえたまま。

 これはもう、どうしようもない。

「……帰っちゃダメ?」

「どうしてもって言うんなら仕方ないですけど……でも」

 じわぁっと涙を浮かべている。とてもとても悲しそうに。

「……」

 対するラビは、そういうのが苦手なようだった。眉間を指でおさえつつ、ああ畜生とぼやいていた。

「わかった、わかったってば。どうしても会って欲しいわけね」

「はい!」

 半泣きで嬉しそうな顔をされて、ラビは思わず天を仰いだ。

 なるほど見る目があるのは本当だろう。初対面のはずのラビの性格の甘さを速攻で見抜いており、それで泣き落としをかけてきたのだから。

 わかっている。なのに逆らえない。

 だがラビは、それを差し置いてもまだ甘かった。

「……」

 パトカーから出てくるスーツ姿の女に困ったような目を向けるラビの横で、女の子はじっとラビを見ていた。

 その目が非常に楽しげな事に、ラビは全然気づいちゃいなかったのだから。


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