プラント(ミクト側)
心配してないといったら嘘になる。
どんな能力があろうと徒手空拳、しかも現地ではおそらく別行動になるのだろう。あの警察住まいの化物女は殺しても死なないだろうがラビはそうはいかない。
だが追っていくわけにもいかない。今はミクトはただ、自分の仕事を続けるだけだった。
マスコミの方には、あの女と打ち合わせた時間を伝えてある。予定は未定ではっきりしないが、そのへんの時間には事が起きるだろうと伝えてあるわけだ。既にパッシブセンサーには民間のものらしい乗り物の反応が映っているわけで、遠からず事態はまた動くだろう。
とりあえず確認のため、ミクトは通信機を入れた。
「じいさん、ミクトだ」
『よう、やってるかね?』
通信の向こうは、どこかの屋敷のようだ。小さな女の子と向かい合ってゲームしている老人がいる。
「こっちはまずますだ。じいさんたちの方はどうだ?って、ずいぶんと平和そうだな」
『わははは、いきなり曾孫が遊びにきてな。おまえももどってきたら会ってみるといい。なかなか可愛いぞ』
「そうか」
ミクトは目を細めた。ちょっと肩を鳴らしてみたり。
『例のお姫様はどうしたんじゃ?うまくいっとるかね?』
「ルークに完全に入れるのは無理でしょう。協力体制はしっかり固められそうだけど」
『そういう意味じゃないわい。おまえさんのものにしたかと聞いとるんじゃ』
やれやれとミクトはためいきをついた。
「じいさん。小さい子のいるところでそういう会話はよせ」
『何を言っとる。近頃の子供はすごいんじゃぞ?おまえさんも驚くほどにのう』
はいはい、としばし会話をする。
そして通信を切った頃、背後の方からジョリバの乗ったローダーが近づいてきた。
「あれ?どうしたんです?」
「依頼の調査その他が終わったんでな。そっちは専門の連絡係がついたんで俺は手が空いた」
なるほどとミクトも頷いた。
ポッドはそのままミクトのそれの左側に並び、そして同じように座り込んだ。
「こっちの進行はどうだ?例の警察娘と鉄拳ラビは地下に入ったのか?」
「ああ。あいにく今は計測外だが、そろそろ施設に入った頃だな」
「そうか」
ジョリバはフムフムと少し考え込むようにしたが、
「うむ、後は私が引き受けた。おまえは後方に下がれ」
そう言ってきた。
「ちょっと待った」
「何か問題かね、ああ伝達事項なら伝えておくが?」
「そういう問題じゃない。ラビはどうすんだ?」
「ああ鉄拳ラビか。そうか、おまえアレがそんなに気に入ったのか」
「あー」
老人たちの指示とジョリバの発言のあからさまな食い違いにミクトは突っ込まない。
さっきの老人たちとの会話。あれには作業指示が含まれていて、それは特にラビとの繋がりを最優先で維持せよという意味だった。
そして、子供の会話をしたのは危険の伝達および特別指令。
「さっき本部のじいさんと話したんだけど、あっちでもなんか随分期待してるらしくてね。ルークに入れるいれないは後の話で、まずは仲間になって連れ帰ってこいって」
「ははは、大変だなおまえも。ま、それはそれで重大任務と言えるがな」
「ほんとだよもう」
実際それは重大事だった。
ラビは現時点で、ロディアーヌ地方の全警察組織とルーク団の中間に立つ存在となっている。今までは関係が希薄だからよかったが、警察・ルーク共々にラビを媒介に急速に距離をつめており、このままだとラビの存在を足がかりにロディアーヌに巨大な合同治安組織が誕生する可能性すらもあった。
民主機構が存在せず、長らくルークが仕切っているロディアーヌ地方。そのルークをただの地方企業に貶めて実権を握るために政府が配置したのがロディアーヌ警察のはじまりだったのだが、あっというまに骨抜きにされて単なるロディアーヌの新治安機構となってしまった。それはそれで打つ手がないわけでもなかったはずなのだが、いくら制御を取り戻そうとしても果たせないままに月日が流れ、ついにはその警察機構とルークが手を結ぶ可能性が出てきてしまった。
このままにはできない。
それは政府も、そしてその政府の後ろで手を引いている者たちも同意見であり、だからこそ。
「ミクト」
「は?」
唐突にジョリバが呼びかけ、それにミクトが反応した瞬間だった。
ばん、と銃の炸薬音が響いた。
「……冗談じゃねえよオイ」
しゃべったのはミクトの方だった。無理やりポッドの中に身体を沈めているが、おそらくほとんど意味はなかった。
相手の弾はミクトには当たらなかったが、おそらくジョリバの手先が滑ったのだろう。ミクトもよけたつもりではあったが、あの至近距離ではほとんど意味がなかったろうから。
「……」
対するジョリバの方はというと、小型拳銃らしきものを持ったまま固まっていた。額にぽつんと穴が空いていて、そのままゆっくりと人形のように崩れ落ちる。
追いかけるようにミクトは身を乗り出しジョリバのコックピットをのぞき込んだ。
ジョリバはもちろん死亡していた。血が頭の中から吹き出しているが量が少ない。ミクトのそれが高熱弾だったため、患部が焼けて出口がある程度ふさがっているせいだろう。
「まったく、いきなり隣でぶっぱなすとか勘弁してほしいな。スパイってのはもっと冷静で慎重なもんじゃないのか?」
「ううん、キレたらどんなプロでも失態を犯したりするものよ」
「!」
声に驚いてミクトが見上げると、ローダーの屋根の上にミミが座っていた。
「ただいま。ちょっと緊急事態で急いで帰ってきたんだけど、ちょうどよかったみたいね」
「助けてくれたのか、もしかして」
「まあね。あなたが居なくなったらラビちゃんが悲しむもの」
どういう手立てか知らないが、ジョリバの弾丸をそらしてくれたのだろう。
果たしてミミは頷くとジョリバのコックピットによじ登り、ジョリバの死体の額に手をあてた。
「ジョリバ・ケル・カイオワ・コーム中佐。連邦情報部の将校ね。今複数のマスコミとネットの方にもだしといたわ。そっち確認できる?」
「まて……よし確認できたって、なんだこれ、与党の秘書課所属って」
「与党の関与まではルークでも把握してたんでしょう?つまり二重の意味でスパイだったのね」
「まてまてまてまて!こいつ大統領府所属じゃねえかよ!なんで外国人がこんなとこにいんだよ!」
「癒着でしょう?平和ボケしたり癒着のひどい国ではよくある事だわ」
ナショナリズムは時として非難の対象になるが、かりにも独立国家であれば、政治機構に外国人は入れるべきではない。
なぜなら外国人にとって母国はその国ではないのだから、ご当人の祖国の考え方や都合にあわせて国政をいじられる事になるからだ。そんなものは当たり前以前の当然、必然の話である。そして、そんな事を許していればもちろん、この国は内部から食い尽くされて滅びてしまうか、名前だけ残して他国に乗っ取られてしまうだろう。
だが、いくらこの国の政治家がおバカ揃いでも、外国人に参政権を与えるような利敵行為まではやっていないはずである。
なのに政治機構に外国人の、しかも二重スパイを堂々と入れているとは。
そんなに連邦の属国になりたいのだろうか?
ミクトはためいきをついて首をふった。
「そうか。たしかに可能性は考えちゃいたが……なんてこった。他にはいないのか?」
「いないわね。今はもう」
「今はもう?」
うん、とミミは答えた。
「施設の中で連邦側の大黒幕に遭遇しちゃったのよ。しかも偶然っていうかわたしの古い知り合いだったの。もうびっくりしちゃったわ」
「ほう」
「で、ちょっとイジメて全面撤退を約束させた。これで連邦側は間違いなく引く。後ろの支えは外したから、後は力おしとリークですべて片がつくでしょう」
「ほう、そうか。ちなみに何者だったんだ?」
「ごめん、そこは訊かないでくれるかな。ま、事態を収拾したら最後、二度とこの国にも連邦にも近寄らないと思うから」
「そうか。ま、いいだろ」
「あら偉そう」
「当然だろ?するべき追求をせずに目をつむるんだぞ」
「へー……」
「何だ?」
「いいの?スパイの疑いありとはいえ上司を射殺した男ってラビちゃんにいっちゃうよ?」
「まてまて!濡れ衣だろ!しかも正当防衛じゃないか!」
「えー、わたし知らないもん。この目で見た事実だけを淡々と伝えるよ?うん」
「おまえなぁ……わかったわかった、もう」
はぁ、とミクトはためいきをついた。
「とにかく乗れ。それともそのローダー操縦してついてくるか?」
「え?」
「もどってきたという事は俺を連れに来たって事だろう?あいつに何かあったのか?」
「あ、うん。そっち乗るわ」
ミミはミクトのローダーに移ると先日のようにナビ席に座った。
ローダーはそのまま立ち上がり、やがて軽やかに走りはじめた。
「状況を説明してくれ。まずあいつはどうなってる?」
「今、現場で昏倒してる。狙撃されてね、全身をダイヤモンド徹甲弾でボロボロにされたみたい」
「なにっ!」
「落ち着いて。死んじゃいないから」
「……続けろ」
ミミはうんと頷いた。
「普通のドロイドなら即死だと思うけど魔導コアがバッチリ効いたみたいね。壮絶にボロボロには違いないけど生きてるわ。
復元呪詛の発動も確認してるから心配しないで。何もしなくても急速に回復していくと思う。
なまじ瀕死に近い状態だと復元にはこれ以上なくブーストがかかるから、おそらくあと30分もかからないでしょう。黒幕も含めて現地の敵は何とかしてきたから、今さら手出しするバカはいないと思う。
ただ問題はその後ね」
「ふむ?」
「そんな状態で急速復元したら高確率で暴走する。わたしとあなたで何とか止めなくちゃいけないのよ。言ったでしょ?コアの安定はわたしがやる、心を安定させるのはあなただって」
「ああ」
「さらに言うと、今頃連邦と政府与党の間でやりとりしているはずなのよね。それが終われば出る結論はというと」
「なかった事にする、だろ?ほっとけば軍の手で地下施設は破壊、ラビは殉職か最悪テロリスト補助扱いだ。いや、さらにひどければ俺たちも罪を着せられる、と」
「そうね。ま、そっちはラビちゃんさえまともなら何とかなると思うけどね。わたしとあなたの配置したマスコミが軍を相手に戦うラビちゃんを報道するからね。正義の味方として」
「あとの問題は政府側マスコミか。ラビをテロリスト扱いで報道されるのは不味い」
「それの完全排除はわたしたちじゃ難しいわね。野党の方には手を回してあるから、彼らの手腕に少し期待しましょう」
「……へえ」
「何よ」
感心したようなミクトの顔にミミは眉をよせた。
「いや、おまえさんはもっと単独無敵かと思ってたよ」
「たったひとりでできる事なんて限られてるわ。いかに人を使うかっていうのも能力のうちでしょう?あんた帝王学やんなかったの?元直系のくせに」
「いやぁ、当時は上になる気なんかなかったからなぁ……おっとマスコミか!」
疾走するミクトのローダーに近づくように、マスコミの航空機が近寄ってきた。
航空機といっても重力制御なので翼があるわけではない。窓つきのでっかい箱という空力デザイン的にはちょっと問題のある形の乗り物が近づいてきた。赤い字でロディアーヌ地方の独立系放送グループのロゴがあり、その上にはロディアーヌ伝統の魚マークが誇らしげに踊っている。
風をきって飛ばない気楽さで、走るポッドにゆっくりと接近してくる。ドアが半開きになって放送用業務ヘッドセットをつけた青年がひょっこり顔を出した。
「ルークのミクト担当官ですかぁ?先程はどうも!ロディアーヌ放送の担当『リーシ』です!ってミミさんもご一緒ですか!」
「こんにちは!りー君元気だった?いきなりごめんね?」
「ありがとうございます!何いってんですか!こんな特ダネで僕ら呼んでくださるなんて感激ですよ!」
「でも危ないよー?対策してる?」
「もちろん!うちのグループは伊達に独立系やってないっすから!」
疾走中なのだから乗り物同士で直接話そうとすると風が大変うるさい。だが飛翔物と走るものの間で直振通話するわけにもいかない。
「とにかくローダーを屋根に載せてください!現場までお送りしますから!」
「わかった、ルークちゃん!」
「了解した。あぶないから頭入れてろ警察娘」
「はーい」
送るついでにインタビューという事だろう。いかにもマスコミらしい恩の売り方だ。
だが、その清々しいたくましさだからこそ今は信用できる、ミクトはそう思っていた。
「……」
余談であるが、この時『りー君』と呼ばれた放送局担当、同じローダーでルークと警察の担当官が協力しているという世にも珍しい姿に内心驚いていた。
当人たちはあまり意識してないようだが、人道無視の『兵士工場』や与党の大スキャンダルと同じくらい、ルーク団とロディアーヌ警察の親密な歩み寄りだって十二分に大変な大ニュースだった。
青年は自分たちのスタッフに指示を飛ばしつつ、胸に仕込まれた非常用の小型カメラをこっそり回していた。




