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レベル0の冒険者  作者: 須賀いるか
冒険者の時代
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銀の手の行方6

 ペータル公国は神話級とも言える強力な蛮族の台頭に緘口令かんこうれいき、命からがら逃げ延びた騎士や冒険者にこれを守らせた。蛮族討伐を諦め、街道を封鎖すると旧街道の整備を急がせた。そして時間は流れ、強制召集ミッションから1ヶ月近く経ち、世界は灰色から緑色へと衣替えをしていた。


「ずいぶん暖かくなったねー」

「そうだな」

「お仕事、しないの?」

「まだいいだろう。少し忙しすぎたんだよ、休憩も必要さ」

「パーティ、もう解散しちゃうつもり?」

「…新進気鋭の冒険者パーティで、この店のエースだぞ。解散する理由が無い」


 ナトゥーアは「踊る翠羽の妖精亭」の一角で、いつも通りのメンバーに適当な雑談を投げかけながら、最後にツマンナイと呟いてテーブルに突っ伏した。


 季節が変われば何かが変わると期待していたが、何も変わらなかった。あれからいくつか依頼も受けた。1人欠けていても依頼は順調に進む。苦戦などない、アクシデントも発生しない、とんでもない化物が出てくることもなかった。ついでに言えば達成感もなかった。


「アイツ、本当に死んだんだよな…」


 まぶたを閉じれば今でもあの時の光景が浮かぶ。もはや呪いのようだとハチヤは呻く。


「お前はよく死ななかったな。カピィール」

「エリクサー様のおかげだな。しかし、痛みで気を失うとは不覚だった」


 カピィールは傷も残さず一瞬で体を治癒させた薬の名を呼び、それが誰の持ち物だったかと自身に問う。答えは自明で、けれどそれを口にするのははばかれた。


「あのー、すこしよろしいですか?」


 おずおずと話しかけてくるのは酒場にいる唯一の給仕の女性。


「なにかな?」

「マスターに言われて、ユウさんのお部屋の片づけをしてたんですけど…」


 給仕はそう言いながら後ろで組んでいた手に握られた一冊の本をカリローに突き出す。


「私物…か。これは僕が貸した本だが他には?」

「いえ、それが何も無くて…。服とかも一切」

「…本当にいたのかも怪しい気がするな」

「あはは。ちょうど昨日で契約切れちゃってたので…それじゃ」


 小さく手を振ると給仕はカリローたちの囲むテーブルを去っていく。


「…まぁ、こうやって忘れていくもんなのかもな」

「それはちょっと冷たすぎじゃないかな!」


 給仕の背中を追いながらぼそりと独りごちるハチヤの言葉にナトゥーアが過剰に反応を示し、床を蹴って椅子から立ち上がる。その様子に思わずカリローが手にしていた本を床に取り落とす。


「ナトよ。もう一ヶ月だ、ハチヤの発言は行き過ぎだが、もう少し割り切ろう。冒険者なんて命を賭けてるような職に就いているなら尚更だ。カリロー、お前からも何か言ってやってくれ。…カリロー?」


 ナトゥーアをなだめようと言葉をたどたどしく紡いでいくのだが、カピィールは彼女の怒りの矛先が完全にこちらに移ったところでへたれて、口達者な仲間に助けを請うのだが反応が無い。何をやっているのかと彼の姿を追えば本を拾おうと腰を下ろした状態で固まっている。


「何をやっとる?」


 気になってテーブル下を覗くとカリローの視線は本ではなく、そこからこぼれた白い封筒をさしていた。


「…ユウの書置きだ」


 封筒に書かれた自分達にあてた言葉が丁寧にしたためられていた。

 カリローは封筒を拾い、その中身に目を通さずテーブルの上に広げる。


『みんなへ

 きっと、これを読んでるってことは私が姿をくらませた後だと思う。

 だから、最初はやっぱりごめんなさい。ではじめるね。

 別に皆のことが嫌いになったわけじゃないんだ。むしろ大好きだと思う。

 きっとお祖父ちゃんとお祖母ちゃんと同じくらいに。

 だから、一緒にいられない。これ以上、迷惑をかけられない、巻き込めない。

 皆、いつも依頼でとんでもない目に遭って不思議に思っていたかもしれない。

 偶然が重なっただけだって言ってくれるかもしれない。

 でもね、それが私の本質。不幸を招き、悲劇を起こすんだ。

 蜘蛛の化物と遭ったことも

 蛮族の英雄と遭ったことも

 幻獣の異常種と遭ったことも

 巨人と遭ったことも

 テンシと遭ったことも

 聖杯と遭ったことも

 偶然じゃないんだ。私が招いたんだ。

 きっと、皆は優しいから生き残れたんだから問題ないよって言うと思う。

 でもね、そもそも皆は命を危険に晒す必要なんて無かっただよ。

 私がいる限り、ずっとそんな目に遭わせてしまう。そしていつか取りこぼす。

 だから、さようなら。お互いにこれ以上、傷が深くなる前に別れよう。

 じゃあね、ばいばい』


 4人は思い思いに彼女が遺した言葉を飲み込んでいく。


 ハチヤは地下墓所で交わした言葉を思い出す。アレが決定打となった。自分との確執がパーティを分断させる起因となり今回の結果を招いた。言葉にすれば誰もが怒るだろう、だから口にはしない。ただ黙って己の不甲斐なさを恥じる、自分が狭量でなければ、もっと出来た人間であれと願う。


「つくづく、出来すぎた奴だ。僕らに遺恨を残すことすら許さない」

「ユウちゃんらしいね。そっかぁ…、どっちみちお別れだったかー」


 カリローに相づちを打つと、ナトゥーアはほうとため息をつきそのままテーブルに突っ伏した。そして時折、肩を震わせる。


「ガキの我侭だろうが! 一方的に知った風にしやがって」

「カピー。アイツは…ユウは俺達が傷つくのに耐えられなかったんだよ」

「だからって、そりゃねーだろうがよぉ。ンなもん抱えずに吐き出せばよかったんだ。格好つけすぎだ!」


 カピィールはそうやって勢いよく振り上げた拳を、己の中にたまった気持ちを、ぶつける場所を見失って所在無くゆっくりと手元に引き戻す。そんな割り切れないカピィールの背中をハチヤは思い切りひっぱたく。


「飲もう! 今日はとことん付き合うぜ、相棒」

「ハチヤ、お前…」

「だからさ、俺の愚痴にも付き合ってくれよ。正直…シンドイ」


 ハチヤは自分の頬を伝う涙を隠さず、消え入りそうなか細い声で言うと、くたりと頭を垂れて動かなくなった。


   ■


 それから一週間後、「踊る翠羽の妖精亭」へ1人の少女が訪れた。

 前髪を黄色のカチューシャでアップにしておでこを丸出しにし、肩まで届かない程度の髪を三つ網で結った漆黒の髪と瞳を持った少女は、紫色の布で包んだ40センチほどの筒状の物体を大事そうに抱えいる。


「いらっしゃい」

「紅茶を1つお願いします」


 給仕に愛想よく答えると、真っ直ぐにある一角のテーブルへ歩を進める。


「おい、そこはカリローさん達の指定席だ。他のところに座れ」


 椅子に座ろうとすると、近くにいた荒事に慣れた風体の男性が少女を恫喝する。


「そうですか。でも今はいないようなので問題ありませんよね?」


 少女は動じず、にこりと笑顔をたたえて椅子に腰を落とす。男性は少女の笑顔に気圧され、二の句が継げず口をパクパクさせたまま硬直する。さらに周囲の注目を浴びた少女は目を細めて威圧すると、視線を霧散させた。


「あの、ここはカリローさんっていう冒険者の方々がよく使われていて…」

「知っています。でも、彼女を呼び出すのに丁度いい場所だったので利用させて貰いました。心配しなくても、彼らが帰ってくる今日の昼までには帰ります」


 給仕は紅茶をテーブルに置くと、少女がカリロー達のスケジュールを把握していることなど気にもかけず、一番の問題であった、彼らとかち合うことが無いことを少女の口から説明されて納得したのか「ごゆっくり」と言葉を残してその場を去る。


 少女は布に包んだ荷物をテーブルに置くとガシャンと金属の擦れる音が鳴る。気にかけず、そのままカップを手に取り紅茶を啜る。時折、刺すような視線が少女を攻撃するが、その都度少女は的確にその人物に目線を合わせ、向こうが目線を逸らすまで笑顔でじっと見続ける、という遊びをこなして待ち合わせの相手が来るまでの時間を潰す。


「スルガさん。アルチュリュー様が用事があるって聞いて飛んで来たんですけど!」

「…ああん? あいつらは依頼中で出かけていないぞ?」

「うそー! 冒険者ギルドからの言伝だったんですよ…?」


 顔をしかめる店長を余所に、少女は酒場に入ってきた修道服の女性に手を振った。修道服の女性はカリローがいつもいる場所をつい癖で見やり、その少女の動作に気付いた。あからさまに不機嫌な表情を浮かべて真っ直ぐ少女の座るテーブルへと修道女は早足で近づいた。


「アンコ=パイオニアさんですよね?」


 修道女、アンコはかつて不完全ながら"神招き"という偉業を成し遂げ、この世界に神を降誕させた女性である。その代償として右腕の肘から先を永遠に失い、そして降誕した神は不完全ゆえに神性と理性を失い、見境なく暴れた末、1人の少女によって葬られた。


「そうですが、私はあなたに名前を名乗った記憶ないんですけど?」

「失礼かとは思ったのですが、所属パーティから調べさせて頂きました」


 少女は笑みをたたえたまま、隣の席に手で指す。


「そこは空席なんですけどねー。まぁアルチュリュー様の席に座れというのなら座りますけど」

「私もここにまだ5つ椅子が並んでるとは思っても見ませんでした」


 そういいながら少女はテーブルの上に置いた布で包んだものを開封する。

 それは銀色で肘から先の人間の右手を模した精巧な義手だった。


「これは…? いや、でも私お金ありませんよ?」


 アンコは失った右腕の肘から先と、テーブルの上のそれを見比べながら困惑する。


「本来、この銀の手は右手じゃないとダメだったんです。左手を右手に打ち直すのもそうですが、サイズダウンにも手間取った…じゃない、手間取りまして、ああ、これは愚痴です。どうぞ、お気になさらず」

「言ってる意味が分からないんですけど…」

「お気になさらず。さっそくですが本題にうつりますね。アン、あなたにこれを差し上げます」


 アンコはぎょっとして思わず驚嘆の声をあげた。


 少女は驚きのあまり気が動転しているアンコを尻目に、ポケットから取り出した皮手袋を身に付け、無造作に銀の手を掴むと立ち上がり、修道服の上からアンコの右腕を掴む。


「ちょっと、何するんですか?」

「せっかくなので付けて頂こうかと思ったのですが、ダメでしょうか?」


 少女は上目遣いでアンコの顔を覗く。

 アンコは少女の視線に困ったように呻く。この黒髪は天敵を彷彿とさせるのだが、いま目の前にいる少女の瞳は純粋な善意に満ちている。それにあの娘はこんなにも表情豊かではない。


「では…、でも、あまり見て気持ちのいいものでもないよ?」

「大丈夫です。私、こういうのには慣れてますから。…かみさまの尻拭いは初めてだったけど」

「後半聞き取れなかったけど?」

「いえいえ、大丈夫。任せてください」


 少女は人懐っこい笑顔を浮かべ、アンコの修道服の右袖をめくる。彼女の右肘からさきにあるべきものはなく、浅黒い皮膚が断面を覆っている。少女は一瞬、作業を止め、それでもすぐに再開して銀の手を支える輪を彼女の二の腕へ通す。


「少し冷たいですが、我慢してくださいねー」


 アンコは何が行われるのか理解出来ないまま頷くと、次の瞬間、パチンという音と共に刺すような痛みが頭を貫いた。


「おしまいです。どうですか、動かせると思うんですけど…?」

「動かせる? 何言って…」


 気付けば少女は手に何も持っていない。少女が持っていたはずの銀の手は自分に取り付けられたのだから、あるべき重みがあるはずなのにそれをまったく感じない。

 アンコは生唾を飲みながら銀の手へと視線を送る。

 少々無骨ではあるが自分の意思でうごく手があり、指があった。


「ご満足いただけましたか?」


 アンコが少女の声に我に返ると、少女は笑みを絶やさず何度も握っては開いてを繰り返すアンコの右手、銀の手を指差していた。


「す、すごい。まるで本物の自分の手みたい!」

「あはは。そうやって喜んで頂けるならわざわざ作らせた甲斐があります」

「でも、本当に貰っていいの? こんな凄いものを」


 少女が何者なのか分からないが、今アンコが右手に付けているものは間違いなく祭器であり、普通の代物ではない。仮に値をつければ、いや金を積んで買えるレベルをとっくに超えている。


「逆にあなたじゃないとダメなんです。一番近い割に一番縁遠いの方なので」

「はぁ?」


 少女の説明は要領を掴ませず、アンコには理解できない。


「あなたが貰ってくれないと不幸になる蛮族ひとがいるんですよ。この通り、お願いします」

「そ、そう? あとで返してって言っても返さないわよ? もう、私のものだからね」

「その言葉を待ってました。契約成立です」


 少女はアンコの右手、銀の手を両手で掴み、きゃるんと媚びた笑顔で喜んだ。

 その笑顔に急に胡散臭さを覚え、アンコは怯み、彼女とは対極にいるような強張った笑顔を浮かべて乾いた笑い声をその場に響かせた。


「さて、用事も終わったので私はおいとましますね」

「え、名前。そう、せめて名前くらい教えて? 突然現れて、こんな凄いものを貰ってサヨナラって、まるでかみさまみたいだよ」


 アンコは言葉通り本当にこの場を去ろうとした少女の肩を左手で掴み、呼び止める。


「かみさまですかー。…じゃ、ひとつお願いを聞いてもらいましょうか」


 少女は振り返ると一瞬だけ表情を空っぽにして、すぐさま媚びた笑顔を浮かべる。


「別に必ず守って欲しいわけでもないんですが…」

「守る、守る。 あなたはこんな素敵なプレゼントをくれたんだもの。不義理な真似なんかしない」


「…カリローさん達に伝言をお願いできますか? お昼頃にお戻りになると思いますので」

「分かってるなら自分で伝えれば…」

「いえいえ、けじめなので。私もひとと会う約束をこの後していまして」


 そういって少女はぼしょぼしょとアンコの耳元でカリロー達への伝言をささやいた。


「あと、名前ですけど」


 アンコは言伝よりもその口調に驚き、彼女の声が残る自身の耳元に思わず右手を寄せる。


「あなたには一度名乗ってますよ?」


 そういって少女はひらりときびすを返し、誰も彼もを置いて1人酒場をあとにした。


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