ルーク団
鉄拳ラビという名前はロディアーヌ地方でこそよく知られているが、あくまでローカルヒーローにすぎない。だから暴漢がちょっかいかけてくる事はあっても、本格的なスナイパーにラビが直接狙われるなんて事はまずなかった。
それでもラビがそれを防げたのは、そもそもラビのボディが軍用ドロイドだった事、それとラビ自身が常に警戒していた事も重要だろう。何しろラビでいる時は常に臨戦態勢だったわけで、一日やそこらでその習慣がとれるわけもなかったのだ。
なぜかむやみに爽やかさをアピールしている、小ぎれいな警察署入り口から外に出た。
まだ朝も少し早めで、路上の交通は多くない。そこそこ乗り物などが動いているのだが、派手な喧噪になるにはもう少し時を待つ必要があろう。
「ふん」
殺気が消えない。
ぴりぴりと来る緊張感はラビのドロイド体の神経をかきたてる。元のラビでは感じとれなかったもの、つまり危険を察知するなかば本能的な反応だったが当人にその自覚はない。
「!」
再びピクッとラビが反応し、左手で空を掴んだ、まさにその瞬間だった。
「!」
一瞬、ラビの手の中で何かが光った気がした。
その理由がラビにはわからなかったが、次の瞬間、妙に拳の中が冷たい気がした。わけもわからずラビは手のひらを開いてみた。
「……なんだこれ」
手の中はまるで氷結したかのように冷えきっていた。灼熱のはずの弾丸もすっかり冷たく、凍ってないのが不思議なほどにひんやりとしている。
さらに驚くべき事に、さっき火傷したばかりの傷が消えていこうとしていた。
いくら軍用ドロイドといっても早すぎる。というより、つい数秒前までジクジクと傷が痛んでなかったか?今はなんの痛みもないが。
それは確かに奇異だった。
「……」
だがラビはそれに一瞬目をくれただけで目を遠くへ向けた。そして実際、今はその場合ではなかった。
「あっちか!」
少し目を細めた。
そして自分の感性に導かれるままに、ラビは疾走をはじめた。
人間は、自分の身体が時速何キロで動いているのか知らない。よほど特殊な感覚を持っているのなら知らないが、少なくとも通常は無理だろう。
そして体感速度というのは相対的なものだ。当人の感覚が追いつくならば時速100kmを越えていても驚かないし、逆に追い付いていないのであれば、時速30kmでも大いにビビる事になる。
だから。
もともと高速思考ができて、しかもそれを活かせる高性能ボディをもつラビはその時、自分が何をしたのかを理解してはいなかった。
「あっちか!」
そう思った瞬間、ラビは猛然とダッシュをかけた。
どこかでブチ、パキッと壊れたような音がしたが気にしてはいない。いつになく身体が軽いのに心のどこかで感謝しつつ、おそらく発射位置にいたと思われる一台のローダーに目を向けた。
そして、フル加速。
(どくん……どくん……)
どこかで心臓がゆっくり、ゆっくりと鼓動しているような気がした。
みるみるうちにローダーか迫ってきた。
しかし向かい風が異様に強い。嵐でも近づいているのか、顔が重いと感じるほどに強い向かい風だった。
その風に逆らうようにして、ローダーを捕らえるべく腕を出した。
(む!!)
刹那、ローダーの武装から小型の機銃弾が大量に吐き出されたが、
(こいつ!!)
ラビはその弾丸たちを片手でまとめて振り払うと、ローダーの胸元あたりを力まかせに殴りつけた。
ぐしゃ、とも、ばき、ともつかない異音がし、ローダーは半ば吹き飛ばされつつ転倒した。
(よし!!)
そしてその直後、ラビは我に返った。
「……え?」
ラビはその時、何が起きているのか一瞬、理解できなかった。
ローダーは転倒し、そして、ぼっこりと凹んでいる。それくらいで壊れるローダーではないのだが、中の人間がなぜか気絶していた。
しかし問題はそこではない。
ラビは近寄り、そしてローダーのボディを見た。
なんといってもローダーは重機だ。そのボディは当然、頑丈でしかも重い金属でできている。
「……なんで凹んでるんだ?」
ラビが強力でも生体ドロイドである。いくらなんでも、ひと殴りで重機の鋼鉄ボディを凹ませられるわけがない。
いや、これは比喩でもなんでもない。
そもそも、そこまでの腕力を使うにはラビの身体は軽すぎる。ふっとばされるのはラビの方のはず。
なのになぜ?
「……」
そんな事を考えつつ悩んでいたら、
「よう」
「おまえか」
声で気づいて振り向くと、そこには見覚えのあるローダーが立っていた。そしてそのコックピットには、あのやんちゃ青年、ミクトの顔が見えた。
「おはようさん」
「変な時に来やがったな」
「へ?何かあったのか?」
「バカ!狙撃されたんだよ!」
「ほう。で、そいつが犯人てか?」
ミクトも問題のローダーを見て、少し眉をよせた。
「なんだこの凹み?」
「私が殴ったら、こうなった」
「……なに?本当か?」
「うん」
「そうか……ちょっと待ってろ」
そういうとミクトは真顔になって、自分のローダーのセンサーをあれこれといじりだした。
「ラビ」
「なに?」
「おまえ、スティカ・ドライヴ使ったか?」
「スティカ・ドライヴ?」
耳慣れない名前にラビは首をかしげた。
「スティカ人って時々、得体のしれない力を使うヤツがいるんだが、そういう時ってな、彼らの体内で謎の細胞組織が動いているらしい。研究もされているらしいが、どういうものなのか、どういう原理でおかしな現象を起こしているのか、さっぱりでな」
「それがスティカ・ドライヴ?」
「そう仮称してる。詳しくはまだ研究中だが」
「へぇ……」
おそらくそれは、ミミのいう魔導何とかと同じものなのだろう。そうラビは思った。
「研究しているのに不明?」
「動いているのはわかる。起きている現象もまぁ、何とか。
しかし、それがどういう原理で起きているのか、さっぱりわからないんだと。
どうも、俺たちの技術とは根本的に全然違うものなんだろうって事なんだがなぁ」
「解析できない?」
「むしろ異質すぎて、データが出ても理解できないらしい」
「それはすごいね……本当、なんなんだろうね」
「全くだな」
ふたりは顔を見合わせて、そして頷いた。
「で、話を戻すが、どうだ?使ったか?」
「……もしかしたら使ったのかも」
「どういうことだ?」
ラビはミミのやった事と、それから今の状況とをあわせて話してきかせた。
そして。
「なるほどな」
ミクトは少し考え、そしてうなずいた。
「確認するがその娘、ミ・モルガンと名乗ったか?」
「そうだけど?」
「こっちのアンテナにひっかかってる娘だからさ」
「何かやばい事でもあるの?」
ミミが外国人なのはプライバシー情報だ。調べているのなら知っている可能性が高いが、ラビは少しボカして話した。
果たしてミクトの方はというと、
「やばいというか、洒落にならないな」
「え?」
「いや、まだ何もわかってないんだ。気にしないでくれ。
ところでラビ、ミ・モルガンの印象はどうだった?」
「どうって、いい娘だよ?ただ、女の子女の子した見た目に騙されちゃいけないね。ちょっと得体のしれないとこがあるけど、しっかりものだよ」
ラビは、ミクトに詳細を話す事はしなかった。ミミがおそらく反連邦陣営の者だという見解も。
これは別にミミをかばっての行動ではない。
ミミの依頼にしたがって行動を起こすなら、それはルークも巻き込む可能性が高いし、そしてその時の担当はこのミクトあたりになる可能性もあるだろう。だとしたら、どこまで話す、どういう対応をとるかにしても、それはミミに確認してからにすべきと思ったわけだ。
「そうか」
そしてミクトの方も、それ以上の確認はしなかった。無理に聞き出す事はしないらしい。
「保守の件はおそらく心配ないだろうさ」
「そうなの?」
「かりにミ・モルガンが俺たちの予想通りの人物なら、スティカ・ドライヴの保守なんてお手の物だろう。その場合は、たぶん任せておくのが正解だからな」
「そうなの?」
「ああ」
ふたりの会話は続く。
ところで、ここでラビはふと思い立ち、例の件にちょっと触れてみる事にした。ミミの依頼の件について彼らが把握しているか、気になったのだ。
「あー、そういえばミ・モルガンといったらね、彼女に持ちかけられた案件があるんだ。彼女からそっちにも話がいくかもだけど」
「ん?」
そして依頼の件について語った。
ミクトはその話を真剣な面持ちで聞いていたが、
「その件なら、うちの上官どのが情報を持っているかもな」
「あのひと?」
「ああ」
あの人どこにいるの、とラビが聞こうと思った、まさにその瞬間だった。
「おっと」
「ん?」
ぷいと親指で背後を指差すミクト。その先を追ってラビが振り返ると、
「やぁ、おはよう鉄拳ラビ」
「おはようルークの、えーと」
「ジョリバだ」
「ところでその鉄拳ってのやめない?まぁいいけどさ」
ふう、とためいきをつくと、またもや肩をすくめた。
「ああその件か、それなら情報が少しあるぞ。ちょっと待て」
「いいの?そんなの末端指揮官の一存で決めちゃって」
「いやいや、俺は何も決めてないさ。これは『必要とあらば提供すべき情報レベル』に該当してるからな」
ジョリバは礼儀正しく頷き、携帯端末を叩きはじめた。その態度は先日のそれより少しだけ丁寧であるが、それはルーク団におけるラビの取扱いの変化を意味するものではない。単に昨日と違って身なりが整い、清潔感も愛らしさも二倍アップしたラビの容姿が自然とそうさせていた。
ラビ当人はその意味を自覚していない。
この時点で自覚しているのはミミのみなのだが、警察の建物からミミは出てこない。ラビ自身はミミの気配を感じてはいるのだけど、姿はどこにも見えなかった。
警察署の駐車場の端っこ。正義の味方とルークの青年ふたり。
そして遠巻きに見ている警察陣営。
現在のロディアーヌ警察とルーク団は敵ではないが、慣例上、必要以上に干渉しあうべきでないとなっている。そのための光景だが、奇妙といえば奇妙だった。
「よし、こちらの調査情報はこれだ」
指揮官用のデバイスであるため特別な仕掛けがあるのだろう。いきなり空中に施設図面らしい立体映像が出た。
「メリウム中央市の大深度地下、ポンプ設備の一部に仕込まれているようだな。といっても特別に建設されたものではなくて、こういうカプセル式の規格設備が今や存在するらしい」
「それって、最初からドロイド系住民を『材料』にするための規格設備って事?」
「そういう事だ」
ジョリバが大きく頷き、ラビは唇をかんだ。
「やってくれる。人間をなんだと思ってんだ」
「何者か知らないが、少なくともドロイド系住民を人間と考えてはいないようだな」
より健康で、より長生きできるならと人工生命体の血を受け入れた人間たち。この星はいわゆる開拓惑星に属するから、それはごく当たり前の光景だった。
なのに、そんな人々をまるで家電品の親戚か何かのように『量産』して『輸出』している人々がいる。
ラビの中で、不快感がまた大きくなった。
そんなラビをジョリバは静かに見ていて、そして感想のようなものをつぶやいた。
「意外に冷静だな。もっと義憤にかられる姿を想像したんだが」
「ムカムカしてるよ?腹ん中じゃ」
ラビは腕組みして仁王立ちになった。ジョリバの提示している図案つきデータを睨みつける。
「でも私ひとり立腹しても事態は改善しないよ。大切なのは何をまるでするかだと思う」
「……なるほどな」
ジョリバは大きく頷いた。
「現地調査するんだろう?もしよければ俺が現地まで送るが」
だが、
「あー、貸してくれるなら指揮官じゃなくて末端がいいな。いくらなんでも遠慮しちまうし」
「こいつか?……ああそういう事か。そんなに気に入ったのか?」
少しミクトを見、そして下世話な空気を滲ませてジョリバは言った。今度はラビが眉をしかめた。
「そういう意味じゃないっての。それよりあんたには頼みたい事があるから」
「ほう?」
「これだけの組織だよ?国政や地方自治省に何か食い込んでないかどうかルークの方で調べてくれない?現地調査はオレがやるとしても、そういうのは苦手だし」
「そうか、そうだな」
ジョリバは少し悩み、そしてウムと大きく頷くと、
「ミクト聞いてのとおりだ。頼むからしっかりやってくれ、爺様たちにあんまり迷惑かけるなよ?」
「じいさま?」
「ああ、こいつ隠居されているルークの爺様方にはわりと好評なんだよ。
素行不良だし色々と問題があるんだが、爺様方が気に入られるだけあって陰日向のない性格でな、それに上官の俺が言うのもなんだがかなり有能なんだよ。そういうわけで見た目に反して結構重宝している」
「へぇ」
射撃好きの青年が実は有能である事、特にルークの老人たちに好まれている事をラビは疑ってなかった。だがジョリバがそれを認識しているのは想定外で、へぇぇとラビは本当に目を丸くした。
しかしミクトの方はそれがうれしくなかったようだ。
「なんだよ、じーちゃんたちとおれは関係ねーだろ?」
その子供のように反論するミクトに、ラビはクスクスと笑った。そのさまは外見もあいまって愛らしい少女のそれを思わせたが、これまた以前のラビが決して見せるはずのなかった行動だ。
「……」
そんなラビを、じっとジョリバは見ていた。どこか複雑そうな顔であった。




