遺跡に行こう1
追記 4/6 修正
パーティ結成から1週間経ったが、いまだ彼らに斡旋される仕事はない。
仲間と囲うテーブルで、ハチヤはうらやましそうにユウの目の前にある皿に乗った厚切りのベーコンを眺める。
「なぁ、俺たち仕事無かったよな?」
カリローやカピィールの前にも豪勢とは言わないまでもそれなりに普通の食事が運ばれている。
ハチヤは自分で頼んだ豆のスープと黒パンという粗食を見ながら仲間に確認した。
「そうだね、スルガ曰く僕ら向けの仕事がないそうだ。どうもペット探しなんかのこまごました物はあるらしいんだが、そういうのは一人で十分だしね」
「…オレらも村一つ救った実績があるんだし、公国からの仕事の依頼が来てもおかしくないんじゃないのか?」
「今は対人戦闘の依頼が山ほどあるらしいよ。傭兵まがいのことがしたければ好きにするがいい。僕はごめんだけどね」
カリローが懇切丁寧に仕事がない理由を語り、カピィールからの提案も間接的に却下した。
ユウは特製の木で出来たマイフォークでベーコンをぶすりと刺すと、口元に持っていこうとした所で動作を止める。少し思案した後、右にふい~、左にふい~とフォークを動かすとハチヤの両目が意識してかしてまいか分からないが機械的にそれを追う。
「…食べる?」
ユウの申し出に1秒でハチヤは首を縦に振ると口を大きく開き、ユウも特に何も考えずにベーコンを口の中に放り込んだ。
「おおう、年下の少女に恵まれてる貴族様が目の前にいるぞ」
「世も末だな」
感動に打ち震えながら咀嚼するハチヤへ、カリローとカピィールがとても残念そうにコメントする。
「うるせぇよ。こちとら最近は豆のスープと黒パンしか食べてないんだよ。お金がないの! 仕事がないからお金が無い、わかる?」
「ハチ、お金は自分で稼ぐもの、待ってても空からは降ってこない」
咀嚼し嚥下した後、十分な時間を置いてからハチヤは立ち上がると残念なコメントをよこした男二人にさらに残念な発言をすると、ユウが諭すようにゆっくりとした口調でハチヤに言った。
ハチヤが「知ってるよ」と言わんばかりの顔でユウを見るので、ユウはハチヤの食事と自分達の食事の差を考えて、ぽんと手のひらを叩く。
「私は朝刊の配達をアルバイトでやっている」
この青年の知りたいのは金の出所だろうと当たりをつけて、ユウは簡単に解答する。
ハチヤはユウの言葉を受けて、大げさにをさらに大げさにした仕草をとって驚いて見せた。
「ちなみに、オレは鍛冶ギルドで雑用とかやってるぞ。給金もそれなりだ。武器防具の維持にも金がかかるからな、早めに自分で出来るようになった方が後々面倒が無い」
「ハチヤ、どういう考えで冒険者になろうという考えに至ったかは知らんが、英雄様にでもならん限り冒険者一本で生活出来るほど甘くはないぞ」
驚いたまま固まっているハチヤにカピィールは自分の稼ぎ元、カリローは業界の厳しさを告げる。
「ハチ、仕事探し手伝おうか?」
「それ以上優しくしないで、俺のなけなしのプライドが粉々になっちゃうから」
ユウはハチヤの手の裾をちょいちょいと引っ張って上目遣いで問いかけるが、ハチヤは手の裾を掴まれたまま椅子に座りしょんぼりとしょげ返った。
「んふふ~、そんな元気のないお兄さんにあたしからプレゼントがありま~す」
唐突にハチヤの背中から陽気なソプラノの声がした。ハチヤが振り返るとそこには金髪を後ろでポニーテイルでまとめた吊り目で碧眼、端整で綺麗な顔立ちの人間の女性が立っていた。着衣はそこいらの街娘よりも豪華で金の匂いも漂わせている。
「君は?」
「ヤ=ナトゥーア。ナトって呼んでね」
後ろで手を組んでニコニコ笑いながらカリローの質問にフレンドリーにナトゥーアが答える。
「それでナトゥーアさんが何用だ?」
「固いね~、ドワーフ君は。君たちに依頼を持ちかけに来たのよ、もちろんスルガさんにも話は通してあるわ。なんなら確認してみる?」
そういうと、4人とナトゥーアがカウンターの奥で手刀を切って片目を瞑り頭を下げているスルガを確認する。
再び4人がナトゥーアに視線を戻すとわざとらしくカリローがため息をついた。
「まぁ、真っ当ではない依頼だとわかった。内容は?」
「あたしが見つけた遺跡の調査を手伝ってもらいたいんだ。一人で行ってみたんだけど、命からがら逃げ帰ってきてようやく体が動くようになったトコなのよ」
肩をすくめて首を左右に振りながらナトゥーアはやれやれといった口調で答える。
「レベル35といったところか。一人で挑戦したにも関わらずきちんと生還しているところを見るとなかなかの手練だな。場数もそれなりに踏んでいると見える」
「んふふ~、その質問には答えられないな~。ここから先は依頼を受けないと教えられません。乙女の秘密は有料サービスとなっております」
カリローは目を細めてナトゥーアの実力を見定めるが、彼女はひょうきんに笑うと口に人差し指をあてて、ぱちりとウィンクをしてカリローを挑発する。
「受けようぜ! 遺跡だか何だか知らないけど貧乏生活から脱出するチャンスだ。俺は絶対受けるからな。そもそも暇持て余してたし」
ハチヤは立ち上がると3人に向けて自分の意見を真っ先に披露する。対する3人の反応はしらけたもので割とおざなりな対応をされる。見かねたカピィールだけが唯一優しくツッコミを入れた。
「暇だったのはハチヤ、お前だけだろ」
「いーじゃん、カピィール。俺達は冒険者だぜ、冒険しなくてどうすんの?」
そんなカピィールの優しさを露とも知らず、ハチヤはカピィールと肩を組んで絡む。
「報酬の提示がないのが気になるが、暇をしていたのは正直僕も同感だ。上手くいけばこの間のようにレベルが上がるかもしれないしね」
「アル、悪い顔…」
アクシデントがある前提、とあからさまには言わないがそれを暗喩するような「レベルが上がる」という言葉を用いてハチヤの意見に同意し頷く。
ユウがカピィールに目配せして「アキラメヨウ」と視線だけで会話すると、せめて嫌味だけでもとユウがカリローに皮肉を言って見せるが当人はあっさりと受け流した。
「というわけだ。ナトゥーア嬢、その依頼受けよう」
「そう来なくっちゃ!」
カリローの素晴らしく皮肉を込めた笑顔で答えると、ナトゥーアは二重の意味を込めてテンションを上げて体全体で表現して喜んだ。
ナトゥーアが椅子をひとつ自分で持って来てハチヤとユウの間に座り、ついでに飲み物を頼むとハチヤの前に並んだ簡素な食事に「うへぇ」と心無い一言を伝えてから本題に入った。
「まずは自己紹介。ヤ=ナトゥーア、レベルは36の銃使いよ。斥候の心得も多少ある。カリローさんの言ったとおり冒険者としては場数を踏んでいるわ。今年で5年になるわね」
ナトゥーアは空を仰いで指を折りながら自分の冒険者歴を数える。
「銃使い! 聞いたことはあるけど実物を見るのは初めてだな」
「生憎だけど今は獲物を持ってきてないから銃を披露することは出来ないわね」
興奮するカピィールにナトゥーアは肩をすくめて答えると、カピィールは分かりやすく表情を曇らせた。
「5年か。僕らのだいぶ先輩になるね、歳はいくつなんだい?」
「22。カリローさん、レディーに年齢を聞くのは失礼よ、覚えておくといいわ」
「失礼、人間の女性に歳を訊ねるのは鬼門とされてることは知っていたのだがね。いやいや齢100も超えるとそういう部分のデリカシーに欠けて参るね」
カリローの問いにナトゥーアは皮肉を込めて返すと、なにやら含みのある発言でカリローも返す。
ナトゥーアがぐぬぬとカリローを睨んでいると、ハチヤが今度は自分達の方を紹介すると言って勝手に自分を含めた4人のことを名前と役割とレベルの順に説明した。もちろんユウに関しては本当はレベル0だと言えるはずもないので、あらかじめ相談してあった通りハチヤより一つ下のレベルで申告する。
「ふぅん、意外にレベルの高いパーティなのね。ハチヤ君よりはユウちゃんのほうがずっとレベルが高いように見えるけど、やっぱり年齢の差は覆せないものね」
ハチヤの説明に納得がいかないのか両隣に座る二人を見比べて首をひねった。
「年齢の差ねぇ…」
「…えっち」
ハチヤが隣に座るユウとナトゥーアの体を頭から上半身の終わりまで順繰りに見比べる。成熟している分ナトゥーアの方が大きいなぁと感想を抱いていると、ユウが視線を敏感に感じ取りというか、邪まなものを感じて胸を隠しながら呟いた。
「いやいや、別にそういう視線で見てたわけじゃないぞ?」
「んふふ、ハチヤ君のえっち」
ユウの思わぬ反応に慌てるハチヤがわたわたしていると、ナトゥーアも面白そうにそれに乗っかる。
「依頼だが、遺跡の調査を手伝うとしか聞かされていない。出来ればその辺を詳しく聞きたいね」
ハチヤがナトゥーアの反応にもぎょっとしているとカリローがやんわりと仲裁に入る。
「ああ、鉄と火薬の時代に建築されたと思われる地下モールみたいなんだけどね」
「ほう、鉄と火薬の時代か。ひょっとすると遺失物が転がっとるかも知れんな。銃くらいなら解析もされて複製されておるが、火の車や鉄の鳥なんぞあったらいい額になりそうだ」
ハチヤをからかうのにそれほど執心ではなかったのか、ナトゥーアは体をカリローに向けると自分の行った遺跡のことを簡単に説明する。
そしてその遺跡にカピィールが勢いよく喰らいつく。自らの目的でもある祭器、遺失物が見つかるかも知れない可能性に鼻息を荒げて興奮している。
「…アル。鉄と火薬の時代って何?」
興奮するカピィールとは反対に聞き覚えのない単語にユウが一番よく知ってそうなカリローに訊ねる。
「ん、鉄と火薬の時代というのは神の時代、神話の時代、英雄の時代、王の時代に次ぐ時代だ。その後は蛮族の時代、妖精の時代、そして今の冒険者の時代と連なっていくね。ユウは知らなかったのかい?」
「うん。お爺ちゃんもお婆ちゃんも神話の時代や英雄の時代のお話はよくしてくれたけど、それ以降の時代についてはあることも言ってなかった」
ユウは素直に頷くと、故郷の二人を思い出したのか僅かに表情を和らげた。
「随分と偏った教養だが、機会があれば一度会って話をしてみたいものだな。王の時代や鉄と火薬の時代に造詣の深い輩はたくさんいるが、君のおじいさん達の語る時代を調べるものはあまりいないからね。おっと少し話が脱線してしまったね。鉄と火薬の時代の遺跡か。ナトゥーア、君はそこで何に襲われたんだい?」
ユウの顔を見て少し話題を広げたが、これ以上の脱線も不味かろうとカリローはナトゥーアに重要な質問をする。依頼は遺跡の調査だが、命の危険性がある以上、慎重をいくら重ねても足りない。
「いや、君自身が言ったのだろう。命からがら逃げてきたと」
「…カリローさんは頭の回転が早いのね。火を吐く犬型の魔物に襲われたの、それも5匹」
だが、ナトゥーアにはきょとんとされるので、少しイライラした口調で彼女から得た情報をそっくりそのまま返すと、ナトゥーアはそれを何回か口の中で反芻し閃いたように目を見開くとカリローを尊敬のまなざしで見ながら、体験したことを話す。
「ヘルハウンドかな。普通はレベル30前後の相手だが複数いると確かに厄介かもしれないな」
「カリローさん、物知り! あたしも一斉に火炎放射されたときは生きた心地がしなかったよ。なけなしのハイポ使って何とか生きて帰ってこれたもの」
ナトゥーアは当時のことを思い出したのか、げんなりした顔で呟いた。
「なるほど、大体のことは分かった。あとは分け前だがどうする? 君が見つけた遺跡なのだろう、まさか平等に5等分ともいくまい」
「5等分でいいよ、そのかわり…」
カリローの仮提案にあっさり頷き、ナトゥーアは瞳を怪しく光らせ続きの言葉を紡いだ。
「私もこのパーティに混ぜて!」