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レベル0の冒険者  作者: 須賀いるか
冒険者の時代
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銀の手の行方7

 ペータル公国の北に位置する共同墓地は1月半ひとつきはん前にあった騒動によって荒れていたが、それから半月後に起こった蛮族との戦いで散った名も無き人や富を持たぬものによって利用され、以前のような墓地としての姿を取り戻していた。


 ナトゥーアの言ったとおり、そこは春らしく色鮮やかな花が点々と咲き、死者たちを沈めているようだった。

 ユウはその光景を見て、わずかに目を見開き、その仏頂面に感情を色づける。そして、自分自身もここへ葬られていることになっているのかどうか、興味がわいて中央に建つ碑石へと視線を向けた。


「そこに貴女の名前は刻まれていませんよ。お友達は行方不明という形で手続きしています」


 ユウが振り返ると、端正な顔をした長い黒髪で春となっては暑苦しそうな黒尽くめの服装、そして赤い目をした女性が小さく手を振りながら立っていた。


「そっか。超越者かみさまが言うのなら、そうなんだろうね」


 碑石から興味をなくすと、黒尽くめの女性の隣に立つ。


「銀の手、正式名称はアガートラムというんですが、神器ミシックは顕現の確認をしました。しかし、貴女もロクなことをしませんね。貴重な品をよりにもよって毒にも薬にもならない子に与えるなんて」

「うっかり銀の"左腕"に神性を宿した超越者かみさまへの意趣返しだよ」


 ユウは悪びれもせず頭に付けたカチューシャを外すと、その辺に捨てる。


「ええ、それについては弁明するつもりはありません。ただその程度で在り方を正反対に歪めるのは完全に想定外でした。この時代をリセットせざる得ない状況を解決し、その上、勇者候補の芽も摘み取った貴女の仕事ぶりには言葉が出ません」

「…それ誉めてるの? けなしてるの?」


 黒尽くめの女性はユウの言葉に思わず声を喉に詰まらせる。


「…どちらもです。おかげで貴女への貸しが出来ました」

「それは銀の右腕アガートラムを作ってもらったからチャラでいいよ」


 ユウの返答に黒尽くめの女性はこめかみをぴくりと震わせる。


「今回の件、1つ腑に落ちない点があります、貴女が死んだときは天界は沸いたものですが、あの後すぐに現れましたよね。どんな手品を使ったのですか?」

「一度使ったでしょ。1番目のアルカナ、魔術師。自分自身の無限創造」

「けれど、あの時は祝詞のりとも唱えなかったでしょう?」


「…力が漏れてたんだよ。スレアがたったレベル23の力しかない人間だったにも関わらず、祝詞も唱えずレベル40のアルと互角以上の精霊魔法の使い手になれた様に、あの時の私も1人くらいは創造できた」

「たとえ一瞬であれ、よく私達の目をあざむきましたね」

「厨二眼帯付けてるから上手く距離感が掴めなかったんじゃないかな?」

「ちょっとピンポイントでうちの主神をとがめるのやめてくれませんか? あとでしわ寄せ来るの私なんですよ」


 黒尽くめの女性は頭痛でもするかのように、こめかみに艶やかな指をあてた。

 超越者かみさまの慌てぶりにユウは思わず苦笑する。


「しばらくは死ぬつもりは無いよ。せっかく集めたアルカナが散ったら、不幸な子が増えるし」

「そこなんですよね。結構な数を集めている以上、貴女を放置した方がいいと日和見する意見が天界でも少なくないんです。それに今回のような状況を打破する駒にもなってくれて便利ですし」


 敵視され、利用され、散々な扱いを受けていると、我ながら随分な不幸っぷりに笑いがこみ上げてくる。


「それに勇者候補をこちらで用意しなくても勝手に育ててくれますしね。…いや、あくまで候補であって必ずしも手を出すわけではありませんよ? 貴女が連れまわすと中身が伴わないか、私達を懐疑的な目で見る子が多いので、天然モノに比べて優先順位は下がりますし」


 ユウが怒りを孕んだ視線を送っているのに気付いたのか、黒尽くめの女性は口調を早めてユウの警戒心を解くよう滑らかに言葉を紡いでいく。


「そっちがその気なら説明付きで、私の持ってるアルカナ全部、世界中にばらまいちゃおうかなー」

「やめて下さい。貴女の縁者には、金輪際ちょっかい出しませんから!」


 ユウの服に縋りついて必死で懇願する黒尽くめの女性は不思議と人間味に溢れていて、ユウの目にはとても好ましいモノに映る。


「本当に?」

「神に二言はありません」


 その割に超越者かみさまは嘘をついたり、裏切ったりというエピソードに事欠かないのだが、ここで言及することはやめることにした。


「…結局、私にはこれからもちょっかい出すんでしょ?」

「それはもう。基本方針はスキあらば殺せですから」

大人気おとなげないね」

「赤子に刃物を持たせて放置する親がいないのと似たようなものです、うっかり殺されたら洒落になりません」

「うーん、気にするのは親の身の方なんだ。超越者かみさまらしいね」


 価値観が一般人よりずれている自覚はユウにもあるが、彼らはもっとずれていると改めて認識する。


「おっと、人が来るのでこれで失礼しますね。天界うえでも銀の右腕アガートラムの顕現は確認出来たようなので、下界ここでのお仕事はおしまいです」


 黒ずくめの女性は一歩前に踏み出すと、きびすを返しうやうやしくスカートの裾をつかみ頭をさげる。


「うん、ムニンもお疲れ様」

「…それから、ささやかですが今回のお礼です。

 神様は辺り一面をお花畑にするくらいの奇跡はどうってことないんですよ」


 彼女の言葉どおり、次の瞬間、ユウの視界一杯が色彩豊かな花で溢れた。


「…ありがと、かみさま」


 既にいなくなった超越者かみさまへ、ユウは素直に感謝の言葉を口にした。


   ■


 カリロー達が「踊る翠羽の妖精亭」へ戻ると、いつも使っているテーブルは他の客に占有されていた。


「珍しいね、あのテーブルが埋まってるなんて」

「いやいや、あそこ、うちらで予約してるから。一見さんはこれだから困るなぁ」


 ナトゥーアは頭をかきながら、いつものテーブルへ歩み寄ったところで動きを止めた。


「どしたん? お、誰かと思ったらパイオニアか。久しぶりだな」

「ふぇ、本当にお昼に戻って来たんですね?」


 ハチヤが修道女の格好を目ざとく見つけ声をかけると、アンコはびっくりして酒場の入り口を指差し大声をあげる。


「うん? 僕達が帰ってくるのを予測していたような言い回しだね」


 アンコの言葉に引っかかりを覚え、頭に思ったことを思わずそのまま口にする。

 それに反応したナトゥーアが早足で駆け寄ると、アンコの肩を馴れ馴れしく抱く。


「さて、どこでその情報を手に入れたかゲロってもらおうか?」

「はひっ? …えと、へんな女の子に教えてもらったんですよぉ。その時コレもらったんですけど」


 ナトゥーアに気圧され、さらにはカリローら3人にも囲まれ完全に萎縮した状態で、半分泣きながらアンコは自分の身に起きた出来事をしゃべっていく。


「銀の…? コレを何故、君が持っている?」

「いや、だから女の子に貰って…」

「名前は?」

「教えてくれなくて、でも一度名乗ったとか言ってたかな」

「じゃあ、知ってるんじゃない。教えなさい!」

「ふぇー、ちょっと皆さん怖すぎです。この義手、何かヤバイものなんですか?」


 レベル40じょうきゅうの冒険者に囲まれ、さらに凄まれアンコは生きた心地がしない。


「…君も噂くらい耳にしたと思うが、例の強力な蛮族の装備していた義手が、今君が付けているものと非常に酷似している」

「え…。聖騎士が束で葬られた例のアレですか?」


 アンコの顔から血の気が引いていく。


「その時、そいつの義手の肘から先を切り落としたんだけどね」

「肘からって…ちょうどその位置ですよ。これも!」


 アンコは修道服の袖をめくり、義手の接合部を4人に晒す。


「…ん、こりゃ右手だな。ヤツのは左手だ、それに切り取った箇所は似てもサイズが違いすぎる」

「まぎらわしい!」


 ほぼ一致したそれを見てカリローが思考に浸ろうとするのを、カピィールの一言が現実へ繋ぎとめた。


「でも、これ凄いんですよ。思ったとおり動かせるスーパーな義手なんです」


 かっしょんかっしょんと音を立てて拳を開閉する様子をカピィールとカリローが興味深そうに眺める。けれど、そんな技術的な凄さなど意に介さない人物もこのパーティには存在する。


「…おっけー。明らかに祭器のたぐいでしょ、クロ確定。その女の特徴、詳しく」

「パイオニア、頼むわ。ちょっとそいつに聞きたいことあるし、協力してくれねーかな?」


 より物騒に獰猛にナトゥーアとハチヤがアンコに迫る。


「と、とくちょ…、あ!」

「最悪、絵描きも呼んで人相描かせるからね、今日は解放しないよ?」

「その女の子から伝言がありました」

「詳しく!」

「お花見しよう、と」

「それだけ?」

「その時だけえらく低い声だったんですよね。普段は媚びたきゃぴぴーんな声だったんですけど」


 アンコは突如、思いっきり体を預けて寄りかかってきたナトゥーアに驚いてそのまま彼女ごと床に倒れる。


「え、どうしたんですか。ナトゥーアさん。ちょっと重いですよ」

「…お花見しよう?」

「場所が分からんな、他に何か言ってなかったかい?」


 ハチヤとカリローは伝言の内容に思い当たる節がなく首をひねる。


「媚びてきゃぴぴーんな声か。…アレには参ったな」

「…っ、くっくっく…あははは!」


 カピィールがアンコの言葉をなぞり、それを聞いたナトゥーアは笑いを堪えられず大爆笑する。


「突然、どうしたよ。ナト」

「…いや、これが笑わずにいられますかってーの。その場にいたかったなぁ。ぶふっ!」


 爆笑するナトゥーアは涙目になりながら、想像して噴出す。


「カリローよ、花見とは具体的に何をするものなんだ?」

「花見…、どこかの文化の春の行事だったかな。酒宴を行う…」

「店長。ワインを樽で頼む!」


 カピィールも目じりに涙を浮かべ、間抜けな考察を行っているカリローの言葉を遮った。


「グラスも5つ用意しといて。あとすぐに用意できる料理も!」

「おい、2人とも何するつもりだよ?」

「花見にきまっとるだろう」

「はぁ?」


 ハチヤはまるで話の筋が読めず、困ったように勝手に話を進めていく2人を交互に見る。


「準備が出来たら行こうか。気が変わらないうちに捕まえないと!」

「どこに、だれを?」


 腕まくりをするフリをしながら立ち上がり、ナトゥーアはハチヤとカリローの手を取り酒場の入り口へと引っ張る。けれど、2人は彼女の行動の意図が読めず困惑するばかりだ。


「ほらよ。ったく、ワインを樽で頼むなんざ、お前らのパーティくらいだよ」

「すまんな。仕入れに困ったら商会に口を利いてやる」

「お前らの持ってるコネなんざ、関わりたくもねーよ。いらん世話だ」


 スルガはカピィールに大樽を指差し、カウンターにあり合わせで作った料理を載せる。


「花見はいいが、グラスは本当に5つでいいのか?」

「…悪いが彼女には遠慮してもらう。仲の悪さはカリローから聞いとるしな」


 スルガが完全に置いてけぼりになっているアンコに視線を寄せるが、カピィールは苦笑しながら首を左右に振ると、樽を軽々と右肩に担ぎ料理とグラスをまとめた手包みを左手に収める。


「ナト、場所は?」

「北の共同墓地!」

「墓参りって気分じゃないんだけどな…」

「だーかーらー、お花見だってば」


 ナトゥーアの手を振り払うハチヤの発言をたしなめる。そして再びハチヤの手を取るとがっちり掴んだまま「踊る翠羽の妖精亭」から2人を連れ出した。


「…君が何を考えているかは分かったし、ハチヤが花見をしようなんて妄言を吐いていたことも思い出しはしたんだが…」


 道中でナトゥーアの手を振り払ったのはカリロー。

 そして彼女の行動理念をだいたい察した上で、それでも納得がいかず、次の言葉を言い澱む。


「…ユウは死んだんだぞ? 覆らない事実だ」

「だろうねー。でもあたし、みんなに1つだけ黙ってたことがあるんだ」


 ハチヤからも手を放し、ナトゥーアは手を後ろ手に組んできびすを返す。


「サンギン司祭のとき、あの子死んでる」 


「…何を言ってる?」

「寝起きだったから、見間違えたのかもしれないけど…。あの子の死体が消えていくのを見た」

「くだらない、あの時はまだ彼女はいたんだぞ?」


 カリローは一笑にせるのだが、ナトゥーアは真顔のまま彼から視線を外さない。


「…いいさ、君の気が済むのなら付いて行くよ」

「そうやって強がってるのもいまのうちだからね」


 鼻を鳴らすと、ナトゥーアは再びきびすを返し、3人に背を向けると共同墓地を目指す。


「なぁ、カピー。お前はどっちだと思う?」

「そりゃお前、それをお前が聞いた時点でお前と同じ答えだよ」


 ナトゥーアとカリローのやり取りを見守っていたハチヤは、右手に残るぬくもりに視線を落として不安そうにカピィールに問うが、彼はその問いに意味がないと笑う。それを聞いてハチヤは何となく腑に落ちた。


 難しく考える必要はない。


 ユウが生きている可能性がナトゥーアによって示唆された。

 それっぽく振舞う少女が今日酒場に訪れた。

 そして黙って去らず、自分達に伝言を残した。それは彼女が手紙に遺した言葉を撤回する行動だ。


 ハチヤは不適に笑うと、突然全力で走り出した。


 カピィールを置いて、

 カリローを追い抜き、

 ナトゥーアを出し抜き、誰よりも先に、前へ出る。


「ちょっと、ずるい!」


 追いかけようとするナトゥーアの手をカリローが掴み、引き止める。


「悪いが今回はアイツの味方だ」


 ナトゥーアが抗議の視線を送ってくるがカリローはそれを柔和な笑顔で受け流す。


「…まぁ、あたしもハチヤ君の味方だけどねー」


 小さくなる背中を追いながらへらりと笑った。


 北の共同墓地は走ってみれば、思ったよりも近くにあった。

 ハチヤは息のあがった体を整えながら走るペースを徐々に落とし、しまいには歩いて目標へと近づく。


 共同墓地の入り口にその少女はいた。

 肩口まである黒髪を三つ編みにして、印象に残らないブラウスとスカートを身に付け、ハチヤに背を向けたまま無数の花々に興奮した様子で首を動かしていた。


 少女まで3m。

 ハチヤは立ち止まると、なんと声をかければいいのか迷う。確信はあったが確証はない。

 それでも声をかけるのなら自分からだと、そこだけは譲れないとハチヤがハチヤを叱咤し激励する。


「よお、家出娘。謝罪の言葉はちゃんと考えて来たか?」


 神様のくれたプレゼントにユウが驚いていると、背後から聞き覚えのある声がした。


「ん、そだね。ちょっと格好つけるの疲れたんだ」


 そういってユウは笑うと、三つ編みをほどき振り返る。


 仲間だと言ってくれ、

 自分に出来ない役割を果たし、

 師事をされ、

 頼り、

 脅威的な力を見せてもおそれず、

 無理をいて傷つけ、

 絶縁状を突きつけた相手がそこにいた。


「今でも十分格好いいんだよ、英雄」


「…そうかな?」

「そうなんだよ」


 首をかしげ、ぎこちなく笑うユウの姿を見て、ハチヤはほっとした。

 だから、色んな言葉でそれを表したかった、伝えたかった、感じて欲しかった、共有して欲しかった、ハチヤは自身の語彙をフル活用してそれでも、やはりコレだと決めた。


「おかえり」


「…ただいま」


 こうしてユウは再び帰って来る場所を手に入れた。


これにて終幕です。


色々と伏線を回収しきれてはいませんが、キリのいいところであったので。


割と本気で直前、このエピソード6投下後でもサヨナラエンドにするか再会エンドにするか迷ってました。どっちでも納得のいく理由があるので…


もしよければ、感想にどっちがよかったか一筆書いて頂ければ嬉しいです。

でわ次回作があれば


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