着替え(2)
雲ひとつない晴天の下。巨大な走鳥を思わせる二本足のローダーが進んでいく。
ルーク団の使うローダーは元々が汎用作業用である。荒野では乗り物としても使われるが、やはり汎用作業用としての側面も持っている。
これは、ルークのはじまりともいえる本業が廃品回収業者である事が大きい。
戦争の落とし物、移民の残した着陸船の残骸、エトセトラエトセトラ。なんたって歴史が複雑で長い分、こういうのがやたらと存在するのだ。
この星では、出先の荒野で掘り出し物を見つける可能性は常にある。だから、いつでもどこでも作業できるものが好まれるというわけである。
ところで、これらローダーの多くは二本足となっている。
二本足で走る乗り物が高効率というと、昔の人間は大抵笑うだろう。
しかし自動車産業が車輪を手放し簡易重力制御で浮かぶようになってからというもの、石材や合成素材で舗装された車輪用道路は市街地以外ではみるみる衰退していってしまった。また簡易とはいえ重力や慣性を制御できるメリットは大きく、浮き上がるだけのごく簡単な重力・慣性制御と二本の足を駆使するだけというシンプルな乗り物が大地を駆けるようになるのに、そう時間はかからなかった。まるでダチョウかニワトリのように駆ける大きな乗り物たちは、車輪時代の風景を完全に塗り替えてしまった。
何せ足で自重を支える必要があまりない。設計はグッと楽になりデザインもしやすくなり、ついでに価格もさがった。
いくつかの星では、これが原因で道路時代以上の自然破壊も起きた。
だが、道路もないところを走れるといってもやはり人間は指標を求めるものだ。そこが道である事を示す目印のようなものが舗装に代わって置かれるようになり、結局はそこを皆走るようになった。そしてそういう道は次第に獣道のような簡易的な道の姿をとるようになった。
そして乗り物が究極に進化した結果、道路は再び太古の姿に戻った。
そんなローダーの下。
コックピットの下に二本のマニピュレータがあるのだが、ちょうどそこが日陰になるのをいい事に、マニピュレータにしがみついてウトウトしている少女が一名、ペタッと張り付いている。
「……」
だが汗の量とは裏腹に、時々気持ち良さげな顔もする。どうやら暑くもあるが、風もよく当たる場所でもあるらしい。
大胆不敵にも、その小さな愛らしい白い身体はパンツ一丁。そのパンツも汗のためにぴったりと素肌にはりついている。元々薄手という事もあり、しかも円筒形の機械にしがみついている関係上股も閉じられない。まぁ、ずり落ちそうになるたびに周辺の小型マニピュレータが自動的に押し返してはいるのだけど、何も履いてないよりも下手すると扇情的な姿である事には変わりない。
まぁ周囲からは非常に見えにくい場所のうえにここは砂漠のど真ん中、少なくとも第三者の目線はないのだけど。
しかし第三者がなくともこのローダーのカメラには当然映っているわけで。
で、こちらはローダーのコックピットの中。男と女。
『すごい恰好だな。注意しなくていいのか?』
ラビが聞いたら首をかしげたろう、耳慣れない言葉でつぶやくミクト。もちろん彼は運転者でもある。
『危険はないんでしょ?好きにさせてあげましょうよ。それに可愛いし』
そして、そのミクトに同じ言葉で返すラビ。
『あなたが見るぶんには問題ないと思うけど?ラビちゃん欲しいんでしょう?違うかしら?』
『そこまで断言されると困っちまうんだが……まぁな』
助手席にいるのはミミ。何も知らない第三者が見れば驚くだろう、ルークと警察関係者の同乗である。
『あの子、まだ自分で自分がわかってないから。今なら無防備そのものだから簡単にいただけちゃうわよ?そしたら言う事きかせるのも簡単じゃない?』
『なにげにひどいな。お気に入りじゃないのか?』
『あら、もちろんお気に入りよ。あんなかわいい子は早々いないわ』
ふたりの会話はスティカ語でなされている。ラビがほとんどスティカ語を解しないのをいいことに、ラビに聞かれたくない内容をスティカ語で話しているのだ。
『新しく生まれ変わったんだから、もう戻れない過去に溺れても仕方ないでしょう?
それにあの子、どうやらあんたに好意的みたいだしね。ルーク支持者がルークとくっつけば、それはそれでいい事だし』
『ちょっとまて』
ミミの言葉にミクトが眉をしかめた。
『おまえ、いったい何を考えてる?
それに、まだ身体変わってまだ3日とたってないんじゃないのか?そんな急激に女性化するわけもないし、あれに男とくっつく趣味はないだろう?』
呆れたようなミクトの言葉に、ミミはうふふと笑った。
『ええそうね、ラビちゃんにホモの気はないと思うわね』
『だったらなぜ?』
『そうねえ……』
ミクトの言葉に、ラビはニヤリ、と笑いを浮かべた。
『わたし、あなたを見ていると思い出す人物がいるのよね、ひとり。
百年くらい前だったかしら。ルークにいた女の子で、ずいぶんと元気に暴れまわって爆弾令嬢なんて言われてた子がいたわよねえ?』
『……何が言いたい?』
『別に?』
クスクスとミミは笑った。
『ただ、あなたの正体がわたしの想像通りの人だとしたら、ラビちゃんとしては随分と気が楽なのではないかしら?いわば同類がいるって事だもの』
『……』
ミミの言葉にミクトが沈黙した。
『悪いけどわたしの目は誤魔化せないわよ?その身体、ベルロイ級でしょう?』
ベルロイ級というのは簡単にいうと、ベルナ級ドロイドの男性版である。つまりミミはミクトがラビと同様のサイボーグではないかと言っているわけだ。
そのミミの言葉に対し、ミクトは否定しなかった。
『貴様、いったいどこまで知ってる?』
『え?何かヘンかしら?人間、長生きしていたら色んなお話を聞くものよね?』
『何が人間長生きだ。まったく』
『フフフ』
見た目はミクトの方が年上である。しかし会話の内容はどこか、ミミの方がずっと年上を思わせた。
ためいきをついたミクトは、静かな目をモニターの向こうのラビに向けた。いつもラビの前で見せる微妙な子供っぽさが嘘のようである。
と、そんな時。
ガコンと大きな音がしたかと思うと、コックピット足元の通気口が開いた。もちろんその下からはラビの顔がのぞいている。
そも、ラビがコックピットにいないのは、一人と補助席しかない座席に三人が収まるのを嫌がったためなのだが。
「ねえ」
「なに?ラビちゃん」
「さっきから何話してるの?ていうかそれ何語?」
だがその返事はミミでなくミクトの方が返した。
「スティカ語だ」
「スティカ語?」
一瞬、なんでまたという顔をしたラビだったが、すぐに「なるほど」と納得した。
「あ、そっか。ミミは当然スティカ語使えるもんね」
そんな納得顔のラビに、ミクトが楽しげに微笑んだ。
「ルークはボルダ相手に商取引があるからな。連邦公用語と並んで必須科目だぞ」
「なるほど。勉強したほうがいい?」
「勉強しといて損はないだろうな。まぁ脳に直接書き込むという手もあるが」
「ふうん……」
そんな会話をした直後だった。
「……あれ?」
ラビの目線がその時、何かを発見したかのように細められた。
「どうした?」
ミクトがその目線に首をかしげたのだが。
「ねえミクト。あんたひょっとして……その身体って」
ラビの目が少し細くなった。換気口ごしに見えているミクトの顔や姿をじっと見る。
「なんだ?」
「あんた……もしかしてドロイド体?男性型の?」
「なに?」
ミクトは驚いたようにラビを見た。
「ほう、こいつに続いておまえにも見破られたか。わかるもんなんだな」
「うん……まぁなんとなく、ね」
ラビが気づいた理由は、実は簡単な事だった。
ベルナ級ドロイドには元々その性質上、他のドロイドを見分ける能力がある。ただし生身の人間だったラビにはそれを使いこなせていなかったのだけど。
つまり、ラビがミクトの正体に気づいたのは、それだけラビがラビ自身の身体に馴染んだ事の証でもあった。
視点の変化にラビは自覚していない。ついでに言うと言葉遣いもこの一日か2日で別人のように柔らかくなっているのだが、これについても自覚なし。ふたりも指摘せず。
「もしかして、あんたも外見と年齢一致しないクチだったわけ?」
「まぁな。昔ちょっとばかし暴れすぎてな。恥ずかしい話、うちの爺さんたちに地下に幽閉されてた事もある」
「そう」
ラビは少し考え込むようにうつむき、そして、
「ごめんなさい」
「いいさ。そこいらに同類がゴロゴロいるなんて普通考えないもんな。気楽にいこうじゃないか」
「うん、わかった」
急速に打ち解けたようだった。
それは仲間意識なのか、それとも別の感情なのか。
「……」
ふたりの邪魔をしないようにこっそり気配を消していたミミが、にんまりと楽しそうに笑った。
その顔はどこか、若いカップル未満のふたりを眺める、世話好きで噂好きのおばさんのようだった。




