いろいろ準備
調査のための準備が始まった。
前代未聞の警察・ルーク合同調査。ただし現時点では大っぴらにせず進めるつもりなので、準備自体はミミを中心にラビとミクトといった面々で進める事になった。両者の合同自体は確かに前代未聞だけど、非公式的な調査自体はよくある事なので、そうして進めても問題視される事は少なかったし。
ただしラビの強い勧めで、最低限の関係者には少し事情を説明する事になった。
警察側は、ミミの義姉たる警察署長のク・モルガン氏。
ルーク側は例のジョリバという上司以外に、ミクトが個人的にお世話になっているルークの古老の一人に伝えたとの事。
「その上司さんって、何か疑いでもかけてるの?」
「ちょっとな。特に今回の一件にはやばいと思う」
「あー、そういう事」
「ああ」
ミミはさすがに聡い。今の会話で、問題の上司が連邦関係者の疑いをかけられていると気づいたようだ。
そう。
今回調べに行くのは、その連邦関係とかかわりのあるところなのだ。実際の嫌疑がどうなるかは別として、彼を加える事はできない。
なるほどとミミは納得した。
「あと、共有しておくべき情報ってあるかな?ミクトはある?」
「そうだな」
ミクトは少し考え、そしてうなずいた。
「俺たち三人はそれぞれにバックボーンが違いすぎる。軽いおさらいというやつだが、今回の件に関係する情報をまとめておかないか?」
「たとえば?」
「今更かもだが『連邦』についての話をな」
「連邦?一般常識じゃんそれ」
ラビはあきれたような顔をした。
しかしミクトは首をふった。
「ミ・モルガンならともかく、おまえは民間人だろう?きちんと情報を持っているのか怪しいと思うが?」
「……それは」
「だろう?ま、だからちょっと話しておこう。意外な事実があるかもしれんぞ」
「わかった」
そんなわけで、ミクトの提案の元、この星の人には常識ともいえる銀河連邦についての情報のおさらいが始まった。
『銀河連邦』
銀河系宇宙の何割かを占める一種の通商連合地域。彼らの統一歴で20万年ほど昔、とある三つの惑星国家で通商条約を結び、これに伴って共通語の制定を行ったのが始まりである。以降、商業を中心としたやりとりを中心としたユルいつながりで繁栄を続けている。
彼らの特徴として「人間第一主義」というものがある。
まず彼らの定義による「人間」とは自然に生まれた知的生命体、またはそれを元にしている事。そして、自力で宇宙文明にまで達しており、彼らの中枢であるマドゥル星系の惑星アルカインなる星まで自分たちの力だけで渡航できる事を基準としている。それ以前の存在は、いかに知的生命体といえども人間とは規定しない。
同時に、同族またはそれに近い種族を商品として扱ったりする事は非常識とされており、これらの人々に向けて差別するような事も特にない。彼らのこうした「人間とそれ以外」の区別は単に社会の混乱を避けるためのものであり、それにより利益を得るものではないからである。
だが現在、この「人間第一主義」が彼らの大きな枷にもなっている。
彼らの基準に合致しない「人間と有機ドロイドの混血」やら「ドロイド同士の結婚で生まれた新しい種族」が、二百年あまり前に起きた「ケセオ・アルカイン事件」以降、急速に増え始めているためだ。それは銀河全体に及んでおり、特に環境の過酷な惑星など、すでに過半数が置き換わっているケースもあるという。
連邦はこれらの事象を侵略ととらえており徹底対応しているが、逆に連邦から離脱する国も増えている。そのため連邦の領域は急速に狭まっており、すでに最盛期の半分になったという説すらも存在する。
「この徹底対応というところが問題だな。
彼らは年々規模が縮小しているから資材も、人員も不足しがちになっている。補給は歓迎だろうからな」
つまりそうした背景で、問題の設備は作られたというわけだ。
「今までも似たケースがあったって事?」
ミクトの見解にラビが反応する。
「いや、断言はしないが、今回みたいなのはさすがに珍しいんじゃないかな」
「そう?」
「ああ。ある時期までは規模も十分だったし、あとは外部からの支援もあったはずだからな」
「外部からの支援?なにそれ?」
それはラビ的に初耳だった。
「イーガ帝国の前皇后を知ってるか?実はこの人物、ケセオ・アルカイン事件当時、連邦議長をやっていたアルカイン国王の娘でな。しかも、あの事件の中心人物である『彼女』を宇宙に引っ張り出しちまった主犯でもあるんだこれが」
「え、そうなの?」
「ああ。知らなかったろ?連邦議長の娘がアレの主犯の生みの親なんて、一般には流布してない情報だからな」
「……知らなかった」
唖然としてラビはつぶやいた。
ラビだって昔、あのケセオ・アルカイン事件についての本くらい読んだ事はある。
一般には凶悪テロリストとして知られている『彼女』であるが、エリダヌス教徒や反連邦系の地域では逆に英雄視、場合によっては神聖視されている地域もある。以前のラビが読んだ書物には、こんな口上が載っていた。
『あまねく銀河に満ちる機械の乙女たち。ロルの娘たちを生み出したその父、母にして父そのひとの伝説。道具にすぎない彼女たちのために全銀河すら敵にまわし戦った、ひとりの大馬鹿者の物語をここに語る』
その者は、宇宙文明すら持たない辺境惑星の少年だったという。だが、奇跡のような偶然から、彼は銀河文明の生み出したひとりの女の子タイプのドロイドと出会い、そして、それが人でないと知りながら恋に落ちたのだという。
それが、銀河系全体がひっくり返るほどの大騒動になった、かの『ケセオ・アルカイン事件』の最初のはじまりだという。
「『彼女』ってただの創作だと思ってた」
「とんでもない、実在の人物だぞ。それどころか、ミ・モルガンは会った事があるんじゃないか?」
「え?」
「あら」
気軽な調子でひょっこり爆弾を投げ込んだミクトにラビは目を剥き、そしてミミは肩をすくめた。
「そうなの?ミミ」
「わたしはないわ。知らないとは言わないけどね」
「そうなの?」
「うん。妹が会ってると思う」
「あ、妹さんいるんだ?」
「いるよー」
「へぇ、かわいい?」
「身内びいきで言えば可愛いけど、ラビちゃんが見ても面白くないと思うよ?」
「なんで?」
「みんな同じ顔だからね」
「へぇ。ちなみに今どこにいるの?妹さん」
「んー、アマルー系のどこかの星にいるか、イダミジアあたりじゃないかな?」
「どこだよそれ……いや、そもそもアマルーって猫タイプの獣人族だろ。そんなの本当にいるのか?」
「いるよ?」
「そうなんだ……」
「どうしたの?」
「いや……なんか今までの常識が音をたてて崩壊してる気分」
「あはは」
そんなラビとミミの会話を、ミクトは興味深そうにながめていた。
この後も話は続き、調査に必要と思われるいくつかの情報をすりあわせた。
「乗り物はどうする?警察車両は使える?」
「使えるけど、砂漠の長距離移動には向かないと思う」
「直行できない事もないが無理は禁物だろ。途中にオアシスがあるからそこで泊まる事にしよう」
「宿はあるの?このあたりのオアシスって確か」
「無理だろ。開発用の天幕を持っていく。そっちは任せろ」
「わかった」
「うちの長距離移動用ローダーを出そう。あれなら問題になるまい」
「え、いいの?」
「世話になってる爺ちゃんのなんだ。事情話して俺が借りてこよう」
「それが可能ならありがたい。頼んでいい?」
「おお、まかされたぞ」
「ありがとう」
それなら、という事で今度はミミから。
「それが無事借りられたら燃料は警察で持つわ。途中の補給は必要?」
「この距離ならいらないだろうな。少し厳しいかもだが」
「わかったわ。じゃあ予備電池もひとつ追加ね」
「ありがたい」
「いえいえ」
ミミの申し出に、今度はミクトの方が頭をさげた。
「泊りがけとなると食糧かな。そっちはどうするの?」
「施設内でかかる時間が予想できん。いくらかに分けて持つべきだろう」
「さすがに一日は無理か……」
「あたりまえだ。どこに行くつもりなんだおまえ」
思わず笑いがこぼれた。
「そんじゃ、当座の食糧や水は警察から出すわ」
「わかった」
「ふむふむ、移動手段に燃料、食料は何とかなると……連絡網はどうする?」
そこまできたところで、データを見ていたラビが言った。
「連絡網?」
「ちょっとリークしたくらいじゃすまない、トンデモな代物だったらどうする?複数の連絡先を確保しとかないとやばくないか?」
「……確かに」
ふむふむとミクトもうなずいた。
「じゃあ、お互い別個に連絡網を用意しておきましょう。どちらかに何かあっても、そこから出せるように」
また、ミミ側もミクト側も非常時の連絡網を別途、きちんと確保しておく事で同意した。
意見がまとめられ、たばねられ。
翌日の朝には、すべての準備が整った。




