経験
ふたりが話していた部屋は一種の隔離状態であったが、早朝となった事で一度話がお開きになった。
『解錠』
「なぁ、それって何してるんだ?」
「あとでね」
うふふとミミは意味ありげに笑うだけだ。
そして、コンコンとドアを叩く音がした。
「どうぞー」
ミミが返事をすると、ドアが開いた。
「あら」
「おはよう」
そこには女署長が立っていた。身なりはきちんとしていたが署内でシャワーを使ったのだろうか、どこか瑞々しくきらびやかに見える。
「あなたたち随分とよく寝てたのね。はいこれ」
タオルやら着替えやらのセットだった。
下着はミミとおそろいであり、さらにラビには昨日ルーク団の男に渡された軍服の一着もあった。どうやら保管してくれているらしい。
はぁ、とラビはためいきをついたのだが、
「お姉ちゃん、お湯のシャワー室まだ使える?」
「もちろん使えるけど……ラビさんに使わせるの?でもわかってると思うけど一つしかないわよ?このへんじゃお湯のシャワー使う人がほとんどいないからね」
「いいのいいの、ふたり一緒に使うから。調べなくちゃいけないところが一つ残ってるし」
「そうなの?」
「うん。このボディ、スティカ製なの。ここの機材じゃ検分しきれないとこがあるの」
女署長は「へぇ」という顔をした。そしてラビとミミの顔をじっと見比べて、
「ま、好きになさい。でも大きな音はたてないでね」
「は?」
意味が理解できないラビの疑問符をさっくり無視して女署長は去っていった。
「さ、いこっかラビちゃん。はいタオル」
「は?いくって?」
「もちろんシャワーだよ?ラビちゃん、この身体でシャワー浴びたことないでしょう?お湯のシャワーだときちんと洗わないと汚れが残るからね。練習しよ?」
「まてまてまてまて!」
その意味を理解したラビは慌てて首をふった。
「シャワーくらい一人でできる!オレをいったいいくつだと」
「だめ」
ずい、とミミは身を乗り出してきた。息のかかるほどの距離にラビが一瞬たじろぐ。
そんなラビに小声でミミがささやいた。
「着替えさせたのわたしなんだけどさ、ラビちゃん洗い方全然なってないよ?」
「え?」
「以前はパートタイムだからよかったかもしれないけど、これからはダメ。臭くなるよ?」
「清潔であれば問題なムガ」
問題ないと言いかけたラビだったが、眉をしかめたミミにその口をふさがれた。
「いいから来なさいって。綺麗にする事にはちゃんと作戦上の意味もあるんだから、ぶつくさ言わないの」
「……さ、作戦上の意味?」
ミミの手を逃れつつも疑問を呈したラビに、ミミは改めてひとつためいきをついた。
「たぶん今日中にルークの方からもラビちゃんに接触があると思う。あっちも同じ事件を追ってる担当がいるはずだからね」
「それで?」
「あのねラビちゃん、汚い格好してたら足元見られるんだよ?実際昨日、制服渡してきたあの上司っぽい奴、どことなく上から目線だったと思わない?」
「……あいつか」
ラビは件の男を思い出したのだろう。少しだけ考え込み、そして「なるほど」と頷いた。
「わかった、じゃあそうするよ。じゃあ行くか」
覚悟を決めたらしい。開きなおったように立ち上がった。
警察署というところは実用性を重んじる施設である。これは世の東西どころか、遠い異星文明でも大差ない。
ぶっちゃけると、警察とは最も民衆に近いところでの治安を維持する組織。そうした性格上、肝心の民衆のメンタリティが大きく変わらない世界では、当然、その秩序を管理する警察も大きく変わらないのである。
ゆえに、服装や施設などの目に見えるところはともかく、その本質となると驚くほど変わらないのである。
そんな警察署の中を、ふたりは歩いていた。
おりしもこの時間、夜勤と昼間の人員入れ替わりが始まっており、ふたりは多くの署員に目撃された。
女署長の義妹であるミミは署内でも知られていたが、ラビが横に、しかもタオル一枚でいるのは珍しい。だがラビが負傷して保護されたらしい事は緊急伝達で伝わっていたし、警察署員の中でもラビの評価は悪くない。ラビはルーク贔屓で知られていたが、現場で警察と共同作戦をはる事もあったし、むしろそういう場合、警察を立てたからだ。
だから特に、下っ端や現地担当のなればなるほど、この小さな協力者に悪い印象は持っていない。
そうした者たちに軽く挨拶をしつつ、奥のシャワー室に向かう。
「あのルーク二人組はちょっと変わってたね。なんか変だし」
「いや、あのミクトって奴は信用できると思うぞ。あいつ腕前は確かだし見た目よりもはるかにまともだ。いい意味で昔のルーク野郎だな、荒っぽいのが玉に瑕だが問題ないだろ」
「へぇ」
面白そうに、しかし「なるほど」と言わんばかりに頷くミミをちらっと見て、また言葉を続ける。
「問題はむしろ上の方だな。ジョリバっつったか、あいつはイヤな感じがした」
「そうね。あっちは色々ありそうね」
クスッと笑うミミ。その表情が気になったのだろう、今度はラビがためいきをついた。
「こら待て、情報があるなら言えよ」
「え?別にないけど?」
「うそつけ。今思いっきり『実はあいつアレなのよね?』って顔しただろうが」
「えぇぇぇ、してないよ?」
ふるふると首をふるミミ。だがラビは躊躇しない。
「情報を小出しにするなよ。疑いを抱かせるなとオレが言ったのをもう忘れたのか?」
じわり、と殺気を覗かせるラビ。
だがミミは、自分を余裕で撲殺できる者が隣を歩いているというのに気にした様子もない。それどころか、うっふふと微笑ましそうに笑うだけだ。
「……」
その目線は異常なほどに大人じみていた。ラビは全身に寒気が走った気がして、一瞬だがたじろいだ。
まぁ、ラビ自身が感じているようにミミは外見通りの少女ではない。それどころか、彼女の裡には巨大な歴史が刻まれている。実はミミとはそういう存在だったりする。
後にその事実を知ったラビは、自分の直感の正しさを改めて知る事になる。
だが今はその時ではない。
ラビはミミを薄気味悪く思っていたが悪人でない事も感じていた。問題はミミが非常に知恵を巡らすタイプである事で、どちらかというと脳筋ヒーロータイプであるラビはその点どうしても気に入らなかった。
「確かに隠してる情報はあるよ。でも今、ラビちゃんに今教えても意味ないと思うよ?」
「なんでだよ?今役に立たなくても後学にぜひ知りたいぞ」
「う〜ん、意味ないと思うけどなぁ」
そう言ってぽりぽりと口の横を指でかいているミミだったが、
「そう言わずに教えてくれよ。別にアレが連邦のスパイだって言われても驚きゃしないからさ」
「!?」
さすがのミミもこれには思わず絶句した。棒でものんだように固まってしまった。
「おっと、本当にそうだったのか」
「なんで?」
眉をしかめて困ったような顔でおずおずとラビを見るミミ。納得いかないといった顔だ。
対してラビは肩をすくめた。
「単なる勘だよ」
「……」
続けなさいよ、と目線で促すミミに、ラビも頷いて続けた。
「あいつさ、なんかルークっぽくないんだよな。新世代って事かもしれないけど、あの一物の抱え具合は何か変だ。
だけど警察でもない。
そりゃそうだ。警察なら、たとえよその管轄だとしてもおまえらが把握してないわけがないからな。
だったら消去法だよ。
政府かそれ以外かって事になるけど、最終的に判断したのはミミ、おまえの存在かな」
「わたし?」
うん、とラビは頷いた。
「おまえの立場は微妙すぎる。外国人というだけでも面倒なのに女署長の義妹なんだろ?
そんなおまえが女署長を巻き込まず独自行動、しかも巻き込みたいのはオレだけじゃない。おまえ、ルークすらも平然と巻き込む気まんまんだろ、違うか?」
「……」
「つまり今回のはそれだけの案件ってこった。単なる反政府ゲリラの秘密基地なんて理由じゃ到底納得できねえぞ」
「それは」
困ったように眉をしかめるミミ。
「次どっちだ」
「え?あ、右。奥を左」
話しながらも歩調は決して緩めなかった。シャワー室なんてものが目立つ場所にあるわけもなく、それは同時に、歩きながらの内緒話にもちょうどいい。
ラビは追及の手をゆるめない。
「あの現場写真の規模も問題だしな」
「問題?」
「規模がでかすぎるだろアレ。
あの『工場』がまともに稼働したとして、そこから生み出されたのが全部戦闘ドロイドだとしたらもうゲリラがどうのって規模じゃねえだろ。とっくの昔にこの国なんかひっくりかえってら。違うか?」
「……」
ミミは沈黙した。表情も硬く、深夜の話し合いの時すらも見せなかったほどにきつい目をしている。
「間違ってるかもしれないが以下がオレの結論。間違ってたら教えてくれ。
おまえ、反連邦だろ。
今は活動してないんだろうけど、元々の所属はそうなんじゃないか?」
「……」
「近年連邦が政府に揺さぶりをかけてきてるのはオレも知ってる。ネットでも噂になってるからな。
この国は元々連邦に属さないが、連邦の勢力圏に近い。おそらく政府内部に内通者がいたりして、ここの『工場』で兵隊を作らせて奴らの『前線』に送ってるんじゃないかとオレは考えてる。この国は混血が進んでてドロイド系住民の頻度が高いからな、ひとの融通も簡単だろうし」
シャワー室に到着した。
この地方、いやそもそもこの星では水タイプのシャワー室は珍しい。それを示すように、随分とものものしい機密・排水マークのついた入り口だった。おそらく水タイプのシャワーなどを前提としない家屋に導入するユニットタイプのものなのだろう。
入り口のところでラビは足を止めて、まっすぐミミの方を見た。
「おまえの本当の目的は知らない。だが推測はしてる。
つまり、おまえはここの生活を守りたいんだ。反連邦のおまえにとって連邦がこの国で勢力を伸ばすのはうれしくない。だから兵隊を作らせている奴らを暴露して勢いを削ぎたいわけだ。
オレを選んだのもそのためだろう?オレは……まぁ自分でやってる事だから否定しない、目立つはずだ。カカシにするにはもってこいかもしれない」
「……」
ふう、とミミはためいきをついた。
「そこまで理解してて、それでも協力してくれるの?どうして?」
「は?いや、別に協力しない理由なんてないと思うが?」
今度はラビの方が首をかしげた。
「大人の事情はそっちでよろしくやってくれ。オレとしちゃだな、現場を押さえてしまえば女たちは助けちまっていいんだろ?」
「……まぁね。装置から出せば自力でほとんどの個体が回復できるだろうし」
ラビはその言葉に頷くと、また続けた。
「どちらにしろおまえはあまり最前列に出ない方がいい、立場がめんどくさそうだしな。ルークの人間も巻き込めたとするなら、おまえは警察側の協力担当ってくらいにしておけばいいさ。実際その通りだし。
そのかわり政治工作とかそっちの面倒くさいのは任せるぞ?もちろんできるよな?」
「ええ」
ミミは大きくためいきをついて、そして苦笑いした。
「呆れた。てっきり『オレを利用しようなんてふざけるな』って言うかと思った」
「いや、本当に意図しない方向に利用されたらいつだって怒るぞ?」
ミミの言葉にラビは自分の腰に左手をおき、首を少し傾けてためいきをついた。
「おまえの場合、単に自分が目立ちたくないだけってのが見え見えだからな。おまけにやる事は正しい事でもある。ま、コケにしようってんならその限りじゃないが?」
「……」
ラビの言葉にミミは何も言わず、ただ笑って首をふり否定した。
「さ、シャワーしましょ?ラビちゃんの荒い方のダメなとこを足とり腰とり実地で教えてあげるから!」
「いやまて、どうして手をわきわきさせる?」
「うっふふふふ」
「やっぱ帰ろうかなオレ……」
そんな会話をしながら、ふたりはシャワー室に入っていった。




