プラント潜入前
ようやく太陽も沈み始め、周囲の温度も急速に下がり始めた。
よくある誤解なのだが、砂漠は必ずしも暑いとは限らない。もともとの砂漠の意味は「水のない土地」であるから、乾燥しているのは間違いないところなのだけど、それは暑いとイコールではない。まぁ土地柄、昼間は灼熱の土地もあるのだけど、その反面、夜間は極寒というケースもある。極端な地域になるとサン・クラックといって、昼夜の気温差で割れた岩が転がっている地域すらあるのだ。
すなわち、昼間の灼熱地獄が終われば今度は凍死の危険が待っていても不思議はない。さらに人間の体温や水分を狙っ て危険な生き物も動き出す。つまり砂漠の夜は昼間とは別の意味で危険なのである。
ポッドの天幕が太陽エネルギー吸収用のものから夜間用のものに切り替わった。これらの明かりは虫や、赤外線に引き寄せられる危険動物を寄せ付けない。いわば一種の結界と言い換えてもいい。
そうして守られた空間の中、男ひとりと女ふたりが地図を前に顔を付き合わせていた。
「現在地はここだ。国の正式な地図にはないが、ルークの地図には『最果てのオアシス』と記載されている」
ミクトの指が地図上の小さな×印をさしている。
「プラントがあると思われるポイントはこの位置の地下なんだが、当たり前だがどこからでも降りられるってわけじゃない。で、地下に降りる一番近い入り口はここだ」
「あら、もうほとんど目と鼻の先なのね」
地図上の距離のに短さにミミが思わず声をあげた。
「意外かな?」
「なんでこんな砂漠のど真ん中に入り口があるわけ?意味あるの?」
ミミが、どこか子供っぽい口調で疑問を述べる。うむっとミクトは大きく頷いて、
「非常出口だな」
「非常出口?」
「ああ。空襲とか大災害で上の街がめちゃめちゃになった場合でも、ここからは安全に出る事ができる」
「ふうん?」
わかったようなわからないような、微妙な顔でミミが頷いた。
そのミミの疑問を引き取るようにラビが補足した。
「町は壊される事もあるでしょ。でも地下設備は、それこそ質量兵器でも使わない限り早々壊れないんだよ。
だから避難先に地下設備は指定されてるんだ。
で、都市側の出口が使えなくなった場合、ちょっと歩くけどこっちからは安全に出られるってわけ」
「あー……なるほど」
「うん、そういう事だな」
ラビの補足にミクトも頷いた。
「でもさ、という事は普段は使ってないんだよね?大丈夫なの?」
「年二回は点検してるはずだからな。ま、だめならダメだった時の話だが」
「動かないのはちょっと困るね。さすがに壊したら警報が鳴りそうだし……最悪、アレを使う羽目にはなりたくないなぁ」
「アレ?」
「んにゃ、なんでもない」
「えー、知りたいな。ダメ?」
「なんでもないって」
「ダメ?」
「……」
何かを隠すように言葉を濁したラビに、ミミがかわいらしく追い込みをかけた。
ラビはミミに対して警戒はしているのだけど、やはり幼子的に見えるのでどうしても甘くなる。懇願するようなミミの態度に困った顔をすると頭をぽりぽりとかいて、そして細かいものを入れている小さいリュックから何か端末みたいなものを出した。
「何これ、端末?どうしたの?」
「警察で頼んで、期限切れの落とし物をもらってきたんだよ。ネットに隠しといた作業データを突っ込んである。ほら」
ちゃっちゃっちゃっと操作すると、いろいろデータが出てくる。ミミにはさっぱりわからないものだが。
「これとルーカイザーがあれば、多少のものなら何とかなると思う。完全に壊れてたらどうしようもないけどね」
「そうなの?」
「うん」
どうやら、元エンジニアの七つ道具のようなものらしいとミミは判断した。
その判断は微妙にずれているが、まぁ概ね間違いないだろう。
「……」
反面、ミクトは端末をなぜか渋い顔で見ていたが、特にコメントはしなかった。
「万が一だけど、どうしても動かないからって壊しちゃったらまずいよね?いくらなんでもこの距離で警報が鳴っちまったら、肝心の施設に近づくどころじゃないかも」
「爆破ならともかく、単に壊す程度ならそれはないだろう。あくまで俺の推測だけどな」
ラビの指摘に、ミクトは腕組みをして言った。
「コソ泥住むなら大看板の下って言うだろ?それに街から離れすぎたら不便が多い。十中八九、施設は都市の真下だし、そこから警戒するには、この入口は遠すぎるだろう。ここまではいいか?」
「それ私も同意。で?」
「それでだな」
ミクトは一瞬言葉をつまらせた。ラビがナチュラルに自分を『私』と言ったのに違和感を持ったからだ。
だが、確かに『オレ』よりは可愛いし似合っているだろうともミクトは考え、そして思い直した。
そしてミクトは小さく微笑む。ラビが今だ内心持っているだろう抵抗感なども飲み込み、そして知らぬふりで言葉をつなぐ。
「都市側の主要な出入り口には警報システムをつけてあると思う。だがこの出入り口はあまりにも遠すぎるからな、まず連中はノーマークと踏んでいる」
「やけに断言するんだね。根拠は?」
「こんなとこから侵入すれば、ふつうは乗りものを使うだろう?まさかテクテク歩いてくるなんて思いもしないよな?」
「あーなるほど。わざわざメンテの面倒な遠くにいろいろしなくても、途中にセンサーを増やしておけばいいってわけか」
「正解」
ふむふむ、とラビとミミは地図を見る。ミミが顔をあげる。
「この距離だとわたしはちょっときついかな。ラビちゃん悪いけど」
「はいはい、おんぶでも肩車でもしてやるよ」
「あは、ありがと」
ふたりの会話にミクトは頷く。
「ポッドを使わせてやれなくて悪いな。俺はこの入り口に近いブッシュに潜んで非常事態に備える。その代わり、外でやれるような連絡作業やなんかは全部引き受けよう。ミ・モルガン、おまえさん通信機持ってるか?」
「通信機?持ってないわ」
「じゃあこれ持っていけ。警察でも使っているタイプだ」
ポケットからミクトが携帯通信機を取り出してミミに差し出す。だがミミはそれを見て微笑み首を横にふる。
「いらないわ」
「安全に自信があるのはわかるが、まさかの時に困るぞ」
そうミクトが言った次の瞬間だった。
『連絡でしょ?こうすればいいんじゃないの?』
「!?」
突然、ローダーの通信機からミミの声が響いた。
「え?……な、なんだ?どうやって通信に割り込んでる?」
「……」
ミミ自身は口も開かずにニコニコ笑っているだけだ。
しかしローダーからは声が響いてくる。少なくともミクトにはそう聞こえているようだ。
『わたしが割り込んでるのは、通信波じゃなくてあんたの頭よ。通信に割り込んだと思ってるのは、あんたの頭がそう解釈したせいね』
要するに、例の得体のしれない能力という事らしい。
ミクトは呆れたようにためいきをついた。
「……まぁいい、通信はできるって事だな?」
「ええ」
「わかった」
ふう、とためいきをつくミクト。
「?」
反面、ラビはふたりの会話が理解できないようだった。眉をしかめたり首をかしげたりしている。
「ラビちゃんにはわたしの声聞こえた?聞こえるように言ってみたはずだけど」
「うん」
「どんな感じに聞こえたの?」
「なんかヘッドホンで聞く感じかな。頭ん中にすこーんて響いた。妙に鮮明だったけど」
「……へぇ、変な解釈しないでちゃんと受け取ったんだ」
ラビの反応にミミは目を見張った。
「少なくとも受容できるだけの素質はあるって事か……ふうん」
「?」
「ううん何でもないの、こっちの話」
にっこりとミミは笑い、それを聞いていたミクトは眉をしかめた。
「ミ・モルガン」
「なに?ルークさん?」
「俺はともかくラビとは仲良しなんだろう?違うのか?」
「仲良しよ?少なくともわたしは、そうなりたいと思ってるけど?」
ミミは少し不満そうにミクトの方を見たのだが、
「ま、おまえがどういう方針をとるかはおまえの自由だがな」
そうミクトは言うと、それ以上は何も言わなかった。
「……」
そしてミミも、少し目を細めてミクトを見ただけでそれ以上何も言わない。
「……あのさ」
「ん?」
少しの沈黙の後に、ラビが口を開いた。
「もしかして、ふたり……結構仲悪い?」
ラビの言葉に、ミミがウフフと笑った。
「悪くはないわね。そもそも良い悪い以前に『今、敵対してない』ってだけだし」
「余計ダメじゃん」
「だが嘘じゃない。せいぜい取引相手ってところかな。本来、今回のような特殊事情でないと組む事はないな」
「そうね」
ミクトが腕組みをして笑い、それにミミもあわせた。
「今回のミッションのようなケースがまさにそうね。ルークだけでも、わたしたち警察だけでも不安が残るんだけど、直接手を組むのは難しい。ラビちゃんが間に挟まる事でこのパーティは成立しているわけ」
「うむ、そんなところだな」
「私が……ルークと警察の調停役?」
「ええ」
「ミミ、今回のこれって女署長巻き込まないためって最初聞いたけど?」
「もちろんその通りよラビちゃん?」
「まずくないか?あくまで私の個人的印象だけど、警察もルークも動かさずに終わるとは思えないぞ」
「うふ、ありがと心配してくれて。
でもねラビちゃん、わたしを反連邦と見抜いたでしょう?今回の件はたしかに犯罪なんだけど、わたしは警察介入前にそっちの件でやりたい事があるのよ。個人的な事なんだけどね。
逆にいうと、それがすんだらお姉ちゃんにも連絡するわ」
「でも」
「心配いらないわ、ちゃんと手は打ってる。予定通り大騒ぎになる頃には警察も大部隊引き連れて応援にきてくれると思う」
「……そうか」
困ったようにうつむくラビ。荷が重いと感じているのだろう。
「なんていうか……まぁ、あとは行ってみての事かな?」
「そうだな。行ってみないとわからない事も多いだろう」
その後も彼らは、気が付いた事を次々述べては討議を繰り返した。そうやって意見を調整したり、細かいすりあわせを行っていった。
現場での計算外な事態というのは、ゼロにするのは難しい。
しかし事前にとことん協議しておけば、ある程度減らす事は可能。だから彼らは寝る直前まで、ああだこうだと意見を交わした。
そうして、突入前の夜は更けていったのだった。




