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レベル0の冒険者  作者: 須賀いるか
冒険者の時代
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銀の手の行方4

蛮族語はキーボードを見てください。

たいしたこと言わせてないので読み飛ばして問題なかったと思います。

 その場にいる誰もが黒髪の少女に刮目かつもくしていた。


 2mを超えた巨躯をもつ蛮族、オーガ亜種のタケミナカタから放たれる銀色の剣閃は大気を裂き、剛腕から放たれる攻撃は大地を割る。

 ペータル公国が有する聖騎士団を壊滅させた蛮族の猛攻をその少女はいとも容易く受け止める。時に剣で受け流し、時に剣で弾き、時に紙一重でかわす。


 本陣の危機の報せに出向いた実力者は彼女と彼の戦闘を一目見て、助勢することが適わないと知った。そして誰もが彼女の名を問い、その強さを、そのレベルを確かめようとした。しかし誰も答えを持ち合わせない。


 蛮族もまた彼女と彼の戦闘をただ見守っていた。まるでこの戦いの行方が自分達の命運を握るような様子で、人族と蛮族は互いに声を交わせる距離にいながらも争わず、ただ神話の再現の目撃者とならんが為にその一挙一動に注目した。


「とにみい のらすらとい かにきちな とにみい」

「そろそろ限界? もうちょっと頑張って欲しいんだけど」


 凶相を浮かべたタケミナカタは呻くように蛮族の言葉を発し、その度に銀の手とその手に握られた銀色の剣がユウを襲う。彼の支離滅裂な言動に答えながらユウは丁寧にその攻撃を受け流す。かなり丁寧に扱ってきたが、今手にしている武器ももう一合持てば良いほうだろう。


 武器に見切りをつけ、少し荒っぽく攻め立て銀の手の攻撃を誘発させると、何度目かの銀の手への斬撃を放つ。折れた刀身が宙を舞い地面に突き立つ。同時に柄を相手に投擲し、それを打ち払っている間に距離を取り、精鋭だった者の短剣を拾い上げ、ポーチを探りポーションを掴む。


 無言の追撃を前にユウはあえて前に出る。股下をくぐり行きがけの駄賃とばかりにタケミナカタの右足の腱を断ち切る。予定通り更なる追撃はなく、紫紺の光で先ほどの傷を癒している。こちらも体力の回復を兼ねてポーションを一気に煽った。


 お互いに万全の状態へ戻り睨みあう、そんな状況でカリロー達はようやくそこへ辿りついた。

 真っ先に助けに入ろうとするハチヤをカピィールが力尽くでこれを止める。さらにユウの名を呼ぼうとするナトゥーアをカリローが制した。


「状況!」

「周囲を見ろ。それに彼女が相手にしている者」


 カリローはナトゥーアからの威圧など気にもせず逆に叱責する。

 人族も蛮族もユウと左腕を失ったはずのタケミナカタの戦いをかなり前から見守っているようだった。これだけの数を擁して傍観するという選択肢を選ばざる得ない異常な状況には必ず訳がある。


「銀の手は自動的に迎撃する!」


 ユウは誰に聞かせるわけでもなく自分から飛びかかり、言葉通り迎撃に放たれた銀色の剣閃を短剣で上に弾く。


「懐に飛び込まない限り、その効果は例外なく有効!」


 伸びきった銀の手を足蹴にして後方へ飛び退きながら短剣を投擲する。本来ならば左手での迎撃不可能なタイミングで放たれたソレは、本体のバランスを崩してでも無理矢理に間に合わせて銀色の剣閃で弾く。


「決して不用意に近づくな。今の動きが追えなかった時点で…いらない」


 第三者から見れば最後の一言は意味不明だっただろう。けれど一度助けを請われた身であれば、それが突き放す一言だと理解した。


 周囲はざわめく。彼女の一挙一動と彼の一挙一動が追えたかどうかを確認するように互いに問い、そして首を左右に振る。


「見えたか、ハチヤ?」

「下らん質問をするな、カピィール。彼女は僕たちの助けなど要らないと断言したんだ」


 以前のタケミナカタの動きであれば、目で追うことくらいは出来た。

 しかし今のタケミナカタ、特に左手の動きはまさしく神の如き早さで、カリローの目で追うどころか何をしたかも分からない。それに付随してユウの姿も追えず、飛びかかったと思えば短剣が空を舞っていたし、ユウは飛びかかる前の位置に戻っていた。


「完全に蚊帳の外…ね」

「それもわざわざ危険を冒してまで警告してくれる親切さだ」


 タケミナカタの攻撃を無手のまま掻い潜り、地面に捨てられた長剣を拾ったところでようやくユウは対等に渡り合う状況に持ち込んだ。短剣を捨てなければ不要だった一方的に攻撃される状況を見せられ、完全に足手まといだとカピィールは自身の不甲斐なさに拳を握り締める。


「のなすなみち のなすなみち もらなんちもいすら のらすらとな」


 単純な破壊がユウを襲う。彼女が受け止めなかった攻撃は世界が受け止め、その傷痕には致死を彷彿とさせる惨たらしいものしか残らない。


「そんなことを言わないで。グラフから託された身にもなってよ」


 何度目かになる銀の手へのダイレクトアタックを敢行し無駄に終わる。そろそろ武器として利用出来る物も少なくなってきた。彼らとの約束を守るためにも銀の手を破壊することは必須だが、精錬された金属の強度は銀ではない別の何かで出来ており、そこだけがユウにとっての誤算だった。


 再び武器を失い、タケミナカタに追われながらユウは戦場に新たな武器を求めて闊歩する。長物は得意ではないのだが、拾ったのはバトルアクス。力任せになぎ払うと初めて銀色の剣閃を弾き返した。


 周囲で見守る人族はその様子、初めて打ち合いで有利に立ったユウの姿に喜色を浮かべる。


「今から僕が言うのは独り言だ」


 ユウの様子をじっと見守っていた仲間がカリローに怪訝な表情を浮かべる。


「彼女には何かを為すための武器がない」


 ユウは初めて自分の肉体で銀色の剣閃を弾く。一歩間違えれば部位を持っていかれない危険な行動に周囲がざわめき立つ。


「武器といっても生半可な強度では足りない。そういう意味だとディフェンダーは持ってこいだろう」

「カリロー?」


 相手の攻撃を弾き、チャンスを作るとユウは半歩踏み込みバトルアクスを相手の左手めがけてなぎ払う。


「ただ、受け渡すのにスキを作らねばならない。当然注意を引くわけだから、生半可な攻撃では無意味だろうし、攻撃を受ければ命を落とす可能性もあるだろう」


 寸でのところで銀色の剣閃がバトルアクスの柄が切り落とされ、斧の刃が銀の手の表面をわずかに傷を作る程度で終わりそのまま弾かれ宙を舞う。


「最後までいう必要は無いよ、やろう! あたしが全力で注意を引く」

「オレが死ぬ気でナトゥーアを守る」

「…なら、僕はその馬鹿を守るために精一杯の努力をしよう」


 3人が己の役割を言い終え、ディフェンダーの持ち主の回答を待つ。


「分かった。…俺が責任を持ってアイツにこいつを届ける」

「いいのか? 一番地味な役回りだぞ?」

「地味なのはカリロー、お前だよ」


 ハチヤはディフェンダーを背中から引き抜くと3人の前に突き出す。


「念のためディフェンダーにも切れ味と強度の付与魔法エンチャントを行う」

「ナトはエリクサーを持っといてくれ。カピーの保険だ」


 ユウは彼らが行動を起こしているのを知らない。


 己がすべきことは、ただルーチンワークのように逃げ惑い、武器を拾い、それを銀の手にぶつける。それで十分だし、先の一撃は不完全ながらも届く可能性を見せた。ならば方向性をより重量があり強度に優れた武器に絞ればいいだけだ。


「タイミングは?」

「彼女が次に武器を失った瞬間を狙う。一番周囲に注意を払うタイミングだからね」


 都合よくそんな武器が転がっているわけでもない。最初に目に付いた短剣を死体から失敬すると再びタケミナカタと対峙する。


「とにみい とにみい とにみい てちきちみちくち らな ヌァダ」

「侵食がだいぶ酷い…。これを放っておくなんて超越者かみさまはこの時代を終わらせたいのかな」


 お互いに残された時間は少ない。あちらが銀の手ミシックに意識を飲まれるのが先か、こちらの…


「とにみい とにみい」


 虚を付かれた。


 タケミナカタが一足飛びに間合いを詰めて銀色の剣を振りかぶる。


 侵食が進めば当然、持ち主の肉体も支配される。それによりこれまでルールだった左手主導による攻撃しか行わないという制約も取り払われる。予見はしていた。ただそのタイミングがユウが予測していたよりもずっと早かった。


 手元にある短剣では攻撃を受け切るのは難しい。最悪、腕の1本をくれてやる必要がある。そう覚悟した瞬間、相手の銀の手があらぬ方向に曲がる。


 思わず視線を銀の手が反応した方向へ向ける。

 居たのはナトゥーア。あれほど警告したにも関わらず、狙撃銃を構え引き金に指をかけている。


「やめ…!」


 銃声が響き、剣閃により銃弾は両断される。

 次いで一足飛びに間合いを詰めてナトゥーアへ破滅の一撃を振り上げる。けれどナトゥーアの前にカピィールが立ちはだかっていた。


「こっちだ!」


 ユウが間に合わずとも蹂躙じゅうりんされぬよう一歩踏み出したところで、彼女を呼び止める声が聞こえた。

 振り下ろされた一撃にカピィールは盾ごとずたずたに切り裂かれる。


「許せねーのは俺も同じだ。だから無駄にすんな」

「ッ!」


 ディフェンダーを突き出され、それが何を意味しているかくらいは瞬時に理解した。


 だからこそユウは仲間の期待に応えなくてはならない。まずは手元にある短剣を投擲する。それと同時にディフェンダーをハチヤから受け取ると、本能のままに仄暗い感情を心にともす。相手の興味をこちらへ向けさせる必要がある、トリガーは殺気。


 銀の手は自動的に飛んで来る短剣を弾き、それと同時に脅威度を更新する。

 敵対する黒髪の少女は無駄な遊びを行う時間を与えない。仮に行えば待っているのは自身の破滅だ。


 タケミナカタは分析を終え、カピィールへの追撃をやめてユウへと向き直る。


「死ね。我が名は王ヌァダ。ダーナ神族の王なり」

「タケミナカタ。偽るな、それが貴方を慕う蛮族が呼ぶ名だ!」


 ユウはタケミナカタミシックの言葉を否定する。

 そして刀身1mの大剣を手に一気に距離を詰めた。


 地面すれすれの軌道から切り上げられた剣閃は銀の手の自動迎撃をいとも容易く突破する。次いで放たれたタケミナカタの右ストレートを掻い潜りさらに一歩踏み込む。相手の懐へ飛び込めば銀の手の自動迎撃は機能しない。ユウは己の体を精一杯縮め、次の瞬間解き放つ。


「約束は守ったよ」


 独楽コマのように自身の体を激しく回転させ、渾身の一閃が銀の手をの肘から先を切り飛ばす。

 切り飛ばされた肘から先が回転しながら宙を舞う。

 誰もがユウの放った一撃に見蕩みとれる中、当人だけは空高く舞った銀の手を追う。


「…さよなら。楽しかったよ、本当に」


 ユウは笑い、回転しながら落ちてくる銀の手を受け止めるようにからだを差し出して、最後にそれが握っていた銀の剣に"両断された"。


 あまりの唐突な英雄の死に彼らの戦いを見守っていた者たちは唖然とした。

 そんな中、ただ1人だけ…、銀の手を失い正気に戻ったタケミナカタだけが御膳立てされた状況を利用する。


「聞け、人族よ。貴様らが縋った者は死んだ! 聞け、同士よ。この地は我らの者だ、逆らうものを殺せ。逃げるものに構うな。人族をこの地より追放せよ!」


 英雄ユウを失って人族は完全に腑抜けていた。

 タケミナカタの勝利宣言を前に泡を食って我先にと逃げ出し始めた。その場に呆然としていた者たちも蛮族の威嚇によって我に返るとあたふたと逃げ始める。しかし、中には抵抗するものもいる。


「カリロー、放せ。俺は…!」

「ナトゥーア、カピィールの方は?」


 今にもタケミナカタへ飛びからんとするハチヤをカリローが力尽くで引き止めていた。


「エリクサーで傷は治った。意識は戻ってないけど呼吸は安定してる」

「なら、カピィールを背負って逃げろ」

「ユウちゃんは? ここに置き去りなんて酷い」

「回収している余裕は無い。今にここも蛮族の大軍に飲み込まれる。僕らは彼女に命を救ってもらった以上、生き残る義務がある。ハチヤ、聞き分けろ。それともアイツは犬死にだったのか?」


 最後の言葉を止めにハチヤは抵抗をやめた。


「カピーは俺が担ぐ、ナトはマナ切れ寸前だろ」

「行くぞ。このまま無駄死にするなんてゴメンだ」


 カリローを先頭にナトゥーア、ハチヤ、カピィールが森の奥へ姿を消した。


   ■


「ボス、正気戻ったか?」

「グラフか。すまんな、お前に与えた仕打ちは覚えている。それでもよく付いてきてくれた」


 森の奥へ人族を追いやると、タケミナカタは従う蛮族へ撤退するよう指示を出していた。


「謝る、いらない。ボス、どうすればいい、教えた」

「そうだな、他の者に示しがつかん。されどグラフよ、困難な任務よく果たしてくれた。礼ぐらい言わせろ」


 タケミナカタは今もなお、ユウと死闘を繰り広げた場所に立っていた。足元には銀の手の肘から先と銀の剣、それと…


「…来たな。ソレはお前のものだ。好きにするがいい」


 タケミナカタは肩の荷が下りたと言わんばかりに銀の手を指差す。


「ついでにその剣もくれてやろう。何? 要らんだと…欲のない奴だな」


「なんだと、これも置いていくのか。確かに我が友の形見だが…」


「義手の再生を待てと…? なんと、そのような者が直接報せに来てくれるのか。顔が広いな」


「少なくともお前が生きている間は人族に手を出そうとは思わぬ。あちらも俺があの強さのままだと勘違いしている間はむやみに襲ってくることもないだろう、礼を言う」


「困った事があればグラフに言伝しろ、コイツとその部下が森にいる。また会おう」


「蛮族の英雄」


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