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レベル0の冒険者  作者: 須賀いるか
冒険者の時代
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銀の手の行方3

 砦への夜襲から3日、人族側の態勢の立てなおしと戦力の増強はカリローの読みよりもずっと早く終わり、夜明けと共に大攻勢の手筈となっている。目標は以前カリロー達が調査したオーガ亜種、タケミナカタらが拠点とした場所で、こうして自分達の手柄を自分で役立てる羽目になるとは露とも思わなかった。


「これなら無理にでも叩いとけばよかったなー」

「あの時は僕達に余力が残っていなかった。生き残れただけでも御の字だったと思うね」


 カリロー達は全体の陣形で言うところの左翼に位置する場所に配置されおり、本陣からは離れ、戦術的には後詰めになる比較的安全といえる位置になる。それゆえに3人にいつもの依頼と違ってピリピリとした雰囲気は感じない。悪目立ちしない限りは蛮族のメイン戦力とかち合うこともないだろう。


「ふむ、あの時はナトは気絶寸前、オレもカリローもハチヤ、お前だって余力は残ってなかっただろうに」

「まーな。相手は格上だったし、トロールが20体ほど後方に控えていた。けど相手のボスを瀕死になるまで追い込んでいただけに勿体ねーよ」

「結局はユウ頼りだったがね。…彼女はここにはいないぞ?」


 カリローの言葉にハチヤは顔を歪める。彼の言うとおり、今ここにいるのはカリロー、カピィール、ハチヤ、それにナトゥーアだけだ。会話に参加していないナトゥーアは手近な木に登り、森の途切れた先の平地の様子をうかがっている。


「ユウは本当に安全な場所にいるんだろうな?」


 ハチヤは何度目かになる確認をカリローへ行う。


「彼女は本陣で聖騎士様の身の回りの世話をしているよ。本来なら戦場に引っ張り出すことすら避けたかったんだがね。騎士団長殿が彼女を手放さない」

「ふむ、本陣…か。下手に後方に下がるよりは安全だろう。何を心配している?」

「…心配? そういうニュアンスで言ったつもりはないよ。少し気を沈めて冷静になるといい」


 カリローはカピィールの的を得た台詞に怯み、それでも上っ面だけは取り繕う。


 彼の脳内に楔のように打ち込まれたのは強大な蛮族の個体の存在。蛮族側のジョーカーという手札がどう切られるかは分からないが、その個体が凶悪で本陣まで蹂躙される可能性が0とは言えない。


「カリローさん、相手も平地で陣形を組んでる。トロールメインの構成で6体、4人でやるなら互角の勝負が出来ると思うよ」

「向こうは気付いているか?」

「無いに決まってるでしょ。どれだけあたしの実力信じてないの?」


 木の上から下りてきたナトゥーアが頬を膨らませて、わざとらしく怒ってみせる。


「では、先制で1つ減らしてしまおう。狙撃を頼めるか?」

「おっけー。ただ銃声で位置がばれちゃうからフォロー」

「任せとけ。俺とカピーで奴等を引きつける。ナトは思い存分、ダチョウ撃ちを楽しんでくれ」


 ハチヤはカピィールと互いの盾をぶつけ合うと、茂みに隠れ森の出口にスタンバイした。

 既に戦端は開かれており、遠くから怒号が飛び交い剣戟と、魔法による閃光と爆発が響く。


「さて、こちらも始めましょうかね」


 ナトゥーアは狙撃銃のストックを肩にあてがい、片膝をついて銃口を1人のトロールへ向けた。引き金を引くことに躊躇とまどいはない。トリガーに指を添え、数瞬の時をおいて最も賢そうな身格好をしたトロールの心臓を貫いた。


 夜明けの大地に銃声にが響き、仲間がやられたことも顧みずトロールが真っ直ぐナトゥーアの位置へ走り出す。対してハチヤとカピィールが彼らの前に立ち塞がるように躍り出る。トロール達はすぐに目標を変更し手持ちの槍をハチヤに向かって投げ放つ。


「くっそ、重てぇ。正面から受けたら面倒だぞ!」

「阿呆が、武器で撃ち落せ」


 投槍を盾で真正面から受け止め、文句を言うハチヤにカピィールはうんざりした。


 仮にユウがこの場にいれば、槍を掴んで投げ返すといった芸当を見せるだろう。技術自体も素晴らしいが、彼女の身体能力の高さは底を知れない。自分が彼女の真似を出来る姿など、これっぽっちも想像できない。たった16年しか生きていない少女にカピィールは嫉妬する。


 トロールの思わぬ投槍という飛び道具に気取られている間に、ハチヤとカピィールはトロールを後ろへ取り逃がす。


「構うな、僕の出番だよ」


 2人を出し抜きナトゥーアへと迫るトロールは地面から這い登る土砂にあっという間に下半身を覆われ、動きを奪われる。困惑している間にナトゥーアのヘッドショットが決まり、トロールは息絶えた。


「2匹目、げっと」

「火力馬鹿だね。残りの4匹もとっとと終わらせてくれ」

「ごめーん。冷却期間置かないとダメだから狙撃銃さんはこれにて出番終了なの」


 熱を発する銃身をカリローに見せびらかせると、狙撃銃を捨て腰に手を回しハンドガンを両手に構える。


「ハチヤ、ナトゥーアが前に出る。そのつもりで動け」

「分かったよ、うちの女共は可愛げねーな」


 目前に迫った体長3mのトロールの体当たりを盾を構えて受け止めると、力任せに押し退ける。体躯の差があろうとも、ハチヤのレベルが…神の恩恵が物理法則を捻じ曲げ、トロールは一方的に体勢を崩され、ハチヤは押し飛ばした勢いを乗せてバスタードソードを振り下ろす。


 トロールの強固な肉体に加えて鉄で覆われた鎧を、バターを切り裂くが如くハチヤの剣閃が舞う。軌道に沿って鮮血が噴きだし、さらに加えた一撃によってトロールは胴体に深い傷を負った。


「まにきらのなしいもちかかいにすなつら」

「何言ってるかわかんねーよ」


 さらに距離を詰め、指一本を動かすことすら適わぬほど衰弱したトロールに止めの一撃を振るうと、バスタードソードを空に翻し血糊を払う。これで4対3。数の上でも有利を得たせいもあり、蛮族の動きは見る間に精彩を失っていく。


「退くつもりがあるなら、見逃すのだがね…」


 トロールはそれでも退却はしない。カピィールとぶつかり、ハチヤに巨大な棍棒を振るい、ナトゥーアへ肉薄しようとその巨躯を躍らせる。いずれも仲間のほうに軍配が上がり、傷を負い、武器を失い、翻弄される。次第に追い詰められ、彼らはその命を失う。


「やれやれ…。これが普通の冒険者の戦いだというのなら、僕らは冒険という言葉すら生ぬるい体験しかしてないことになるね」

「後ろで見てただけの奴が口にしていい台詞じゃないけどな」


 地面に横たわるトロールに視線を落として呟くカリローに、戦闘による運動で頬を上気させたハチヤが半眼で見やりながら皮肉を言うのだが、彼には響かない。


「ナトゥーア。周囲に他の蛮族はいるかい?」

「魔法使えば、一番視界利くのカリローさんなんだけどね」


 文句を垂れ流しながらもナトゥーアは再び森へ身を隠し、高めの木へ登る。


「…んー。いないよー、そもそもこんな辺鄙へんぴなとこに蛮族がいるのがおかしかったんだけどね」


 ナトゥーアは目を細めて人影の姿を追うが視界にソレは捉えられない。遥か遠方で剣戟と怒号が鳴り響くが、そこまで出張る場合、持ち場を離れる必要がある。


「大声で…。大声で叫べるほどに何もいないというわけか。あとは聖騎士殿の指示が来るまで待機だね」

「仲間の手助けは不要か、カリロー?」

「この場を任された以上、持ち場を離れることの方が問題だ。一時に気取られ大局を見失うような真似は愚かな行為だよ。カピィール」

「ふむ、冒険者らしからぬ言葉だな」

「それには同意するよ。だが、今は200人以上の人間が駆りだされた戦闘だ。冒険者の本懐というヤツは棚上げしてくれ」


 不満そうなハチヤやカピィールを諭し、カリローは肩をすくめる。

 こうやって待機をすることが性分ではないのだろう。彼女ならばどうするのかと頭をよぎるが、アレは理解の範疇外だ。想像するだけ無駄だとすぐに結論付けた。


「なに、1人で百面相してるの?」

「…いや、時間を持て余すという感覚も久々だなと思っていただけだよ」

「そだね。ユウちゃんと一緒にいれば退屈してる暇なんてないもんねー」


 そこで何故彼女の名前が出てくるのだと、ナトゥーアに追求しようとカリローが口を開きかけたところで森の茂みから人影が飛び出す。


「本陣が!」


 その第一声にカリロー達は硬直した。


   ■


 夜明け前に砦を出立し、深い森を掻き分けながら進む聖騎士と呼ばれる…人族の中でも特に優秀な人材を背中を見ながらユウは相変わらずの無表情で淡々と歩く。周囲を埋めるのは彼らの世話係で戦闘経験もレベルも足りていないようで、視界の利かない森を歩くだけでも緊張しているようだった。


 ユウがこのような場所にいる経緯に関して言えば、すべてカリローが悪い。非戦闘員として連れてこられた挙句、後方とはいえ戦場に駆りだされている。彼の政治力の無さにはほとほと愛想が尽きる。


「君は怖く無いの?」

「…怖いよ」


 不安なのか時折、同年代と思われる騎士見習いの少年が声をかけてくる。

 ユウは何を答えたところで満足しないのを知っているのでまともに取り合わない。せいぜい彼の機嫌を損なわない程度の言葉を返して会話を打ち切る。変に目立てば統率する人物に指摘を受ける。向こうもそれを知っているのか、少々手荒く扱っても不機嫌を態度に出しても実力行使にはでない。


 程なくして森を抜け、開けた平地が視界に広がった。

 以前邂逅した蛮族が指し示した彼らの拠点はこの先にある。今回の目的はその拠点を潰すこと。言葉にすれば簡単だが、実のところ無理だとユウは知っている。そういう意味では彼らには悪いが、ユウにとって彼らに比べて彼らは優先度が低い。


 既に世界は夜明けを迎え、ユウの視界には陣をしく騎士身習いらの姿が映る。彼女はそれに手出ししない。既に決められた役割があり、彼女は部外者でお客さんなのだ。手伝いを志願したところで無碍むげにされるのは目に見えている。


 瞬く間に陣が組まれると、その中央に3名の人物が座った。


「では、君達の実力を蛮族共に見せ付けてくるがいい」


 中央に座る男が命令。

 平地を背に向け、統一されたカラーリングに染色された鎧や法衣を身にまとった男女10名が一糸乱れぬ敬礼を行うと、きびすを返し平地の向こう側にいる人影に向けてそれぞれに武器を構えた。


 既に戦端は開かれており、剣戟と怒号が鳴り響いていた。人族と蛮族による大規模な戦争、それもこのような遮蔽物のない場所で行われてしまえば、地力による単純な戦闘力のみが結果を左右する。人族はタケミナカタと呼称する極めて強力な蛮族の個体に対し、十分な戦力を用意した。だから結果は明白だった。


 聖騎士と呼ばれる実力者10名によって蛮族は一方的に屠られていく。膠着こうちゃくしていた戦場をたった10人が天秤を人族側に傾ける。周囲はその圧倒的な力に興奮し熱をともす。


 けれど、それだけだった。突出する1人の蛮族に人族が簡単に屠られていく。


 精鋭たる10名はたった1人の蛮族を前に先ほどまでのような一方的な戦いは演じておらず、連携をとって慎重に攻撃を放つが通じない。蛮族の左手によって攻撃は阻まれ、反撃を受けている。


「報告ではレベル42程度と聞いていたが?」

「彼らはレベル42の精鋭だ。ああも簡単にやられるはずは無い」


 ユウはざわめく聖騎士らには意を介さず、問題の蛮族へ視線を移す。

 左腕に銀色の義手が組み込まれ、その義手が握るのは同じく銀の輝きを放つ一振りの長剣。以前に比べ肌は黒に近い赤へと変化し、頭に2本の角を生やし凶相を浮かべたオーガ種、タケミナカタ。


「我らも行こう、奴等だけでは分が悪い」


 陣の中央に居座る3人が立ち上がり、見習い騎士が慌てて走りより彼らに武器を手渡す。その間にもたった1人の蛮族に押され、精鋭を含め人族の戦線は徐々に後退をし始めていた。戦場の剣戟がユウの傍にいる青年にも聞こえたのか表情を強張らせている。


 彼らの目にあの蛮族はどう映っているのだろうとユウは首を傾げる。彼女の視点から見れば、騎士団はわざと避けられるように武器を振るい、わざと攻撃に当たるようにその場に留まっている様にしか見えない。


 精鋭は連携を取って上手に戦っている、けれどそれだけだ。

 しょせんは児戯にも等しいチャンバラを行う単なる的でしかない。陣にいた3人が加わろうが焼け石に水で、精鋭らは次第に消耗し、確実にその数を減らしていく。戦線も後退し、既に陣をしいた場所でもその戦闘を視認できるほどになっていた。


「えと、大丈夫なんだよね? あの蛮族、騎士の人が倒してくれるよね?」


 傍にいた青年が心配そうに呟く。


「…不敬罪になりますよ」

「あ…、そんなつもりじゃ」


 ユウがしらっと呟くと、傍にいた青年はしまったという顔になり、言い訳もソコソコに彼女から遠ざかる。


 精鋭の数が片手で数えられるほどに減ると、聡い者は責任を放り投げこの場から逃げ出していた。ユウの周囲にも人はいない。この戦争は誰の目から見ても人族の負けだった。


 だからこそユウはこの時点で初めて能動的に行動を起こす。


「これが超越者かみさまのする事だというのなら!」


 ユウは倒れこむようにして駆け出すと、道中で折れた短剣を拾い、銀の手をもつ蛮族へと飛びかかる。自動的に反応した銀の手が彼女を迎撃してくるが、これを短剣で弾く。


 反動で刀身を失った短剣はその場に捨て、休む暇を与えず懐に飛び込むと右肘を腹部へ打ち込み、くの字に曲がって突き出た相手のあごへ再度右肘で叩き上げる。


「君は…」

「邪魔だから下がって」


 精鋭、最後の1人がユウの登場に目を見開いて驚いていた。いつぞやの村娘のように彼女の言葉に耳を貸すつもりはなさそうだ。


「タケ。約束は守るよ」


 ユウの一撃で怯むもタケミナカタは動じない。浮かべた凶相をそのままに右ストレート、これをユウは上体をそらし紙一重で避ける。さらに左ローキックを放たれ、距離をあけてこれを避ける。


「のらみみみち かちかちのちに みちしら みらつらみみしいくち にみちのちかかち」

「まぁ、そうだろうね」


 ユウに意識を取られチャンスと感じたか、最後の精鋭が死角からタケミナカタへ刺突を行うが、タケミナカタの銀の手が自動的にそれを打ち払い、自動的に止めをさした。その行動でバランスを崩したのをチャンスと踏んで、再びユウは彼の懐に飛び込むが、次の行動に移る前に距離をあけられる。


「学習したんだね。えらいえらい」


 足元に落ちている長剣と槍を左右の手に納めると、片手剣の届く距離まで歩く。


 ユウはおもむろに右手の片手剣を振り上げる。瞬間、相手左手が閃く。

 予定通り右手の武器を弾かれ失うと、伸びきった銀の手に槍を差し込むが傷1つ付かない。舌打ちすると槍を右手に持ち替えて、今度は柄の方で殴りかかる。

 銀の手が反応し柄を切り落とす。予見したとおり半分になった槍を持ったまま右手をひるがえして、矛先を相手の胴へ突き立てる。本体へのダメージは通ることを確認すると、痛みに相手が怯んでいる間に距離をあける。


「だいたい分かってきた。自動的なんだね、その腕は」


 ユウは先ほど弾かれた長剣を拾う。

 相手の銀の剣と1合打ち合っても傷1つ付いていない。しばらくはこれで時間を稼げそうだ。


「もらな からもちすちみみ にととら のらすらとい」

「ダメだよ。それじゃ契約違反」


 ユウは襲いかかるタケミナカタの剣戟を初めて正面から受け止めると、彼の雄叫びに合わせる様に無表情に呟いた。


蛮族語を久々に打ってたらツイストじゃなくてツイスラが正しいことが判明しました。

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