プロローグ
自サイトもののリメイク開始。今のところ更新速度等は不明です。
銀河系宇宙。
直径十万光年のその広大な空間は、文字通り天文学的な数の星々を抱えている。
そしてその上に、これまた億ではきかない数の知性体の住む星があり、さらに、星間国家に絞ってもまだまだ無数の国家群がある。それらの国々が互いに反目し合い、あるいは手を結び。悠久の過去から果てしない未来まで、その営みは続いている。
そんな中の、とある小さな星系。
銀河の中でも片田舎に属するその星系は、たった一つの惑星に、ひとつの国家が存在していた。
宇宙を渡る術はあるが、積極的に他の星系まで出かける事はない。たまたま歴史上知り合ったひとつの国、そして、ひとつの連邦組織とのみ交流を持つ。そんな小さな、どこにでもありそうな田舎星だった。
この物語は、この星の赤道近くを取り巻く熱い地域……通称『南方』に起こった、とある事件を元にしている。
◇◇◇
裏通りの場末の飲み屋。
どこの世界でもそうなのだが、歓楽街のような場所には必ず表通りと裏通りがある。裏通りにあるのはまぁ、堂々と表に出るつもりのない、または表に出られない小さな店舗が所せましと並んでいるものだが、その店『ディンギー亭』もまた、そういう店のひとつである。
目立たない古びた階段の奥にその店はあり、飾り気のない質実剛健なカウンターバー、あるいはショットバーといった佇まいで、かれこれ三十年も営業が続いているらしい。店長は寡黙な禿頭の老人で、今日もバーテンダーの服をきっちりと着こみ、カウンターの中でせっせと常連客の注文をこなしている。
「それでよぅ、あの娘、結局正体も何もわからないんだって?」
「ああ、皆目見当がつかないらしい」
「でもよぅ、小娘級だろ?腰にルーカイザーまでつけてるんだろ?なんで、それでわからねえんだ?」
「未登録って事じゃないかな?」
「なんだ?じゃあ、あの娘は非合法だってのかい?」
その常連たちはというと、今日も今日とてカウンターで世間話に湧いていた。
お題は、彼らの街でしばらく前から話題になっている、ラビと名乗る謎の少女について。
どこの何者かもわからず。どこに住むのかも知れず。ただ風のように現れて人助けをしたり街のために働き、そしてまた風のように去っていく。まさに物語のヒーロー。
彼女について、わかっている事は少ない。
まず、その体が格闘戦用サイボーグである事。
おそらくはその可憐とも言える小柄な女の子の容姿から、素手の格闘戦では無敵と言われた小娘級ではないかと言われている。とにかく戦闘力の高い機体なのだが、実は有機体で作られた一種の人工生命体でもあり、ちゃんと登録すれば人権さえも保障される。逆にいうと、格闘で戦う以外の武装は一切ない。
次に、腰につけている作業用ナイフ『廃品回収業者』。
これは多目的ナイフの類で戦闘用ではないが、実はこの地域特有のものだ。実用一点張りではっきり言えば美しさ皆無。正規品は職人ギルドで完全管理されているため、ルーカイザーの通し番号がわかれば身元だって辿れる。そういうもの。
そしてとどめ。いつも旧軍の軍服を着ている事。
この国は近年まで長い戦争をしていたせいもあり、ファッションで軍服を着るような者はいない。軍服を着ているという事は軍人、あるいは何か後ろ暗い職種にいるかのどちらかだった。両者に共通するのはつまり「あまり身元をほじくってくれるな」という事。
強力な武器をもたず、知恵と腕力で戦う娘。
人々はこの、まるで物語のようなヒーロー少女に『鉄拳』というアダ名までつけていた。まぁ、本人は鉄拳ラビと呼ばれると困った顔をするようだが。
さて。
彼らがどうしてこの飲み屋でその少女の話をしているかというと、実は少女もこの店の常連だからだ。といってももちろん酒を飲むわけではないのだが。
つまり街のヒーローであるお仲間について、あれこれ話をしていたわけだ。
「すると非合法ってか?それはまずくないか?ベルナ級は兵器扱いだ、民間人が理由なく使っていれば逮捕される」
男のひとりがつぶやいた。
ベルナ級は確かに空も飛べないし、強大な武器も持たない。
しかし、ベルナ級最大の武器は「少女の身体に戦闘マシンの大馬力」それに、それを活かすための高速思考力である。軍事基地や船舶の中に非武装で乗り込み、白兵戦を繰り広げる事が前提なので、徒手空拳が基本。武器を持っていようがいまいが、そこに存在するだけで武装扱いされかねない。
ゆえに、正体のわからない娘がベルナ級ということは?
「やっぱ旧軍の生き残りかね?戦時中にサイボーグ化して、そのままずっと暮らしてたとか?普通に暮らしてたらサイボーグとわかっても、まさか軍用だとはバレないだろうしな」
ただの少女に見えるからこその小娘級。その気になれば潜伏は容易だろう。
「だがよう、だったらなぜヒーローの真似事なんてしてるんだ?バレちゃ困るだろう」
「だよなぁ。なぁマスター?」
「……何かね?」
じっと黙ってカウンターの中でグラスを拭いていた老人が、常連たちの言葉に反応した。
「マスターは何か知らないかい?」
「あいにく、わしは知らないな……だがまぁ、ひとつ言っておくが」
「ああわかってるって。本人の許可なしに身元の話なんかしねえ、そうだろ?」
「ああ、すまんがな」
「いやごめん、聞いた俺らも悪かったわ」
老人の口調から、どうやら本当に知らないらしいと彼らも理解したようだ。わかったうえで知らないと明言してくれた老人に彼らは感謝し、そして再び顔を見合わせた。
「そんなに知りたいのかね?」
「そりゃあ気になるさ。メンテナンスの問題があるからな」
男のひとりが、ちょっと心配げに眉をよせた。
「いくら有機サイボーグだからって、メンテナンスフリーとはいかないんだぜ?まぁ生体タイプなら限りなく人間の健康診断に近いものだがね」
「ほう?そうなのかい?」
「ああ」
男は腕組みをすると、話を続けた。
「なんせ、あのちみっこい小娘の体で重機なみの力を出すんだ。
ベルナ級の肉体っていうのは哺乳類という生き物の肉体を限りなく模倣しつつ、技術の力で限りなく強大な戦闘力を持たせているわけなんだが、それゆえに僅かな不調も危険なんだ。最悪、体調不良のまま全力戦闘すれば組織に無理がかかり、戦闘中に組織破壊が起きて自滅する可能性だってある」
「ほう、詳しいの」
「昔とった杵柄って奴だけどな」
「なるほどのう……それでおまえさんも動いておるわけか」
「ああ」
「やれやれ。という事はまだ仕事中だろう?ここで何をやっとるんじゃ?」
「聞き込みだよ聞き込み。今やってるじゃねえか」
「ふふふ」
どうやら男たちは、まだ仕事中だったらしい。
「じゃあ、ついでに状況だけ説明しとくよ。
警察もウチも、あの子を捕らえたいわけじゃないんだ。ただ、どうもメンテナンスをまともに受けていないふしがあるんでね、何とかして彼女にメンテナンスを受けさせたい。このままじゃまずいぞ絶対に」
「あの子を捕らえようってわけではないのか?おまえさんの言葉通りなら、あの子は罪を犯しているのだろ?」
「まぁ、白兵戦用のボディを未登録で使っている以上、確かにそりゃ犯罪だよ。無免許運転に、未登録高機動ボディ使用罪に、市街地における危険行動規制法違反に……まぁ、考えただけでも色々と出てくるな。
でも彼女が、いわゆる治安協力者なのは警察もウチも把握してる。市民にもそういう認識がある。
だったら、うちも警察もやるべき事はわかるさ。俺たちゃ杓子定規の中央政府じゃない、ロディアーヌなんだぜ?マスター」
「ああ、そうじゃの」
ふふ、と老人は微笑んだ。
このロディアーヌ地方は、この惑星においては「開発途上」の「遅れた地域」という事になっている。
たとえばこの地方では事実上、選挙が行われた事がない。
行政などを受け持っているのはルーク団と呼ばれる、開拓者集団から生まれた私企業であるが、それでも問題はほとんど起きていない。この地域の中心となっているこのロディアーヌ市はメガロポリスと言っても差し支えない大都市なのだが、警察とルークがきちんと住み分けて秩序維持を行っている。また民度も高いため、北部の中央政府がロディアーヌ市を時代遅れ、無政府地帯、犯罪都市とマスコミまで使って吹聴しているのとは裏腹に、この惑星での屈指の非常に住みやすい街ともなっている。
なお、これらの悪意ある報道の黒幕は、この地を「民主化」して利権で大儲けしたい北部資本のせいと、ロディアーヌ市民の多くもちゃんと知っている。
そして、ロディアーヌに正式な自治政府がない理由はそもそも、必要ないためでもある。
何しろ、住民のほとんど全てが多かれ少なかれルーク関係なのだ。別途お金をかけて自治政府を作らなくても、みんなルークなんだからルークでやればいいという感覚なのだ。そしてルークの上層部は元々、内部の揉め事などを仲裁したり学校・病院などを作る事を何百年も前からやっていた。そんなわけで、現場も含め、自治のノウハウは普通に持っている。そして民意の汲み上げも民主政府以上にきちんと行われている。
もちろん、反ルークみたいな少数派もいないわけではない。それに、ルークはなんといっても開拓者集団が元であり、末端はどうしても荒くれ者という名の、やんちゃ坊主がいたりもする。
たとえば……。
『ミクト!今日という今日はふざけんじゃないぞ貴様!』
『うっせえなぁ!オレはオレなんだよ知るかよこの(ピー)野郎!』
『なんだと!?貴様!』
なんか、ケンカというにも悲しいような情けない騒ぎであった。
まぁ、それはいい。たとえ荒くれ者同士のケンカといっても街は広いわけで、他の者は巻き込まれないように逃げて警察かルークを呼べばいい事だ。ケンカレベルなら普通は警察の範疇だが、警察がルークを捕まえると話が少し面倒になるので、訳知りの者は気を効かせてルークのケンカはルークを呼ぶ。まぁ現場レベルではどちらでもいいのだけど。
で、ケンカはいい。血気盛んな若者だし、たまにはそんな事もあるだろう。
問題は、そのケンカが重機、しかも半人型のパワーローダーに乗ったまま行われている事だった。
パワーローダーは重作業用の汎用パワードスーツで、簡易型の慣性制御が組み込まれている。ゆえにその大きさと重さからは信じられないほどの軽い挙動が特徴だが、所詮はやはり重機。ぶつけたり転んだりすれば大きな被害が出る。
しかもである。
「あ……あ……」
その二体のローダーの足元に、女の子がひとり、取り残されていた。どうやら腰が抜けている模様。
要するに大惨事の予感。
と、そんな時。
「やれやれ、困ったやつらだなぁ」
そんな状況に、ふらっと割り込んだ存在がいた。