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鉄拳ラビRemake  作者: hachikun
赤毛のサイボーグヒーロー
26/44

プラント[2]

 大量に並ぶ大きなシリンダーの中には、それぞれひとりずつ女が入っていた。

 おそらくはドロイド、またはドロイドと混血した人間。その全ては全裸で口にマスクのようなものをとりつけられ、それで酸素や栄養を送られ生かされているのだろう。

 手足のない個体が多い。切断面に簡単な処置跡があり、おそらくこの施設内か搬入前に切断されたと思われた。五体満足な個体でも肩に不審な大きな傷跡があったり、どうもまともとは思えない。おそらく動けない、逃げ出せないという点では変わらないのだろう。

『手足のない個体は、おそらく生命力の強い個体ね。身体機能の低い個体は運動神経だけ切断しているみたい』

『……どういう意味?』

『暴れられると困るって事でしょ?出産の時とか、どうしても取り出さなくちゃならない時はあるからね』

『……』

 冷静なミミが信じられないとラビは思った。

 だがラビも以前の老人のままなら、おそらく嘔吐したかショックでリンクが落ちたろう。つまり今のラビ自身だって、かなり強くなってきていると言えた。

 しかし、それでもなお、ラビにはこの光景はいささか強烈すぎた。

『……人間が』

『ん?』

『人間が、相手を人間と思わないって……こういう事なんだな』

 ぎり、と怒りをにじませる。だがそれでも鉄の自制力で踏みとどまった。

『そうよラビちゃん。これもまた人間の姿……ほんと、いつの時代、どんな時代も変わらないものね』

『……』

 寂しそうなミミの顔が微かな光に浮かんだ。

 ミミが外見通りの歳でない事はラビも知っている。さすがにミミの抱える歳月の長さまでは知らないが、それがとんでもない長さでないだろうって事も、なんとなく予想がついている。

 そんな時間の中、ミミはいったいいくつ悲しい光景を見てきたのだろう?

 かつて彼女を娶った男は、そんな彼女に何かを見たのかもしれないとラビは思った。

「……!」

 少しだけ頭をふり、思考の海に落ちかけたのを切り替える。

『ミミ、撮影するんだよね?』

『もう撮ってるよ。わたしはこれから証拠保全に回るわ』

 いきなり二手に分かれるというのか。ラビは思わず目を剥いた。

『大丈夫か?』

『もちろん。それよりラビちゃんに頼みがあるんだけど』

『なに?』

 ふふ、とミミは笑った。

『簡単よ。あと二分程度でいいんだけど、警報が鳴り出すような事は避けて。ラビちゃんはこのシリンダー全部割るつもりなんでしょう?』

『ああ。とはいえこれじゃ陽動にしかならないだろうけど』

 迷いもしない返答にミミも笑って切り返した。

『それはいいの、むしろ思うがままに派手にやっちゃって。ルークの彼、ミクト君だったね。彼もわたしもそれを見込んだ作戦なんだから』

『なるほど、わかった』

 ふたりは頷きあい、そしてミミは踵を返した。

『それじゃよろしくね、ラビちゃん』

『ああ』

 そういったかと思うと、ミミは闇に融けるようにして立ち去った。

(さて、じゃあ少しだけ待ちますか……って、あれ?)

 言われたように少しだけ待とうとしたラビだったが、ミミの気配がいきなり消えたのに首をかしげた。

 おかしい。

 確かに闇は深いがミミは生身なので生体反応がある。ラビは当然それを常に認識していたのだが、

(突然消えた……どういう事?)

 確かにいない。目をこらしてもセンサーを駆使しても、そのあたりにミミがいる感じがしない。なぜ?

(また、何か得体のしれない力を使ったのか。やばい事になってなきゃいいんだけど)

 そんな事を漠然と考えていたら、ラビの脳内に声が響いた。

『どうかなさいましたか?』

 

 

 驚いたのは一瞬の事だった。

 ラビはその声の主に覚えがあった。何しろ、ついさっき聞いたばかりだった。

『えっと、もしかしてさっきの?』

『はいそうです。メヌーサ様のお連れの方』

 どうやら、先ほどのコンピュータの声らしかった。

『それ、妹の名前だって聞いたけど?』

 ラビはゆっくりと周囲を見回した。どうやって騒ぎを起こそうかと考えつつ視界を巡らす。

 そして、意を決したようにゆっくりと座り込んだ。

『そうですね、確かに今はそうです。

 しかしですね、お連れの方。

 その昔にはあの方こそ、エリダヌスの女神にしてアルカイン族の原器たる姉妹のおひとり、メヌーサ・ロルァ様だったのです。ご存知でしたか?』

『いや……そうなのか?』

『はい、そうですお連れの方。

 わたしはこう見えて結構古くから活動しているもので、当時をよく覚えています。ちょっとお茶目をしてみたかったのですよ』

『お茶目って……すごいな、そんな感覚まであるんだ』

『お褒めに預かり光栄です。ただしギャグのセンスはいまいちとよく言われますが』

『あはは』

 やけに人間くさいコンピュータだなとラビは思った。

 と、そこでふと、さっきの言葉に気になる部分があった。

『ちょっと待った』

『なんでしょう?』

『アルカインぞくのげんきって、どういうこと?』

『原器についてはご存知ありませんか?長さや重さといった単位を共有するためのサンプルですが』

『え……げんきって、その原器なの?』

『はい』

 声は淡々と情報を流し続ける。

『アルカイン族の原器?ミミが?それじゃあまるで?』

 ひとを原器と形容する。

 それはまるで、ミミの人格面を全く考慮していないかのような表現だった。ラビは少し気分が悪くなった。

 そんなラビに声が続ける。

『その印象は間違いないでしょう。

 あの方々は昔、この銀河系宇宙の知的文明を未来に進めたいと考えた人々によって生み出されました。

 老いる事なく、ひとの身には夢幻に等しい歳月を存在し続け、アルカイン族とはこういう生命体であるという基準点をその身で語り続けるだけの存在。

 さきほど申し上げた銀色の四番目(メヌーサ・ロルァ)というお名前はそのためのもの。いわばあの方の職業名だった(・・・)のです』

『……そうなのか。私はてっきり』

『てっきり?』

『いや、悪い。ロルって連邦でもスティカでも数字の四だろ?ロームダとかロバイみたいに家系名ありの種族じゃよく使うものだし、てっきりそういう意味かと』

 どこかの青い星にも物質の四大元素という概念があるが、銀河でも四を特別な数と考える種族はいる。だから驚くような事でもなかった。

『ロルァ家というものが存在すると思われたのですね。ある意味その表現は間違いありませんが、ロルァ姓をつけられている当時の個体はすべて、各種族の原器個体なのですよ』

『各種族って……』

 ラビはコンピュータの言葉の意味を悟り、眉をしかめた。

 いつの時代か知らないが、銀河にいるいくつかの有力種族について『基準』を作ろうとした者たちがいたと。そして、その者たちを、物言わぬデータでなく、触れる生きた生命体として『作成』した者がいたと。

 そして、ミミがその中のひとり……いや『一体』であると。

『……なんつー胸糞悪い話だよ』

 ここの工場ですら可愛いくらいだとラビは内心、毒づいた。

 しかしコンピュータは少しだけ、ラビの認識を訂正したかったそうだ。

『あなたのお怒りはもっともですが、少し事実誤認があるようです』

『事実誤認?』

 はい、とコンピュータは言った。

『詳しくは、いつかあの方自身にお聞きになってみてください。少し悲しいお顔をされるかもしれませんが、あなたに対して心を開いておられるのなら、きっとお話くださるでしょう。

 まるで叙事詩のように長く、そして壮大なお話になってしまうでしょうが』

『……』

『メヌーサ様の「今」のお話に戻ります。

 繰り返しになりますが、メヌーサ・ロルァの名は一種の職業名でした。従いまして、末の妹君に仕事を譲られた時点でメヌーサの名も妹君のものとなり、あの方は名無しとなりました』

『名無しって、固有の名前がないって事?』

『名前とは本来誰かが名づけるものでしょう?

 あの方はそれはもう長い長い間メヌーサ様だったので、誰も他の名前であの方を呼ばなかった。ただそれだけです』

『……そう』

『あの方は今、お幸せそうですか?』

 ラビの脳裏に、女署長や昔の旦那の事を楽しそうに話すミミの姿が浮かんだ。

『どうだろ。退屈してないと思うし、あと……』

 一瞬どう説明したものかと悩んだラビだったが、

『ああなるほど、本当にお幸せなのですね。よかった』

『え?』

『あなたが今思い出された情景です。それを見れば当時のあの方を知る者なら皆そう思うでしょう』

『そうなの?』

『はい』

 以前のミミの生活がどうであったか、なんて事はラビにはわからない。

 だがそれでもラビには少し理解できた。ミミは愛らしい容姿と言動だがその過去には孤独の影がある。おそらくそれは孤独な老人だった自分にもつながるものだと思えた。

 だからこそ、自分にやたらとベタベタしてくるミミをラビは拒めない。

 ラビは生涯独身だった。対人関係に不器用な中級エンジニアだったラビは仕事をリタイヤしてからもたったひとり、友も何もない。そしてスクラップだらけの住処(すみか)でジャンクをいじり、時には砂漠の戦場跡に向かうだけの日々を送っていたのだから。

 常に貧乏とはいえ、悠々自適(ゆうゆうじてき)と言えばその通りかもしれない。

 だが苦楽を共にする仲間もいなければ、語り合う同類もいない。話し相手すらない。その意味では引きこもりと全く変わらない暮らしとも言えた。

 おそらくミミも同じだったのだろう。

 おそらくそれ以前のミミは、たくさんの人に囲まれてはいても限りなく孤独であったのに違いない。崇められ傅かれはするが、生身の女としてひとりの人間として愛される事はほとんどなかったのだろう。

 かつての職を退いた契機となったのは、当人も言っていたが人妻になった事だろう。つまり自分から人と関わり、ひとの中で生きるようになって、そしてミミの暮らしは大きく変わった。

 だからこそ今のミミは幸せなのだろう。

 死に別れた旦那の名を今も幸せそうにする時のミミ。

 わざわざ義姉になってくれるような優しい女の事を、目を細めて語るミミ。

 そして今回のように事あらば、かつてのミミを懐かしむ者が親しみの目すらも向けてくれる……。

 それはラビが、まだ持っていないもの。

『……』

 ふと自分の両手をみるラビ。

 約一年ほどの間ラビはリモコンだった。一部の人はその事を見抜いていたようだが当然大多数の人々はそれを知らない。やたらと漢らしく猛々しいヒーロー・鉄拳ラビの中の人が、実は漢らしいどころか本物の男、しかも老人であったなんて知る由もない。

(ラビちゃん)

(ラビさん)

 親しく声をかけてくれた人。助けてくれた人。

 だけど今にしてラビは本当に思う。自分は皆を騙していたのだと。

『……』

 改めて、また両手を見た。

 自分は間違っていたのだろうか?法を犯してでも最初からこの身体に乗り換えるべきだったのだろうか?

『……』

 いや、それはありえない。そんな融通がきかせられるような者が正義の味方なぞになれるわけがない。

 ラビはわかっていた。

 本当は正義の味方なんて子供の夢なのだ。大人になればあまりにも周囲がみえ過ぎてしまい、世界を白と黒にわけて戦うなんて事はできなくなってしまうのだから。

 だからこそ、それを求めたラビはそういう不正ができなかった。

 だからこそ、自分の死を予感してもリモコンのまま戦い続けた。

『……』

 ならば今の自分は何だろう?

 他人にこの身体に入れられたのを言い訳に、本来居てはならないヒーローの座に今も居座っている偽者ではないのか?

『……』

 自嘲の笑いがこぼれた。

 こんな者を……こんな継ぎ接ぎだらけの偽者の自分を、いったい誰が慕ってくれるというのか?

 そんな事を考えていると、

『それはどうでしょうか?』

『え?』

 いつのまにかラビの悩みは心の声になっていたらしい。コンピュータが答えてきた。

『中のひとが実は男性だった、今のあなたの姿は当時はリモコンだったという事ですよね?』

『うん』

『なるほど、人間は外見に左右される生き物です。中のひとをカミングアウトすれば裏切りと感じる人もいると思います。何割かのお友達はそれで離れてしまう事もあるでしょうね。特に性別が違うならば尚更です。

 でも、今のあなたは違うのではないですか?今、その体はまぎれもなくあなた自身ですよね?』

『うん』

『ならば、今の等身大のあなたで行けばいいと思いますよ。なんたって今はもうリモコンではないのですから。

 今までの事をカミングアウトするかどうかは好きになさるといい。あなたならたぶん、気持ちを軽くするためにカミングアウトする方を選ぶのかもしれませんが。

 あの方もしかり、そして今、あなたがお考えになった元女性の方しかり。

 おそらくはおふたりとも、あなたの決断を否定しないでしょう』

『……』

 確かにコンピュータの言う通りだった。

『とりあえずは、よく話して見ることかと。今回の件が終われば自然体でぶつかってみればよろしいかと思いますよ。過去の問題はその後に話題にすればいい』

『うん、そうだねありがとう』

『どうしたしまして』

 そろそろ時間だろう。ラビは立ち上がった。

『ミミはどうしてる?あっちの用はすんだかな?』

『そろそろ佳境のようですね。あと本施設上空などにマスコミや軍らしき機影も増えはじめています。騒ぎを起こされるなら丁度いいかもしれません』

『そっか。わかった』

 闇にすっかり慣れた目。

 ラビはにやりと笑った。

 陽動を起こす方法は、すでに決めてある。

 音も面白いが、どうせやるならこれがいいだろうと。

 そう。数時間前にミミがやって見せた灯火(クイン)とかいう『魔法』だ。

 あれはマグネシウムや放電灯のように目立つ。使わない手はないだろう。

『えーと、こうだったかな……灯火(クイン)

 ぽぽっ、と小さな光が手元に一瞬だけ灯った。その瞬間、巨大なフロアのどこかがピクッと反応した気がした。

『おおーできた、やればできるもんなんだな』

 もしこの場にミミがいたら「なんでいきなり使えるのよ!?」と仰天したと思うが、ここに彼女はいない。

『一応ですが警告です。それもう一度やれば警報が鳴りますよ』

『わかってる。次はちゃんと光らせるさ』

 体内で何かが動いているのを感じる。

 それは冷たい風のイメージを伴っている。湖などで戦っている時に感じたアレと同じもの。おそらく魔導コアが動くと自分にはそう感じられるのだろうとラビは思った。

 にやりと闇の中で笑い、大きく息を吸い込んだ。

 そして大声で口に出した。

灯火(クイン)!」

 その瞬間、灯りのないはずのフロア全部が昼間のように明るくなった。

 だがさらにその次の瞬間、

「!?」

 ラビの全身に強烈な衝撃が走った。

 それが着弾である事に最初ラビは気づかなかった。高速で弾丸をつかみ出す事すらできる高速神経系を持つラビは、避け損ねた弾丸はあっても無防備に直接喰らった事はなかったからだ。

 しかもそれは一発ではない。どん、どん、どん、と続けて何発もラビに打ち込まれた。

『バカな!何故センサーに……いや今も映ってない!可視光線情報のみだって!?』

 驚愕するコンピュータの声を聞きつつ、ラビは床に倒れ落ちた。

 身体は全く動かない。だが左手がたまたま視野に入ったようで、一発だけ掴む事に成功した弾丸がラビの視野に入った。

 そしてその弾丸には見覚えかあった。

「……ダイヤモンド……徹甲弾」

 そしてその視界を最後に、ラビの意識は途切れた。


放電灯:地球でいう水銀灯のようなアーク放電タイプの燈火類の事。

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