遺跡に行こう2
追記 4/6 修正
出発初日、彼らはぺタール公国の東門に集まっていた。フル装備ではなく最低限の武装と普段の行動に支障が出ない程度の防具を身につけている。例えばハチヤであればチェーンメイルは外して大盾を背中に、腰に片手剣を挿した程度で木綿のシャツとズボンに身を包んでいる。
「遺跡まで片道4日ねぇ、カリロー死ぬんじゃねーの?」
「街道を歩く分には問題ない。あの時は獣道を歩いたせいだ、決して体力がないわけではない」
樫の杖をかつんと鳴らせてカリローがハチヤの嫌味に反応した。
「荷物持ってやろうか?」
「ええい、何故僕にかまう? それよりも女性2人を気にしたらどうだ?」
さらにからかうハチヤにカリローが狙いを逸らそうと女性二人組みに視線を送る。
「アル、実績があるから残念」
「カリローさん、そんな残念な体力なの? 魔力特化しすぎじゃないの、体力レベル1並み?」
視線に先に気付いたユウがため息と共に一言。
それを受けてナトゥーアがハチヤに倣ってカリローをからかいだした。それを見たカリローは返す言葉を失い頭を抱えだす。
「んじゃま、行こうぜ。テントとか食料は俺らで持つな」
ハチヤとカピィールがなけなしの金で買った野外設備を自分の方に寄せる。
「幌馬車を使う選択はないのかしら?」
「駆け出しの冒険者にそんなのを利用する余裕はない」
ナトゥーアの提案をカリローが一蹴する。
「…いっぱい戦利品が出たらどうするの?」
「大丈夫、車輪ならオレが持ってる。即興で荷車くらいなら作れるさ」
「…遺跡も街道から離れてはいるけどそれほど起伏は無かったからそういうのがあれば十分」
ユウの問いにカピィールが背中にしょった荷物を指差し問題なさげに笑い、ナトゥーアも遺跡までの道なりを思い浮かべながらその回答を補足を加えた。
「じゃ、行くか」
改めてハチヤがいうと、一行は東門から出発した。
■
出発から4時間が経ち、ペタール公国の外壁が小さく見えなくなった頃、一行は遅めの昼食をとっていた。
「携帯食ってのは味気ないよなぁ」
街道から少し離れたところであぐらをかいてブロック状のパサパサした塩気のあるビスケットのようなものを口に含みながら、ハチヤは愚痴る。
「かといって、調理できる素材で日持ちが効くものというものもなかなかな」
「…野草?」
カピィールも携帯食を片手にあごひげをさすりながらうーんと唸っていると、ユウが周辺に群生している野草を見ながら提案する。
「昔、それを試して3日くらい寝込んだことがあるんだ」
「ハチヤ君、それホント? 馬鹿じゃないの? いえ、馬鹿よね」
「遠慮ねーなぁ。まぁ否定しないし自分でもアホだと思うけど」
野草というキーワードにハチヤが過去経験した悲惨なことを思わず口に出すと、ナトゥーアがぶふっと噴出してけらけらと笑う。ハチヤ自身も笑われるような話だと思うので怒りもしない。
「物知りのカリローさんはその辺どうなの?」
「うーん、毒かどうかくらいの判断は出来るが、味の保証までは約束できないかな」
存分に笑った後、ナトゥーアが不満げに携帯食をかじるカリローに話題をふるが、彼は少し小難しい顔をした後、柔和な顔で言った。
「静かに」
ユウが会話を遮って口元に人差し指をあてる。しばらく耳を澄ました後、ナトゥーアに視線を送る。
「…あたしはわかんないかな?」
「この森の奥、30mくらい」
ユウは肩をすくめたナトゥーアから視線を外すと、街道の脇にある森を指しゆっくりと立ち上がった。
ハチヤが顔を引き締め、ユウに倣って立ち上がろうとするのをナトゥーアが制止する。全員がその場に留まったまま臨戦態勢に入ったのを確認すると、ユウは森に向かって3歩ほど近づく。
「気付かれた、来る!」
ユウは声を張り上げて左手を上げて回避方向を指示。一番動きの遅いカピィールの尻を蹴り飛ばすと自分も同じ方向に回避。森から飛び出してきた巨体が先ほどまでパーティが輪を囲っていた場所を通り抜けていく。
「街道の近くなのに魔物?」
「騎士様は隣国との戦争でお忙しいらしいからな。魔物退治も手薄らしい」
ハチヤが毒つくとカリローが嫌味ったらしく応える。カピィールはユウに背中を蹴られた勢いで前転すると足元にあった片手剣をハチヤに放り投げる。
「あと2頭いる、様子を伺ってるみたい」
ユウは森に視線を向けたまま、背中にいる仲間にどうするかと問う。
「カピィール、ナトゥーア。後ろを頼んだ。ハチヤとユウは僕と一緒に森だ」
「あらあら、新入りのあたしに背中任せちゃっていいのかしら?」
「カピー、ナトに見蕩れてんじゃねーぞ」
「お前こそ、ナトのケツみて遅れとるんじゃねーぞ」
カリローは杖を手に取り、素早く指示。ナトゥーアが軽口をたたいてカリローを煽るがハチヤとカピィールが逆にナトゥーアを肴に軽口を叩き合った。
「敵はセフリームニル、豚の魔物だ。レベルは28、弱点は鼻」
「格下かよ、驚かせやがって」
ハチヤは受け取った剣を抜刀、カリローの前に立ち防御に徹する。情報を得たカピィールはこちらへきびすを返す2m弱の豚を見据え腰を落とす。ナトゥーアはカピィールの行動を察すると、敵に背中を向けて自分の獲物を取りに荷物の場所へ戻る。
「木の精霊。我が前に立ち塞がる獣に束縛を」
カリローの詠唱と同時にユウの言ったとおり残りの2頭が森から姿を現すが、1頭は足元から伸びたツタに絡まれ横転。
もう1頭はハチヤ目がけて突撃する経路をユウに完全に読まれたのか、かかと落としで鼻元を激しく叩きつけられてもんどり打って倒れる。
「やるじゃない」
ナトゥーアはユウのかかと落としを横目に口笛を吹きながら荷物の中からハンドガンを引き抜くと照準をオープンサイトで絞る。
「雷の精霊、速さを矮小なるものに与えよ」
「ふんぬっ」
カピィールはこちらに突撃しようとした巨大豚目がけて対抗するように突進、犬歯を避けるように鼻っ面に肩をぶつけると、そのまま競り合う形になる。ナトゥーアは完全に足を止めた獲物めがけて力ある言葉を呟きながらトリガーを引く。
爆音と共にカピィールと競り合っていた豚の上頭部が弾け飛ぶ。
その音に怖気づいた後方の2頭の内1頭、ユウにかかと落としをもらった方が弱気になったかきびすを返すとおぼつかない足取りで森の中へ走り去る。ツタに絡まったもう1頭も既に戦意は喪失しているのか、足元をどうにかしようとする気力こそあるもののさらにこちらを襲う意思は失せていた。
「所詮は獣か、けれど元々大人しい分類の魔物が襲うなど原因が何かあるのかもしれないな」
カリローが術を解くと残りの1頭もハチヤと睨みあいを数秒、数歩後ずさりするときびすを返して森の中に消えた。ハチヤもそれを見てようやく警戒を解くと後ろを振り返る。
上頭部を失った巨大豚は横転し、痙攣を繰り返していた。ハチヤの腕では治すこともかなわない。
「…血抜きして、おいしい部分だけ取ったら森に帰そう」
色々と謎はあったにも関わらず、ユウはただ一言そう言うと、パーティを働かせた。
■
巨体の解体作業に思いのほか時間を取られ、街道を行きかう商人にいらない部位を売り払ったりしているうちにその日は陽が沈んでしまった。徒歩4時間分が1日の移動距離という残念な結果に一同は肩を落とすものの、臨時収入の500Gという資金を手に入れ懐は暖かかった。
「どう?」
ハチヤとカピィールがテントを組み立てている間、森の中でナトゥーアと二人で散策をしていたユウが持ち帰ってきたのは山菜とキノコだった。ハチヤがいぶかしげな目でそれらを見るが、ユウはかまわず手馴れた手つきで山菜のあくを取り、キノコでだしを取ると豚肉をざくぎりにしてなべに放り込む。
もちろん金属アレルギーのため一連の作業は皮手袋を付けてだったが、テントが組み終わり一日分の焚き木を集め終わる頃には香ばしい香りが辺りを覆っていた。
その状態でのユウがハチヤに向けて自慢げに放った一言だった。
「…悪かったよ、見直した。ユウが出来る奴だってのは凄く分かってた。だからそんな怖い顔しないで機嫌直してくれって」
「…機嫌の良し悪しなんて分かるか?」
「僕もそれについて言及したいところだった」
ハチヤが鍋の前に立つユウに向けて持ちうる限りの語彙を用いて誠意を表現する。それを隣で聞くカピィールとカリローはいつも通りの無表情なユウの顔を見ながらお互いに首をひねりあう。
「まぁ、おねーさんは先に頂いちゃうけどね。鍋に食器、持ってきたときは何かと思ったけど初日から役に立つなんてカピィールさん、ぐっじょぶ」
ナトゥーアは首をひねるドワーフにサムズアップサインを送ると、我先に食器を手に取ると鍋から一杯分の具を入れて、その汁をすすり恍惚の表情を浮かべる。それに気を良くしたか、ユウは玉じゃくしを手に取ると3人に分けて回り、最後に自分の分を注ぐと食べ始めた。男3人もユウが食べ始めたのを見てから食事に手をつける。それからしばらくはひたすら無言だった。皆が食事に舌鼓を打ち会話すらなかった。
「そいや、ナト。昼間のアレって魔法? お前は銃使いって言ってたよな?」
2杯目を食べ尽くしようやく一息ついたハチヤが昼間の轟音を思い出しながら首をかしげた。
「アレは魔法ね。緊急時で炸薬詰め込んでる場合じゃなかったから鉛弾だけを雷の力で打ち出したの。ん、カピィールさんは銃のほうに興味津々みたいね」
ナトゥーアは指を拳銃の形にしてばんっとウィンクをする。そしてカピィールの視線を目ざとく見つけ、背後の袋から拳銃を1丁取り出す。
「拳銃でリボルバーという奴だろう? 何度か目にはしたが誰も触らせてはくれんかったからな」
「べつに触ってもいいよ、何なら手入れの方法とかも教えてあげようか?」
「それはホントか?」
カピィールが体を前のめりにしてナトゥーアの拳銃を見つめると、ナトゥーアが銃口を持つとグリップをカピィールに差出すので目を輝かせてガラス細工でも扱うように丁寧に拳銃を受け取った。
「カピーの奴、あのままだと整備関連全部任されそうだな」
ナトゥーアから拳銃の仕組みを熱心に聞いているカピィールを横目にハチヤがカリローに耳打ちする。
「別に好きでやる分には口を挟む必要もないさ。それよりも僕としては気になることがある。雷の精霊を呼ぶ触媒は辺りには見えなかったがどうやったのかな?」
「ん、あー。た、体内のマナみたいな? ほら人間って生まれや故郷なんかで違うマナ抱えているでしょ。あたしの家系はわりと珍しく雷の精霊を宿しててさ」
「珍しいことには自覚ありか」
カリローの問いにナトゥーアが一時、手を止めて一言一言を考えながら説明すると、神妙な顔つきで頷きながら「なるほど」と納得する。
「なぁ、カリロー。土蜘蛛の時も思ったんだけど精霊魔法ってなんか制約あるのか? 神聖魔法は自分の中にある神様の形をイメージしてそこから奇跡を願うスタイルなんだけどさ」
あっけらかんにハチヤが思ったことをそのまま口にする。
「ハチヤにしては随分高尚な質問をするな」
「今のが俺を馬鹿にしてるのくらいは分かるぞ?」
カリローが目を見開いて驚いて見せると、その態度にハチヤがむっとした。
「ふん、ハチヤ。君の言ったとおり魔法には制約がある。例えばこの焚き火。前に火を操る術を見せたことがあったな」
カリローは火の点いた焚き木の一本を手に取り、まだ燃えていない焚き木を拾って何事か呟くと、片方の火が消えると同時にもう一方の焚き木のほうが一瞬で炭となり手元からこぼれ落ちた。一連の動作を見て感心しているハチヤのほうをに振り返ると火の消えた焚き木を再び火にくべる。
「こういった感じで、火を別のものに移すという行為を行うのが精霊魔法だ。だから土蜘蛛の時のように火の気が無い場所で火の精霊魔法を扱うのは本来、無理なのだがね。そこはドワーフ族が生まれ持つ火のマナと金属のマナ、そういったものを利用して無理に現象として昇華させてもらったわけだ。まぁ、代償として体内のマナを奪われる当人には、マナ切れを起こした状態に近い疲労になる」
「…それであの後、カピーがへばってたのな。何もしてねー癖にバテてて不思議には思ってたんだ」
土蜘蛛の時のことを例に出しながら、例外ケースと先ほどのナトゥーアの件を結びつけてカリローが説明すると、ハチヤは感心して納得した。マナ切れということについては神聖魔法を使う当人だけに経験があるのか特に触れはしなかった。
「さて、夜番の順を決めて今日は寝ようか。最初はカピィールとナトゥーアでいいかな? 話が盛り上がっているようだし。次は僕とハチヤ。最後はユウ、君一人にお願いするよ。3時間ごとに交代といこう」
カリローは4人を見渡し異論がないことを確認すると、小さくあくびをして満足そうに頷いた。