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鉄拳ラビRemake  作者: hachikun
赤毛のサイボーグヒーロー
23/44

エリダヌスの話

 今回は、マクロ視点の話になります。


 ラビたちが砂漠の施設に侵入を開始した頃。

 広大な銀河系の一角では、ここ二百年ばかりの問題が厄介な社会問題となっていた。

 

 人工生命体(ドロイド)との混血とはいえ、生きた人間を工場プラントに組み込み強制的に子供を生ませ続ける。そんな非人間的にもほどがある事件が成立している背景には、いわゆる銀河連邦式の価値観の問題があった。

 ドロイドは人間ではなくトースターの親戚にすぎない、というのはここ二百年ほどで急速に寂れ、今では少数派になりつつある考え方なのだけど、元々は銀河系宇宙で広く考えられていた思想だった。

 考えてみてほしい。あなたの部屋にある家電品がいちいち人権を主張されたら困るのではないか?

 高度文明における機械は、その多くが思考力をもつようになった。最初は「人間っぽくしゃべる掃除機」みたいなものにすぎなかったし、それを使う人も「このメーカーは、あさっての方向に目線がシャープだなぁ」と感心するくらいだったのだけど、特に家庭内で活動する汎用家政婦ロボットについては著しかった。ほとんどの文明で、そうした汎用ロボットは人間と見た目も、そして性格も見分けのつかないものに進化していったのだ。

 それは宇宙的にいっても当然の展開だった。

 人間の家、人間の町、人間の機械はそもそも人間が使うように作られている。だから、そんな人間の仕事や生活をサポートする汎用ロボットも結局は人間の容姿を真似るのが最も効率がよいわけで。

 さらにいうと、いわゆる不気味の谷問題もある。マネキンが歩きまわる姿を想像してもらうとわかりやすいと思う。マネキンが人間のようにしゃべって行動していたら、それはホラーになってしまう。つまりある程度人間を模倣するなら、いっそ完璧に人間に溶け込む事が求められるわけだ。

 しかし、そうして人間そっくりに変化していった類人ロボット、つまりアンドロイドたちには別の問題も発生した。

 母たる人間たちの敵になるのではないかという不安。いつのまにか人間が追いやられ、アンドロイドたちの世界になり人間は滅ぼされるのではないかという問題。

 だからこそ、人工生命体にまで進化したアンドロイドたちには二重の枷がつけられた。

 すなわち。

 

 ・作られし存在は人間ではない、と厳格にアンドロイドを道具と規定する法律。

 ・人工生命体が自然出産で増えないように、出産機能を老朽化した自分自身の複製のみに限定。

 

 すべては、人間の世界、ひとの暮らしを守るため。

 これらに反するアンドロイドをすべて破壊させ、さらには教育も徹底して行ってきたわけだ。

 

 だけど人間の考え方は一つではない。

 宇宙という場所は地上と違い、生きる環境を維持するだけで莫大なコストを要求する。それに植民星などで過酷な環境をテラフォーミングするという考え方を思い上がった侵略者の発想と忌み嫌い、人間の方に少し手を加えて適応したいという考えもまた、いつの時代にも存在した。

 そうした考えの筆頭に、エリダヌスと呼ばれるものがある。

 彼らは「科学の力で環境を無理やり書き換える方法はよくない」と考え、環境に強い人間を作る、つまり人間側を変革するというアプローチを大昔からとってきた。

 何しろ現在、銀河系やアンドロメダにいるアルダー、アルカ、アマルーなど、種族名称の発音が『(アー)』から始まる種族はすべて、彼らエリダヌスの者たちが「未来の子供たち」と作出した種族と言われているのだから凄まじい。今これらの種族は銀河系の筆頭を占めているし、銀河系以外の銀河にも広がっているのだ。これが一種の、何千万年もかけた社会実験の成果だと言われたら、それは誰もが驚くだろう。

 まぁもっとも、これは連邦側によってトンデモであると嘲笑されている説でもあった。

 あなたがもし数世紀前に銀河連邦加盟国のどこかに生まれていたら、学校の教科書には『エリダヌス教』なる古い宗教の伝説としてそれが書かれていて、さらにそこには「これを真実と考え吹聴する人々がいるが、これは迷信なので騙されないように」とも書かれていた事だろう。

 しかし、あいにくと宇宙は広い。

 この問題になんと本物の『証人』が現れてしまい、大騒ぎになったのだ。二百年ほど前の事である。

 まぁ、さすがに話がズレまくってしまうので詳細は書かないが、これらの「人間側から変わって宇宙に広がろう」というエリダヌスの考え方が復活し、人間原理主義の方が敗北するという逆転劇が当時、銀河中で起きたわけだ。

 

 

 機械と交じり合った人間なぞ人間とは呼べない。それはヒトではなく、歩く機材、動く資源にすぎない……。

 ロディアーヌの町の一角でそんな事を言えば、間違いなく頭がおかしいと思われるだろう。警察が来る前に病院に連れて行かれるはずだ。

 でもこの星にはまだ、そうでない者がある程度いるようで。

 しかも彼ら、特に中央政府の上の方には結構たくさんいたらしい。

 彼らは純血の人間以外の存在を「人間のふりをして社会に混じりこんでいる主人なき機械であり、排除すべきモノ」と認識していた。だから連邦からプラント設置のオファーがきた時、政府・警察・ルークの三すくみになりがちのうえに人口が少なく貧乏なロディアーヌ地方の一角にプラントを設置させた。これらの地域は特にその「社会に混じり込んで人間サマのふりをしている機械」が多かったから、適当な個体を「回収」してプラントに投入するのも簡単な事だった。

 こう書くと本当に非人間的な行動に思えるが、彼らの名誉に誓ってそれは間違いだ。彼らはその多くが人格者として知られていたし、この国の未来を憂う立派な人間たちでもあった。

 ただ彼らの目には「人工生命体と混じった人間」などというものはおらず、そこに「有る」のは「人間の真似をしている機械」でしかなかった。ただそれだけだった。

 そんな価値観の中では、非人道的極まるプラント投入だって、つまりは放置自転車の再利用みたいなものだ。非人道的どころか社会的正義であり、むしろこの世のためになる行為と言えた。しかも低コストで兵器を『貿易』しているわけで、連邦からも馬鹿にならないお金が流れてくるわけで、彼らはそれを元手に「危険な放置機械たちから社会を取り戻す」ために誠心誠意、力を尽くす。

 おそるべき負のスパイラルだった。

 そもそも彼らの国を支えているのは、彼らが排除しようとしている者たちだというのに。

 

 ただ彼らの思惑は、思わぬ邪魔によって頓挫しようとしていた。

 そう。ロディアーヌにあらわれた鉄拳ラビなるローカルヒーローの存在だ。

 ラビの正体は不明だった。重サイボーグの肉体をもつというのはあくまで推測であって、彼女をいわゆる「新しい子どもたち」の一種と考える説もあったのである。ドロイドとの混血で極端な高性能を発揮するケースはあまり多くないが、実は6型や7型といった高級ドロイドから生まれた子供の場合、そこそこ高い能力を保有する可能性も知られていたわけで。少なくとも不発弾よろしく戦時中の戦闘ドロイドを砂漠で発見するよりは、はるかに信憑性が高かった。

 この点。

 つまり「混血世代からヒーローが現れた」という事が、彼らにマイナスイメージを植え付けようとしていた政治家や中央の利権者たちには、思いっきり目の上のコブになってしまった。

 むろんラビ自身はたったひとり。いかに強い者でも、たったひとりなら思わぬ隙もあろうというもの。

 だから彼らは密偵を放った。いざという時にはラビを「破壊」するという事も密偵の使命には含まれていた。

 ところがラビはどういう魔法を使ったのか、警察やルークとつながりを作り上げた。今まで政府・警察・ルークの三すくみ状態に近い感じだった関係性を変えてしまい、彼女をなかだちに警察とルークに交流が生まれてしまった。

 そしてそれは『彼女』を媒介にルークと警察が本格的に協調できる未来も意味した。

 起きた出来事はたったそれだけなのだが、これは政治的にはとんでもない厄介事だった。今まで金と圧力でうまくあしらっていたロディアーヌ地方がこれにより、国内で最も扱いにくい地域へと一変する可能性が出てきてしまったのだから。

 政府筋は焦った。

 もしルークと警察が完全に手をとりあってしまえば、ロディアーヌ地方からこの国はひっくり返りかねない。連邦を宗主国様として崇めてその経済圏の恩恵に預かり、その負担だけを全部地方に押し付け、ほっかむりして利権だけは確保という、典型的な中央集権型の今までの政策がとれなくなってしまうわけだ。

 いやそればかりか。

 今までの不法が国中に伝わったら、自分たちの票田であるロディアーヌ以外の大都市住人、それから連邦籍で国内に住んでいる『在住連邦人』たちがどう動くか?

 さらに、今回の件でラビの存在がローカルだけてなく、全国区でも少し知られてしまった。

 この事で、特に野党の独立派が勢いづいた。

 とどめに、ラビが警察やルークの担当を連れて(くだん)の施設調査に向かったという知らせに与党は蒼白となった。

 もしここでラビたちが件のドロイド工場の存在を暴露してしまえば、もはや政権交替どころか与党の破滅すら避けられない。それらを与党の特定議員たちが不法に誘致した情報を野党は握っている。『紫の風』と書かれた匿名のその投稿者の正体は誰もわからなかったが、おそらく『鉄拳ラビ』をサポートしている警察かルークの中にいるのだろう、と与党議員たちは噂をしていた。

 その『紫の風』とやらをあぶり出してラビごと潰す計画もあったのだが、このところの急展開で話が変わってしまった。ラビが唐突に警察やルークと合流した事で、ラビに迂闊に手出しできなくなってしまったのだ。

 

 この星の勢力図そのものが、大きく変わろうとしていた。

 ラビは自分自身も知らぬうちに、一時的にとはいえこの国の最重要人物のひとりとなりつつあったのである。


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