銀の手の行方2
2日後、ペータル公国と貿易都市オルモンジュを結ぶ行路を陣取る蛮族に対して、急遽建造された砦へとユウを含めた5人は足を踏み入れていた。砦は簡素なつくりで、申し訳ない程度の柵で周囲を囲い、宿舎と呼べるものは無く、以前訪れた際にあてがわれた幕屋がその役割を果たしている。
「なんか、思ってたのと違う」
「冒険者相互組合が一枚噛んでいるのだから、もう少し施設が立派だと思っていたのだがあてが外れたね」
「長居する気なんだ…」
「強制召集だからね。各地に散った冒険者が集まってくるのに時間もかかる。大規模な攻勢があるとすれば、最低1週間は待つだろうね」
「そう」
黙々と馬車から荷下ろしを行う男2人を尻目に砦の様相にケチをつける2人を見て、ややうんざり気味にユウがしらっとした視線を送ると、カリローはわざとらしげに咳払いをし砦の奥へ歩いていった。
「さて、あたし達も行こうか」
どこに、という意味を込めて無言でユウが首をかしげると、ナトゥーアはユウの手を取って砦の奥へずんずんと進んでいく。周囲から奇異の視線に晒されて困惑しながら黙って歩いていくと、やがてカリローの背中を視界に捉える。
「どこ見てるの? 砦の中を下調べするんだよ?」
「とりで…。なか?」
いまいちピンと来ないのか、ユウはナトゥーアの問いに困惑する。
そんな態度を見せるユウへナトゥーアはふんと鼻息をならし振り返ると、彼女のおでこにデコピン。
「一応、見張りだっているだろうけどさ。蛮族が攻めて来る可能性だってあるからね。いざっていう時に備えて逃走経路の確保」
「いわれてみれば…」
「このくらい普通でしょ。真っ先にユウちゃんが動くと思ってたよ」
「ん、私はこんなちゃんとした戦場に来るのは初めてだからさっぱり…」
「ちゃんとした…ってコレで?」
ナトゥーアは顔を歪め、手近にあった木の柵をかるくこついて、ユウの反応を見る。
「うん、対人戦だったからかもしれないけど。穴掘っておしまいだったよ」
「…平地ならそうかもね。ここは森の中だからね、見通し悪いし」
ナトゥーアはユウの経歴を問い詰めたい衝動に駆られたが、ぐっと我慢して話をあわせる。彼女に関して言えば、変に突いて妙なものが飛び出しかねない。それに過去を探られたくないのはお互い様だ。
「んじゃ、ここはあたしがやっとくからユウちゃんは後ろで見てて」
「わかった」
ナトゥーアはユウに背を向け、砦の外周部を一部調べては砦の中心方向を確認している。
手順を鑑みるに森の奥の入り口、街道沿いの入り口、それに加えて指令所などの重要施設との導線の確認と、攻め込まれた際の行動をどう取るか対策を練っているようだった。ユウも彼女の作業を察したのか、ポーチからペンと紙を取り出し、彼女の行動の手助けになるであろう砦の地図を作成し始める。
「おお、ユウちゃんやるね。んじゃここにチェック」
ユウの地図作成に気付いたナトゥーアが体をくっつけて紙に指を指す。ユウは困ったように笑うと素直に指示に従い、地図に書き込んでいく。そうやっていく内にナトゥーアの指が空白に移動してぴたりと動きを止めた。
「…先に全体の地図作るね?」
「あ、あー。うん、じゃ分担作業ってことで調査の方はあたしがやっておくよ」
「うん、お願い」
ユウはナトゥーアと別れると地図作成へと没頭する。
時折すれ違う重武装の人族から時に道を譲り、時に興味深そうに眺めたりしながら気付けば砦の中を一周していた。最初は白かった地図も完成し、地図が表す砦はすこし歪な円を描いている。
「ユウか。ナトゥーアを見なかったかい?」
「…アル」
気付けば砦の入り口に戻ってきていたらしく、荷物を足元に置きそこで立ち尽くす仲間3人がユウの姿を見つけて声をかけてきた。
「ナトはスカウトのお仕事。私はそのお手伝い」
「スカウトの仕事? 見てくれはアレだけど、砦だろ。そんなのが必要なのか?」
「…状況による。攻勢に出ていても、守勢に回っていても拠点への不意打ちは常にあり得る事だからな」
「よく分からん」
「想像してみるがいい。この砦は僕たちを守る防壁でもあるが、逆に言えばそれ故に逃げ道がない。それに砦内での戦闘を考慮して施設を配置をしているようにも思えん」
カリローは視界に広がる人口密度の濃さにため息をつく。
言われなければ気付くことさえなかっただろうが、この状況はよくない。毎度のことながら身内の優秀さに救われる。
「なるほど。下手にパニックが起きたら味方に殺されかねんな」
「そういうことだ。ユウとナトゥーアには頭が上がらないね」
勝手に納得してしまったカリローとカピィールから視線をそらし、ユウは残るハチヤへ眼差しを向けるのだがそっぽを向かれてしまう。彼との確執はいまだに解決しておらず、棚上げにしたままだ。
「やれやれ…。僕らにも幕屋が1つあてがわれている。続きの話はそこでしようか。丁度ナトゥーアも戻ってきたようだしね」
ユウとハチヤの様子を見てため息をつくと、ユウの後ろから忍び寄るナトゥーアに警告するように一言呟き、刹那をはさんでユウに迎撃され地面に倒れるナトゥーアを見てもう一度、ため息をついた。
■
その日の夜、殺気を感じてユウは目を覚ました。
同じ幕屋で眠る仲間を起こさぬように上体を起こすと、そのまま四つん這いになって幕屋を後にする。
外に出てみれば、かがり火が焚かれてはいるものの、動くものはおらず夜番の兵が森側の入り口にたっているだけだった。真冬の夜ということもあって、ほんの数分外にいるだけでも起き立ちのユウの体から体温をごっそり奪っていく。
周囲に気配を隠そうとする違和感はない。それでも木の柵の向こう側から茂みを鳴らす音が響く。風の仕業かと思えば極めて無風。そうなると明らかに人為的に起こされ、何かがユウを誘っていることになる。どう対処したものかと悩んでいると、森の入り口から多数の殺気と地面を鳴らす足音が響く。夜番の兵はまだ気付いていないようでこのままだと完全に不意を討たれる。
「起きて!」
幕屋に顔を突っ込むと、開口一番大きな声で叫ぶ。
最初に反応したのはナトゥーア。おそらくユウが幕屋を出たタイミングで既に意識は目覚めており、頭の準備は整っていたのだろう。ユウの声で跳ね起きると、枕元に置いてあったハンドガンを手に幕屋を飛び出す。
「手筈どおり、大人しくしててねー」
すれ違い様に耳朶で囁き、ナトゥーアは幕屋の入り口を大きく開き砦の中央部へ向かう。
残った3人もユウの声とナトゥーアの派手な立ち回りで目を覚ましたようだ。
「ユウ、こんな夜中に…」
「敵襲! 敵襲!」
カリローが目を擦りながら立ち上がり、真意を問いただそうというところで幕屋の外から大声とそれに連なる警鐘が響いたが、それも長くは続かず途絶える。
「うちのスカウトは本当に優秀だの、行くぞハチヤ」
「わかった。…ナトは?」
「情報収集に向かったから、合流してからがいいと思う」
「あいつ、相変わらずフットワーク軽いなー。とりあえずここが安全か判断してから移動だな」
ハチヤとカピィールは互いにガチャガチャと大きな音を立てて金属鎧を装備しながら彼女を待つことにした。一方で準備の必要のないカリローは一足先に幕屋の外へと出る。
「正面からの攻撃のようだな」
森の入り口付近のかがり火が消え失せていく様子から、状況があまり芳しくないと判断したのか、カリローは舌打ちをするとその方向をを見据えたまま押し黙る。
「カリロー、状況は?」
「あまりよろしくない。が、聖騎士団が出張ってくれば問題は片付くと思う。侵攻速度からみて例のオーガ亜種…タケミナカタのようなネームドが混じっているようには思えない」
幕屋から飛び出す金属だるまのハチヤをユウが露骨に避け、場所を譲る。続くカピィールも飛び出し、さらに後ろへ飛び退き、あっという間にカリローから見れば蚊帳の外といっていいほどの距離となる。
「金属アレルギーなのは知ってたけど、そんなに露骨に避けなくてもよくねぇ?」
「ごめん」
「まったく、君らは緊張感が足りないな…」
放置していれば呑気に寝ていたカリローにいわれたくないと、ユウが非難の意味を込めて威圧すると声を喉に詰まらせたようにカリローは呻いて半歩後ずさる。
「おー、みんな起きたね。偉い」
「な、ナトゥーア…か、状況は?」
「正門? なのかな。あっちは派手に暴れてるから聖騎士団が出向くので問題なし。ユウちゃん地図」
さらに追求しようとユウが半歩間合いを詰めたところで、ちょうどナトゥーアが戻って来たのを、カリローはこれ幸いにと露骨に話題をずらす。
直前の会話を聞いていなかったナトゥーアはカリローの様子がおかしいことに気付くが、一刻を争う状況を前に茶化す暇すら惜しく、彼女はカリローの隣に立ってユウに向かって手を突き出す。
「…はい」
渋い顔をしながらナトゥーアへ歩み寄り、ポーチから取り出した地図を手渡すと、ユウは彼女の背中に位置取り、更に数mほど離れて地図に群がる仲間を傍観する。
「えっとねー。時間差でこっちの方もやられそうなんだよね」
「何故言い切れる?」
「砦の中央まで行って人の流れを見たトコ、こっちから駆け寄って来る人がいなかったんだよ」
「寝てるだけじゃねーの?」
「ハチヤ君は面白いこと言うねー。今回の強制召集で呼ばれた冒険者の基準はレベル40前後だよ? この場にいる人間があたしらと同じかそれ以上の修羅場を潜ってる、…その意味分かるよね?」
ナトゥーアがにんまりと笑みを浮かべ、ハチヤはその表情に声を詰まらせる。
「わかった。ナトゥーアの言うとおりにしよう。案内を頼む」
「あいよ。ユウちゃんは"予定通りお留守番"…ね?」
「わかった。頑張ってね」
ユウは砦の中央へと続く道を仲間に譲り、戦場へ出かける仲間の背中を見送った。
仲間の姿が闇の中にまぎれると、再びカサリカサリと木の柵の向こう側から茂みを鳴らす音が響き始める。カリロー達に置いていかれたのはレベル0に対する周囲の目を考慮してのことだった。それであれば、木の柵の向こう側にいるソレに遠慮はいらない。
ユウは周囲を見渡し、誰もいないことを確認すると高さ2mはある木の柵を助走なしに飛び越えた。
彼女の動きに応えるように柵の向こう側にいたそれが茂みをカサリカサリと鳴らす。
「…ウ」
獣の唸り声ともとれる音をユウの聴覚が拾う。
「ユウ」
茂みの奥にいるソレは2度目は正確に自分の名を発音した。
■
「うーん」
「カリローさん、悩み事?」
カリロー目の前では木の柵を破り、ぞろぞろと雪崩れ込んだオーガと魔獣の群れと相対し、カピィールとハチヤがレベル差を武器に一方的に相手を蹂躙している。ナトゥーアの読みどおり森の入り口に気取られ手薄になった場所を襲ってきた蛮族をみて、カリローはどこか腑に落ちないと唸る。
「…稚拙とはいえ、夜襲に陽動。蛮族がこれほど規律だって動いたという話を耳にしたことは無かったものでね」
「まーた面倒ごとに巻き込まれたと思ってる?」
ナトゥーアは前線を2人に任せてカリローの与太話に付き合うことに決めたのか、両手におさめたハンドガンをガンホルダーに納め傍観する態度を取る。
「10日程前にレベル50超えの化け物に出会ったばかりだしね。そう簡単に伝説級の強敵に出くわすというのも、普通に考えればない」
「あたしらが囲ってるのは普通じゃない子だけどね」
「急激なレベルアップを果たしているという観点から行けば、僕らも世間一般で言うところの普通を十分逸脱している。まぁ、それだって彼女に引き連られていると思う節もなくはないが…」
蛮族の勢いが緩やかになり、ハチヤとカピィールを先頭にして人族の勢いがそれを勝っていく。
「まー、ハチヤ君も育ったね。今じゃ冒険者の中でもエースだよ」
「技術が追いついていないと、口さがない冒険者は言うかもしれないがね」
「それはあたし達がハチヤ君よりレベルが高いから言えるんだよ」
砦内にいた蛮族を完全に追い出し勝利に沸き立つ戦場とは逆で、ナトゥーアはとても冷静で冷淡だ。
「…レベル差は非情だねぇ」
カリローは彼女の言葉に考えを見透かされたようで不快になる。
格下相手であれば一方的に戦えるが、格上となれば逆の立場となる。
本来あるべき状況を覆してきたのはいつもユウだった。いくら自分達が力を付けようともその構図に変化はない。その上、肩を並べて戦うことが彼女への負担になることだってさえある。表向きはレベル0を思っての事だが、実のところ遠ざけたがっているのかもしれないと本心を見透かされたようで、カリローは不快になり渋面を浮かべた。