出会いの村6
追記 4/1 修正
土蜘蛛から逃げる4人だったが上手くいかない。
空洞の入り口まで戻ったが、土蜘蛛は巨体では通れない入り口を6本の爪足で広げてでも追ってくる。まるで術者の意思が宿っているかのような執拗さだった。
カピィールは迫る鬼の顔めがけて斧槍を打ち込むが、牙で弾かれ決定打にならない。
ユウはひとまずカリローの意識を覚醒させるために気付け薬を顔にぶちまける。ほどなくして彼はその匂いに悶絶しながら奇声をあげて目を覚ました。
「ぐ…頭が、君はいったい何を?」
カリローは外套で鼻をぬぐいながらユウを忌々しげに見る。頭痛が酷いのか時々顔をしかめている。
「酩酊状態になって意識を失っていた。おそらくまだ…」
「それでも君は僕に何か為せというつもりだろう?」
ユウは顔を真っ赤にしたカリローに現状を説明すると、彼は頭痛に顔をしかめたまま挑発的に笑う。
「土蜘蛛の退治方法を考えて」
「レベル35にも満たない雑魚のはずだ」
「相手を酩酊状態にする神聖魔法をつかう土蜘蛛なんて聞いたことは無い、もう一度相手を確認してみて? あとは任せた」
カリローの言葉を否定し背を向けると、ユウはハチヤの元に駆け寄る。
その間にもカピィールは空洞の狭さを利用して、土蜘蛛の爪足の稼動範囲を限定し威力を落としてみせるが、それでも十分に威力をいなす事ができず、ダメージを蓄積していた。
「ぐぉおおお、くっせ。なんだこれ? がぁあああ、頭痛い!」
ユウに気付け薬をぶっかけられたハチヤは盛大に叫ぶ。しかも頭痛のせいでのた打ち回るので、金属アレルギーのユウは金属だるまのハチヤが近づくたびに足蹴にしながら、パーティの建て直しに成功したことに安堵し一息ついた。
ハチヤは少し(ごろごろ3往復とユウの蹴り2回分)の時間で立ち直ると、地面につばをはきながら立ち上がり、右手に持った片手剣を握り締めた。大盾を運ぶ時間の猶予は無かったので手元には無い。
「ハチヤ、起きたら代わってくれ。体力が持たん、ポーションを使う時間をくれ」
「カピー? くっそ怪我してんじゃねーか。ハイポもってるのか?」
カピィールは横目でハチヤの覚醒を確認すると土蜘蛛の爪足を打ち払って叫ぶ。
ハチヤは血だらけのカピィールを見て、怪我を治せるハイポーションを所持しているのかを確認した。
「ねーよ、あんな高いの買えるか!」
命のやりとりをしているにも関わらず金の問題を持ち出しカピィールは剛毅に笑う。ハチヤはその顔をみて、いっそ自分ひとりで土蜘蛛を仕留めるくらいの覚悟を決めると片手剣をさらに強く握った。
「私が前に出る。二人は回復してて」
すっとユウがハチヤの前に立つと勢いをつけて跳躍。
ユウの指示にハチヤは冷静に戻る、彼女の後姿を見ながら怪我をするあてなら、自分がいるじゃないかと猛省する。
カピィールの背中越しから鬼の顔めがけたユウのとび蹴りは、鬼の牙をともすればへし折るような角度で刺さる。
その激しい痛みに土蜘蛛の攻撃が緩んだ瞬間、カピィールはチャンス到来とばかりに土蜘蛛に背を向けて全力で後ろに下がる。
「後ろの首、発疹なんだ?」
「アルのつけてたネックレスのせい」
ハチヤは頭の中で治癒の神聖魔法を構築しながら、彼女の後ろ髪の隙間に見える紅斑を見て何かの毒でも盛られたのではないかと心配になって叫ぶと、土蜘蛛の爪足を上体を反らして紙一重でかわしながら彼女は不満げに応答する。ハチヤが後方をみると確かにカリローの首には銀製のネックレスがぶら下がっていた。
ハチヤは金属アレルギーが本当だったことに驚くと共に、この場にカピィールが居て、意識のない自分をここまで運んできてくれたことを改めて神に感謝した。
「ハチヤ、傷を頼む」
カピィールはウェストポーチから青色の薬品を取り出し顔にかぶる。瞬くうちに肩で息をするほど荒かった呼吸がおさまり滝のように流れていた汗が引いていく。
ハチヤも治癒を行使して目についた傷口から順にふさいでいく。
「神聖魔法とは便利なもんだの」
「悪いが頭痛が酷くていつもの3割減だ。勘弁してくれよ」
主だった傷口をふさぎ終えると、ハチヤはいつも以上の精神疲労にめまいを覚えて、片手剣を杖代わりにして軽口を叩く。カピィールはハチヤの兜のフェイスガードを閉じるとふむと思案する。
「ちょっと待て、ユウもカピーもどうして平気だったんだ?」
「あのくらい、いつも飲む量と大して変わらん」
「この頭痛、二日酔いのせいかよ!」
ハチヤはこの一週間、水のごとく酒を飲むカピィールの姿を思い出しながら、自分にかけられた魔法の正体を知る。そして思わず大声で叫んだ挙句、自分自身の声で頭を揺らして頭痛で体を仰け反らせる。
「さて、行く前にあの厄介な魔法の対処策を講じるか。酒の神様とは縁がある。偉大なる神、ゴブニュよ。我らに酒宴の喜びと幸せの祝福を」
「…頭痛、治まらないんだけど。カピーどういう神聖魔法なの、それ?」
心なしかカピィールの体から光が漏れ出し、ハチヤも思わず「おおっ」と目を輝かせたが、頭痛はするし、体も力が思うように入らない。
「いつもより旨く酒が飲めるだけだ。飲む前にやらんとたいして効果はないんだがな。次に魔法をかけられても少しは抵抗出来る」
「ペナルティ継続か」
がっくりとうな垂れるとハチヤは片手剣を下段に構えて土蜘蛛目がけて走り出す。
「待て、ドワーフ。お前にはやってもらう事がある」
「あん?」
続けて突撃しようとするカピィールをカリローが呼び止め、カピィールは不服そうに振り返った。
「ユウ、俺は右足貰うからな」
ちょうど振り下ろした後の土蜘蛛の爪足目がけてハチヤが斬りかかり、その皮膚を切り裂く。ユウはハチヤに土蜘蛛の注意がいかないよう少し無理をして鬼の顔に牽制攻撃をしかけた。
土蜘蛛はユウの挑発にのっかって標的をユウに絞ると、彼女を巻き込むように爪足を引き寄せる。ユウは後ろの逃げ道を失い、仕方なく鬼の顔に詰め寄るが、その先には大きな牙を開き彼女を待ち構えていた。
ユウはしょうがなく攻撃を諦めると、体勢を限りなく低くし頭から飛び込むように巨体の下へ潜り込む。
「ユウ!」
ハチヤは引き寄せた爪足に追撃をしながら、巨体の奥に消えてしまった仲間の名前を叫ぶ。
「…問題ない」
ユウは上手く土蜘蛛からすり抜けられたらしく、少し間をあけて返事を返した。
「下がれ、ハチヤ、ユウ!」
後方で待機していたカリローが前衛を支える二人の名を叫び、ユウは素直にハチヤはカリローの視線に射抜かれ思わず、経緯は異なるが二人とも土蜘蛛から距離を取る。
「火の精霊よ。彼の者を宿す魂の如く悪鬼を燃やせ!」
続けざまに叫んだカリローの言霊に従い、カピィールの身体の内に在る火の精霊のマナが揺らめき、標的とした土蜘蛛を炎で包んだ。この世のものとは思えぬ鳴き声を上げながら、土蜘蛛が身をよじり、後ろにじりじりと下がり始める。
「おおお、いけるんじゃないのか」
さらに勢いを増す炎が踊るように伸び上がり、空洞内を照らす。
傷ついた爪足からはいよる炎の痛みに、土蜘蛛が狂ったように地団駄を踏み暴れまわる。
「体内のマナを引っこ抜かれるのはこんなにきついのか、二度とゴメンだ。長耳野郎」
「僕も薄汚いドワーフの肌に触れるのはこれっきりにしたいものだ」
詠唱者カリローとマナを提供させられたカピィールも弛緩し、憎まれ口を叩きあい手を合わす。
土蜘蛛は苦痛に顔を浮かべ、ひっくり返ったり、地面に身体をこすったりするが炎は消えず、ますますその勢いを増すばかりだった。
「はっ!」
3人が土蜘蛛の惨状を見て呆けてる中、突如としてユウが空洞内を照らす炎めがけて駆け出し、炎に突っ込むことも厭わずに土蜘蛛の顔に浴びせ蹴りを叩き込む。
炎で弱体化していたのか、それまで強固だった土蜘蛛の顔は二つに裂け、ビクンと一度大きく痙攣を起こした後その動きを鈍くしていく。
「…止めを、アレは呼び出された被害者」
右足にまとわりつく炎を事も無げないように両手で払って消すと、ユウは顔を土蜘蛛に向けたまま、抑揚の無い口調でいう。
「分かった、介錯する」
斧槍を持ったカピィールが進み出ると、まだ形の残る土蜘蛛の顔目がけて振り下ろし完全に息の根を止める。
「異世界で散るというのはどんな気持ちだろうな。せめて安らかに眠れ」
カリローは懐から取り出した香油を手に垂らし瞑想した後、土蜘蛛の纏う炎をさらに強く輝かせた。