プラント潜入
入り口から中に入ると、そこは死と静寂の世界だった。
石が主成分のコンクリートにも似た建材で建物は作られていたが、築数百年という年月などものともせずに立ち尽くしていた。長年使う事を想定した素材のチョイスは間違いなかったようで、今のところ異常などは特になさそうだった。
まぁ、入り口が埋もれていたのは建材うんぬんの話ではないのだから、そこはご愛嬌といったところ。
「細かいのがいるわね。追い払うわよ」
「ん?」
扉が閉じてミクトと隔離されるや否や、ミミがまたつぶやいた。
『灯火』
その瞬間、ふたりを中心にかなりの範囲が唐突に明るく照らされた。
「お」
光の中、小動物やら虫のようなものがぞろぞろと暗がりに逃げていく。
「なんでだ?こっちは閉鎖されているのに」
「都市側の入り口から入ったんでしょう?広大な空間だし、住み着けば結構いいのかもね」
「なるほど。で、この灯火とやらはいつまで保つ?」
「わたしが寝ちゃうか解除するまでは有効ね」
「わかった」
「おんぶ」
「もうかよ!少しは歩けよ!」
「ダメ?」
「だめ」
「けち」
なぜか残念そうにミミが言い、ふたりはとことこと歩き始めた。
どこか遺跡めいたトンネルは続く。
地図の通りならまともに歩けば丸一日かかる。ただし今ふたりが歩いているあたりは狭いが、二時間も進めばこの地下施設のメインホールたる大空洞に出るはずだった。そこからはラビの能力を駆使してもう少し速く移動できるが、この狭いところだけは辛抱しなくてはならない。まるで大昔の隧道のように狭いこの道では、途中にセンサーでもあれば誤魔化しようもなく、逃げ場もないからだ。
「そういや、この光はセンサーに影響ないのか?」
「ないわね」
「なんでさ?」
「これは実際に光ってるんじゃなくて、生き物の体内のセンサーに影響するものだから。機械で光を検出する事はできないのよ」
「……さっぱりわからないけど、そういうものなの?」
「うん、そういうものだよ」
「わかった、信じよう」
ミミの説明をラビはさっぱり理解できなかった。いや、体内のセンサーに直接影響するという理屈はわかるけど、具体的に何をどうやっているのか、さっぱり想像もつかなかった。
でもそれは仕方ない。この星の科学理論と異質のものなんだからと、とりあえず言い訳のように納得する。どこまで勉強するかはともかく、ミミとつきあうなら基礎理論くらいは知っとくべきだなと改めて思いながら。
さて。
「ねえラビちゃん」
「ん?なに」
唐突にミミが問いかけてきた。
「あのミクトって人の事、どう思う?」
「ミクト?見た目がバカっぽいけど実は切れ者っぽいね。嫌いじゃないよ」
「あら、好きなんじゃないの?」
「はあ?」
ラビは思わず眉をしかめた。
「そういう冗談言うんだ、私の元の姿知ってるくせに?」
「ん?じゃあラビちゃんは女の子の方がいいの?」
「いやいや、そういう問題じゃなくて」
ミミが首をかしげるのに、ラビはこめかみに指をあてた。
「私が元男だっての気持ち悪くないの?普通なんかそういう事って考えない?」
「さぁ?わたしは元々相手の性別なんてどうでもいいわ。猫型やトカゲ型の宇宙人に比べたらまるっきり同族じゃん」
「極論すぎる。比べる対象が変だろそれ」
猫型やトカゲ型の異星人なんて、存在するという話しか知らないラビだ。まるで現実味を感じなかった。
だけどミミの方は、そのラビの反応についてはご不満のようだった。
「なんで?わたし、アマルーやアルダー、つまり猫型やトカゲ型の子と実際に暮らしてた事あるんだけど?」
「……そうなのか?」
「うん。まぁ、この星にはアルカイン族しかいないからラビちゃんの言い分もわかるけどね。
でも、極論っていうのはちょっとね。あの子たちだって姿は違えど『にんげん』だよ?」
「そりゃそうだ。ごめん」
「ううん、こっちこそ。背景が違うのはわかってるんだけど。ごめんね」
あっさりと両刀使い、いや種族すら問わずを言い切るミミ。
「前にも言ったと思うけど、男とか女なんてのは衣装のようなものだよ。
特にラビちゃんの場合、ココロだけを別人の身体に移植したも同然の状態だもの。この言葉がそのまんま当てはまる状態だと思うんだよね。だって、肉体のない純粋なココロに性別なんてないだろうし」
「……」
並んで歩くラビが、多少なりとも納得したっぽいのを確認すると、ミミは再び頷いた。
「つまり、性科学者的に言うところの『不変の衣装』を脱ぎ捨てちゃってるわけね。だから『ずっと男として生きてきたんだから今後も男』っていうのはラビちゃんの場合ありえないって事。わかった?」
「……」
「これはね、凄いことなんだよラビちゃん」
少し夢みるように、ミミは天井をみあげた。まるでその視線の先に遠い宇宙があるかのように。
「彼はわたしにこう言ったわ。『これで皆、運命という衣装すらも着替える事ができるようになる』ってね。本来、生誕時に決まっていて選ぶ事のできない性別とか種族とかっていう不変の檻を打ち破るの。ドロイド・ボディへの人格転送技術はその実、ひとを自由へ開放する足がかりのひとつでもあるのよ。
ね、すごいでしょう?」
「ひとつ聞いていい?ミミ」
「なに?」
「彼って誰?」
「彼?わたしのだんな様。すっごい魔法使いだったんだから!」
幸せそうにいう。きっと今も惚れ込んでいるのだろうなとラビは思った。
どうして自分の心が微妙にささくれだっているのか、自身も気づかないまま。
「はぁ。するってーともしかしてミミの変な能力って」
「変な能力って、ひどいなぁ。でもまぁ、そうよ。彼に手取り足取り習ったわ」
うふふと楽しそうにミミは頷いた。
「飛行機械の手を借りずに天空まで駆け上がった男。各界に今も伝説を残している偉大な魔法使い。
だけど、わたしにとっては神官のくせに魔法が得意で、向こう見ずで人情家の元気すぎる男の子、だったかな?まったくもう、何度困らされたかしら」
「……」
そんな話すんなとラビは言いたかった。
だが話を止める理由はなく、細い通路の道中はあまりにも退屈だった。それでもラビの側から話をふって何とか止めさせようとするのだけど、女のあしらいなど知らぬ朴念仁だったラビではそれもうまくいかない。結局はその男の事をミミに語らせる事になってしまう。
鈍い胸の痛みは止まらない。
「その人、スティカの人なんだよね?」
「ええそうよ」
「ミミはスティカ人じゃないんだろ?どうして知り合ったのさ?」
「それはね……わたしが追われてて、逃げる途中で彼と知り合ったからなの」
「追われてた?誰に?」
「さぁ?もう誰が誰やら」
「……覚えてないほど敵がいるのかよ」
反連邦なのは知っていたが、さすがのラビも渋い顔をした。
「仕方ないわね。これは当時のわたしの仕事のせいだから」
「仕事?」
「うん」
ミミは少しだけうつむいて、そしてまた顔をあげた。
「ずっと、ずーっと長い間、わたしはひとつの仕事を続けていたの。
だけどそれはたくさんの人に希望を与えると同時に恨みも買う仕事だった。いろいろと難しい事があってね、彼と出会った頃のわたしはもうクタクタに疲れちゃってたの。このつらさから開放されるなら、死んじゃっても別にいいかなって思えるほどにね」
「……」
死すらも開放と感じるほどの深刻な疲弊。おそらくそれは一年や二年ではないのだろう。
ラビはミミの抱えていた苦しみを正しく理解したとは言えなかった。だけど、回想するだけでつらそうなミミの顔を見るに、よほど大変だったのだろうと頷く事くらいはできた。
「彼は個人的な知り合いじゃなかったけど、わたしが何の仕事をしている者かは知ってたらしいの。だからすぐに保護してくれたんだけど、わたしがあんまりにも疲れ果てた顔をしているのに随分と心を痛めてくれてね。わたしをかくまってくれるだけじゃなくて、色々と癒しになるような手も尽くしてくれたの。
だけど、当時のわたしは仕事の事で頭がいっぱいで他の事なんか入らなかった。だって物心ついてからこの方、仕事以外の世界なんて知らなかったんだもの。だから今の生活が辛いとは思ってたけど、別の選択肢なんて想像すらもしてなかったのよね」
典型的な仕事中毒だとラビは思った。
「かなり重症だな。それは笑えないぞ」
「ええ、そうね。今となっては本当にそう思う」
うふふと小さく笑った。
「で、万策尽きた彼はとうとうとんでもない手段に出た。つまりわたしを無理やり自分の奥さんにしちゃったのよね」
「……無理やりって、何やったのさ」
「ん、文字通り無理やりだけど?」
「マジかよ」
呆れたようなラビの言葉に、さらにミミはクスクス笑った。
「でもねラビちゃん、少なくともわたし相手にそれは正解だったと思う。
わたし自身は今までの仕事を続けられなくなったんだけど、時々手伝ってくれてた末の妹が後を引き継いでくれたの。で、その後わたしは本格的に彼の奥さんとして暮らし始めたんだけど……本当に楽しい人生だったと思うよ?女性の権利向上協会なんかには、とても聞かせられない話だけどね」
「ふうん、その妹さんってのは今も仕事してるの?」
「ううん、この間妹が遊びにきてね。長かった仕事がやっと終わったって。ふたりでお祝いしたのよ」
「へぇ。妹さんってどんな子?」
「言わなかったっけ、わたしと同じ顔よ。結婚してないせいか今はわたしより微妙に幼いけど」
「へぇ」
妹について訊かれた事でミミは一瞬だけ沈黙した。それは説明に困ったという意味でもあるのだが同時に、ラビの視点の中に男目線がある事にもしっかり気づいての反応だった。
もっとも、だからといって予定を変更するミミではない。それはそれで面白い、くらいにしか考えていないようだ。
え、なんの予定かって?
もちろん調査の事ではない。ラビとミクトをくっつける事だ。
どんなに時代が変わろうと、どんな世界にいこうと『性』というものが高等生命体にある限り愛憎劇もまた存在する。ミミのようにいろんな場所、いろんな時代を生きてきた人間にとって、そういう「どこでも変わらないもの」が楽しい娯楽になるのに、そう長い時間は必要なかった。
ぶっちゃけると、盆栽いじりのお年寄りを想像するといい。ただし彼女の盆栽は人の姿をしており知恵をもつわけだが。
好き放題にいじり回される方はたまったもんじゃないのだが、彼女たちの側からすれば「どれだけ時代が変わろうと存在する楽しいおもちゃ」なのだ。ラビにはご愁傷様と言うしかないが、こればっかりは災難と諦めるしかないだろう。
閑話休題。
「ところでラビちゃん、話戻すんだけど」
「うん」
「彼、ラビちゃんが好きなんだよ。わかってるでしょう?」
「いや、だからね」
はぁ、とラビはためいきをついた。
「あいつは私が元男だと知ってるよな、間違いなく」
「知ってるみたいね。わたしはその件で彼と話したから間違いないわ」
なんの話をしたんだろうとラビは思ったが、今はその時じゃないとも考えた。
「だったら私とアレがある意味男同士ってのもわかるよね?」
「ううん違うよ。ラビちゃんの論法で言っても二人は男と女だと思うけど?」
「……は?」
ラビは一瞬だけ足を止めて、まじまじとミミの方を見た。
「どういう意味?」
「どういう意味も何も。あいつ元女じゃん……あれ?知らなかった?」
「え?え?……ええええええっ!」
ラビは固まった。目を丸くしてミミの方を呆然と見ている。
「ほら、歩こう?」
「う、うん」
最初ミミの手を引いていたラビだったが、今度はラビの方が引かれていた。
「それ、本当?」
「もちろん確認ずみだよ。アレが『ミクト』になる前の名はデリダ・イド・バドッターシャ・ルーク。知ってる?この名」
「デリダ!?」
ラビはその名前が思い当たったらしい。
「まさか、『爆弾令嬢』デリダ姫!?」
「そう言われてたらしいね」
「マジかよ。本家本元どころか、本気で直系のお嬢様じゃねーか!」
「うん、そうだよ。でもよく知ってるね?」
ミミが不思議そうに言った。
それはそうだろう。かつてのルークで超有名人だった爆弾令嬢ことデリダ姫。確かに知名度は高いのかもしれないが、それでも彼女は百年以上前に亡くなったことになっているのだから。
ひとの世で百年は長すぎる。誰でも知るような超有名人だって伝説の彼方に消え去るには十分すぎる時間だった。
「仮死状態でルーク総本山に眠らされてたらしいわ。治療自体はできたけど、あまりの暴走っぷりに『しばらく寝かしとけ』って話になったらしいの。ルークらしいっていうか、乱暴な対応よねえ」
「……はぁ」
心底あきれた、という顔でラビはためいきをついた。
「それで百年寝かされたうえに男にされたってか。やれやれだな」
「ううん、あれは元々女の子が好きで男になりたかったって噂よ?まぁ、デリダは常々『可愛い奥さんと子供と暮らしたい』と本気で言い放つような女だったから、むしろ男にしてやった方が落ち着くんじゃないかって思惑だと思うけどね」
「……」
私のまわりは男も女もそんなのばっかりか、とラビはちょっと肩を落とした。
「話戻すけど、そんなわけで男と女の問題はないと思うよ?」
「はいはい。まったくもう……どこの世話焼きのおばさんだよ」
呆れたようにラビはためいきをついた。
実際問題、いつかはラビも自分の新しい性を受け入れるだろう。そしてその時にはそういうこともあるかもしれない。少なくともミクトがラビの立場を理解しやすい人間であるのは事実のようだから。そしてその時こそ、ミミの地道な作戦が成功を収めるのだろう。
だがラビ自身としては、そういうのは今ではないと思っていた。
なぜか?
だってそうだろう。
ラビは今、どんな形であれ、夢の中にいるのだから。
そう。
ヒーローになるという、幼い頃から憧れ続けた夢の世界に。




