プラント[1]
プラントの中には地図などない。だがふたりは特に迷う事はなかった。
ラビの肉体は白兵戦用なので生体反応を感じられる。ミミも「たくさんの気配を感じる」といったから、ふたりともそれぞれ別々の手段で最初の目的地を知る事ができるようだった。とにかくその場に向かってふたりは歩いて行った。
ふたつほど階段を降りる。そしてまた歩き続ける。セキュリティ扉は内部には装備されていなかった。
だが、おそらく最後の廊下にとりかかったところでラビが足を止めた。
『まて』
『どうしたの?』
『赤外線センサー。廊下中網の目みたいに張り巡らしてる』
『あら』
ミミは少し考えると、
『ラビちゃん、手つなごう』
『は?』
『いいから』
『う、うん』
言われるままにラビとミミは手をつないだのだが、
『ん!』
突然の刺激にピクッと反応してしまうラビ。
『なぁに?どうしたの?』
『なんか今ピリッと来たような』
『あー、それたぶんわたしの魔力』
『まりょく……魔力!?』
『うん、そうだよ?』
ミミは平然と答えるが、ラビにとっては困惑以外の何者でもなかった。
それはそうだろう。スティカはラビたちの星とは全く異なる星なのだから。
確かに人間としてのメンタリティは同じであり、また、どちらも移民星だったという過去がある。だからこそ長年の交流もあるわけなのだけど、しかしその文明を形作る技術に至ってはその限りではなかった。
ラビたちの星の技術者は、スティカの技術体系が全く理解できなかった。
重力制御システムが田舎の重機にすら搭載され、人工生命体のアンドロイドが国中を闊歩するほどの文明を持っている彼ら。にもかかわらず、スティカの使者が乗ってきた宇宙船を彼らは全く理解する事ができず、あっけにとられてしまったという。
何しろ、その宇宙船……彼らは天翔船と呼んでいるが、それらはなんと木造船だったのだ。
そして不可思議な解析できないエネルギーが船を常に覆っており、環境の維持や安全確保は、どうやらそのエネルギーが担っていると思われた。
しかも、そのような信じがたい乗り物で、彼らは何十光年の星の海を普通に渡ってきた。
いったい、なんなのだこれは。
こんなもの、いったいどうやって理解しろと?
当時の技術者や科学者は、誰もが頭を抱えたという。
以降、戦乱などで途切れがちではあるものの不定期に交流は続けられているが、目立った成果は何もあがってない。ルークでも研究が続けられているものの、理解もできていない。現物合わせでいくつかの試作は成果を挙げているものの、根本原理がわからないから応用もできない状況だという。
もっとも、全く進んでいないわけでもない。
それに、本人こそ気づいていないが、スティカ製であるラビの肉体も大きい。既にルークの研究畑の方では、今回の事件が片付いたおりにはラビを招き、研究を手伝ってもらおうという動きもあるという。
まぁスケールの大きな話はいいとして、問題はラビもその例外ではなかったという事だ。
かつてのラビはエンジニアだった。彼の人生を占めていたのは計算式や電子のコード、それに様々な機械たちだった。まかりまちがっても、魔法だの魔力だのという代物が出てくる事はなかった。まぁ、伝奇物語やお伽話ならにいざしらず。
しかし今、ラビの目の前には、まさにそういう世界からやってきた娘がいて、得体のしれない力も使うわけで。
頭の痛い話である。
『まぁ、その魔力とやらはいい。で、この手つなぎの意味は?』
敵地のど真ん中で手をつなぐのは本来危険行為だろう。理由があるはずだ。
ミミはにっこりと微笑んで言った。
『「探知機にひっかからない」魔法をかけたけど対象がわたしだけなの。手をつながないと』
『ごめん、さっぱりわからない。言いたい事はわかるような気もするけど、それでどうして手をつなぐ必要があるの?』
『んー、見たまま、言葉のままに理解してくれればいいんだけどー』
『無理』
『あっそう。んー、実技はあれほど素質あるのにねえ。ラビちゃんって脳筋?』
『ちょっとまてコラ』
さすがのラビも苦情をあげた。
そりゃそうだ。二流とはいえ元技術職で、自分は頭脳派、理論派だったという自覚もあるラビだ。能力が低いと言われるならまだしも、脳筋呼ばわりはあんまりだと思ったのも無理もない。
だがミミは平然と畳み掛けてきた。
『だって、こんな子供でもわかるような理屈が通じないんだもの。
んーわかった、とにかく今は細かい話は棚上げにして「そういうもの」だと思っておいてくれない?』
『むむ』
『ね。あとで、もうイヤっていうまで懇切丁寧に教えてあげるから、ね?』
『……わかった』
まぁ、ここで論争しても危険なだけで意味はない。ラビも一応、そこは同意した。
『じゃあ、軽く解説だけしとくね。
つまり、直接手をつなぐ事で、ラビちゃんもわたしの服とかアクセサリーと同じ扱いにできるの』
『ふうん。つまり「どこまでが効果範囲か」という性質を利用するのかな?』
突っ込みはしないと言ったが、そこはラビ。感想が口から漏れるのは止められないらしい。
だがミミもそを止めもせず、そのまま続けた。
『正解。服はわたし自身じゃないけど守護対象でしょう?こうすればうまくやれるのよね』
『ふむ……』
『ま、いきましょ』
『うん』
言われるままに、そのまま歩き出した。
セキュリティ網に入った瞬間ラビはひやりとした。だがセンサーはどれも反応せず、警報システムが動いているような気配すらも全く感じない。
で、ふと感じた違和感にもすぐ気づいた。
『まて、そんなバカな』
『ん?なに?』
『な、なんなんだよこれ!』
それは異様な光景、あってはならない光景だった。
赤外線の光が曲がっていく。曲がるはずのない光が落書きのように曲がり、ふたりの少女を綺麗に回避していく。
『……』
ラビは言葉もないようだった。
砂を巻き上げる等は機械技術でも普通に可能だろう。得体のしれない力の数々も、後で何とか理由をつけて誤魔化すことは不可能ではない。
でもこれは。
赤外線の光を飴細工のように、リアルタイムでクネクネ好き放題に曲げるなんて事は……不可能とは言わないが、ラビの知るこの国の、いやこの世界の常識では限りなく不可能だった。あってはならない事といってもいい。
しかし、その信じがたい風景は確かに現実だ。
『ミミ。あんた魔女とか言われた事ない?』
『ひどいなぁもう。うん、でも敵対してる人たちにはよく言われたよ』
『そうだろうね』
唸るしかなかった。どう表現していいのかもラビにもわからない。
『おおげさだなぁ。ちょっとわたしたちだけ通してねってだけじゃない』
『いやいやいやいや、ものすっっっっごくタイヘンな事だからそれ!』
『そう?』
『そう!……しかしこれはすごいな。どういう原理なのかさっぱりだけど、これが理解できたら本当に楽しそうだなぁ』
『……』
確かに今はそれどころではない。
それに原理に至っては、さっぱり理解もできない。
だけど今、ラビの心は好奇心に満ちあふれていた。
(……)
そんなラビの横顔をミミは興味深げに見ていたが、
『ん、ちょっと変わってきた?』
『そうね』
そんなこんなで歩いているうちに、風景が変化していた。
いつしか廊下はゆるいスロープになっていた。足元はすべり止めの意味もあるのか軟質の素材で足音がしない。工場設備ではあまり見かけない構造だが、ラビもミミもその意味を知っている。
そう。『生産物』が人間タイプの生命体の施設の場合、うっかり逃げ出して暴れてもいいように現場近くの床や壁は軟質加工されている事が多い。
つまり現場はもう目の前という事。
『……』
『……』
ゴクリと喉を鳴らしたのは、ふたりのうちのどちらなのか。
目の前に最後の扉があった。
セキュリティカードが必要な種類の扉だ。ふたりはもちろんそんなもの持っていない。
『わたしの出番ね』
ラビが前に出た。
『我はかつてエリダヌスに仕えし者、そして今はただエリダヌスの徒である者。我が前に未来を示せ』
声にも出さず、その言葉を思考のまま放った。するとその瞬間、
『……命令受諾いたしました。お入りくださいメヌーサ様、それにお連れの方よ』
そういう返答と共にロックが外れたのである。
『ふむ?』
ラビはちょっと首をかしげた。
いくつか気になる点もあったが、そもそもミミが反連邦なのは知っていたから問題ない。それよりも重要なのは別のところにあった。
そう。今の名前とか。
『メヌーサ?』
どこかで聞いた名だと思った。さすがにその名が意味するものには気づかなかったようだが、それでもラビのアンテナに思いっきりひっかかったようだ。
で、それがわかっているミミもしれっと返答する。
『それ一番下の妹の名前。なんか勘違いされたみたいね』
『妹さん?』
『うん。メヌーサ・ロルァって名前なの』
『なるほど』
だが、それが本当だとしてもラビには疑問が残る。
これは連邦の設備のはずだ。どうしてそのシステムがミミの妹を知っている?しかもミミをその妹と勘違いし、あまつさえ音声でなく二人の頭に思考波の形で返答する?
さすがのラビも気づかなかった。想像できなかったというほうが近い。
だがその意味をミミはラビには言わない。
ミミはラビを、銀河をまたいだ係争に巻き込むつもりはなかった。いや、いつかはそうなるのかもしれないけど、少なくとも積極的に巻き込むつもりはなかった。
ラビは精神的に潔白すぎる。そう、まるで妹の語る青い星の少年にように。
そのような人物を、銀河をまたいだドロドロ劇に巻き込みたくはない。
『なに?ミミ』
『なんでもないわ。それより前を見なさい』
ミミに促されたラビは前を見た。
前は本当に真っ暗だった。赤外線の灯りすらついていないのだが、あちこちにパイロットランプのような小さな灯火があった。急速に闇に慣れてくる目はそのわずかな光を頼りに、全てではないが部屋の全貌を浮かび上がらせた。
そこは広大なフロアだった。
いくつかのブースに区切られていてその間には通路が走っていた。機械類が天井とブースの床面に大量にあり、そしてそれぞれのブースには大きなシリンダーのようなガラスケースが伸びていてる。その中は液体で満たされていて、何か柔らかい生き物のようなものが、ゆっくりと蠕動する内臓のようにうごめいている。
暗さに目をならしつつ、それが何であるかを確認して。
『!!』
そしてその意味に気づいたラビが、今度こそ完全に絶句した。




